「それじゃ、行ってきます」
主がいつものように学校に出かける。それはいつもの朝の、いつもの習慣。私達は留守番だ。それも、いつも通りのこと。主が学校に行っている間は、それぞれが修練をしたり、身体を動かしたりと好きに過ごす。
が、今日この日だけは別だ。今日だけは、私達にはやるべきことがあった。そう、今日は、バレンタインデー……。
シャウラの場合。
バレンタインデーと言えばチョコレート。バレンタインのチョコには日ごろの感謝や、好意など、様々な意味があるものだと聞いている。主への気持ちを表わすのに、生半可なものを持って行っては逆に失礼に当たる。しかし、私は去年のバレンタインを経験している。そのため、チョコを手に入れる方法も既に考えてあるのだ。
私はまず、武装をしまってあるケースに向かう。これを直接持ち出すのは無理があるが、ケースのロックを開封することぐらいなら出来る。蓋を開けるのは……これはもう力づくで開けるしかない。全身のばねを使って、何とか蓋をこじ開ける。中に入ってしまえばこっちのものだ。そこにしまってあるのは、クワガタ型の基本武装。それをその場で組み替える。普段は自分の手で組み立てることなどないので、少し時間がかかるが、幸い時間は充分にある。自分の頭ほどもあるパーツのひとつひとつを丁寧に組んでいく。
出来た。ブラウヒルシュ。私の使役する、サポート武装だ。これを扱うのはあまり得意ではないが、今日は戦闘をするわけではない。複雑な起動も、他にやることがあるわけでもないのだ。動かすだけなら、なんとでもなる。
「アルキオネ、メサルティム、少し出かけてきます」
「珍しーね、シャウラが一人で出かけるなんて」
「貴女の言葉を借りれば、そういう風向きの日もある、のですよ」
「行ってらっしゃいッス!」
窓を開けてブラウヒルシュに座ると、ふわりと宙を駆け始める。向かう先はアパートから一番近いコンビニだ。まだ冷たい朝の風を切って飛んでいく。
我が家から最寄りのコンビニまで、ブラウヒルシュに乗って悠に十五分ほど。いかに近いとはいえ、神姫とその武装だけでの道のりではゆっくりとしたものだ。まあ、特に急ぐ道でもないのだけど。第一、神姫の身ではコンビニの自動ドアでさえ自分だけでは開けられないのだから、急いだところで仕方がない。入り口の辺りでしばらく待つと、人間のお客さんがドアを開けてくれる。それと一緒に店内に滑り込むと、レジ前の季節もののコーナーを目指す。去年は買うことはなかったが、ここで取り扱っていると知ることが出来たのは大きなアドバンテージだ。
あった。主が普段買われるお菓子より、いくらか高級な箱入りのチョコレート。この小さな体では、あまり大きなものは買えない。せめて、持てる範囲で一番高価なものを選んでレジまで持っていく。主は、喜んでくれるだろうか……。
会計は電子マネーだ。主が何かあったときのためにと、私達それぞれに、少額ではあるが持たせてくれている。普段なら主のいないところでお金を使うなど考えられないが、今日だけは特別だ。レジで読み取り機に手をかざして、会計終了。
帰りもドアが開くまで待つつもりだったが、親切な店員さんがレジから出てきてドアを開けてくれた。丁寧に謝意を伝えて、家まではひとっ飛びだ。風にあおられて少しよろめきながら。
主が帰ってきたら、一番にお渡ししよう。主は喜んでくれるだろうか。私に笑顔を向けてくれたら嬉しいのだけど。そんなことを考えながら、ブラウヒルシュは我が家への道を辿っていた。
メサルティムの場合。
姉さんが出かけたのは、自分にとってもチャンスだ。アルキオネさんは、リビングで特撮を見始めた。ああなったら、たっぷり一時間はてこでも動かない。その隙に今日の一番のミッションを片付けなければならない。
そうと決まったら急がねば。自分に残された時間は、それほど多くはない。まずは出しっぱなしになっている、自分の装備が必要だ。昨日ご主人に片付けろと言われたのを、このためにわざと放っておいたのだ。レッグパーツをサバーカに換え、チーグルサブアームを背負う。これで準備完了だ。
次は、材料の確保。これもこの日のために、ご主人に買っておいてもらってある。勿論、目的はご主人には伝えない。あくまでも自分達のおやつとして買ってもらったのだ。台所に向かうと……あった。早速パッケージをはがし、中身を取り出す。
次は、調理器具の用意だ。乾燥台に置いてあるお鍋を取ると、コンロに運ぶ。中にはさっきのチョコレート。これで準備完了だ。おっと、忘れるところだった。溶かしたチョコレートを冷ますための器が必要だ。冷蔵庫の横にかかっているアルミホイルを引っ張り出して、器状に形を整える。今度こそ、準備完了。後は火にかけて、チョコが溶けるのを待つだけだ。
ご主人が帰ってきたら、どんな顔をするだろう。きっと、自分だって女子力というやつがあるのだと、見直してくれるに違いない。でも、そこまでは望まない。ただ、喜んでくれるといいな。
少し口元が緩むのを感じながら、コンロに火を点した。
アルキオネの場合。
今日はバレンタイン。マスター、早く帰ってこないかなー。とりあえずボクはマスターの神姫なんだから、マスターのチョコはボクのもの。そう言っても差し支えあるまい。
あー、でもマスターぼっちだからなー。もしかしたら義理チョコのひとつくらいしかもらえないかもしれない。まあ、そうだったらそうだったで、残念だけど、マスターに分けるのは諦めよう。
何かおかしいって? そんなことは、ない。ボクのものはボクのもの。マスターのものはボクのもの。昔の人は良いことを言ったもんだね、本当に。
さあ、受けとる準備はいつでもいいぞ、早く帰ってこないかなー、チョコ。