蠍の尻尾   作:深波 月夜

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 Dグループには、既に選手が集まっていた。リストを見ると、知っている名前はない。もっとも、俺が知っているような超一流のプレイヤーはこういうイベント的な大会には出ないのかもしれないが……いや、いた。ただ、その名前は純粋に神姫プレイヤーとして有名、というわけではない。

 鶴畑和美。

 国内では神姫に関連した事業で有名な、鶴畑グループの長女で、上二人の兄も神姫プレイヤーだ。確か、和美だけでなく、長男の興紀と次男の大紀もファーストリーガーだったはずだ。次男と長女は性格に難があると言うか、あまりほめられた人間ではないらしく、よくない話の方で有名なのだが……。

 まあ、偏見かもしれないが、この手のゲームである程度以上の強さを持っている人間なんて、大なり小なり何かを抱えているのだろうとも思うが、噂は噂。実際の人間性なんて、分かるものではない。それこそ一度バトルロンドで向き合ってみれば、真偽も分かろうというものだ。

 

 渡された対戦表から顔を上げ、対戦筐体に向かう。予選のリーグは、四人で一グループのリーグ戦。それが十六のブロックに分かれて進められる。その各グループの中で、勝ち点の多い一名が二日目の決勝トーナメントに進めるという仕組みだ。それこそ花道ではないが、「要は三回戦って、負けなきゃいい」のだ。

 

 

 一回戦の相手は、紅緒だ。紅緒はサイフォス同様、甲冑による高い防御性能と刀剣による格闘能力を誇る。特にその戦闘の中心は為虎添翼と怨徹骨髄という大小の刀だ。刀を使うことを学び始めたシャウにとっては、思うところのある相手だろう。

「シャウ、兼定も持って来てるけど、入れるか?」

「いいのですか?」

「シャウが使いたい、と言うのなら」

「是非お願いします。紅緒型と刀で戦うのは、ひとつの目標でもありましたから」

 それじゃあ、とサイドボードの設定に、シャウの愛刀『和泉守兼定』を入れる。これは神姫の武装としても最高の逸品で、手に入れて以来シャウが欠かさず鍛錬に用いてきた刀だ。実戦で使わせるのは初めてだが、それでも珍しく、シャウの表情には自信のようなものが見て取れた。

 

バトルフィールドは「闘技場」。円形のコロシアムのような建築物の中で、隠れるところはあまりない。観客席なども無人で、入ることは出来るが大半はリングで構成されたステージだ。

 対戦相手の紅緒は、軽装備。茜之胸当と蘇芳之肩当を左側だけ着け、後は朱雀之臑当を着けているのみだ。腰の刀もよく見れば一振りだけ。

『来たでござるな、いざ尋常に勝負でござる!』

 鞘を払って、白刃がひらめく。その姿は、まるで風車に対する騎士のような滑稽さがあった。相手を侮るわけではないが、フル装備の神姫に対して、ライトアーマーと同程度の装備で挑むには、並々ならぬ戦術や経験が要求される。神姫の強さは装備の強さであると言うのも、決して間違いではない。神姫に出来ることというのは、装備によるところが大きいのだ。攻撃を防ぎたければ装甲を、遠距離を攻撃したければ銃を装備させればいい。それが少なくなるということは、取り得る選択肢が少なくなるということだ。勿論、選択肢が多ければよいというものでもないし、いかに強力な武装と言えど、神姫自身が使いこなせなければそれはないのと同じだ。しかし、敢えてその選択肢を極端に少なくしているとすれば、導き出される答えはふたつしかない。即ち……。

「極端に弱いか、逆に極端に強いか……だな」

 極端に出来ることが少ない、弱い神姫か。逆に一芸に特化し、何者にも劣らない技を持った強い神姫か。どちらにせよ、その風貌だけを見て侮ることは出来ない。そこから先は、実際に刃を交えてみなければ分からないのだ。

『主……お願いがあるのですが』

「まあ、大体分かるよ。好きにやってごらん。サイドボードの兼定を送るから」

『ありがとうございます……主』

「ん?」

『必ず、勝利を持って帰ります』

 

 

 両脚が、しっかり大地を踏みしめたことを確認して、リアパーツを除装、ポリゴンの屑に分解される。それと同時に、私の右手には愛刀、和泉守兼定が握られる。

「むむ、装備を外して、どうするつもりでござるか」

「尋常に勝負、と言うならば、対等でなければそうは言えますまい。貴女とは、この剣で勝負がしてみたい、そう思ったので」

 怪訝な顔をした紅緒の表情が、一気に晴れる。

「ほほう、中々に見上げた心意気、かたじけのうござる。しかし、剣における勝負とあれば、話は別であるが故……」

「ええ、勝負は勝負、ですから……」

 私も、兼定の鞘を払う。

「では改めて……」

「いざ、尋常に……」

「「勝負!」」

 声を上げると共に地を駆ける。振るわれた刃が、火花を散らす。闘技場の中央で鍔迫り合い。力でも、紅緒は決してこちらに劣らない。力を何とか横に流し、お互いが距離を取る。しかしその間を惜しむように、刃が振るわれる。正面からの突き。横から払われる。返す刀で横薙ぎ。それを受け止め、再び鍔迫り合い。

「なるほど、中々の手練れ……強うござるな……!」

「恐悦、至極……!」

 その刹那、見舞われた膝蹴りを、同じく膝を上げて防ぐ。次いで後ろに距離を取る。

「中々のお手前。感服仕ってござる。お主ほどの腕前ならば、こちらも奥の手を使わざるを得ないでござるな……」

『シャウ、スキルを仕掛けてくるかもしれない。注意して』

「承知、しかし……」

 紅緒が握っている刀は為虎添翼。紅緒型のデフォルト武装だ。そのスキルは『蒼天斬月』。出が早く、カウンターとして使われることの多いスキルで、その斬撃は強力。だが、それは居合い抜きの技であったはず。鞘を払った抜き身の状態では使うことの出来ないスキルだ。それをこのタイミングで放って、効果的とも思えない。

「天見よ、地見よ、人よ見よ! これぞ我がスキル! 『国士無双』! 発動!」

 

 

国士無双。確かに紅緒はそう言った。オリジナルのスキルだろうが、外見にも、何か変化があったところはない。そう、何も起こらなかったのだ。だが、そんなはずはない。何も起こらないスキルなど、ないはずなのだ。

 それに、紅緒が使う『国士無双』、というのが、記憶のどこかに引っかかる。どこかでそんな話題を聞いた覚えがある。しかし、有名なスキルや強力なスキルなら、忘れるはずがないのだが……。

 画面の中では、紅緒が為虎添翼を振るっている。それを刃で受け損ねたシャウが、左腕のアームガードを使って咄嗟に受ける。その刹那、紅緒の背後に大きく「国」という文字が表示される。

「何だ? あれがスキルの効果なのか?」

 思わず声を上げるが、それで特に何かが変わったわけでもない。「国」というエフェクトにも当たり判定があるわけではないし、トークンのような自律行動をするわけでもなかった。ただ、文字が表示されただけなのだ。

「国士無双……紅緒の使う、国士無双……どこかで聞いた覚えが……」

 口の中で、言葉を転がして考える。その間にも、攻防は続いている。シャウが突く。しかし、体勢が悪く、浅い。その隙を、紅緒は見逃さない。突くために伸ばした手を、為虎添翼が鋭く打つ。それを構えを崩し、アームガードでいなす。すると、刃が触れた瞬間に、今度は「士」の文字が表示される。思い出した! 『国士無双』!

「シャウ、いったん距離を取れ。その剣、触れては駄目だ!」

『主? っ、承知!』

 俺の声に、シャウが後ろに跳び退る。その反応を見て、紅緒がにやりと口の端を持ち上げる。

『ほう、このスキルの正体を、気づいてござったか……存外に有名になったものでござるな?』

『主、何か分かったのですか?』

「ああ、あのスキルは……」

 

 曰く、ロマン砲。

 曰く、使い勝手最悪のスキル。

 曰く、使う前に終わるスキル。

 曰く、むしろ、終わらせないと駄目なスキル。

 スキル『国士無双』……それは、自分の攻撃を四回相手に当てることで発動する、ステータスアップスキルだ。しかし、実戦の最中に、わざわざ隙を作ってスキルを使い、その上で四回攻撃を当て、ようやっと発動してその効果がステータスを上げるだけ。確かにその上昇率は少なからぬものではあるのだろうが、それにしたって割に合わないスキルだ。以前花道達との話で挙がった、一部では有名な駄スキルだった。

 

『その通りでござる。某のスキル、『国士無双』……これは我が主が考案された、フラグを蓄積することで効果を発揮するスキルでござる。後二回攻撃を当てることで、文字通り国士無双の能力を得ることが出来るのでござるよ』

 誇らしげに語る紅緒。その言葉には、自分のスキルを卑下するようなところは微塵もない。自らのスキルに、絶対的な自信を持っているかのようだ。

『後二回、それがお主に残された猶予でござるよ……』

『そんなもの、食らわなければ!』

 そうなのだ。四回も攻撃を当てることが出来るのなら、そのときは既に勝負を決するほどのダメージが与えられているはずだし、そうあらねばならない。四回も攻撃を当てて、そこから勝負を動かし始めよう、などと言うのは悠長に過ぎるのだ。

『それは、どうでござるかな!』

 再び闘技場の中央で、激しく剣戟がやり取りされる。小さく振られた刃が、シャウの右頬を掠める。代わりに紅緒にも浅傷は入っているが、紅緒はそれを気にする様子はない。それどころか、背後に刻印された「無」の文字に、誇らしげな様子さえ見せる。

 ……これはもしかして、恐しいスキルなのではないだろうか。いかにシャウほどの腕を持ってしても、相手をまったくの無傷で倒すのは難しい。しかも一撃入ってしまえば、次を受けるわけにはいかないという心理的な重圧がのしかかる。そしてそれは、攻撃を受けるたびに重圧を増し続けるのだ。

 シャウの刃が、紅緒の頬を切る。しかし、紅緒は自分のダメージをまったく意に介さない。受けている傷の数では、紅緒の方が遥かに多いのに、だ。残されたLPの上でも、当然紅緒の方が下回っている。それでもなお、紅緒は前に出てくることを止めないし、そこにはためらいも微塵も感じられない。スキルが決まったら勝てるという保障もない。しかし紅緒は、スキル『国士無双』の成功が自らの勝利であると言わんばかりの勢いで、前に、ただ前に出てくる。そして……。

『っ……!』

『我が事、成れり!』

 シャウの一撃が、入った。しかし、それと同時に、浅いが一撃。紅緒の刃が、シャウに入った。「双」の文字が寸刻表れ、次いで「国」「士」「無」「双」の字が立て続けに表れる。それを背負ったまま、紅緒の全身からスキルを発動したときの光が吹き上がる。

『これぞ、『国士無双』、第二段階。某の力を、極限まで高めてくれるスキルの本領発揮でござるよ』

『くっ……!』

「落ち着け、シャウ。あの状態になったからって、それで勝負が決まるわけじゃない。ダメージレースでは勝ってる。セオリー通り押し切るんだ」

『それは、どうでござるかな!』

 大上段からの打ち下ろしが迫る。が、剣の速さが変わったようには見えない。兼定を横に構え、左腕を添えて防御の姿勢でそれを受ける。が……。

『なっ!?』

 攻撃を受け止めたシャウの体を通り越し、足元のリングに、ひびが入る。闘技場ステージでは破壊可能なオブジェクトは少ないが、リングは破壊可能オブジェクトに含まれている。しかし、単純な一撃でそれを破壊するなんて!

『そらそら、次々と参るぞ!』

 やはり動きが速くなったわけではない。しかし、そこに上乗せされている力は規格外だ。後ろに跳び退り、かわす。勢いのままに地に叩き付けられた一撃は、石版のリングに大きな太刀傷を穿った。

『なんという威力……』

『どうでござるか、我がスキルの威力は』

 紅緒が破顔する。まるで、その力を振るうことが嬉しいみたいに。

『某のために、我が主が組んでくださった、専用のプログラムでござるよ。この技をもってして、某に敗北は許されておらぬ!』

『……それは私とて同じこと! 主に勝利を捧げると、私は誓ってここに来た! ただ負けるわけにはいかない!』

 今度はシャウの方から仕掛ける。駆ける勢いをそのまま刀に乗せて、上段から兼定を振り下ろす。が、紅緒はそれを片手で凌ぐ。開いた左手が拳を作り、無防備なシャウの腹に一撃が突き刺さる。

『ぐっ、ううっ……!』

 大きく吹き飛ばされるが、姿勢を崩しながらも何とかこらえる。そこに、追撃の打ち下ろし。国士無双の第二段階を発動させてからは、紅緒の攻撃は全てが全力だ。受け止めるには体勢が悪い。咄嗟に横に飛んで避ける。寸刻前にいた場所が、温めたバターのように軽く斬られる。

『なるほど、某もお主も、負けられぬ者同士。しかし勝負の場にあって、いずれかは敗北するのが必定でござる!』

『いかにも……それでも私は負けません!』

『戯けがッ!』

 全身の力を込めた紅緒の一撃を、シャウも全霊で受け止める。しかし、双方の力関係は完全に覆された。鍔迫り合いには持ち込めない。しかし、シャウは力では劣ることの方が多かった。訓練でさえ、ストラーフであるミーシャには純粋な力では劣るのだ。それを繰り返したシャウは、力に勝る相手をその技で切り返すことを学び続けていた。今も、わずかな力をかけて一度は受け止めた紅緒の剣を逸らす。勢い余って、リングを切り裂く為虎添翼。そして、大きく体勢を崩した紅緒。

『てええぇぇいッ!』

 胴に一撃。確かに兼定の刃が、紅緒を捉える。だが、紅緒は倒れない。

『侮るな、この国士無双、単に攻撃力のみを上げるスキルだと思ってござるか!』

「ハイパーアーマーか!」

 ハイパーアーマーとは、バーチャルでスキルを使ったときの追加効果のひとつで、ダメージを軽減しつつ、そのダメージでの衝撃を緩和する。要するに、よろけたりふらついたりしにくくなるという状態だ。『国士無双』の効果でも、それが付与されているらしい。

『ハイパーアーマーとて、ダメージがなくなるわけでは!』

『然り。然れどもそれは、当てられる者の台詞でござろう!』

 振り向き様の一撃に、当然のごとく合わせてくる。二閃、三閃、足を止めて打ち合う。かと思えば、どちらともなく、飛び退り距離を取る。

『嬉しく思うでござる。ここまで打ち合えるとは』

『何を……?』

『我が主のスキルの力、遺憾なく振るえる相手と出会えた。そのことに、感謝するでござる。名を、未だ聞いていなかったでござるな……何という?』

『……シャウラ』

『シャウラ殿。その名、某の記憶に留めておくでござる。それでは改めて、参るぞ、シャウラ殿!』

『応!』

こまかい技など必要ない。そう言わんばかりの一撃が、頭上から打ち下ろされる。かわす。半身にずらして、必殺の一撃がシャウの身体の真横を通り過ぎる。が、それでもまだ紅緒の攻撃は終わらない。もう一撃。下から切り上げてくる。Vの字に振るわれる為虎添翼を、真上からの切り下ろしで迎え撃つ。渾身の一撃に、どちらの神姫も、吼えた。

 

 決着の瞬間だった。

 

『なんとっ……!』

『これは……!』

 その幕引きは、戦っていた二人にも意外なことであったらしい。

 甲高い音を立てて、為虎添翼が、折れた。寸刻宙を舞った刃先が、闘技場のリングの上に突き立つ。

 しばし、二人の間に沈黙が流れる。まるで、その数秒だけ時を止めたような静寂が支配する。そして、シャウが紅緒を見据えたまま、一歩、引く。

『替えの刀を出してください。それだけの軽量装備なら、サイドボードに用意くらいあるでしょう』

 その言葉に、意外そうな表情を向ける紅緒。

『ふっ……ははははは! 参った、よもや、そんな言葉を聞こうとは!』

 唐突に、笑う。

『ふ……負けよ負け、某の、負けにござる。確かに、予備の刀の用意はある。しかして、今の攻防には某の魂さえ賭けた。それを砕かれて、負けを認められぬほど、某は醜くなりたくはないでござるよ』

 折れた為虎添翼を、リングの上に放り出す。

『何より、お主がその気なら、某は今、返す刀で斬られていて、おかしくなかった。御見事にござる』

『……刀に、救われました。それだけが、勝負を分けた。もし、佩いている刀が逆であったら、私が負けていたでしょう』

『良き刀をお持ちでござるな。いずれ名高き逸品に違いない。大事にされよ』

 どっかりと、シャウに向かったまま胡坐をかく。その顔には、清々しい笑みが満ちている。

『さて、介錯を願おうか。某、敗北を認めたりとは言え、刃にかからず、引く道は残しておらぬ故。出来れば、その名刀にて』

『……名を、まだ聞いていませんでした』

『小十郎、と申す』

 そう言うと、小十郎は背を向ける。最後は認めた相手の手によって幕を引きたい。そういう思いもあるのだろうか。シャウが、無言で兼定を振るった。

 

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