蠍の尻尾   作:深波 月夜

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『マスターMk.A様。渚さん。

突然こんなメールを差し上げるご無礼、お許しください。

 でも、今の私達には、他に頼るあてがなく、本当に困っています。どうか、お力をお貸しください。

 

 実は今、私達の主である深波が、昨日から行方知れずになっています。携帯電話も持って行かれたようですが、連絡も取れません。

 警察に連絡をするにしても、今の我が家には神姫だけしかおらず、近くの知り人も連絡先が分からず、頼れる状態になくて途方に暮れています。

 

 どうか、お知恵をお貸しください。

 

シャウラ』

 

 その日、飛び込んできたメールの内容に、自分も渚さんも驚いた。深波君が行方不明というのも、今のシャウラさんの状況にも。

 とにかく、状況がよく分からない。仕事場には遅れる旨の連絡を入れ、シャウラさんが送ってきたメールに返信をする。

 

『シャウラさん。

 連絡、ありがとう。自分たちのことを思い出してくれて、嬉しい。

 早速だけれど、君たちの状況がよく分からない。

 出来るなら直接話がしたいのだけれど、通話が出来る環境はあるだろうか。

 多分だけど、PCの中に通話ツールか何かがあるはずだ。バーチャルで遠隔地の相手と対戦しようとしたら、その手のものが必要だからだ。探してみてくれないか?

 見つけたら改めて、連絡をください。

 

                 Mk.A』

 

 手早くメールをしたためて送信する。とにかく今は、正確に状況を知ることが先決だ。もし本当に行方不明ということになっても、果たして法的には物に過ぎない神姫が捜索願いを出したり出来るのだろうか。

「渚さん、どうなんだろう? 神姫でもそういう手続きって、出来るもんなのかな?」

「うーん、一応同居しているAIからの通報事例がないわけじゃないんだけど、捜索願いみたいなものは通常親族から出るのが一般的だから……一番は深波さんの家族と連絡を取るのがいいんだけど……」

 それは理想だが、おそらくそれが出来ないから、わざわざ自分のように、普段絡みのない人間に連絡をしてきたのだろう。

それは裏を返せば、それだけシャウラさん達の状況がひっ迫しているということでもある。とにかく、今はシャウラさん達からの連絡を待つしかない。気ばかり急くが、そうであってもどうしようもないのだ。今は必要になるであろう情報を調べておくくらいしか出来ない。

「オーナー、シャウラさん達、大丈夫かな……?」

「分からないけど、何か手を貸せることがあるはずだ。今は、それをしておくしかない」

 キーボードを叩きながら、渚さんに返事をする。渚さんの声は、不安で曇っていた。

『You gat mail !』

 電子音声が、メールが届いたことを告げる。果たしてそれは、シャウラさん達からだった。

 

 

 Mk.A様からは、すぐに返信が来た。

通信ツール……確かに主はその手のものを使ってはいなかったが、イヤホンマイクを持っていた。その類いのツールがある可能性は高い。

 PCの中を検索すると……あった。少し古いものだが、これで大丈夫だろうか。メールでその通話ツールの名前と、これで大丈夫かを確認する。

 僅かな間を開けて返信が返ってくる。大丈夫なようで、アカウント名が一緒に記載されている。そのアカウントにコールをすると、すぐに通話状態になる。

『もしもし、シャウラさん?』

「はい。申し訳ありません、マスターMk.A様。でも、他に頼れる方もいなくて……」

 その声に、ほんの少し、安堵する。もしかしたら、主の行方について、心当たりがあるかもしれない。あまりにも安直な考えだったが、そんな思いにさえすがってしまうほど、私は消耗していた。

『シャウラさん、大丈夫? あたし、渚だよ』

「ああ、渚さん……本当に、こんな連絡をして申し訳ありません……」

『シャウラさん、まずは、状況を教えてほしい。自分達はそこに行くことは出来そうにないけど、出来る限りのことはするから』

 その言葉が、弱った心に染み渡る様に広がっていく。

 Mk.A様に促され、分かっている限りの状況を伝える。主が昨日の朝から行方が分からないこと。PC上に書き置きがあったこと。一昨日の『襲撃』のこと。主のご家族やご友人のことが、何も分からないこと。そして、主自身のことも、碌に分からないこと……。

 そのことに、後悔と、羞恥が混じった感情が湧き上がる。自分の主のことも碌に知らずに、何が主の望むものを裁つ刃か。何が『青裁ち鋏』か。だが、それでも伝える。まるで、懺悔をしているような気分だ。だが、それでもいい。私ひとりの懺悔で、主が救われるなら、私なんてすべてを捧げても構わない。

『ふむ……シャウラさん、これは素人考えだけど、おそらく、一昨日に起こった襲撃がきっかけになっているんだと思う。で、その担当の刑事さんとは面識があるんだよね?』

「ええ、榊刑事……直接の連絡先は主の携帯がないので分かりませんが……」

『ならば、その刑事さんの所属している警察署は分からないかな。あとは、よく会った場所とか……』

「あ、喫茶店「COL」! あそこのマスターなら、榊刑事と連絡が取れる!」

『そこのマスターに連絡は取れそう? 刑事さんと直接話が出来るようになるんなら、後は直接部屋を見てもらえるだろう。その方が早いだろうしね』

「ありがとうございます、マスターMk.A様、渚さん……本当に助かりました……」

『何ほどのこともしていないよ。それと、シャウラさん。自分はマスターなんて呼ばれるほど大した人間じゃない。せめて、Mk.Aさん、とか呼んでくれたら助かる。いろいろこそばゆくて』

「承知しました、Mk.A様。とにかく一度、喫茶「COL」のマスターに連絡を入れてみます。それと……もしお嫌でなければ、この後分かったこともご連絡させてください。今の我が家には神姫しかおらず、どこかで人間の常識と齟齬が出ないとも限りませんので……」

『それぐらいなら、喜んで。むしろ今日は一日休みにしてしまったんで、いつでも連絡をください。何か役に立てるかもしれない』

「本当にありがとうございました。またすぐ、追って連絡します。それでは」

 通話を切ると、横でアルキオネとメサルティムがPCと有線で繋がり、K駅前の喫茶「COL」の連絡先を調べてくれていた。次は、あのマスターだ。アルキオネ達がすぐに喫茶店の電話番号を入力する。

 

 

「もしもし? 喫茶「COL」でございます。シャウラ? 神姫? ……ああ、榊の奴に付き合ってくれたあの男の子の神姫さんか! 久しぶりだね、どうかしたかい? ……なに、行方不明? で、榊の連絡先がほしいと。よし、わしに任せてくれ。今から……そうだな、十五分ほどしたらもう一度電話をかけてもらえるかい。それまでに榊の奴をここに呼んじまうから……なあに、気にすることはないんだ、どうせもうちょっとすると昼飯に出ちまって、捕まえづらいからな。その前に、店の方から誘っておくだけのことさ。それじゃあ、十五分後にね。あ、あとシャウラちゃん! あんまり気を落とすなよ! あの子ならきっと大丈夫だから! それじゃ」

 電話を切ると、すぐにそのまま手慣れた番号を打ち込む。コール音を挟み、聞きなれた男の声だ。

『もしもし? マスター? どうしたんですか、仕事中ですよ』

「そのお仕事に関係のある話だ。たまにうちの店に顔を出してた男の子、シャウラちゃんって神姫を連れてる……」

『深波くんですか? 彼に何か?』

「どうもこうも、今、行方が分からんらしい。お前、ちょっとこっちの店に来てシャウラちゃん達と直接話して、一緒に考えてやれ」

『やれやれ……今からですか。まあ、急いで行きますけれどね。やっといてもらうこともあるんで、十分後にお店に行きますよ』

「おう、なるべく早く頼むぞ、榊」

『まったく、人使いの荒いことだ』

「回り回ってきて、お前の番が来ただけさ」

 そう言うと、榊の奴は苦笑して、電話を切った。

予告していた時間より早く姿を現したのは、榊なりに気にかけている証拠だろう。

「マスター、コーヒーください」

「まったく、なんでもないときにもこの店に来てコーヒーを飲もうという気にはならんもんかね。いつもいつも厄介事と一緒に店に来おってからに」

「回り回って、そういう役目になっただけですよ、マスターが」

 さっきの意趣返しか、そんなことを言いよる。まったく口ばかり達者な奴だ。コーヒーの支度をし終えると、また電話が鳴る。

「はい喫茶……ああ、待っとったよ。今代わる。榊、ほれ」

「もしもし、お電話代わりました、榊です。シャウラさん? ええ、とりあえずマスターからは、深波君が行方不明、とだけ……成程、昨日から。それで、どこに行ったか心当たりは……分からない。書き置き? 成程、それならいっそ、そっちに見に行った方が早そうだね。今からそっちに直接行きましょう。住所は分かります? はい、はい、分かりました。それだと、一時間……一時間半くらいかな、とにかくそのくらいで着けると思うので。はい、不安なのは分かるけど、まずはそっちに行ってから……ええ、それじゃよろしくお願いしますよ。それじゃ、また」

「どうだったね」

「いや、相当参ってますね。まあ、昨日の今日だし、仕方がないんですけど」

「何かあったのか」

「ええ、まあ……熱いな、コーヒー……」

「馬鹿もん、わしが一度でも、客に冷めたコーヒーなんぞ出したことがあったか」

 そう言うと、榊は困ったように頭を掻いた。

「こいつは参ったな。先に車、手配してきちまうか」

「何だ、コーヒーくらい飲んでいけ」

「じゃあ、ちょっと電話だけ……」

 そう言うと榊は懐から取り出した携帯電話で何やら話し始めた。その電話をしている間、榊の顔は、刑事の顔をしていた。

 

 

 『1P WIN』

 その表示が出るとすぐ、サレンダーボタンを押してゲームから離脱する。グローブとゴーグルを外して所定の位置に戻すと、誰にも声をかけずに、さっさと店を出る。帽子を目深に被り、マスクと眼鏡……分かりやすい不審者だな、と心の中で自嘲する。

 ジョーカーの動作チェックは順調だった。当然だ。あれほど因縁のある機体であるにも関わらず、いや、だからこそコンディションを保つことには細心の注意を払い続けてきたのだ。

 ロストマンの指定した日まで、まだ時間はある。その間は、とりあえず転々とするしかあるまい。一か所にとどまれば、迷惑がかかるかもしれない。

 シャウ達は、心配しているだろう。でも、一緒にいるわけにはいかなかった。万が一にも、シャウ達を失うわけにはいかない。

リサをなくした後、何者でもなくなってしまった俺を、俺として生かしてくれたのは、シャウ達だった。シャウ達がいなければ、俺は一人で生きることを良しとしたまま、自分の殻の中に閉じこもっていただろう。

 今だって、リサを忘れたわけではない。それでも、その痛みと共に生きることは出来る。それを気付かせてくれたのは、シャウ達だ。

「ロストマン……」

 俺は数年ぶりに相棒の名を口に出す。ロストマンが俺を許していないのは分かる。しかし、それでシャウ達を巻き込むのは許せなかった。ロストマンは俺を許さないだけでなく、俺を救うすべてを許さないと言ったのだ。

自分だけであるならば、あるいはロストマンに捧げてしまったかもしれない。しかし、周りをも巻き込んで復讐するというのならば、止めなければならない。そのためには……。

「俺のすべてを、賭けてやる……」

 俺は再び、呟いた。

 

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