決着がついた。
俺が痛む脚を引きずって、筐体から出てくると、大歓声が俺を迎えてくれた。
最後の一撃、リサの攻撃をスリッピングで避け、クロスカウンター気味に入ったライダーパンチ。それがそのまま勝負を分けた。
優勝は、俺だ。世界一のプレイヤーになった、という事実を、俺は噛みしめた。
俺は、拳を掲げる。歓声が一層高まる。体中は痛み、右脚には力が入らない。それでも、この場で格好をつけなければ、いつそうするんだ? 俺の顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。
最高の気分だ。俺の手には、相棒である世界最高のビルダーの、最高傑作が握られている。そして最高のライバル達との戦いを経て、俺が最高のプレイヤーだと認められたのだ。
相棒、見ているか。俺はやっと、お前と釣り合うだけの人間だと、証明されたぞ。お前が世界一のビルダーで、俺が世界一のプレイヤーだ。
そして、リサだ。リサがあれほどに強いなんて、思わなかった。普段練習なんかにも付き合うが、ここまで登ってくるとは思わなかった。ましてや、ここまで好勝負を演じるまでの力を隠しているなんて、露とも思わなかったのだ。
リサが出てきたら、どうしてやろう。ハグでもしてやろうか。普段は俺の方からすることなんてないからな。どんな顔をするだろう。きっと、目を白黒させて、でも喜んでくれるに違いない。こんな壇上でそんなことをするのは、ハードボイルドらしくないか? でも、今はそういう気分なのだ。たまには、そう、たまには、そういうことがあってもいいだろう。
リサが、出てこないことに気付いたのは、その時だ。もしかして、負けたことを悔しがっているのだろうか。まさか泣くほど悔しがってはいないだろうが。もしそうだとしたら、何と声をかけたらいいのだ? どんな慰めも、嫌味になってしまうかもしれない。いや、いいや。そうであったら、無言で抱きしめてやろう。俺は、リサの筐体を覗いた。
筐体の中には、血が、溢れていた。
リサは、ヘッドセットもグローブもそのままで、シートベルトをして、座っていた。腕は力なく垂れ下がり、鼻と口からは血がこぼれている。
「リサ……?」
返事の代わりに、口からは血泡がごぼり、と湧き上がった。
それからどうなったか、不思議なくらい覚えていない。気が付いたら、俺も病院にいて、痛めた右脚に湿布と包帯が巻かれていた。
病院の廊下には、ロストマンが立っている。その目からは、奇妙なくらい生気が感じられなかった。
来てくれたのか、ロストマン。そう言いかかったその時、ロストマンの目が俺を捉えた。この距離からでも、はっきりと分かるほど、その瞳は怒りに燃えていた……。
ロストマンは早足で、俺の方にやってくる。その両手が、俺の胸ぐらを掴む。支えきれず、俺は呆気なく壁に背をぶつける。
「ロストマン……」
「ツクヤ……」
互いの名を呼び合う。が、やはりロストマンの言葉には、抑え切れない炎が宿っていた。不意に、頬に痛みが走り、転んだ。何が起こったのか分からず、ロストマンの姿を改めて見る。それでようやく、殴られたのだと理解した。
「ロスト……」
「ツクヤぁ……!」
胸ぐらを掴まれ、立たされ、壁に押し付けられる。ゆっくりと、頬がジンジンと痛む。ロストマンの黒い瞳からは、涙が流れ始めた。
「リサが……死んだ……」
え? その言葉の意味が、俺には分からなかった。何を言ってるんだ、ロストマン? リサなら、さっきまで俺と試合をしていたじゃないか。見ていなかったのか? あんなにいい勝負だったのに。
それを言おうとした瞬間、溢れ出すように、思い出した。血に濡れたリサの唇。マネキンのように投げ出された腕。担架の上で眠るリサ……。
「嘘だ」
そう言った俺の声は、震えていた。
「ツクヤ……」
「俺を騙そうとしてる……」
「ツクヤ」
「何を言ってるんだ、ロストマン? だって、だって……」
「ツクヤ!」
もう一度、俺の背が壁に叩きつけられる。
「ふざけるな……ツクヤ……!」
ロストマンと、目が合う。その声も、真っ赤に燃えるような怒気をはらんでいた。
「なんで……たかがゲームで、死ななけりゃならないんだ! リサは……俺の妹なんだぞ! たった一人の、俺の、大事な……!」
うつむいたロストマンの頭が、俺の胸に押し付けられる。俺も、ロストマンも、震えている。
嗚咽が、聞こえてくる。ロストマンの、だろうか。それとも、俺の……?
「お前が……殺したんだ、ツクヤ……!」
湧き上がる嗚咽を押しのけるようにして、ロストマンが声を絞り出す。やはり、俺にはロストマンが何を言っているのか、分からなかった。
「お前が殺したんだ! ツクヤ! お前が!! リサを!!」
俺は何も言い返せなかった。いや、返す言葉を持っていなかった。俺の頭の中をどう見返しても、悲痛な叫びを上げる相棒にかける言葉は見つからなかった。いや、違う。頭の中を探る余裕すら、俺にはなかった。ただ、ロストマンの言葉を理解しようとするだけで、精一杯だった。
「なんとか言えよ……言えよ!」
その細腕からは意外なほど、ロストマンの拳は強かった。その騒ぎを聞き付けて、看護士が出てくるまで、俺はロストマンに殴られていた。
もし、すべてのことに始まりがあるのなら。
きっとその日がすべての始まりだったのだろう。
その日。
俺がレジェンド・バトル世界大会を制した日。
俺はすべてをなくした。
相棒と呼んだ親友も。
恋人と呼んだ女性も。
青春と呼んだ競技も。
何も、かも。