スリープモードが解除され、私は目を開ける。今日の目覚めも良好だ。神姫の中にはキャラクターとして朝が弱いとか、目覚めが悪いという個性を持った神姫もいるらしいが、私はそうではなかった。その点はCSCを選んでくれた主に感謝している。毎朝だらしない姿を見られるなんて、私にはちょっと耐えられそうもない。
そこでふと、今朝は携帯電話の目覚ましアラームが鳴らなかったことに気づく。主はいつもご自分の携帯電話を目覚まし代わりに使っていて、朝はその音が聞こえてくるはずなのだが……もう起きておられるのだろうか。
「主、もうお目覚めですか?」
布団の方に近寄って、声をかける。が、主からの返事はない。もしかして、アラームをかけ忘れたか、それとも寝ぼけてアラームだけ止めてしまわれたのだろうか。今日は月曜日だから、講義は朝からあるはずだ。
「主、お目覚めですか? お時間ですよ」
もう一度、声をかける。が、やはり返事はない。仕方なく、枕の方まで近寄ってみる。今日は珍しく、頭まで布団をかぶっている。まるで子供のようなその様子に、少し笑みがこぼれる。
「主、起きてください。朝ですよ」
布団の端をめくる。しかし、薄いかけ布団の向こうに主の姿はなかった。辺りをよく見回すと、携帯電話や主の鞄もない。
「今日はもう出かけられてしまったのでしょうか……?」
いつもなら私より早く目覚められることはあっても、こんなに早くお出かけになることはないのに。そういうことがあるときは、前の日には教えてくださるし、それで翌日の私の起床時間を変更したりもするのだ。何か急なことがあって、取るものもとりあえず出かけられたのだろうか。それとも、昨日はいろいろなことがあったので、伝え忘れてしまったのだろうか……。
普段と違うことに違和感を覚えつつも、今日主が帰ってきたら尋ねてみることにしよう、と思考を切り替える。幸い月曜は朝の時間だけしか講義はないはずだ。いつもなら、遅くとも三時頃には帰ってこられる。主が大学生になられてからは、講義の終わる時間は不規則になったが、大抵主はまっすぐ帰ってきて、その後の時間をバトルロンドの訓練や、作業にあてられている。お休み前などはたまにお伴をして、その足でパーツの買い出しやゲームセンターまでバトルロンドをしに行くこともあるが、昨日の今日だし、今日のところは用事もないだろう。
「姉さん、おはようッス」
「あら、メサルティム。主を見かけませんでしたか。もうお出かけになってしまっているようなのですけど」
「いや、自分も起きたばっかッスから……今朝は見てねッス」
首を横に振るメサルティム。頭につけられたツインテールパーツが、ふるふると振れる。
「そうですか。何事もないとよいのですけれど」
「そうッスね。昨日も変なことがあったばっかだし、心配ッス……でも今日はご主人早く帰って来る日だし、帰ってきたら聞いてみたらいいッスよ」
「……そうですね」
アルキオネはまだスリープモードのままだし、メサルティムも知らないのならば仕方がない。いつも通りに過ごしていれば、主もすぐに帰ってくるだろう。
「それじゃあメサルティム、今日の訓練を始めましょうか」
「うッス、お願いするッス!」
トレーニングマシンを起動して、準備を整える。その時に、おや、と思う。PCの電源が入りっぱなしになっていたのだ。珍しいこともある。主は普段、そんなことはないのに……。
「姉さん、こっち支度出来たッスよ」
「ええ、メサルティム、PCの電源、入れてくれました?」
「いや、自分じゃねッス。電源、入ったままだったんスか?」
「ええ。主が消し忘れたのでしょうか」
「珍しいッスね。いつもちゃんと消してあるのに」
メサルティムも首をかしげる。まあ、そういうこともあるのでしょうけれど……。
「やっぱり昨日のことがあったんで、ご主人もお疲れだったんじゃないんスかね?」
「そうなのでしょうか」
それならそれで、心配ではある。昨日の『襲撃』としか言いようのない事件は、明らかに主に狙いを絞っていたのだ。そう言っても、主にも、勿論私たちにも、そんなことをされる心当たりはない。その辺りのことは警察が調べてくれるのだろうけれど、はっきりしたことが分かるまではやはり不安だ。
「でも、ご主人じゃなかったら、逆に怖えぇッス。それも帰ってきたら、聞いてみるッスよ」
「そうですね、そうしましょうか」
主がいないところで考えていても仕方がない。私はメサルティムを促すと、クレイドルに座る。バーチャル空間につながると、不安を頭の隅に追いやった。
「シャウラー、マスターからは何にも言ってきてない?」
「いえ、特に何も……どうかしましたか、アルキオネ?」
「いやー、今日は遅いんだなー、と思って。もう四時になるじゃない?」
言われてみればそうだ。私達神姫は日本標準時の時計にリンクしているので、時間を間違えるということはない。
「いつもならさ、月曜日はもう帰ってきてるころじゃない」
「ええ、そのはずなんですけれど。ちょっとPCの方もチェックしてみましょうか」
神姫はクレイドルに接続すれば、簡単なウェブブラウジングぐらいなら出来る。それでもメールソフトなどはPCを使った方が手軽だし、便利だ。少々マウスやキーボードが大きくて、素早い操作が難しいのは難点だけれど、有線で接続すれば、思考をそのまま入力出来る。背中のコネクタとPCを接続し、ブラウザを立ち上げようとすると、スクリーンセーバーが切り替わる。そこに表示されていたのは……。
「アルキオネ! メサルティム! ちょっと、来てください!」
そこに表示された文面を読んだ私は、大きな声を上げる。有無を言わさない私の様子に、二人は急いでPCの前に集まる。
「どうしたのさ、大きな声出したりして?」
「何かあったんスか?」
「これ、読んでください……」
私の声は、震えていた。
PCの画面に表示されていたのは、主が書いたと思われる、手紙……。
「これ……どういうことだよ、シャウラ……」
「何なんスか、これ……」
「分かりません……分かりませんけど……これが、本当に主が書いたものだとしたら……」
自分の想像に、震える。もし、本当に主がこれを書いたのだとしたら、主は、もうここに、戻ってこないかもしれない……。
その想像には、二人も行きついたようだ。が、誰も口には出さなかった……。
『シャウ、アル、ミーシャ。三人へ。
ありがとう。
一緒にいてくれて。
ありがとう。
俺を生かしてくれて。
ありがとう。
仲間と繋げてくれて。
そして。
さよなら』
風が吹く。
日が暮れても、この蒸し暑さは何も変わらないだろう。それでも、うすら寒く感じてしまうのは、多分、気温のせいではない。
そろそろ行かなければ。この墓地から出るバスは、日が落ちる頃にはなくなってしまう。
花を供えられた墓石の前で、ゆっくりと立ち上がる。供えたのは、ロストマンだろうか。
「リサ……俺は……」
最後に、俺は、初めてリサに許しを請うた。