蠍の尻尾   作:深波 月夜

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「で、榊さん、なんでここに転がり込んで来るんですかねえ……」

「いいじゃないか菊川くん、どうせ今週一杯は帰れないんだろう? その忙しい合間にで悪いとは思ってるんだが、ちょこっと間借りさせてくれよ」

 一通り我が家で現状を話した後、私達は東京にある、Front Lineの研究施設に連れてこられた。月に一度はメサルティムの検査でお世話になっている、菊川研究員の所属する研究施設だ。

「榊さん、本当にここを警察のための喫茶室かなんかだと、勘違いしているでしょう。これでもね、ここは最先端の研究施設で、本来ならそうそう簡単に入れるような所じゃないんですよ?」

「まあまあ、そこは持ちつ持たれつといこうじゃないか、ねえ、ハッカーの菊川くん? 君が大手を振って娑婆にいられるのも、どこかのボンクラ刑事が君のことをほったらかしているおかげだ。違うかね?」

「そういうこと、言い出しますか!? しかも今! あのねえ、今本当に忙しいんですよ! そうでなくても上は現場を無視してMK2を販売開始にしちゃうし、おかげで武装の生産は間に合わないし……知ってますか? 今ウチがなんて叩かれてるか……老舗がついに完全版商法に手を出した、なんて言われてるんですよ! まったく、上もユーザーも、現場の苦労なんて分かっちゃいないんだ。それをその上こんな厄介事まで持ち込まれて……」

「ご高説は今度、充分に拝聴させてもらうよ。とりあえずでいいんだ、とりあえずで。まあ、個人的には後々君の手腕をちょこっとお借りすることになるかもしれないが」

「そんなこと言って、ちょっとで済んだ試しなんか、一度もないじゃないですか! ええ、いいですよいいですよ、どのみちあんたみたいな不良警官に尻尾を掴まれた時点で僕の人生はお先真っ暗なんだから。その代わり、気まぐれに逮捕状を持ってここに来るような真似だけはしないで下さいよ、本当に」

「あの……聞いてはいけない会話の様な気がするのですが……大丈夫なのですか?」

「ん? まあ、こうやってお互いに冗談を言い合う関係なんだと思っていてくれ。勿論、菊川くんの名誉のためにも、くだらない冗談を広めるようなことはしないように頼むぜ?」

 そう言うと榊刑事は人差し指を立て、自分の唇に当てる仕草をし、微笑んだ。

「……しかし、意外だったね。君達は何か、深波くんの過去のことを聞いているんだと思ったが」

 主の、過去。榊刑事はここに来るまでの道すがらで、簡単に教えてくれた。主が、元世界一位になるほどのプレイヤーだったこと。ある事件をきっかけに、一切表舞台から姿を消したこと。

「深波月夜とロストマン……ちょっと古いゲームファンなら、まあどこかで聞いたことのある名前だな。こんなおじさんでも、顔と名前は知っているくらいに、ね」

 ロストマン……かつて主が相棒と呼んだ人。そして、おそらく先日の、主を襲撃した事件の首謀者。

「まあ、彼が永遠の相棒、という言葉に何の反応も示さなかったんで、何かあるだろうとは思っていたが。まさか君達を置いて行方を眩ますとは思わなかった。その点に関しては、不用意な伝え方をしたことを、君達に謝罪せねばならないね。本当に済まなかった」

「そんな過ぎちゃったことはどうでもいいんだ。ボクはどっちかっていうと、この先どうなるのかの方が気になるんだけど?」

 私達に向かって頭を下げる榊刑事だが、アルキオネの辛辣とも取れる声が迎え撃つ。

「そうッスね……自分も、それが気になるッス……ご主人は、どうなっちゃったんスか?」

「ふむ、さっき、君達の家を簡単に調べた時にメモしてきたんだがね。ブラウザの表示履歴だ」

 そう言うと、榊刑事は空いているPCを立ち上げると、手慣れた様子でアドレスを打ち込んでいく。

「これは……?」

「まあ御覧の通り、フリーメールのアドレスだね。アカウントはこれだが、パスは……菊川くん、どうにかならないかね?」

「えー、その年頃の子なんかは、好きな子の名前でも入れりゃあ開くと思いますよー。後は勝手にどうぞー」

「ふむ……当時の深波くんの恋人ね……」

 そう呟いて、榊刑事はキーボードを叩く。R、I、S、A……開いた。なんでそんなことを知っているのかといぶかしむ私の視線に、有名なカップルだったからね、と榊刑事が付け加える。

そこに表示されたメールのリストの、最新の一件だけがつい先日の日付だった。それをクリックすると、本文が表示される。

「ほう、これは、中々の文面だね」

「一週間後の、午後九時……」

 そこに英文で書かれていたのは、主に対する恨みを綴った、ロストマンの犯行予告とでも言うべき文章だった。

「このために、マスターはボクらを置いて出ていったってこと?」

「自分達を守るために、置いていった、ってことッスか……?」

「まあ、そういうことだろうね。そのことは、彼の近くにいた君達の方が確証を持てるんじゃあないのかい?」

 ほとんど同時に疑問を口にしたアルキオネとメサルティムに、榊刑事が答える。

それでも、私はにわかには信じられなかった。アルキオネが言ったように、私達が大事なのだとしたら、それを捨てていくようなことが、本当に出来るのだろうか。

「なんにせよ、君達のご主人様が動くであろう時間は分かったわけだ。後はその時に、迎えに行けばいい。それまではちょっと間があるけれど、なあに、一週間ぐらいならあっという間さ」

「それまでの間、主を探すことは出来ないのですか?」

「ふむ、個人的にそうしてあげることは出来なくはないんだが、何せ警察としてはまだ彼の捜索願いを受理したわけではないからね。何より、法的には物である君達武装神姫からは、緊急時以外での通報は受けられない、って規定がある。まあ、この辺は法整備が追い付いていない部分だと、僕個人は思うのだがね」

「警察ってのは案外、役に立たないんスね」

 メサルティムの悪意のない言葉も、この場では辛辣に響く。でも、そこに込められた思いは私達の心を代弁したものでもあった。

「いやまったく、耳が痛いね。公僕としては、申し訳ない限りだよ」

「でも、迎えに行くったって、ここに書かれてる場所がどこだかなんて、分からないじゃないのさ。何か調べるあてはあるの?」

「まあ、その辺は任せてくれよ。これでも一応、僕の個人的なお願いを聞いてくれそうな知り合いくらいは、何人かいるのさ」

「榊さん、数に入れないで下さいよ、僕のこと」

 榊刑事の言葉に、菊川研究員が声を上げる。それを聞いて榊刑事は笑い声をあげるが、菊川研究員はとてもそんな気分にはなれないようで、忙しそうにキーボードを叩いている。

「まあ、数に入れさせてくれれば頼もしいが、今回はよしとしよう。鑑識課の方に詳しい友人がいるのでね、個人的に頼んでみるさ。とりあえず今は、シャウラさん達の面倒を見てもらえるだけで良しとしよう。それに、最終的には菊川くんに頼らざるを得ない場面も出てくるだろうしね」

「榊さん、先に言っときますけれどね、本当に、今回だけは勘弁してくださいよ。そんな暇があったらね、僕は半日でも、自宅の布団で眠りたいんですよ」

「なに、君の手腕ならそんなに手間のかかるようなことじゃないさ。これでも僕はね、君の技術だけは、本当に評価しているんだよ」

「榊さんに評価されても、僕はちっっっっっっとも、嬉しくないってことだけは覚えといてくださいよ」

「まあまあ、持ちつ持たれつ、ってことで、ひとつ頼むぜ」

「あーあ、まったく、とんだ不良警官だ」

「褒め言葉として、受け取っておくよ」

 榊刑事と菊川研究員の会話は、相変わらず立ち入れないような冗談が飛び交っている。

「まあ、そんな話は置いておいてだね。とりあえずこれで、当座の衣食住は心配ないだろう。あと何か必要なものはあるかね? あるなら明日の夜にはなるが、向こうの家から持ってこよう」

「それは大丈夫ですが……主を迎えに行くという話、どこまで本気なのですか?」

「どこまでも、さ。そのための道は、菊川くんが頑張って作ってくれるよ」

 そう言うと榊刑事は、その顔に似合わずウインクをして見せた。

 

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