蠍の尻尾   作:深波 月夜

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「Insect Arms製、MMSオートマトン、神姫、カブト型ランサメント、IAD01、セットアップ完了、起動します」

 初めて目を開けると、そこは机の上だった。わりと片付けられた部屋の中、小型のモバイルPCの隣で、ボクは目覚めた。

「私の名前、決めてくれるかな」

 アルキオネ。マスターらしい人はそう言った。牡牛座の星からとったんだ、とも。なんで牡牛座? と聞くと、蠍座の反対だから、と答えてくれたが、ちんぷんかんぷんだ。

 

 これが、ボクの最初の記憶。

 これは、ボクが生きるための物語だ。

 

 その次の日から見るものすべてが輝いて見えた。

 プリセットされた記録とは、比べ物にならない刺激。それは例えこの狭い部屋の中でも変わらない。本棚を彩る雑誌の背でさえ、虹色のようだ。人工皮膚に当たる風や、窓から差す光、木がざわめく音、ボクにとってすべてが興味の対象だった。部屋の中を虫が飛んでいる。アレは蚊だったかな? マスターが見つけたらきっと潰してしまうだろう。ボクは腕を伸ばすと、難なく羽の部分をつまんだ。網戸を少し開け、外に放り出す。これでよし。その隙にもう二匹部屋に入ってきたのは気にしないことにする。キリないし。この世界には、ボクの興味を引くものが多すぎるのだ。

 ふと視線を移すと、この家のもう一人の神姫、シャウラが剣を振っている。ボクら神姫にとって反復練習は意味がないと思われがちだが、そうではない。同じように見える繰り返しの中で、少しずつ条件を変えてベストな動きを探っているのだ。そうして少しずつ動作を最適化していくことで、無駄のない動きが出来るようになる。そして、全く同じ条件で動けることなど戦闘中にはまずあり得ない。だから反復練習の中で多くの条件を予め学習しておくのは、無駄ではないのだ。

 ぼんやりとその様子を眺めていると、あることに気づいた。どうやらシャウラは、汎用プログラムで剣を振っているようだ。武装神姫は様々な武装を管理する専用プログラムをプリセットされている。それは格闘装備でも同様で、ある程度の攻撃動作として用意されている。言うなれば、格闘ゲームの技のようなものだ。始めはどんな神姫でもそこからスタートする。当然その技だけでは不都合があることも出てくるので、それを汎用動作で補ってやる必要がある。それを繰り返す内に、その神姫だけの動きが作られていくのだ。シャウラの動きは、既に専用動作の域を出始めている。エスパディア型の発売はランサメントと同じだから、早く見積もっても一月ちょっと。その間にここまで動きが出来上がっているということは、たゆまぬ努力をしてきた証拠だ。

 シャウラがこっちに気づいた。

「貴女は修練をされないのですか?」

「んー、ボクあんまりそういうの興味ないんだよねー。運動しなくても、ボクらの体は鈍らないしねー。アンタはさ、それやってて楽しいの?」

 ボクが聞くと、シャウラは不思議なものを見るような顔をした。

「楽しいか楽しくないかで考えたことはありません。私にとって、これは必要なことですから」

 その答えに、今度はこっちが不思議なものを見るような顔をした。楽しくないのに、何で練習してるんだろう? ボクには理解出来ない。

「分かんないなー、強くなる必要があるってこと? 何で必要なの?」

「……貴方には、きっと分かりません」

 なんだい、急に不機嫌になって。嫌な感じ。

「分かんないって何だよ、そりゃ分かんないさ、教えてもくれないんだもの。自慢じゃないけど、ボクは起動したばっかなんだから」

「分からないならいいのです。きっと、分かる必要もないのですから」

 感じワル。何さ、ちょっと早く起動したからってエラぶっちゃってさ。

「なんだい、強けりゃそんなにエラいのかさ」

 その言葉に、向こうもカチンと来たようだ。ジョートーだ。こっちはとっくに頭に来てるんだかんね。

「だったら、どっちが強いかショーブだ! アンタが負けたら、その頭にくる態度、謝って貰うからね!」

「……面白い、あなたが負けたらその腹立たしい物言い、改めて貰いましょう」

 

 

 特に難しい設定はしない。お互いにデフォルト装備でバーチャル空間に入る。空を飛ぶのは久しぶりだ。エスパディアの通常装備ではそれほど速く飛ぶことは出来ないが、鋭く動ける。遮蔽物のないこの場所なら、高く上がればすぐに相手を見つけられる。いた。赤い機影がこっちに向かってくる。……向かってくる? いけない! 咄嗟に降下。一瞬前にいた場所を、光弾が迸る。私の軌道を追いかけるように、次々と撃ち込まれてくる。ランサメントの売りはその豊富な火器を同時に使えることだ。言わば乱射乱撃のエキスパートなのだ。一瞬の間を置いて、今度はマイクロミサイルが白煙を引いて襲いかかってくる。短いターンを繰り返し、ミサイルの追尾をかわす。すかさず襲ってくるビームの嵐は、中々接近を許さない。弾幕を嫌って高度を上げる。が、このフィールドには隠れるところなどない。どこに行っても相手は狙い撃てるし、距離を取ればこちらが攻撃出来ない。適当なところでループし、急降下をかける。マイクロミサイルの渦に頭から突っ込む格好だ。左手に装備されていたフィラータを投げつける。目の前で次々と誘爆するミサイルの爆風を突っ切り、接近。手にしたリノケロスを振りかぶる。

「近づいてしまえば!」

「……と、思うだろ? 甘いんだなコレが!」

 

 

 斬りかかってきた剣の横腹を、回し蹴りの要領で蹴り飛ばす。勢いのままもう一回転、左腕のグラントを叩きつける。意表を突いた動きだったはずなのに、流石は格闘特化型、サブアームを展開してしっかり防いでいる。思わずヒュウ、と口笛を吹く。殴り付けた反動を殺さず、バックステップで距離を取り、牽制で数発撃ち込む。一瞬足を止めたシャウラから、一気に距離を開く。

 ランサメントの特徴は火器管制能力の高さが評判だが、実はその重装備に反して機動力も低くはない。逃げ足と追い足の速さこそが、現行の砲戦特化型であるフォートブラッグやムルメルティアとの一番の違いで、移動砲台と評される所以だ。

 再び上へ逃げるシャウラ。三次元的な動きでこっちの攻撃をかわしながら追ってくる。足の速さではやはり地力が違う。でも、こっちも逃げながらの射撃だ、近づかれるまで時間は稼げる。しかし何だね、ここまで互いに有効打なしか。これだけバカスカ撃ってんのに、巧みな機動で片っ端から避けられる。もしかして、ボクって弱いのかなー?

 

 

 焦る。追い足はこちらの方が速いはず。なのに、追い付けない。一直線に飛ぶことさえ出来れば、さした距離でもないのに、それが一番難しい。手足の振りに合わせてバーニアを吹かすことで細かく姿勢や軌道を変えているため、スピードに乗れないのだ。しかし、回避運動を止めれば捕まってしまう。昨日今日起動したばかりの神姫を相手にこの様では……悔しさに唇を噛む。

『楽しそうなことしてるじゃないか、俺も混ぜてくれ』

 主の声? まだ学校から戻られていないはずでは?

 驚いて姿勢を崩し、失速する。危ない、とにかく上へ上がらなくては。弾幕の途切れた隙を狙って急上昇。どうやらあの子も主の声に驚いたようだ。

 主の声に、感覚を取りもどす。そうだ、バトルロンドでは、私は主の意思を乗せた刃。主の指示に従えばいい! そう思っただけで先ほどまでよりも動ける気がした。改めて相手を視界に捉える。

 

 

 驚いた。家に帰ってきたら、二人で仲良くトレーニング中だったとは。しかもその内容が、普段通うゲームセンターでもお目にかかれないほどの好勝負ときてる。俺はついトレーニングマシンにインカムマイクを繋いで、口を出した。このまま見てるのも面白いが、この勝負はもっと良くなる。それをこそ、俺は見てみたい。

「シャウは全部回避しようとしすぎだ。教えたろ、周りにあるもの全てを盾にしろ。いくら速度で優位をとっても、それじゃ接敵出来ない。思い出せ、格闘戦でも、全部の攻撃を避けたわけじゃないだろ」

 その言葉だけで掴んだようだ。回避を最小限にし、攻撃を受けている。勿論まともに喰らっているわけじゃない。剣を盾にして、受けているのだ。これだけでも、追い足は格段に速くなる。

「アルはもっと狙って撃て。当てるばかりが狙いじゃない、偏差射撃を使ってやり易い方に誘導するんだ」

 それまで散漫だったアルの射撃に、明確な意図が出始める。弾幕の壁がただの板から意思を乗せた迷宮に変わった。偏差射撃とは、意図的に弾幕の薄い部分を作り、相手を誘導する戦法だ。これで相手の軌道を無限のものから予測しやすいものに制限をかけるのだが、シャウもただやられてばかりではない。時に予想を覆し、弾幕の壁を剣の盾で破って突進してくる。

 思った通りだ。エスパディアとランサメントは、装備構成から戦術まで、お互いに噛み合うように設計されている。敵としても味方としても、決して交わらず、一番近くにいる存在なのだ。シャウが弾幕を突破し、接近。盾にしたサブアームのジュダイクスを振り払う形で一撃。それを後ろに倒れこむことでかわすアル。足を止めて追撃の構えを取るシャウに、跳ね上がる勢いで両足を叩きつける。たたらを踏んだ一瞬の隙に体勢を立て直す。再び追いすがって振るわれた剣をグラントを盾代わりに受け止める。目まぐるしく攻防が入れ替わり、息が詰まるようだ。接近戦でも、アルはシャウにまったく引けをとらない。俺はアドバイスをすることも忘れて、見入ってしまった。

 

 決着は、不意に訪れた。突然鳴ったアラームに、思わず体が硬直したほどだ。

『Time up!』

 画面の中央に大きく表示されたその文字に、何が起こったのか分からず、しばらく馬鹿みたいに画面を見つめ続けていた。

『Drow game!』

 表示が切り替わる。互いに有効打なしの引き分け。

 この結末に、一番納得がいかなかったのは実際に戦っていた二人だろう。お互いに難しい顔をして起き上がった。無理もない。片や起動したてのランサメントを仕留め切れなかったシャウに、片や得意のレンジで勝負をかけるもすべて回避されたアル。互いに見るべきものが見えたはずだ。しかし、お互いにギクシャクとしているのは気のせいか? まだ相手を素直に認められていないのかもしれない。特にアルは起動してまだ二日目だし、そういうこともあるのだろう。

「どうだった? 模擬戦の感想は」

「やっぱりバトルは嫌いじゃないけど好きでもないなー、ボクは」

「そうか? 中々強かったじゃないか。起動してすぐとは思えないくらいだったぞ」

「それでも、ボクはあんまり強いとかそういうの、興味持てそうにないなー」

 その言葉に、シャウは憮然とした表情を浮かべていた。

「シャウはどうだった? ランサメントは最新機種だから、バトルする機会もあんまりないし、何か活かせるものも見つかったんじゃないか」

「そうですね、今回は仕留め切れませんでした。我が身の未熟さを痛感しましたね」

 その言葉に、アルは舌を出している。うん、もしかしてこの二人、あんまり仲良くないのか?

「もしかしてさ、二人共、仲良くない?」

「ええ」

「うん」

 あえて聞いた問いにぴったりハモって答える二人。やれやれ、こんなに相性いいのに、前途多難だな、こりゃ。

 

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