蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・7-3

 剛腕一閃、という風でもない。ただ、邪魔な虫を払った。乱入者の、そんな何気ない一撃で、白雪は意識を失ったように地を舐めた。

「白雪ぃッ!」

「え!? まだゲーム開始前なのに!?」

 馬鹿な。あり得ない。ゲーム開始前の攻撃はゲームマスターによって完全に禁止されていて、攻撃を仕掛けようとしてもロックがかかるはずだ。遠距離武器は引き金を引けず、近接武器ならそれを振るう腕がロックされる。そもそも攻撃行動自体が取れないはずなのだ。

「お前らの中によ、ミナミ、って奴がいるだろう?用があるのはそいつだけなんだけどよ、他の奴は邪魔だから、出ていってもらえないもんかね」

「何言ってやがる、手前ぇ!」

 花道のザクが、ヒートホークを掲げて突進する。が、やはり肩と肘の関節がロックされ、ヒートホークを振り下せない。しかし、乱入者の機体が腕を振り払うと、目の前で立ち尽くしているザクを殴り倒した。

「あぁ、悪いな。邪魔だったんでつい殴り倒しちまった。お前は、違うな。ミナミじゃない。そっちの二人。どっちかがミナミだろう? そうじゃないに方は悪いんだが、こいつを抱えて、出ていってもらえんかな」

「ツカサ、右に!」

 咄嗟に電王が右に避ける。その陰からリリィの遠隔操作するヴィシュヴァルーパーが飛び出して体当たりを仕掛ける。だが、それすらも急激にブレーキがかかり、当たる直前に止まってしまう。

「無駄だ。まだ試合が始まってないだろう? お前らの攻撃はゲームマスターによってロックされている。俺に攻撃は出来んよ」

 事もなげにそう言う乱入者だが、それなら白雪や花道が殴り倒されているわけはない。矛盾している。

「リリィ、とりあえず白雪を頼む。花道、動けるか」

「……おう、あんだけぶん殴られたのに、ダメージが入ってねー……」

 白雪もそうだ。確認出来るステータスはまだ試合準備中で、体力ゲージは微塵も減っていない。しかし、白雪の方は一向に起き上がる気配を見せない。

「そりゃ当然だ。さっきも言ったろう。まだゲームは始まってないんだ。その状態で体力ゲージが減るわけがない。まあ、目を覚ますかどうかは別だがな」

「なんだと?」

「神姫っつったって、中身は機械だからな。停止信号を打ち込んでやりゃあ、簡単に止められる。そうすりゃあ、もう撃墜扱いだ。ゲームの終了まで、復帰は出来ない」

 停止信号。俺にはすぐに思い当たるものがあった。アンジェリクスの使っていた装備、『ブラックアウトカーテン』。確かにあれを使えは、神姫は無条件に制圧出来る。しかし、それは使えれば、の話だ。この手のゲームではレギュレーション違反として、そもそもゲームマスターが参加を拒否出来るはずだ。さっきから、何かがおかしい。ゲームマスターの管理下ではあり得ないことばかりだ。

「まさか、お前、ゲームマスターを……」

「ほう、察しのいいのもいるみたいじゃないか。その通り。簡単に言えば、そういうことだ」

「どう言うことだよ、日野! 俺にも分かるように言え!」

 花道ががなり立てる。日野もどうやら俺と同じことを考えているらしいが、それこそあり得ない。

「ふん、頭の回らない奴もいるようだな。ミナミって奴が相当手強いと聞いていたから、周りも似たようなレベルかと思っていたが、その他大勢はそんなもんか」

「その他だと! 手前ぇ!」

 再び、突進。今度は体ごとぶつかっていく構えだ。スパイクアーマーを突き出すようにして、突っ込んでいく。だが……。

「これだから頭の回らない奴は嫌になる。無駄だ、と言っているだろう」

 やはり直前で動けなくなってしまう。動きの止まったザクが強かに殴りつけられる。

「ゲームマスターを掌握しているんだよ、俺は」

 やはり、俺と日野の思っていた通りらしい。ゲームマスターの制限下にあるはずの、あり得ないはずの出来事が起きすぎている。そう考えないと、つじつまが合わない。しかし、逆にそうであるならば、ふたつの疑問が沸き起こる。

「『なぜ』『どうやって』そんなことをしているんだ……?」

 俺はふたつの疑問を口にする。目的と方法。このふたつが分からない。ゲームマスターへのハッキングだって、とてもじゃないが一般レベルの人間には不可能な方法だ。特にこの手のゲームは、一時的にとは言え人間の感覚器官に作用している。それを管理するゲームマスターには、かなり厳重なプロテクトが採用されているはずだ。

「もっともな疑問だ。目的は、さっきから言ってるだろう? そっちの、頭の回る方のどっちか、ミナミってんだろう? そいつだよ。方法は、まあ、企業秘密だな」

 そう言うと、乱入者の機体は、白雪の頭の上に足をかけた。

「気が長い方だと思われたくはないんでな。そろそろ決めてくれ、邪魔な連中。出て行ってくれるのか、くれないのか。拒否するんなら、見ての通り、手荒な真似をしなきゃならなくなる」

「……心当たりは?」

「さあな。そんなものは、ないよ」

日野の問いかけに、静かに答えた。少なくとも、思い当たる範囲にこんな大掛かりな当たり方をされるような覚えはない。

「そうだな、一応誠意は見せておかにゃあならんか。素直にどいてくれるんなら、こんな手荒な真似は止そう。ついでに、掌握しているゲームマスターの機能も開放して、普通にバトルが出来るようにしようじゃないか。さっきも言ったが、俺の目的はミナミって奴一人だ。素直に譲ってくれるんなら、他の奴には手は出さないと約束しよう」

 しばしの沈黙。しかし、それと裏腹に花道の腹の中が煮えたぎっているのが、ひしひしと伝わってくる。

「本当によー、俺らが出ていきゃあ、白雪は放してくれんのかよ……」

「当然だ。むしろ、邪魔だからな。関係ない連中にはさっさと出て行ってもらいたい、これが偽らざる本音って奴だ。出ていってくれる気になったか?」

「そんなもんよー……断るに決まってんだろうが! 手前ぇを殴り倒して、白雪も助ける! その汚ぇ足、どけやがれ!」

「……これだから馬鹿の相手は疲れる。もういい、お前は寝てろ。話が進まん」

 今まで以上に強かな一撃が、花道のザクの頭部を打ち砕く。そんな馬鹿な。物理破壊が出来るほどの攻撃が出来ることもそうだが。それほどの威力の攻撃には、ゲームマスターによる、安全措置が入るはずだ……。

「ゲームマスターを掌握しているということは、だ。安全措置を取らせないようにすることも出来るんだよ。今の一撃が神姫相手だったら、どういうことになっていたか。頭の回る方の連中なら、分かってもらえるかな」

 つまりそれは、神姫を、破壊することが出来る、と言うことだ。それも、神姫をロストするレベルの、致命傷を与えることが出来るという宣告。

「頭の回る方。お前が決めろ。今出ていくのか、痛い目を見てから出ていくのか」

 結局出ていくことに変わりはないのかよ。口の中でそう毒づくが、結論が変わるわけではない。とりあえず、当面の答えなら一つしかないのだから。

「リリィ、白雪を回収して。俺は花道のザクを回収するから」

「ツカサ!? まさか、あんな奴の言う通りにするつもりですの!?」

「いいんだ、リリィ。今は白雪と花道の方が重要だ。それに、素直に二人を返してくれるかどうか、まだ確証がないしな」

 非難の声を上げるリリィに、俺が代わりに答える。

「……流石に頭が回るな」

「そりゃどうも」

「どういうことですか?」

 シャウが疑念を露わにする。

「まあ、種明かしを先にしてやると、だ。その二人は今、撃破扱いになって復帰に制限がかかっている。つまり、運び出しても意識が戻らない、ってことだ。勿論、戻してやることは簡単だが、そうすると、今度は目標に逃げられるかもしれない、ってリスクが付いてくるもんでな。まあ、人質みたいなもんさ。仕事は確実にこなさないと、面倒くさいだろう」

 やはり、そういう仕組みだったか。そうでなければ、あまりに簡単にこの状況はひっくり返ってしまう。俺が応じなければ、花道たちは返ってこない。それぐらいのことはしなければ、俺自身が逃げるという選択肢は消せないだろう。

「日野、花道と白雪は頼む……」

「それは分かってるけど……大丈夫なのかい?」

「まあ、まだ相手の要求も分からないしな。なるようにはなるだろう。とりあえず運び出してやってくれ。ゲートから出れば、もしかしたら花道も白雪も意識が戻るかもしれない」

 言っておいてなんだが、それはないだろう。わざわざ取った人質を、そんな簡単に返すことはないだろうから。

 リリィが白雪を、電王がザクをそれぞれに抱えて、ゲートの方に向かう。

「さて、もう一人邪魔者がいるが、そいつは出ていってはくれないのかな」

「世迷い事を。私は主の望むものを裁つ刃。貴様のような不届き者を主と二人になど出来るものか」

「主の望むものを裁つ刃、ね。良く仕込まれた鈍らだな」

 その言葉に、反射的にシャウが鬼姫を振りかぶって一撃を狙い、飛びかかる。だが……。

「所詮は玩具よ」

 刃が届くよりも早く、拳が触れる。

「シャウ!」

「これでようやく二人きりだ。手間をかけさせてくれるな、まったく。やっと本題だ」

 シャウが、地面に転がる。まるで、倒れたマネキンのように、動かない。その様に、目の前が赤くなったようにさえ感じた。

「こんなことまでして、一体俺に何の用があるっていうんだ……?」

 声が震えているのは、恐怖なんかじゃない。俺の我慢も、限界だ。

「まあ、いくつかあるんだがな。一番手っ取り早いのは、さっきの頭の足りない方と同じように、お前さんにもサーバーから出られなくなってもらう、ってのがいいかな。そうすりゃ後は依頼人がやりたいようにやってくれる」

 ということは、花道も白雪も、サーバー内に取り残されているということか。ゲームマスターが正常なら、それはゲーム終了までの一時的な処置で、終了時に本体もしくは操作する機体の方に戻されるはずだ。が、ゲームマスターが掌握されている今は、どうなるかは分からない。

「嫌だと言ったら」

「まあ、急にそんなことを言われてもおとなしく聞く気にはならないだろうな。こっちもそのつもりでこの機体を受け取ってる」

 戦う気も満々ということか。全容は見えないが、自信がないようには見えない。

「そうそう、お友達やら神姫やらだが、この機体が止まればゲームマスターは復旧するように出来ている。つまり、言うことを聞きたくもないしお友達も助けたい、なんて我儘も、一つは通す目がある、ってことだけは教えておいてやる。そうでないと、本気でやれないだろうからな」

つまりはこういうことか。『花道達を取り返したかったら、この乱入者をぶちのめせばいい』。単純なことで結構だ。花道あたりなら喜んでそうするだろう。

「わざわざご丁寧にどうも。なんでそんなことを教えてくれるんだ?」

「やりあうんなら、お互い本気じゃないと面白くないだろう? まあ、本気を出したとして、この機体を倒すことが出来るのなら、だがね」

 乱入者の機体が、被っていたポンチョを脱ぎ捨てる。

「ザンダクロス……」

「武装の少ないその玩具で、強化セラミックの複合装甲を纏ったこの機体に勝てるかな……?」

 拳が、硬質な装甲を叩く。余裕を見せるその仕草とは裏腹に、響いた音は硬質だった。

 

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