もし、すべてのことに始まりがあるのなら。
きっとその日がすべての始まりだったのだろう。
俺の名は深波月夜。
これは、俺を取り戻す物語だ。
『Winner、『変幻』の深波月夜! 圧倒的! 他を寄せ付けない強さ! 今回もチャンプに王手をかける!』
ジャッジが俺の勝利を宣言する。拍手と歓声に片手を上げて応え、壇上から降りる。
ここではレジェンド・バトルというゲームの全世界大会が行われている。大会日程は順調に進み、今準決勝の第一試合が終わったところだ。
2030年代、世界はフィギュアバトルブームを迎えた。全高20cmに満たないフィギュアロボットに詰め込めるだけの最新技術を詰め込んで作られたバトルゲームサービスは世界的な人気を呼び、特にこの日本では前世紀からのオタクブームとあいまって、実に様々なサービスが隆盛した。レジェンド・バトルもそのひとつで、世界的な人気を誇る特撮をモチーフにすえたゲームだ。プレイヤーは自分たちで作ったフィギュアを操り、バトルを繰り広げる。キャラクターも原作を忠実に再現したものや独創性にあふれたものなど、レギュレーションに沿って様々に作られるため、作り手の技術も問われるのがこのゲームの魅力だ。
「流石じゃないか、ツクヤ。次の展開が読めなくてはらはらしたぞ?」
控え室に帰ると、相棒が俺を迎えてくれた。
「嘘付け。試合が始まるまで、俺の作ったライダーは負けない! って豪語してたのは誰だったかな」
「そりゃあ僕の作るライダーは最高さ。問題は使い手の技量だろ?」
「なら何も問題ないな」
相棒……ロストマンは笑った。
このゲームではフィギュアロボを作るビルダーと、フィギュアを操作するプレイヤーが存在する。勿論一人でそれをこなすプレイヤーもいるが、俺達は相棒がビルダーで、俺がプレイヤーだ。
ロストマンは本国では名の知れた技術者らしい。フィギュアロボットによるバトルゲームがこれほどに隆盛を極めたのも、彼の天才的な技術によって安価な製法が確立されたためらしいが、よくは知らない。俺に分かっているのは、彼が俺の相棒で、俺のために最高のモデルを用意してくれる、最高のビルダーだということだけだし、それで充分だ。
「次の試合だけど、勝っていいのか、ロストマン?」
「何を言ってるんだ、ツクヤ? いつも言ってるだろ、相手が誰であっても、試合では叩きのめせ! ってな」
「それがお前の、唯一の妹でもか?」
「ふむ、逆に聞こうか。手加減の上で君に勝って、喜ぶような性格かね? 君の恋人殿は」
違いない。少なくともあいつは、ただ勝っただけで喜ぶような相手ではないことは確かだ。
「で、今回のあいつの機体は、お前が調整したのか?」
「それについては、コメントを控えよう」
そう言って、にやりと笑う。この調子だと、相手の機体のコンディションは最高だと思っていた方がよさそうだ。
「試合の様子、見なくていいのかい、ツクヤ?」
「必要ないだろ。どっちが勝っても、決勝でやることは変わりない。ロストマンこそ、見なくていいのか?」
「言っただろ? 俺の作るライダーは最高だ。どんな相手であっても、負けはしないさ」
「語るに落ちたな、相棒」
おっと、しまった、と自分の口を押さえる。これで俺より八つも年上で、世界的な天才技術者と称されているというのだから、どうも信じがたい。
「まったく、それで俺が勝てなかったらどうするつもりなんだか。俺が情に流されることだって、あるかもしれないんだぜ」
「いつも言ってるだろ、ツクヤ。感じるな、かんg」
「考えろ、勝利への道筋を、だろ?」
「分かっているじゃないか」
ロストマンの言葉を遮って先を続けると、満足そうな笑みを浮かべながら、そう返してくる。
話に興じていると、突然会場の方から大歓声が響いてくる。どうやら、反対ブロックの準決勝に決着がついたようだ。
「さあ、決勝の準備は整った様だぞ、ツクヤ。君の方の準備はいいかい?」
「聞くまでもないな、俺の準備はとっくに出来てるぜ、相棒」
ばたばたと、足音が近づいてくる。やれやれ、せっかく決めていたってのに、騒がしいのが来やがった。
「ツクヤ、兄さん、勝ったわよ! 決勝進出! これで決勝は、どっちが勝っても兄さんの機体が世界一だわ!」
「おめでとう、リサ! よくやったね」
「リサ……負けねぇぜ。分かってると思うが、手加減なんかしてもらえるとは思わないことだ……」
「またそんなこと言って。年相応のことを言ってるときはカワイイのに。そんな妙な大人びたことばかり言ってるの、カワイくないよ、ツクヤ」
「女には分からねぇか……これが、ハードボイルド、って奴なのによ……」
俺が背を向けると、後ろから思い切りハグをしてくるリサ。
「もう、照れてるの、ツクヤ?」
「そんなじゃねえ、べたべたするなよ! 相棒、どうにか言ってやってくれ!」
「ふむ、リサ、バージンロードを歩くのは、僕に務めさせてくれるかな? ロバート叔父に任せるには、大役すぎるからね」
「サンキュー、兄さん! その時はぜひよろしく頼むわね!」
ロバートというのは、ロストマンとリサの養父だと聞いた。ロストマンもリサも、あまり昔のことは話したがらないが、幼い頃に両親と死別し、養父母の家で育ったらしい。両親とも健在な俺からは考えられないことなので、その話題には努めて触れないようにしている。だが、彼ら自身は平気でその名前を出してきたりする。
「それじゃあツクヤ、決勝の舞台でね! 私、負けないから! 兄さん、祝勝会の場所は、もう予約してあるかしら?」
「大丈夫、抜かりはないよ、リサ。どっちが勝っても、今日は盛大にやろうじゃないか」
この妹の前では、ロストマンも大概だ。まあ、確かにこの試合で勝った方が今期の世界一、という晴れの大舞台なのだから、ビルダーとして参加しているロストマンも嬉しいのは間違いないのだろう。
何より、世界的な流行を受けてこの種のゲームでも競技人口の多いものはかなりしっかりした賞金制度が取られている。今回も流石に世界タイトルマッチなだけあって、優勝すれば俺達には中学生には過ぎた金額が手に入ることになっている。
「まったく、集中力を乱されちまったぜ……」
「いいじゃないか、張り詰めっぱなしじゃあ体に毒だ。僕から見てても、君らはよくお似合いだと思うよ」
「からかってるのか、相棒?」
「とんでもない。心底、そう思うのさ。妹には、幸せになってもらいたいからね」
呟くようにそう言ったロストマンの目は、遠いどこかを眺めているようだった。
「だったら少しはリサにも、ハードボイルドってものが分かるようになってほしいもんだね」
「伝えておくよ。日本では『習うより慣れろ』って言うんだろう?」
微妙に違う気もするが、まあいいことにする。
「さて、ツクヤ。そろそろ決勝、どっちで行くか決めたかい?」
「ああ、リサには悪いが、勝ちにいくぜ。決勝では、ジョーカーを使う」
「君が決めることだ、否定はしないが、Wの方が良くはないか? ジョーカーでは君の得意の変幻の戦い方が出来ないんじゃないかね」
「大丈夫さ、相棒。ジョーカーは、なんて言うか、俺と合う。使っていて、しっくりくるんだな。ジョーカーなら、俺の力を引き出してくれるし、俺ならジョーカーの力を生かせる。そんな気がするんだ」
「まったく、ビルダー冥利に尽きることを言ってくれるじゃないか、ツクヤ。そこまで言われたら、君の決定に異を挟むことは出来ないな」
机の上に置いてある、二体のフィギュアロボットは共にロストマンが作ったものだ。Wとジョーカー。普段なら、Wを使うことが多い。メモリチェンジによる豊富なフォームを戦況に合わせて使い分け、対策を絞らせないのが俺の戦い方で、『変幻』の二つ名の由来でもある。でも、俺自身はどちらかと言うとジョーカーを使う方が好みだった。決勝では、ジョーカーを使いたい。
「それじゃあ、行ってくるぜ、相棒」
「ああ、これが終われば、世界一だな、ツクヤ」
拳を合わせて、控室を出る。そう、あと一戦で、世界一になる。俺は、そうであることが当然のように感じた。俺の手には、切り札が握られている。勝つのは、もはや必然だ。俺は早足に、試合会場へと向かった。
試合会場に入ると、けたたましいぐらいの大歓声が俺達を迎える。その中にはマイクを通して実況をする声も混じっているが、壇上ではそれさえよく聞き取れない。
「ツクヤ、負けないからね!」
「それはこっちの台詞だぜ、リサ」
試合前の握手を交わす。実況がロストマンの名前を出したのが辛うじて聞き取れた。おそらくリサがロストマンの実妹であるとか、二人の使っている機体がロストマンの手によるものだとか、そういったことを喋っているのだろう。が、そんなことはどうでもよかった。早く、試合がしたい。
筐体に入り込むと、いつもの手順でセットアップを行うのだが、それすらももどかしい。俺の心は、逸っていた。ヘッドセットとグローブを装着し、意識が電子の海の溶けていくのを待つ。まるで透明で重さのない幕を被せられたような感覚も、慣れたものだ。
視界が、バーチャルのそれに切り替わる。目の前にいたライダーは、なでしこ。なるほど、リサも決勝に合わせてモデルを変えてきたか。元々リサはフォーゼ系のライダーを使うのが得意だ。それをわざわざ選択肢の狭まるなでしこに切り替えてきたのは、それだけ彼女にも、こだわるものがあったのだろう。銀色のメタリックなボディが眩しく感じる。
「手加減はいらないよ、ツクヤ!」
「言ったろ……手加減なんて、しないってな……」
俺の使うモデル、ジョーカーは本来はないはずのフェルト帽を被っている。アンテナの部分にはそれを逃がすように切りこみが入っていて、深く被れるようになっている。その帽子のつばに手を当てて、直すような仕草をすると、改めてなでしこの方に向き直る。
『Get Ready …FIGHT! 』
試合開始の合図と共に、俺は黒い帽子を高く投げ上げた。