アルキオネの張る弾幕を背に、鬼姫を振るう。その一撃一撃に、渾身の怒りを込めて。狙いは一点。主がその扉を開けてくれた、その胸の奥だ。相手も弱点を背負っていることを自覚しているのか、ほとんど攻撃に回ってこない。
「くそがっ! ちょろちょろと!」
胸のハッチが開き、マイクロミサイルがばら撒かれる。が、すべてのミサイルが瞬時に撃ち抜かれ、叩き落とされる。アルキオネも本気だ。さっきからの援護射撃も、私の機動を邪魔しないように、しかしほぼすべて胸の大穴を狙って撃たれている。それをすべて受け切ろうとすれば、ほとんどその場に釘づけにされてしまう。
確かに、堅い装甲だ。鬼姫と言えど、そう簡単に両断することは出来ない。しかし、いかに強靭な装甲を纏っていようとも、全身をすべて装甲で覆っているわけではない。怒りで燃える私の頭の中は、それでも氷のように冷静だった。防御が自慢の相手ならば、まずはその防御を剥ぎ取る。
分かっています、主。主が今まで教えてくれたことは、すべて私の中に収まっています。主が育ててくれたこの技。この技で、この相手を打ち倒して御覧に入れます。だから、今は安心してお休みください。目が覚めた時には、すべて終わっていますから。
「シロ、ソードビット!」
「任せろ嬢ちゃん、一発、かましてやるぜ!」
光の尾を引いて、六機のビットが走る。その役目は、相手の攻撃を誘うことだ。亀のように守りを固める隙のない相手なら、まずその一手目は、その動きを誘うこと。相手に隙がないのなら、作るのが技だ。
ソードビットが時間差で、相手の顔を狙う。装甲に覆われていない部分。そのひとつは複数のセンサーが載せられた頭部だ。カメラの類は、自慢のセラミック装甲とやらでも庇い切れまい。ほとんど動くことが出来ない相手の目の前を、これ見よがしに狙って動くビット。剣閃が走り、カメラアイのうち一基を貫く。
「ぐっ、うおおぉッ!?」
これが、一手目。まだだ。まだ狙って、シロ。頭の中で思い描いた軌跡を、ソードビットがなぞる。サブカメラを狙った一撃は、しかし勢いが足りなかった。分厚い装甲に覆われた腕が振るわれ、ソードビットを叩き落とす。これが、二手目だ。
「シロ、今!」
「おうともよ!」
伸ばした腕の内側、肘の関節をピンポイントで狙う。装甲で覆われていない部分、関節は、そのふたつ目だ。伸ばし切った関節の内側から放たれた剣撃が、肘から先を千切り取る。アルキオネの火線は胸に集中したままだ。もう片方の腕は、胸の大穴を庇うためにも動かせない。
苦し紛れに、腹のハッチを開き、レーザーキャノンが放たれる。だが、狙いも甘い。今更そんな火力に頼ったところで、もう既に詰んでいるこの状況は変わらない。
罠というものは、そこにあると分かっていればかからずに済むというものではない。本当の罠とは、そこにあると分かっていてもかかってしまうものなのだ。
レーザーの光が収まるのと同時に、三手目を狙う。鬼姫を振りかぶり、一撃を加える。だが、残った腕がそれを阻止する。それこそが、本当の狙いだ。
腕を振り上げて鬼姫を防いだ隙に、アルキオネの放った光弾が胸を穿つ。その一撃に、ザンダクロスの動きが止まる。このタイミングだ!
「スキル発動! 『無銘:大顎』!」
サブアームにつながれた鬼姫が、巨大な鋏を形作る。装甲のない関節部、その中でも致命の一撃を狙う。
「行っけぇ、嬢ちゃん!」
「おおぉぉおッ!」
「くっ、くそおおおぉぉぉっ!」
関節部分は、その強靭な装甲に比べて、微塵の苦も無く切り裂かれた。寸刻の間、飛ばされた首が宙を舞う。
勝負のついた瞬間だった。
意識が体に戻ると同時に、相手はセンターの職員に呼ばれた警察に確保された。日野は警察から事情を聴取されていて、花道と俺は念のために病院で検査を受けることになった。
しかし分からないことだらけだ。一体あいつは、何の目的でこんなことをしたのだろう。この時代、人の感覚を接続するタイプのゲームは、メーカー側で厳重に管理されており、ゲームマスターに対するハッキングは実際に被害者がいなくても他者を害する行為として認識されていて、単なる不正アクセス禁止法よりも重い量刑が科されることが通例らしい。つまり、リスクが大きすぎるのだ。しかも、そこまでのことをしておきながら、目的がさっぱり読めないままだ。狙いが俺らしいのは確かだが、警察の方でも黙秘をしているらしく、聞き出すことは出来ていないらしい。
ようやく検査と簡単な聴取を終えて家に帰りつくと、携帯に榊刑事から着信が残っていた。こんなときに、とも思ったが、今日のことと関係があるかもしれない。疲労感を押してリダイヤルをかける。
「もしもし、榊刑事ですか? 何か連絡を頂いたようで……」
『ああ、つかまってよかったよ。君、今日は災難だったね』
やはり今日のことと関係がある様だ。
「ええ、出来たら今日はおとなしくしていたいところだったんですがね」
『はっはっは、君も中々言うようになったねぇ』
それに関しては知り合って以来の俺の扱いを考えてみてくれ、と言いたい。が、今日の本題はそこじゃないはずだ。
「……で、何か用があったんじゃあないんですか?」
『おう、そうそう。今日のことで、ひとつだけ犯人が目的について喋ったそうだ』
「何ですか」
俺の声が、真剣なものになったのが自分でも分かった。一体、何が目的でこんなことをしたと言うのか……。
『とりあえず、こっちでは何のことだか分からないので、聞いたまま、君に伝えようと思うんだが。何か思い当たる節があったら教えてくれ。いいかね?』
前置きが長いのは榊刑事の悪い癖だ。が、今はそれにも付き合うほかはない。俺がうなずくと、電話口で榊刑事が一言、言った。
『あの痛みを思い出せ、君の永遠の相棒より、だそうだ。何か分かるかね?』
あの痛み。永遠の相棒。まさか。いや、そんなはずはない。そんなはずは……。
『もしもし? どうした?』
「いえ……残念ですが、特に思い当たることはありませんね……」
嘘だ。俺は、嘘を吐いた。勤めて口調が変わらないよう、細心の注意を払って。
『そうか。じゃあまあ、何か思い出したら、いつでもいい。連絡してくれ。とりあえず、今日のところの用事はそれだけだ。ゆっくり休んでくれよ』
「ええ、ありがとうございます。それじゃあ……」
永遠の相棒。
俺の、永遠の相棒……
『感じるな、考えろ。勝利への道筋を』
俺の脳裏に、一瞬、ある男の記憶が甦る。
それは、俺にとって、消し難い痛みの記憶だった。