Dグループの最終試合。いよいよ、この一戦で予選は終了だ。俺が対戦筐体の方に移動すると、対戦相手は既に待っていた。少し急いで筐体に駆け寄る。
「貴方が予選リーグの最後の対戦者ですの?」
「ええ、よろしく、鶴畑和美さん」
「あら、ワタクシのことをご存知でしたの? まあ当然ね、ワタクシはかの鶴畑三兄弟の末妹。ファーストリーグ148位のリアルリーガーなのですから」
リアルリーグとは、ファーストリーグの別称だ。ファーストリーグではセカンドまでのリーグと違い、基本的に試合がリアルバトルで行われるため、こう呼ばれることがある。
その中でも、武装神姫草創期からファーストリーグに君臨し続けるのが、鶴畑三兄弟と呼ばれる、鶴畑コンツェルンの御曹司達だ。特に長男の興紀は最初期から最強の神姫マスターの一角として君臨し続けている。その弟の大紀はファーストの中でも下位ではあるものの、やはり初期からファーストリーグに在籍している。が、八百長試合などの黒い噂が絶えない人物であり、金に飽かせた装備を積むことでも有名で、性格的にも下位のプレイヤーを必要以上にいたぶるなど、あまりお近づきになりたくないプレイヤーの一人だ。
鶴畑和美も若干十二歳でデビューを飾った新星として一時期もてはやされていた。が、大紀同様あまりいい噂は聞かない。まあ、噂がどうあれ、バトルには関係がない。むしろ、実際に手を合わせれば、噂の真偽が確かめられるだろう。何より、下位とは言え彼女がファーストリーグに在籍するプレイヤーだと言うのは事実だ。実際、俺達が苦戦した紅緒の小十郎やイーアネイラも下している。
「どうしましたの、ぼんやりとして。ははあん、貴方、ワタクシの美貌に見とれてらしたのね。でもお生憎様、ワタクシ、貴方のような雑草には興味がありませんの。精々、ワタクシとジャンヌの踏み台として、振舞ってくださいましね」
……前言撤回だ、少なくとも近寄りがたい人物であるのは確からしい。無論悪い意味で。
「さて、武装はどうしようかね……あの、シャウ……?」
シャウは憮然とした顔でねめつけてくる。一体どうしたと言うのか。
「どうしたの……?」
「あの娘……主を……雑草などと……」
「シャウ……?」
「主、お任せください、あんな娘の神姫、私が叩き斬ってご覧に入れます」
……そんなことで腹を立てていたのか。俺は嘆息をひとつ吐くと、シャウの頭の上に指を置く。
「そんなことで心を乱すな」
「そんなことなどと……! 私にとっては重要なことです!」
「分かってないな、試合前の挑発に乱されるな。あんなのは試合前のマイクパフォーマンスみたいなもんだろ。それで有利になるんだったら、俺だって挑発のひとつやふたつはやるさ。そうしないのは何でか、分かるか」
シャウの視線が寸刻緩む。
「分からないか。俺達の求めてるものは、そんなものじゃないだろ。だからやらないのさ。勝つことは二の次だ。だからお前も、小十郎と兼定一本で斬り合ったんだろ」
「あ……」
腑に落ちたらしい。眉間から険が取れる。
「勿論、花道達との約束もあるからな。負けたくはない。だが、それはそれだ。俺達の敵はいつも自分達だ。違うか」
「申し訳ありません、主……」
シャウが、しゅんとうなだれる。わずかな沈黙が流れるが、続けて口を開く。
「とりあえず、武装だ。確か鶴畑和美のジャンヌは重装のサイフォスだったはずだ。いつもどおり、高速で迫って斬り捨てるのがいいと思うが」
「主……」
「大丈夫、ファーストリーガーに、見せてやろう。俺達の強さを」
「はい……!」
シャウの顔から、憑き物が落ちた。まったく、試合前にとんだ小技を仕掛けてくる。だが、ファーストリーガーにしては手が安い、というものだ。見せてやろうじゃないか、俺達の強さを。
バトルフィールドは、再び「闘技場」ステージ。正直、このステージで鶴畑和美の重装型サイフォス、ジャンヌとやりあうのは不利だ。身を隠せるようなオブジェクトはないし、どこへ逃げても相手からは丸見え。おまけに射程の外には逃げられないときてる。こう言っちゃあなんだが、これも仕込みのような気がしてならない。
が、そんなことはどうでもいいのだ。俺達は俺達のやれることをやる。そのために……。
「感じるな、考えろ……勝利への道筋を……」
俺はあえて口に出す。この言葉は、ある人が俺に教えてくれた言葉だ。
『何か言いましたか、主?』
「いや、なんでもない。始まるぞ、集中してかかれ」
『はい』
『Leady...Fight!』
電子音声が、試合の開始を告げる。
『おーっほっほっほ! さああ! やっておしまいなさい、ジャンヌ!』
『イエス、マスター』
っ! インカムを通じて、馬鹿でかい高笑いが耳をつんざく。あの女、わざわざこっちにまで回線開いてやがる。てっきり安い挑発でシャウの平常心を乱してくる策かと思ったが、ここまで来ると天然であれをやってるのかと疑いたくなってくる。
画面の方ではミサイル、3.5mm砲、ガトリングにランチャーと、大型火器をハリネズミのように背負ったサイフォスが、その砲口を一斉にシャウに向けているところだ。
「シャウ、まずは広く動ける空で、機動力を活かせ」
『はい、征きます!』
シャウが闘技場の上空へと退避。それを追って、様々な弾薬が雨霰のように撃ち出される。砲口が白煙と爆音とを撒き散らし辺りはもうもうとしている。だが、それでもまだ射撃を止めない。弾薬の予備は山ほどあると言いたげだ。
『ジャンヌ! あんなもの、花火と同じだわ! 撃ち落して咲かせてあげなさい!』
『イエス、マスター』
火線が集中する。お世辞にも正確な狙いとは言いがたいが、なんとやらも数撃ちゃ当たる。数発の直撃コースの弾はシールドで防ぐ。爆発だけがやたらと派手に青い空に咲く。
『ほーっほっほっほ! やはりセカンドの雑草など、私の勝利を彩る華にもなりませんわね! ジャンヌ、どんどん撃ち込んで、ミンチにしておやりなさい!』
『イエス、マスター』
相手は回線を開きっぱなしで、指示まで全部筒抜けだ。もっとも、大雑把過ぎて作戦も何もあったものじゃないが。
「シャウ、回避機動を混ぜつつ接敵。盾は目眩ましにもなる。有効に使え」
『承知!』
手足やサブアームを振り、それに合わせてバーニアを吹かす。AMBACと呼ばれる姿勢制御方法だ。高速機動と質量武器を兼ね備えたエスパディア型は、本来こうした独特な機動で飛び回ることを得意としている。慣れればそれによってジグザグに飛んだり、飛びながら真横にずれたり、といった動きも可能だ。本来の機動力より加速力を取った高速飛行セッティングにしていても、その動きの本質は変わらない。
避けられないものだけを防ぐために、シールドを張りながら、一気に相互の距離を詰める。元々機動性の低いサイフォスがあれだけの武装を積んでいるのだ。もはや神姫と言うより固定砲台。距離を詰められたから逃げる、なんて動きは到底出来ない。
『きいぃーっ! ジャンヌ! スキルを使いなさい! そのちょこまかうるさい羽虫を、叩き落とすのよ!』
『イエス、マスター』
……俺は雑草で、シャウは羽虫ときたか。面白い。ならば羽虫も刺すってことを教えてやろう。
「シャウ、大きいのが来る。セブンスソードを盾に」
『了解です!』
スキルの光が両者に灯る。一層勢いよく吐き出される弾丸の嵐。だが、見た目は派手だが狙いがなっていない。これじゃ無駄遣いもいいところだ。確かに威力も上がっているらしく、バヂイッ、バヂイッ、と展開したバリアシールドが引き裂かれる音がする。が、更にその内側に張られた大盾。バスターソードも、用途を変えればビームシールドとして扱えるのだ。結局それを貫くことなく、ジャンヌのスキルは終わりを告げる。それなら今度は……。
「バスターライフルだ。一気に密着するぞ」
『はい!』
即座に第二段階を発動。さっきまで盾として使っていたエネルギーを、前方に撃ち出す。もっとも、狙いはジャンヌ以上に適当だ。だが、それで充分。
『こんなもの! 所詮目眩ましでしてよ、ジャンヌ!』
さすがファーストリーガー、分かってらっしゃる。だが、そう思うなら指示のひとつも投げてやるべきだったな。接敵して、一気に斬りかかる。3.5mm砲とランチャーが、GNソードⅤの一閃で竹筒のように斬られて落ちる。しかし次の瞬間、ボン、という音と共に大量の煙が視界を遮る。その突然の出来事にシャウも後ろに跳び退る。
『大火力相手には接近戦。そんな凡百の策で、ワタクシのジャンヌが攻略出来ると、本気で思ってらして!?』
しまった、あれはスモークを焚いたのか。みすみす敵に換装する時間を与えてしまった。煙が晴れると、そこには正当な騎士型がいた。が、手にしているのは両刃剣『コルヌ』ではなく、大振りなレーザーブレードだ。反対の手には、大盾を握っている。
『お生憎様、ワタクシのジャンヌは接近戦でも強いのですわ! さあ、ジャンヌ! 下郎を打ち払いなさい!』
まあいい、そうなってしまったことは仕方がない。それならそれで、いつもの通りにやるだけだ。対するシャウの装備は三刀。GNソードⅤと、鬼姫だ。
「さあ、こうなればこっちの土俵だ。思う通りにいってこい」
『はい、征きます!』
相手の意図にはまったのは確かだが、状況を変換してシャウに伝える。これだけでもシャウの動きは格段によくなる。サブアームを展開し、鬼姫で猛然と斬りかかる。ジャンヌの方は盾で受けて、カウンターを取る構えだ。搦め手など差し挟む隙もないくらいの、真っ向からの打ち合い。 横薙ぎ。盾が受ける。それにも構わず、更に盾の上から、二撃、三撃。強化プラスチック製の盾に、見る間に大きな傷が刻まれていく。隙を突いて、大振りな光剣で反撃に出る。GNソードⅤで受け止めるが、出力差は明らかだ。このまま受け続ければ、機能不全を起こしかねない。
「シャウ、相手のブレードは出力が高い。鬼姫を防御に回して」
「はい、主!」
即座に攻撃と防御を切り替える。鬼姫の材質は、カスタムナイフを作るのにも使われる鋼だ。ホビーバトルで使われる程度の出力ならば、多少規格外でも溶断されるようなことはない。二合、三合と打ち合う。流石はサイフォス、地力が違う。が、力では優位を取られても、技はこちらの方が巧みだ。そして、シャウは自分よりも力で勝る相手と剣を交えることの方が多かった。力に劣る場面を逆転することなど、造作もない! ましてや、装備そのままの力の差なんて、いくらでも押し返せる!
シャウが、あえてGNソードⅤでレーザーブレードを受ける。そのまま、力を逸らし、受け流す。ジャンヌの体勢が崩れ、よろける。そこだ!
『スキル、発動! 『無銘:大顎』!』
俺が組んだ、シャウだけのスキル。巨大な鋏となった鬼姫が、サブアームに支えられてジャンヌの身体を挟み込む!
『そんな鋏ごときで、ジャンヌの装甲を抜けると思ってますの!? 斬り払っておしまいなさい、ジャンヌ!』
『イエ……マス……タ……』
『ジャンヌ! どうしたの! ジャンヌ!』
青い鋏が、サイフォスの鎧ごと、鋏み斬る。これこそが、シャウの本領だ。
数瞬の間を空けて、シャウの名前が勝者として表示される。
俺の武装神姫、シャウラ。その名は、俺が誇らしく感じるほどに輝いて見えた。
「お疲れ様。よくやってくれたな」
「はい」
勝てた。ファーストリーグのプレイヤーに。その神姫に。
「シャウ、まださっきのこと、気にしてる?」
主が柔らかく、問われる。確かに、試合前の、試合中の、主を侮るあの暴言、許せたわけではない。でも……。
「もういいのです。主が、本当に侮られるような人かどうか、私は試合で示すことが出来たと思いますから」
そう言うと、私は微笑む。
「きいぃーっ! 何ですのこの試合は! ワタクシは鶴畑三兄弟の末妹、鶴畑和美ですのよ! ありえない、こんな敗北! あってはならないことですわ!」
柔らかい空気が主との間に流れた刹那、甲高い少女の叫びが聞こえてきた。その恰幅のいい身体を震わせながら、黒服の男達に当り散らしている。
「こんな試合、無効ですわ! そうよ、ファーストリーガーたるこのワタクシが、こんな、予選なんかで負けるはずがありませんわ! きっと、何らかの不正があったのに違いありませんわ!」
私の視線が、みるみる冷え込んでいくのが、私にも分かった。主が私を肩に乗せて、筐体の外に出る。怒気を含んだ視線が突き刺さってくるようだ。
「貴方! やり直しよ! 筐体に入りなさいな! 再試合ですわ!」
「何を言ってるんですか。さっきの試合に異論があるんなら、実行委員会の方に申し立てててください」
「貴方こそ何を言ってるんですの、盗人猛々しい! ファーストリーガーの私が格下の貴方に負けるなんて、ありえないですわ! 何か、不正を行ったのでしょう!」
早口にまくし立てる。私の我慢が、ついに限界を迎えそうになったそのとき。
「何を騒いでいるんですか、和美」
「あっ、お兄様……いえ、これは……」
そこにはスーツに身を包んだ青年が立っていた。鶴畑和美が、さっきまでの威勢が嘘のように萎縮したのが分かる。
「試合、見せてもらいましたよ。情けない。自らの不明を棚に上げて、対戦相手の不正を疑うなどと」
「いえ、それは、違うんですお兄様、あの、それは……」
「言い訳は聞きたくありません。戻りなさい。試合は和美、貴女の負けです」
鶴畑和美の顔色が、さあっと青ざめる。それは、彼女にとって死刑宣告に等しかったのかもしれない。明らかに肩を落とし、とぼとぼと立ち去っていく。
「助かりました。貴方は、間違ってたら申し訳ない、鶴畑興紀さん、ですよね?」
「ええ。ご存知とは嬉しい限りですね。愚妹が馬鹿なことを申し上げて、大変失礼をいたしました」
折り目正しい好青年だ。さっきの少女と兄弟とは、にわかには信じられなかった。
「いえ、いいんです。むしろ事を収めていただいて、ありがとうございました」
「とんでもない。先ほどの試合も見させていただきました。いい試合運びだった。本戦で当たるのが楽しみです」
「と言うと、既に?」
「ええ、先ほど、本戦出場が決まりました。貴方とはブロックは反対ですが、そのときはよろしくお願いします」
そう言うと、さわやかに握手を求めてくる。主もそれに応じるが、その後はそそくさとその場を後にした。
「……仮面だな。あれは」
「え?」
「多分だけど、妹よりも厄介なタイプだ。別の意味で、お近づきになりたくないな……」
寸刻、主の表情が硬いものになった。私には、そんなことは感じられなかったけれど……。
「まあ、いいさ。とりあえず、決勝トーナメント進出決定だ」
「そう、他の方はどうなったんでしょうか」
「直接会ってみれば分かるさ。もしかすると、決勝に進めたのは俺達だけかもな」
そんなこと、本心では思ってもいない癖に。と、これは口には出さないでおく。主の足は、事前に決めてあった待ち合わせの場所に向かう。そこには、見慣れたお二人の顔があった。