蠍の尻尾   作:深波 月夜

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「眼鏡がほしい?」

「はい、駄目ですか……?」

「いや別に駄目ではないけど、あれって確か特に装備効果のないアクセサリー扱いじゃなかったっけ……?」

「いえ、その、戦術的な効果ではなくてですね……」

 シャウが自分から物をほしがるなんて珍しいこともあるものだ。しかしその割に、いまいち歯切れがよくない。確かにほしい物の話をするときには、もともと控え目過ぎると言うか、なかなか欲求を出せない方ではあったのだが……?

「その……おかしいでしょうか……お洒落と言うか、着けてみたくて、ですね……」

 そういうことか。別に構わないのではないだろうか。むしろウチの神姫は揃いも揃って自分の身の回りに気を使わない方だ。アルに至っては、一度服がほしいというのでどんなものか聞いてみたら、上下揃いのイモジャージがいいと言う。まあそんな物でもせっかくだし、と思って買い与えたら、日々着たきり雀で何をするにもその格好のままになってしまった。まあアルが家の中ですることなんて、寝転がりながら特撮鑑賞くらいしかないのは確かなのだが、それにしたって神姫とは言え女の子なのだから、もう少し何とかならないものなのだろうか、と思う。

「うん、いいんじゃないの。それにしたって、シャウの方からほしいものがあるなんて、珍しいね?」

「ええ、実は、TVを見ていて、いいな、と思いまして……」

 そうだったのか。俺はウチではせいぜいニュースくらいしか見ないのだが、もしかしたら昼間俺が大学に行っている間に何か見ているのかもしれない。昼ドラのようなものに興味があるとは流石に思わないが、流行りの俳優なんかにも興味があったりするのだろうか。

「いいじゃない。ちなみに何て人? 俺の知ってる人かな?」

「はい、ええと、確かお名前は……アルキオネ、あの方、お名前は何と言いましたっけ?」

「んー? 中の人なら、ウラタロス。役者さんの方なら……」

 うむ。もう分かった。言われてみれば最近確かにその作品が流れてることが多いな、とは思っていたのだが。そうかー、シャウもハマってたかー。

 

 

「うーん、久しぶりに外に出た気がするねー」

「アルはもっと外に出た方がいいと思うぞ。いくら運動不足とかそういうものに縁がないからって、あまりにも外に出なさ過ぎだ。そのうち歩き方まで忘れちゃうんじゃないか?」

 そんなわけで、最寄りの神姫センターまでシャウとアルを連れて、買い出しだ。アルも伴っているのは、さっきの言葉の通り、あまりにも外に出なさ過ぎるためだ。俺の記憶もあいまいだが、もしかしなくてもたっぷり数カ月は引き籠っていたはずで、たまにバトルに出るミーシャとはそこが決定的に違う。ちなみに、ジャージは無理やり引っぺがして洗濯した。それもやはり、数ヶ月振りだろう。

「いらっしゃーせー……ってなんだ、お前らかよ」

「花ちゃん、おっすー」

「おはようございます、花道様」

「花道、お前はもう少し客に対する態度を考えた方がいい」

 アルバイトから正社員になった花道は、一応は真面目に社会人をしているようだが、俺や日野の前では完全にただの不良店員である。いかに半常連みたいな客であったとしても、もう少し他の客からみたらどう見えるかという視点を持った方が……。

「で、今日は何か探してんのか? 今日の大会にはエントリーしてなかったろ」

「ああ、今日はちょっと、眼鏡を探しにな……公式パーツなら、ここでも扱ってたな、と思って」

「なんだ、眼鏡属性にでも目覚めたのか?」

「そうらしいな、俺がじゃないけれど」

 適当にあしらいながら、売り場の方に進んでいく。眼鏡や猫耳など、いわゆる萌え要素のようなものを取り込もうという動きは公式にも存在し、バトルロンドでも使用可能な耐久性を持ったアクセサリーや服なども、限りはあるが公式から発売されている。そういうところは前世紀から受け継いだ、萌え文化の影響が未だに残っているのだろう。

「さて、どんなものがいいかな」

「っても、あんまり形に種類はないんだねー。色違いばっかじゃん」

「まあ、アクセサリー自体がリペイント商法みたいなものだからな……」

 とは言っても、色のバリエーションがあるというのも馬鹿にならないセールスポイントではある。使っている銃が何色であっても性能に大差ないが、身に着けるアクセサリーの色が何色であるかは重要なポイントだ、と語ってくれたのは誰であったか……。

「そうですね……あんまり目立たない色のものがいいんですけれど……」

「まあ、試しなんだし、いくつか試着してみたらいいんじゃないの? 花道、ちょっと出してもらえるか?」

「あいよー」

 そう言うと花道はショーケースの鍵を開け、見本の商品を出してくれた。ひとつひとつはとても小さく、くしゃみのひとつでもしたらなくしてしまいそうな大きさだ。

「シャウ、どれがいい?」

「マスター、ボクこれがいいー、ヒゲメガネー」

「そういうのは買いません。買っても絶対使わないだろ、お前」

「ちぇー、こういうのは持っていることそれ自体に価値があるのにさー」

「花道様、色はここにあるだけですか? もう少し淡い色があると嬉しいのですけれど……」

「いやー、シャウラちゃんにゃあ悪いけど、あるだけだなー。なんだったらお前、色ぐらい塗ってやれよ。塗装ぐれー出来んだろ」

「まあ、それは、出来るけど……」

「いえ、でも私は主が用意してくれるだけでも満足ですし……それでしたら、この銀縁のアンダーリムを頂けますか?」

 そう言うと、シャウは金属で出来た眼鏡をひとつ差し出した。

「毎度ー。つってもこいつは商品見本だから、組立てが必要だけれどな」

「マジでか。こんな細かいのに組み立てが必要なのか?」

「ラジオペンチで顔の幅に合わせて曲げてやるだけだよ。神姫によって、頭の大きさが結構違うだろ」

「ああ、びっくりした。そうだよな、流石にこのサイズでそれはないよな」

 一瞬驚いてしまったが、それぐらいなら何とでもなる。支払いを済ませて商品を受け取ると、俺達はさっさと店を出た。さっそく帰って、組立てと、仕込みをしてやらないとな。

 

 

 夜。結局、すべての作業をこなしていたら日が暮れてしまった。作業量としては大したことはなかったはずなのだが……。

「まーすたー、シャウラ、訓練終わったみたいだよー」

「おう、ありがとう。こっちもちょうど乾燥まで終わったところだよ」

「んじゃ、こっちに呼んじゃっていいねー?」

「ああ、頼む」

 しかし、筆を使って塗装をするのなんて久しぶりだったな。最近まで塗装が必要な時は学校の作業室でエアブラシを借りてたから、勘を取り戻すまでちょっとかかってしまった……。

「お呼びですか、主」

「ああ、完成したよ。着けてあげるから、ちょっとこっちに来てくれる?」

「眼鏡、完成したんですね、ありがとうございます」

 心なしか、作業机まで寄ってくるシャウの足取りが弾んでるように見えた。足元まで来てくれたシャウが差し出された俺の手の平に乗り、机の上にちょこんと座る。

「それじゃあ、前髪が付いたままだと邪魔だから、いったんメンテナンスモードに切り替えるからね。前髪を一回外さないと、着けられないから」

「ええ、お願いします」

 そう言うと、シャウは目を閉じる。

 さて、っと……。

 

 

「メンテナンスモード終了。起動します」

 私の口から自動音声が流れる。瞳が開いて、周囲の光が一気に飛び込んで来る。光量調整、完了。主の顔が、普段よりも近い気がするのは、作業机の上だからか。

「主、どうでしょう。眼鏡、変じゃないでしょうか?」

「うん、そう言うと思って、手鏡を用意してあるよ。自分で確認してごらん」

 そう言うと主は、引き出しから手鏡をひとつ差し出してくれる。そんなことを言われても、自分ではおかしいかどうかなんて分からないから聞いているのに。ちょっと不満を感じながらも、差し出された鏡の前に立つ。そこに映し出されたのは……。

「主、これは……」

「うん、ついでだったから、作ってみたんだけど、どうかな。変じゃない?」

「変だなんて、そんな、ありがとうございます! 私……嬉しいです……」

 鏡の中の私は、前髪に一筋、青いメッシュが入っていた。その下には昼間選んだ、アンダーリムの眼鏡をかけている。鏡の前で一回転して、姿を確認。すると、後ろ髪にも手が入っていて、長いヘアパーツが追加されているではないか!

「まあ、バトルロンドのときはヘッドパーツ被っちゃうから、隠れちゃうけれどね。でもせっかくシャウの方からお洒落なんてことを言い出してくれたんだし、まあついでに」

 ついでだなんて主はおっしゃっているけれど、よく見ると、随所に微妙に元の髪型から手が入っているのが分かる。特に、メッシュの入った辺りと、まとめられた後ろの長い髪の辺りは、それが顕著だ。

「主、このヘアパーツ、大切にしますね」

「……まあ、それだけ喜んでくれると、こっちもやった甲斐があるな」

 そう言って横を向いた主の頬は、少し赤くなっているように見えた。

 




幕間

 皆様、今晩は。
 わたくし、主演を務めさせていただいております、武装神姫、エスパディア型のシャウラと申します。
 今宵も、小説「蠍の尻尾」にお運びいただきまして、誠にありがとうございます。
 さて、今宵は主より、皆様に言伝を預かっております。それを、皆様にお伝えすべく、この場をお借りして参上した次第であります。
 仕儀は、以下の通りにて、お目通しをお願いいたします。

『武装神姫を題材として扱う本作は、六章八節、及び番外と零章十節を以て、終わりを告げた』

 以上になります。
 え? 「突然そんなことを言われても」と仰いますか。ご尤もなことです。
 しかし、先の六章八節において、わたくしことシャウラが救いを得たのは事実。ここよりわたくしは、主演の座をある者に譲らせていただきたく思います。
 ここより先は、その者の物語。武装神姫には非ず、しかし「蠍の尻尾」を語る上で、なくてはならぬ者の物語。
 ここより先をご覧になる皆様には、どうかそのことを御承知おき下さいますよう、お願いを申しあげます。

 四半刻、お時間を差し上げます。その間、お考えください。
 皆様が望まれるのは、数多ある武装神姫の物語であるのか。それとも、他ならぬ「蠍の尻尾」であるのかを……。


 それでは、武装神姫の物語をお求めの皆様には、ご退席をいただけたかと存じます。
ここよりの物語は、彼の者の物語。
 どうか最後まで、お付き合いのほど、よろしくお願い、申し上げます。
 その者は……。
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