火口から、また炎が吐き出される。火山の下の方からは、徐々に溶岩が広がってきている。このステージはタイムアップと同時に炎に包まれ、試合終了になるのでも有名だ。徐々に足場に出来る岩場は少なくなっていく。すべてが炎に呑まれる前に、勝負をつけなければならない。試合の残り時間は、三分の一を過ぎていた。
「また炎がっ……! 本当に厄介な……!」
エスパディアの熱に対する耐性は、神姫の中でも低い方だ。アーンヴァルも耐性が高い方ではないが、それでもエスパディアに比べれば大分いい。上位機種であるMk2型が、それより低いとは思えない。その意味でも、このステージで長く戦うのは不利だ。
『そろそろ決着を急いだ方がいいな。LPの残り具合から考えると、判定がどっちに転ぶか分からない』
炎が吐き出される間隔も短くなってきている。それによる熱ダメージを考えると、判定まで持ち込むのは私の不利だ。
「シロ、ビットを!」
「おうよ、気張るぜぇ!」
主に対する返事の代わりに、シロを通じてビットを走らせる。飛んでくる火球を撃ち墜とすためには、残ったビットの半分は回さなければならない。それでも。
「シロ、残された時間は長くはありません。ビットを全機回します。深いのを狙ってください」
「一回こっきりだぜぇ? それでもよけりゃあ、行ってやらあ!」
残っているソードビット四機、すべてを攻撃に回す。背後から迫る炎をそのままに、渚さんに向かって駆ける。火球とソードビットに対して拳を振るっているところに、横槍を入れる形で一撃を狙う。
「今だ、嬢ちゃん! 狙うぜえ!」
炎の合間を縫って、これ見よがしに懐深くを狙ってビットが走る。流石にそれを見逃す渚さんではない。裏拳気味に鋭い一撃を見舞い、ビットを墜とす。
「そこだ! スキル発動! 『無銘:大顎』!」
伸ばされた腕を狙って大鋏を展開する。一撃で、『ビアンキ』の腕を裁ち落した。
「何のぉっ! 『インパルスドライブ』!」
腕を失ったことにも逡巡せず、渚さんはスキルで応戦する。背中越しに吐き出されるエネルギーの塊を、先の主の指示に従って、斜めに構えたシールドで受ける。受けた瞬間に、内側から外に向かって力を加え、受け流す。弾かれたエネルギー弾は、明後日の方向に向けて飛んで行った。
『おいおい、『インパルスドライブ』を使うのはまだ二回目だぞ……もう対応してきたってのか?』
「流石だね、シャウラさん……燃えてきた!」
この不利な状況に置かれてなお、渚さんの顔からは笑顔が消えない。制限時間が迫ると共に暗雲に覆われ始めたフィールドで、その笑顔は太陽のように眩しい。
『渚さん、そろそろ残り時間が心もとないぞ。今の一撃で、判定では完全に負け確定だ』
「分かってるよオーナー、つまり、本気を出せってことだね?」
『自分としては、あんまりあの技を使うのに慣れてほしくはないんだが、この際だ。仕方あるまい』
「シャウラさん、この技があたしの切り札。この技を食らってまだ立っていられれば、あなたの勝ち。でも、この技が決まれば、あたしの勝ちだよ……!」
「面白い、受けて立ちましょう!」
自分の言った言葉に、ふと思考が立ち止まる。今、私はこの勝負を、『面白い』と言ったのか……? 胸の中を覆っていた黒い感情はいつの間にか姿を消していることに気づく。代わりに胸を満たしているのは高鳴るような興奮だった。
「いくよ、シャウラさん!」
渚さんの声に、思考を切り替える。今は余計なことを考えている暇はない。そうだ。相手が何者であっても、私は前に進むしかないのだ。『格闘戦最強』であるために!
「リミッター、解除!」
リミッターを切った!
今までも鋭かった渚さんの機動だが、それはすべて自分の体が壊れない程度の、余裕を持った機動だったはずだ。その余裕を、渚さんは手放した。それは一歩間違えば、自壊の危険を含んだ行動。次の攻撃には、渚さんのすべてを賭けた一撃がくる。自然、私は身構え、渚さんと私の間にソードビットを配置する。
「スキル! 発動ぉおう! 『じぃぃん! らぁぁい』!」
神雷! 渚さんの二つ名、『白光』の元になったスキルだ。
「降りよ雷! 神鳴る力!」
天を覆う黒雲から、渚さんに雷が落ちる。その全身から、紫電が迸る。
「『白光』の渚! 推して参る!」
既に辺りは薄暗くなっている。足元から迫る溶岩と、光を放つ渚さんの周りだけが切り取られたように明るい。その闇を切り裂いて、光に吸い寄せられるように、駆け廻るソードビット。残された三機のビットが時間差で、刃を振るう。だが、それは瞬時に叩き落とされる。速い!
「なんだとぅ!? 今のタイミングで、三機まとめて墜とすのか!?」
シロが背中で驚嘆の声を上げる。渚さんに残された片腕と両足が、まさしく稲妻のように振るわれたのだ。
炎が次々と降ってくる。足元からはせり上がってくる溶岩。炎と炎に挟まれて、残りの時間が少ないことは目に見えて分かる。その炎をかき分けるようにして、突撃してくる巨躯の天使。
紫電を纏って、右拳が迫る。鬼姫が受ける。重い。両のサブアームを同時に振るって、帳尻を合わせる。次に振るわれたのは、左脚。咄嗟に張ったバリアを引き裂いて、迫る。左肩のシールドで受ける。装甲板の砕ける感覚が、支持アーム越しに伝わる。次いで、右脚。その大質量は、それだけでも凶器だ。蹴り上げられたその脚に、支持アームが根元から引き千切られる。瞬間を縫ってビームガンを撃ち込み反撃。が、確かに胴を捉えたその一撃にも、まったく怯まない。上げられた脚が振り下ろされる。アームガードを的確に、踵が打ち下ろす。渚さんの長い髪が、目の前に広がる。その後を追うようにして、下から思い切り蹴り上げられる。体が、思い切り持ち上げられる。決して軽くはない重量の装備を背負った私の体が、自分の意思に反して宙を舞う。
「ダイナミック! ライトニング! オーバー! いっけえぇぇッ!」
紫電が弾け、まるで渚さんの体が巨大な鳳凰のように見えた。これが、『白光』と謳われる渚さんの本気……!
だが、私だってまだ負けていない!既にLPはぎりぎりだ。それでもなお、ここで引くわけにはいかない。渚さんに背負うものがあるように、私にだって引けない理由がある!
「……迎え撃つ! 『無銘! 大顎』!」
事この場面に及んでも、闘志は果てなく燃え上がる。それはきっと、渚さんも同じだろう。
ダイナミック・ライトニング・オーバーを繰り出す渚さんの脚を、鬼姫の形作る大顎が挟み込む。奇しくも、互いの二つ名の元になったスキルを真っ向から撃ち合う形だ。
渚さんの背から長く引かれる光の尾。その力のすべてを受け止めるのは、主の作ってくれた双刀。そしてそれを振るう技は、主が組み立ててくれた、私だけの技。それが決して、この場で劣るとは思わない!
「でやあああぁぁっ!!」
「うおおおぉぉああっ!!」
ぶつかり合う力と力。互いの限界に迫る我慢比べ。
白い光と青い光が渦を巻く。その奔流の中で、私の意識も、光の中に溶けていった。
武装を解いてケースに納めると、シャウを手に乗せた。申し訳なさそうな顔の相棒に、気にするな、と指の腹を頭に乗せる。
「なんだか、初めてバトルをした日もこんな感じだったな。覚えてるか?」
「はい。そのときも、負け戦でしたから……よく覚えています」
あの時とは舞台の大きさも、相手の強さも、まったく違うんだけどな。
「仕方ないさ、フィールドの当たり外れもある。反省会は後でやるとして、今は少し切り変えよう」
「はい……申し訳ありませんでした……」
「なんで謝るんだ?」
俺の声は、自分でも感じるくらい間抜けた響きを含んでいた。だが、それも仕方ないと思う。それくらい、俺には謝られる心当たりがなかったのだから。
試合の結果は、判定負けだった。最後のラッシュでLPが削られていたのも敗因だったが、もうひとつの要因はほぼ常にシャウのLPを削っていたフィールドダメージによるものだ。まあ、それがなかったら負けなかったかと言われると微妙だが。それでもいい勝負であったのは間違いないし、シャウが謝る理由にはならない。首をかしげていると手の平に水滴が落ちてきた。
「私は、勝ちたかった……勝って、主が『格闘戦最強』の神姫のマスターだって、示したかった……! そうでないと、私は、不良品の私は、主の元にいる理由がなくなってしまう! だから、私は……私……」
シャウの目からは、大粒の涙が零れ落ちている。
「主は私を救ってくれた……不良品として、廃棄されるはずだった私を……それなのに、私は何も持っていないから、何も主に返せないから! せめて、主の望まれる私でありたかった……『格闘戦最強』と呼ばれる神姫になることぐらいしか……出来ることが思いつかなくて……でも、出来なかった……ごめんなさい、主……ごめんなさい……」
俺はハンマーで頭をぶん殴られたような気がした。俺は間抜けか。一年以上も、誰よりも傍にいたはずなのに、自分の神姫がこんなにも思いつめていることに気づきもしなかったなんて。
『格闘戦最強』。それはシャウが起動した当初、最新型だったエスパディアのセールストークだ。シャウの初期不良が発覚した日、俺は確かに言った。目指してみようか、と……どんな形であれ、シャウはそれにすがって今日までいたのだということを、ようやく、ようやく俺は知ったのだ。
軽い気持ちでそう言った俺を、ぶん殴ってやりたい。後悔で頭が塗り潰されそうだ。でも今はそんなことに取られる時間はない。この、誠実過ぎる相棒に、何か声をかけてやらなければ。それが出来るのは、俺しかいないのだ。その一言を探すために、俺の頭はフル回転する。
「シャウ……こっちを向いてくれ」
うつむいて涙を零していたシャウが、顔を上げる。その頬にははっきりと、涙の筋が刻まれている。
「謝ることなんかない。シャウ。俺はお前が傍にいてくれるだけで満足なんだ。格闘戦で最強の神姫でなくてもいい。お前がお前のままでいてくれる。それだけで、俺は十分に救われている」
「救うだなんて、そんな……私なんてただの不良品で、主にしてさし上げられることなんて、何もないのに……」
「何かをしてくれなくてもいい。ただ、傍にいる。それだけだっていい。それだけで、俺は返しきれないほどのものをもらっているんだ」
それは、間違いなく俺の本心だった。
何の目的があって神姫を買ったわけじゃなかった。それでも。そんな俺を主と仰いでくれた。ただ、傍にいてくれた。それだけで、俺がどれだけ救われただろう!
「今だってそうだ。お前がいてくれたから、俺はこんな素晴らしい舞台に上がることが出来た。いろんな人達とつながることが出来た! 日野だって、花道だって、お前がいなかったら、きっとこんな付き合い方は出来てなかっただろう。それも全部、お前という存在がいたから出来たんだ。シャウ、何もないなんて、言わないでくれ。お前のおかげで、俺はこんなにも救われているんだ」
頭の中がまとまらない。それでも、俺は繰り返し、これだけは伝えないといけないと思った。俺は、お前の存在に、救われていたんだって! 俺は、お前のおかげで、今の俺でいられるんだって!
気がついた時には、シャウの涙は止まっていた。代わりに、俺の目から涙が溢れていた。
「あるじ……なんで泣くんですか……?」
「分かるもんか……ただ、俺の、今の気持ちを伝えないといけないと思ったら……とまんね……」
涙は、止まらなかった。しばらく俺達はそのまま対戦筐体を占拠してしまった。準備の都合があるので、大会が同じ筐体を連続で使用しないように設定していたおかげで助かったが、もしそうだったらさぞかし迷惑だったことだろう。お互いの涙が収まったころ、俺達はようやく筐体の外に出た。
「やあ、シャウラさん!」
そこにはさっきまで戦っていた、黒い髪のアーンヴァルMk2がいた。傍らに立っている男性がオーナーだろうか。
「渚、さん……? どうして……?」
「あなた達と少しお話ししたくって、待ってたのよ」
「聞き耳を立てるような真似をしてごめんなさい。なんだか、簡単に立ち入っちゃいけない話題のような気がしたので」
「いえ、こちらこそすみません、長く待たせてしまったみたいで」
俺の目はまだ泣き腫らして赤いままだ。失礼かとも思ったが、他にどうしようもない。
「あのね、シャウラさんのマスターさん、オーナーカードを交換してほしいんだけど、あるかしら?」
「オーナーカード……?」
散々泣いたせいか、まだ頭がぼんやりしている。昨日作った名刺のことだと思い起こすまで、たっぷり間を取ってしまった。
「ああ、あります。でも、何で俺達と交換を……?」
「決まってるじゃない、あなた達とのバトルが、とっても楽しかったから! ね、オーナー?」
「ああ、渚さんの言う通り。こんなにバトルロンドが楽しかったのは、近年にちょっと思い出せないくらいだ。そんな素敵なマスターと神姫なら、交換をしない方がどうかしている。勿論、君達が構わないなら、だけど」
嫌であろうはずがない。さっきの勝負は思い出しても背が震える。これほどバトルロンドを楽しめたのなんて、初めてかもしれない。むしろこちらからお願いしたいくらいだ。俺は鞄の中から名刺入れを取り出し、オーナーカードを渡す。
「ありがとう、これが自分のオーナーカードだ。もっとも、残念だけど今日は遠征の身なんで、頻繁に直接会うのは難しそうだけれど……気が向いたらオンラインの対戦でも相手してやってくれるかい?」
「勿論。むしろ、俺の方からお願いしたいくらいです」
「ね、シャウラさん。楽しかったねぇ」
渚さんの笑顔がシャウに向けられる。が、当のシャウは困ったような表情を浮かべている。
「渚さん、ごめんなさい、私……」
「ありゃ、シャウラさんは楽しんでくれなかったのかな……?」
「違うんです、私、今日まで……今の今まで、バトルロンドを楽しむものだと思っていなくて……話すと長くなるんですけれど、でも、きっと、今日のバトルは、初めて、楽しいと思えて……だから、えっと……」
シャウも言葉がまとまらないらしい。それもそうだ。今日の俺達にはいろんなことが一度にありすぎた。
「いいんだよ、シャウ。楽しかったんだろ? なら、それでいいのさ」
「主……でも……」
「シャウラさんも、楽しかったんでしょ?」
渚さんの笑顔が、ぱあっと輝くようだ。それにつられて、曇りがちだったシャウの顔にも、笑顔が戻りつつある。
「はい、楽しかった、です……」
よかった。まだちょっとぎこちないが、シャウは元気を取り戻したようだ。
「それじゃシャウラさん、あたし達、もう友達だね!」
「ともだち……?」
「そう、友達! 仲よくしてね!」
「主、いいの、ですか? 私なんかが、友達を、作っても……?」
大分重症だったんだな。今更ながら、自分の鈍感さを恥じる気持ちで一杯だ。
「いいんじゃないか、自分で決めて。俺がどうこう言うまでもなく、渚さんはそのつもりらしいけど」
シャウの視線が渚さんの目を見つめる。渚さんは渚さんで、まっすぐな視線を、シャウに送ってくれている。
「私なんかで……いえ、私でよければ、その、喜んで……」
「決まりだねっ! よろしく、シャウラさん!」
「ええ、よろしく、渚さん」
「ついでのようで悪いけど、自分もよろしく、深波君」
「ええ、よろしくお願いします」
マスター同士も握手をする。鶴畑興紀のときのような、表面上のものじゃない。心がつながるような、がっしりとした握手。
「本来なら最初に言うべきだったんですけど、準々決勝進出、おめでとうございます」
「ありがとう。でも、自分としてはいまいち今回の決着には納得していないからね。エスパディアは火山フィールドでは不利だし。機会があれば、もう一度是非対戦したい。今度は、有利不利のない条件で」
「ありがとうございます。俺の方こそ、ぜひお願いします」
「君の値打ちまで下げないように、頑張らないとな。ね、渚さん」
「そうだね! シャウラさん、応援してね!」
「勿論です」
とりあえず進行の迷惑にならないように、控室に向かって歩き始める。今日は一戦しかバトルは出来なかったが、その収穫は、並のバトルをどれだけ積み重ねてもたどり着けなかったかもしれない。
『白光』の渚さんと、そのオーナーMk.Aさん。この二人には感謝をしてもし足りないくらいだ。
俺達は控室で別れると、別の部屋にそれぞれ入っていった。今試合をやっているのは、花道の飛鳥、白雪とたつひと氏のツガル、シルビアの試合だ。途中から見て分からなくならないかと心配したが、その心配は、残念な方向で必要なかった。
「なんだよ、お前も負けたのにずいぶんすっきりした顔してんじゃねーか」
「内容が内容だったからな」
「そりゃあ皮肉か? ぼろくそ負けた俺に対するよぉー」
飛鳥の得意とするのは中距離から近距離だが、ツガルの得意とするのは近距離と遠距離で間がない。そこを衝く作戦の花道だったが、逆に振り回されて自分の良さを封じられたまま負けてしまった。
「そりゃあ、『天雷』も一撃も決まらなかったしよー。今回はしょうがねー、やっぱファーストリーガーは強えぇわ」
「まあ仕方ない、そんなこともあるさ。後は日野の試合だが……あと三試合か。今のうちに目いっぱい他の神姫の戦いっぷりを見ておこうか、シャウ」
「はい、主」
「俺飲み物買ってくるからよー、戻ったらちゃんと混ぜろよなー。行くぞ、白雪」
「はい、にいさま」
あいつ、自分のメイン神姫に『にいさま』なんて呼ばせてるのか、知らなかった……。
そして、夕方。
「いやー、負けた負けた。全国高校生大会でもこんなには負けねーってくらい見事に負けたな!」
「それだけ負けたのは花道でしょ。俺はほら、『ガトリングストーム』には勝ったし」
「その次の鶴畑の次男坊には負けてたじゃねーか」
「そうだね、あれは相性が悪かった。逆に花道があの相手と当たってたら、勝てる目は十分にあったと思うよ」
「まあ結果だけ見れば、俺と花道は一回戦敗退。日野は準々決勝敗退。まあ、そこそこだろう」
「むしろ、一番注目されたのは君なんじゃないの?」
「何でそう思うんだ、日野?」
「君は試合してたから知らないだろうけど、君達の試合の盛り上がり、あれはもう決勝とか準決勝くらいの見せ場だよ」
「ああ観客席の方、めっちゃ興奮してたもんな。もしかしたら取材とか来るかもしれねーぞ?」
「勘弁してくれ……せっかく宗旨替えをしようとしているのに」
そう、もう俺とシャウの間に『格闘戦最強』という呪いは必要ない。シャウはシャウのまま、目指すべきところを決められるようになったのだ。
「シャウ。シャウは今後、何を目標にしたい?」
「私が決めてよろしいのですか? それなら、一つ案はありますが」
「お、一体なんだ? 聞かせてくれよ」
「ふふ、主もよくご存じのはず。『格闘戦、最強』。もう一度目指します」
「シャウ、それは無理に目指す必要はないって、あれほど……」
「はい、分かっています。でも、格闘戦最強を目指して戦った、渚さんとのバトルは楽しかった。だから、私は格闘戦最強を目指し続けますよ。それが楽しいということが、分かってしまいましたから」
「そういうことか」
「いけませんでした?」
「いや、いい」
俺は無言で肩の上のシャウに人差し指を差し出す。シャウもその指先に、拳を合わせる。
「これからもよろしくな、シャウ」
「こちらこそよろしくお願いします、主」
「当然俺達とも、だろ?」
「まさかそんな薄情なこと言わないよね?」
花道が拳を差し出し、日野がそれに合わせる。二人は笑顔で視線を送ってくる。俺はやれやれと歎息をひとつつくと反対の拳で合わせる。
「いいかお前ら、卒業しても、俺達は仲間だかんな!」
「暑苦しいな、いっそこれからも神姫バトルしようぜ、くらいにしておけばいいのに」
「やる機会や時間は変わるけど、俺達は神姫でつながってる。そういうことでいいんでしょ?」
「おう、そういうことだ!」
夕日に暮れなずむ会場を後にする。花道が今日も祝勝会場を押さえていたらしいので、今日は残念会兼進路決定祝いだ。
まったく。こういう空気に触れるのを極力避けていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、俺は引き返せないほどこっち側の人間だった。
許されるなら。そう、許されるなら……。
俺はこっち側の人間でありたい……。
真っ暗な部屋の中、TVの画面だけが煌々と光っている。そこに映し出されているのは、日本で開催されているホウオウハイとかいう大会の様子だ。
特に興味があって流しているわけではないが、これでも仕事柄、競技としての武装神姫についても知っておかなければならない。
そういう無駄を好むタイプではないのだが、これも仕事だと割り切っている。そういう無駄から研究が進むことだって、ないではないのだ。そう、自分を納得させながら。しかし、不意に流れていただけの映像に、視線が釘付けになる。
なんだ、これは!
自分が見たものが信じられない。画面に映っているのは、ホウオウハイに参加しているプレイヤーの顔。知っている顔だ。いや、知っているなんてものではない。
ツクヤ……!
ツクヤじゃないか!
炎が降り注ぐ火山で戦う神姫達。その横に切り取られた小さな画面で、その男は笑っていた。
どういうことだ、冗談じゃない!
なんであいつが!
途端に、胸の中が握り潰されるような苦しさを覚える。この苦しみは、自分の中で傷が未だ癒えていない証だ。いや、痛みが風化していないという意味では、むしろ喜ぶべきなのかもしれない。
だが、その痛みを忘れたように笑う男への怒りは、どうしようもなく募っていった。その男は、今ものうのうと神姫なんかと一緒に過ごして、笑っている。それだけで、憎悪と殺意を綯い交ぜにした感情を抱くのには十分な理由だった。
そうか、ツクヤ。お前は、この苦しみを、痛みを、忘れてしまったんだな……ならば……。
――お前にも思い出させてやる……。