七月の半ば。
俺達はM駅前の大きなゲームセンターに来ていた。俺と花道は大きなケースを抱えている。花道は神姫二体分、俺は三体分の武装をフルセットで抱えているのだから、仕方ないと言えば仕方がない。一方、日野は比較的荷物が少ない。神姫の武装もリリィの分だけだし、新しく買ったというフィギュアロボットも一体だけだからだ。
「さーて、筐体は空いてるかな、っと……」
花道がずんずんと奥の方に入っていく。今日はそれぞれのフィギュアロボットが直に戦う、リアル・レギュレーションでのバトルを予定しているため、使う筐体も、バトルフィールドまで据え付けられた大型の筐体だ。バトルロンド用の筐体はこの手のフィギュアバトルゲームの筐体としては据え付けのロッカーもないし、あまり大きい方ではないというのもあるが、やはりフィールド据え付け型は大きな施設にしか導入されていない。
「早く来いよ、ちょうど空いてるぜー」
「相変わらずだな、花道。遠足に来た小学生か」
「仕方ないよ、それだけ楽しみなんでしょ」
俺と日野が苦笑いをするのを気に留める風もなく、店の奥から大きな声で手招きしている。
「ところで、今更聞くのもなんだけど、なんでわざわざリアル・レギュレーションだったの?」
「ああ、新しいシステムがどんなものか知りたくて、ってことだったからな。リアルだと、自分の感覚をフィギュアに接続するってのがどんなものか、よく分かるだろうと思ってさ。バーチャルだと、結局その感覚はよく分からないだろうし」
「そうそう、これはやっぱり実際にやってみなくちゃ分からないと思うぜ。それに、ここならバーチャル用の筐体もあるから、やっぱりバーチャルで、ってことになっても大丈夫だしな。でもリアルが出来る筐体は少ねーからよ、逆だと店変えたりしなきゃなんなくて、面倒くせーからな」
「なるほどね。まあ、何にせよ、実際体験してみた方が早いわけだ」
「そーゆーこった」
花道はさっさと筐体の奥の席に陣取り、白雪と自分の機体の準備を始めている。それに倣って、日野もリリィと、買ったばかりだというフィギュアの準備を始める。
「お、日野はレジェンド・バトル用のを買ったのか」
「うん、G&Sは機体の種類やオプションが多すぎて把握するのが大変そうだったからね。そこまでやり込むつもりは、今のところないし」
それもいい判断だろう。G&Sは同じ機体でも選択出来る装備が豊富にあり、それが人気の一つでもある。だが一方でこれから始める初心者は何から手に取っていいか、選択するまでのハードルが高いということでもある。
「それで選んだのが電王ってのがまた日野らしいな」
「あれ、良くなかった? 何かフォームチェンジで遠距離も近距離も対応してる、ってのが面白そうだったから」
その触れ込みは間違いではないが、その分特徴がはっきり分かれていて、扱いが難しいという面もあるのだが。まあ、日野なら大丈夫だろう。
「だからG&Sにしときゃあ良かったのによー。ザク使ってりゃあ間違いはないぜ?」
それも確かに正論だ。花道の使っている機体はシンプルな性能だが、使用可能なオプションの量が半端ではなく、日野の選んだ機体とは違った意味で様々な局面に対応出来る機体だ。それだけに、愛用するのは初心者から玄人まで、幅広い。
とりあえず初めてプレイする日野をフォローしつつ、自分の支度も整える。今日はすぐ交代することも考えられるので、シャウだけでなくアルもミーシャもあらかじめフル装備にしてしまうことにした。花道も、白雪のセッティングを終えてアーク型の梅夜の装備を組み立てている。
「こんな感じでいいのかな?」
「そう、それであとはグローブとゴーグルをつけて……それでいい、後は指示に従えばスタート出来るから。あ、ちゃんとシートベルトしとけよ。初めてだと、分かってても体の方が反応して動いちゃうことがあるから」
「結構ドキドキするね、これ」
そう言うと日野はゲーム開始の操作を始める。一番乗りでバトルフィールドに出たのは、日野とリリィだ。俺達はもうちょっと支度にかかる。まあ、初めての感覚を堪能するといいだろう。
「んじゃ、二人は交代までちょっと待っててくれな。まあ、一回二回やって、すぐ交代するだろうから」
「あいあい、ごゆっくりー」
「これだとご主人と一緒に戦えるんスね! くぅー、燃えてくるッス!」
アルはフル装備なのに器用に横になって、だらけている。ミーシャはハンマーをぶんぶん振り回し、早くもやる気満々だ。
「主、私も支度出来ましたよ」
「よし、じゃあ、さくっと行ってこようか」
そう言うと、俺もシートベルトを固定し、スタート操作をする。意識が溶け出していくこの感覚も数年ぶりだ。俺はゆっくりと目を閉じ、開く。すると、その時にはもうフィギュアロボットの方に視覚が移っている。一応待ち合わせの前に一回、動作確認でプレイしてみるつもりだったが、それがなくても、自分でも驚くくらい操作感が鮮明に甦ってきた。体が覚えている、というやつだろう。
「よう、来たな」
話しかけてきたのは花道の機体、ザクだ。
「すごいね、これ。本当に自分の体を動かしてるみたいな感覚なんだ?」
興奮した様子で話しかけてくるのは、日野の電王。初めて自分以外の体を、自分の意思通りに動かせるという感覚は、ちょっとした感動ものだろう。俺も初めてプレイした時はそうだった。
「まあ、本当に同じサイズで自由に動かせるんですのね。どうかしら、ツカサ。私と同じサイズの体になった感想は?」
「いやすごいよ、リリィ。これはちょっと感動ものだね。花道たちも、こんな面白い感覚ならばもっと早く教えてくれればよかったのに」
「にいさまは結構早くから勧めていましたけれどね」
白雪がひそっと言う。確かに、日野の性格なら勧められたことも忘れていそうだ。
「主がWに……なんだか、これはこれで素敵な感覚ですね……!」
シャウも何やら感動している。
「なんだ、シャウラちゃんも初めてなのか?」
「ええ、主と来る時はいつもバトルロンドでしたので……」
「まあ、そうか。そうだなー……」
「ねえ、二人とも、早く始めようよ。ちょっとこれは楽しそうだ」
日野はさっきからずっと興奮した様子だ。
「おお、じゃあまあ、始めるか。とりあえず今日は三組いるから、誰か半分に分かれて、即席で二チーム作ってスリーオンスリーでやるのがセオリーかなー。いきなり三つ巴はちょっとハードルが高けーだろ」
「それじゃあ、にいさまと私が分かれましょうか。他のチームには、それぞれ初めての方が混じってるので、その方がやりやすいでしょう」
流石に、白雪はこのゲームをやり慣れているようだ。そうなると、完全に初心者の日野の方に花道が入った方がバランスがいいかな。神姫がいかに優れたAIを持っていると言っても、咄嗟の判断や発想力という面では人間の思考には一歩譲るところがある。でもそうすると、航空戦力である白雪とシャウを独占してしまうし、そういう意味ではバランスが悪いか?
『here come new challenger !』
効果音と共に、視界の中央に挑戦者の乱入を告げるメッセージが表示される。
「うん? 花道、乱入制限かけなかったのか?」
「いや、かけたと思ったけど……あれ、俺ぁかけなかったか?」
乱入制限とは文字通り、新しい挑戦者の乱入に制限をかける機能のことだ。リアル・レギュレーションでは、実際にフィギュアが破損する可能性が、ゼロではない。実際にはゲームマスター側が参加機体のAIを管理し、脱落した機体への攻撃や、試合終了までの復帰制限など、さまざまな管理をしいて、破損率はかなり低い。それでも、無制限な乱入を制限し、参加するプレイヤーに心理的な安全を保証する機能が、乱入制限だ。それをかけなかったのなら、どんな強機体に乱入されても文句は言えない。
「どうする? 一応事情を伝えて抜けてもらうか」
「おいおい、三人がかりで早々にご退場願うってー手もあるんだぜ?」
「花道、流石にそれは悪いでしょ……」
どう対処するかを話している俺達を見て、白雪が、ポンチョのようなものを頭からかぶった乱入者の機体に近づく。
「あ……」
不用意だ。一瞬、俺の感覚が白雪の迂闊さを咎めた。が、まだ乱入者の神姫がフィールドに入っていない。ゲームスタート前だという事実が、白雪を止めさせなかった。
次の瞬間。白雪が、一撃の元に地に伏せた。