蠍の尻尾   作:深波 月夜

44 / 80
・0-8

 年が明けた。

 明けたは明けたが、俺の日常に何か変わりがあるわけではない。新年をめでたいと思わないことはないが、こちらは受験を控えた身。めでたいからと言って、何かがあるわけではないのだ。

 とは言え、大晦日と元日くらい気を抜いても許されるだろう。既に紅白歌合戦は終わり、行く年来る年も終わろうとしている。

「三人とも、着替えは終わったか? そろそろ出かけるぞ?」

 二年参りには少し間に合わなかったが、これから初詣に行く予定だ。今年はこの日のために、ちゃんと三人分の晴れ着を用意している。もっとも、着付けは例によって説明書を手渡して本人達に任せている。流石に、俺が自分の手で着替えさせるわけにもいくまい。

「はい、出来ています」

「どうッスか、ご主人? 変なところとか、ないッスかね?」

「前にも言った気もするんだけど、変なところがあってもマスターじゃ分からないんじゃないのー?」

 うむ。その通りだ。俺に分かることなんて、精々が晴れ着についてきた取扱説明書と実物を見比べることぐらいだ。

「うん、三人とも、よく似合ってる」

 例によって、気の利いた言葉なんて思いつかない。足りない語彙力をフルに絞って、出来る限りの賛辞を送る。三人を肩に乗せると、以前秋祭りで行った神社に向かう。深々とした空気が上着越しにも感じられて、自分の身が引き締まるような思いだ。

 

 

 初詣、というのは知識としてはプリセットされているが、自分で行くのは初めての経験だ。去年はメサルティムの一件があって、年末年始は慌しく過ぎてしまった。それもあって私の胸は高鳴っていた。

 深夜の時間帯ではあるが、神社には大勢の人がいた。松明も焚かれ、秋祭りのあの日のようだ。

 既に出来ていた、長い長い行列に並ぶ。このすべてがあの神社にお参りにいく人なのだろうか。にわかには信じられない気がする。

「ご主人、ご主人、初詣くらい一緒に行く人はいないんスか?」

「それいじょうはいけない」

 反対の肩の上では、メサルティムとアルキオネが触れてはいけない話題に踏み込もうとしていた。確かに、主の交遊範囲はお世辞にも広いとは言いがたい。私が名前を知っているご友人は、メサルティムの事件のときに関わった花道様と日野様の二人だけ。その他に、ホームグラウンドとして通いつめているゲームセンターには顔の分かる方は幾人かいるが、名前までは分からない。主の人間関係からバトルロンドに関わるものを引いたら、それはそれはずいぶんと寂しいものになるのではないだろうかと、心配になる。

「……それじゃ、自分が神様にお願いするッス! 大丈夫、今からでも! 目指せ、友達百人ッス!」

「やめてさしあげろ」

 反対の肩はにぎやかだ。内容そのものは置いておくとして。

「それにしても主、よろしかったのですか? この時期に晴れ着を三着も買われて」

「この時期って?」

「……もう結構です、忘れてください」

 主は年末から、私達にお金を使い過ぎだと思う。が、本人はまったく意に介していない。確かにご自身の言うとおり、今は他に使う余裕もないのだろうし、他に使う当てがないというのも本当だろう。が、それはそれで心配になる。話が逸れた。とにかく私は、主の金銭感覚が乱れていくのではないかと心配なのだ。

 武装神姫は、ホビーの中でも最もお金がかかる部類だ。そのため、バトルロンドでもファーストリーグやセカンドリーグの上位一握りのプレイヤーには、メーカーや協賛企業がスポンサーとして資金や技術を援助している例もあるのだとか。しかし主はただの高校生で、そうした企業の協力があるわけでもない。にも拘らず先日だってあんな高価な刀を惜しげもなく買ってしまって……いや、それは確かに嬉しかったのだけど、神姫にだって、分相応というものがあるはず。私なんかがあんな一級品を持つことになって、本当によかったのかという思いもないではなく……。

「どうしたの、シャウ。なんか変な顔してるけど?」

「何でもありません!」

 主のその一言があまりにも無神経に感じられて、つい語気が荒くなる。まったく、どうしてこうなのか。

「まあいいけど、そろそろ順番だよ。何をお願いするか決めてある?」

「……そうですね、この神社は確か、御神体に刀を奉納していましたよね。それならば、私が願うことは只ひとつ。『格闘戦最強』です」

 『格闘戦最強』。口に出すのは随分久しぶりな気がする。しかし、私の、いえ、私達の目指すところはそこだ。既にエスパディアが新鋭機とは言えなくなってきているが、そんなことは関係ない。要は、私自身がどこまで高みに登れるかだ。

「そうだね。シャウ」

「はい」

「今年もよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします、主」

 主が柔らかな笑顔を向ける。この笑顔があるからこそ、私は果てしないとも思える目標に向かっていける。主の神姫でよかった。そう心から思える。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。