「主……これは……」
「んー、必要な道具の一式、ってところかな」
あまり広いとは言えない部屋に、段ボールが積まれている。宅配業者から届いたらしい荷物は、起動したばかりの私の想像もつかない量だった。
驚くやらあきれるやらの私を他所に、主はザクザクと段ボールを開け、中身を取り出していく。出てきたのはクレイドルとバトルロンドのトレーニングマシン、それから私にはよく分からない金属の板や玩具の箱、それにドリルの刃のような工具の類いや雑誌類だった。
一体何が始まるのだろう。主は喜色を湛え、忙しくなるなー、と呟いた。
武装神姫を迎えてから一週間程が過ぎた。俺の当面の目標はバトルロンドに出るための準備だ。そのために買った物は流石に結構な分量で、昨日は開封するだけで終わってしまったが、幸い明日は休日だ。今夜は十分に作業の時間が取れる。
家に帰ると着替えもそこそこに早速作業に取りかかる。まずはPC周りの配線からだ。トレーニングマシンはバトルロンドの環境を再現出来る高性能なものを用意した。友人にも相談してみたが、上を目指すなら最初からある程度のものを買った方が、最終的な出費は抑えられるとのことだ。PC側にもある程度の性能を求められるのが難点らしいが、元々PCはそれなりのものを使っていたため、問題にはならない。このマシンの決め手になったのは、十分なデータがあれば様々な神姫の戦い方を再現してくれるところだった。これで俺が学校に行っている間にも、シャウに課題を与えることが出来る。配線もあまり苦労はなかったが、細かいところはシャウにも協力して貰う。
接続を確認して、立ち上げる。取り敢えず単純なトレーニングメニューを呼び出し、実際にやってみることにする。
「どう? やってみた感じ」
インカムマイクの位置を直しつつ、話しかける。トレーニング中は、神姫の意識はバーチャル空間にあるため、こうした設備も必要なのだ。勿論なければないで構わないのだが、最近まで使っていた物が使えると言うので、引っ張り出してきたのだ。
「実際に体を動かすのとあまり変わらない気がします。でも、なんと言うか……空気が違うような感じはしますね」
「バーチャルだとそんな感覚があるんだよ。言葉にしにくいけど、重さのない透明な幕がかかったような感じがあるよね。それじゃ、トレーニングを始めてみようか」
最初は簡単な、ミッションクリア形式のトレーニングからだ。モニタの中でポリゴンが集まり、丸太のような形を作る。同時にシャウには、デフォルトの武装パーツが装着される。
『Training mode...ready...』
インカムマイクから電子音が聞こえてくる。バトルロンドに参加するにしても、どれくらい動けるのかを知らなければ話にならない。まずはそこからだ。武装神姫でのバトルは、俺にとっては全くの未知数だった。
その日から、私は主の出される課題を消化するのが日課になった。課題は様々で、制限時間内に目標を破壊するものや、決められた機動で移動をするもの、或いは目標の攻撃を受けないようにするものなど、およそ戦闘に必要な動きを学習するためのものが中心だ。
主は主で、学校から戻られると私に新たな課題を与え、工作机に向かって熱心に何かを作っている。
そんな日々が一週間も続くと、主が何を作っていたのかが分かる日が来た。
「今日からトレーニングでもこれを使っていこう。でもその前に、試着もして貰わないとね」
そう言うと主は、武装パーツを取り出した。細身のレッグパーツに小振りなナイフホルダー。中には二振りのナイフが収まっている。それと、これも小振りなアームガード、これはなにか仕掛けのありそうな作りになっている。最後に、巨大な刃をもったロングポールアックス。成る程、トレーニングマシンと一緒に届いた荷物はこれだったのだ。ここに来てからまだ日は浅いが、主について分かったことがある。主はあまり説明をしない。今回のように、結果を見れば得心がいくことは多いが、何のためにそうするのかが分からないことも多いのだ。でも主を黙って信じていれば、その道は見えてくる。私はそう結論付けた。
「さてと、まずは試着だけど、一人で出来そう?」
「いえ、初めてですし、主にお願いしたいのですが」
「そう? それじゃもっとこっち来てくれる?」
丁寧に大腿部のジョイントを外し、機械式の脚に差し替える。外した方の足も、丁寧な扱いでレザートレーの上に並べて置かれた。左太ももの、接合部分のジョイントにはナイフホルダーを固定。左腕の甲側にはアームガード。先端を見ると、ビーム発振機にもなってる様子。そして右手には大斧を握る。さらに主は基本の装備パーツの中からいくつかを取り、両肩に可動式のシールドを取り付けた。
「まぁ、最初はこんなもんだろ。ちょっと部屋の中を動いてごらん」
「はい」
言われるままにとんとんと、軽くステップを踏む。大きくジャンプし、続けてバク宙。そのままクラウチングスタートで、一気にダッシュ。なにもないところでわざとカーブし、床をS字に駆け抜ける。
「仕上がりは上々だね。ストラーフのパワーレッグには負けるだろうけど」
今度は配達された段ボール箱に、割りばしを刺したり付箋を貼ったりしたものが出てきた。
「好きにやってごらん」
成る程、主の意図が読めた。壁のような箱と平行にダッシュ。横から飛び出している割りばしを斧で両断。次に貼られた付箋にはナイフを投げつける。そのまま走ると、次は縦に付き立った割りばしが二本。横凪ぎに斧を振るい、一撃で両断する。次はわざと高く貼られた付箋に、一息にジャンプし、間近からの一撃で付箋を切り裂く。しかし着地点には短い割りばしが三本立っている。落下しながら回転。遠心力をつけた斧で切るだけでなく、なぎ倒す。
パチパチパチ……。
見上げると、主が拍手をくださっている。好きにやれと言われたままにとった行動が、これでよかったのだと安堵する。
「これなら夜の訓練はこの装備でいけるね。当面の目標はレッグパーツで走るのに慣れること。舗装地、不整地、岩場なんかもメニューにいれる。それからもうひとつ。武器の方は斧に限らずだけど、防御が出来るようになること。剣も使うし、ナイフも使う。かわすだけでも良いけれど、出来たら防御を練習してほしい。大丈夫?」
「了解です。するとしばらくデフォルトの装備は使わないのですか?」
「取り敢えず、そうなるね」
なんとなく、不安が過り始める。デフォルトの装備は、神姫にとっては一番使いやすい装備でもある。それを減らすということが、私を支える支柱を外されたように感じた。
「さて、それじゃ訓練にしようか。俺の方も、まだ全部完成ってわけじゃないんだ」
主はまだ何かを作られるつもりらしい。私は主の手のひらに乗り、トレーニングマシンの方に運ばれる。
「でもこの調子なら意外に早く装備に慣れてくれそうだね。試しにこの装備で一度、バトルロンドに出てみようか」
来た。私ははい、と短く答える。勝ちたい。勝って私は、私でいたい。主に望まれる私でありたい。そんなことを考えながら、私の意識はトレーニングフィールドに向かっていった