蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・7-1

「分かってるよ、用意はしとく。日野は初めてなんだろ? そしたら日野の分は……え? 事前に買ってくるのか? まあいいけど、あれだって値段はそれなりだぞ。何か初心者向けの機体貸してやれよ……俺? 俺は自分用のしか……ああ、分かった分かった、まあ本人が納得して買うって言ってるんならそれでいい。それじゃあその時に。ああ、またな」

 一息置いて、通話を切る。電話の相手は花道だ。

「ずいぶん長いお電話でしたね。何かあったんですか?」

「いや、今度の予定の確認さ。来週の土曜はバトルロンドじゃなく、ちょっと目先の変わったゲームをしようってことになった。場所もいつもの所じゃなくて、M駅の大きなゲームセンターだって」

 花道が誘ってきたのは、神姫と他のフィギュアロボットを組み合わせたレギュレーションのバトルゲームだ。流行りのタイトルだと、ナノロットとか、G&S、レジェンド・バトルというあたりが挙げられるが、要は神姫とマスターが同じ視点で一緒に戦うバトルシステムのゲームだ。

「私は構いませんけれど、珍しいですね。他のフィギュアロボットを使うゲームだなんて」

「ああ、夏にバトルロンドにも新しくマスターが神姫の操作をするシステムが実装されるだろ? で、日野はそういうシステムのゲームをやったことがないって言うから、実装前に軽くどんな感じなのか触ってみたいんだってさ」

 ちょくちょく色々なゲームを摘まんでいる花道と違い、日野は一度惚れこんだら、それ一筋だ。まあ、フィギュアロボットによるバトルゲームなんて大なり小なり金食い虫だし、その判断は堅実ではあるのだが。

「でも、主はそういうバトルゲーム用のフィギュアロボットなんて、お持ちなんですか? あれ、結構お高いのでは?」

 そう、神姫に比べれば高度なAIが載っていない分価格は控えめだが、それだって千円や二千円の世界ではない。が、そこは問題ない。

「ああ、言ったことなかったか。後ろの本棚に飾ってある、それが俺の機体さ」

 俺は本棚の中でアクリルのケースに入れて飾ってある、模型を指差した。

「レジェンド・バトル用の、W。俺の持ちキャラなんだよ」

 別に黙っていたつもりはないが、積極的に言うつもりもなかったのは確かだ。数年前の機体だが、定期的なメンテナンスは怠っていない。今でも、十分現役で通用するはずだ。

とは言え、操作する俺の方にはブランクもそれなりにあるが、今回は試合というわけでもない。まあ、それなりに動けば十分だろう。

「その模型、ロボットバトル用だったのですか?」

「まあ、シャウが来てからは一度もそういう用途では使ってなかったからね。知らなくても無理はないさ。メンテなんかも、シャウが訓練してるときに済ましてたしね」

 それこそ、これの用途を知っていたのは、普段訓練には興味のないアルくらいのものだろう。アクリルのケースを開いて、ふたつあるうちの片方を手に取る。これを本来の用途で使うのは、本当に久しぶりだ。胸の奥の方が、ずきん、と痛んだ気がしたが、気のせいだろう。当日は約束より少し早く出向いて、動作確認くらいは済ませておいた方がいいかもしれない。

「そうそう、その日は一応日野が満足するまでやるつもりだから、一人で相手するんじゃあきついかもしれない。アルも一緒に行くからね」

「えー、ボクはパスで。その日は朝から特撮を見る予定があってだね……」

 アルはTVの方を向いたまま、振り向きもせずに返事をしてくる。

「どうせ俺のコレクションなんだから、いつでも見られるだろ。俺と花道だと、遠距離に対応出来る神姫が少ないんだから、手を貸してくれ」

「もー、しょうがないなー。特別だぞー?」

「ご主人、自分も行っていいッスか?」

「勿論。パワープレイで相手出来るのはミーシャだけだから、喜ばれると思うし」

「へへへ……頑張るッス!」

 ミーシャがにへ、と笑顔を向けてくる。

とりあえず、来週までに全員の装備も含めて、もう一度メンテを入れておくか。

 

 

「来週の土曜、ね……」

 ヘッドホンを外すと、キーボードに向かって指示する内容を打ち込んだ。

 これでいい。そのための機体はもうとっくに手配済みだ。後は指示の通りに動いてくれればいい。

 

部屋の中は暗く、PCのモニタが唯一の明りだった。目を閉じて、天を仰ぐ。が、すぐにあの男の顔が頭をよぎる。その途端に、胸の奥に閉じ込めた痛みが暴れ出す。

 デスクのサイドボードから、鎮痛剤を取り出して飲み下す。しかし、薬で痛みを抑えてしまうのが少し残念にも思えた。この痛みこそが、今、僕が生きている証なのだから。

 

 しかし、その、同じ痛みを抱えているはずの男は、それを忘れてしまったらしい。思い出させてやらなくては。僕と同じく、あいつもこの痛みから逃れて生きることなど、許されてはいないのだ。

思い出させてやらなければならない。この、かきむしるような痛みを。胸の奥を焼く、苦しみを。その上で……。

 

「……死ねよ、ツクヤ」

 

 そうだ、あの男は、死ななければならない。それも、ただ安らかに死ぬことなんて許されない。この痛みも、苦しみも、すべてを思い出させて、存分に噛みしめさせて、その上で殺してやる。

 

 それまでの間。そう、それまでの、ほんの短い間だけならば、許してやろう。

 

その笑顔も。その幸せも。

謳歌するといい。よく味わうといい。

 

「そのすべてを、今度は僕が壊してやる……!」

 

 それを思うと、口の端が、きゅうっと釣り上がった。

 

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