蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・9-6

 薄暗い空に、荒れ果てた大地。その中にひときわ目を引く、巨大な門扉。私達が目を開けた時に見えたものが、それだった。ここが電脳空間への入り口なのだろうか。普段のバーチャルバトルと、感覚的な違いがないことに、逆に戸惑う。

「この扉を破って、入っていけばいいんスかね?」

「多分、そういうことだと思うけど……?」

 二人もやはり戸惑っているようだ。

『そういうことだよ。その扉は疑似的に可視化された、防衛プログラム……まあ、ファイアウォールだね。それに攻撃を始めた瞬間から、君達は敵性プログラムと認識されて、ワクチンプログラムの攻撃が始まるはずだ』

 躊躇する私達に、菊川研究員の声が聞こえてくる。どうやらオンラインで音声だけ送ってきてくれているらしい。

「そういうことなら、さっさと穴を開けてやろうか。ここから先は、シャウラが駆ければいいんだろ」

『そういうこと。この先はシャウラさん自身がアリアドネの糸玉だ。戻りのルートで抵抗されることはないから、帰りのことは心配しなくていいよ』

 それは正直に言って、助かる。フルセイバーは元から、使い捨てにして運用することを想定している。帰りの道行でも使うとなると、フルセイバーを大胆に使うことが出来ないと、心配していたのだ。

「それじゃ、一丁やってやるッス。行くッスよ!」

メサルティムが、チーグルサブアームに握られたジレーザロケットハンマーを振りかぶる。その後ろでは、アルキオネが射撃の体勢に入った。

「スキル発動!『アポカリプス・エクゼキューション』!」

「こっちも発動!『ファイアフライシュート』!」

 メサルティムが駆けながら横薙ぎに一撃、次いで跳び上がり、重力を加えた重い一撃で扉を叩く。さらにそれを追って、アルキオネの放ったマイクロミサイルと両肩のアトラスランチャーが襲う。大きく歪んだ扉に、一気に突っ込む。

「スキル発動……『セブンスソード』!」

 ビットと合体し長大なバスターソードとなったGNソードⅤを振るう。その一撃で、扉は両断され、私はそのまま門の中に駆け込んだ。

『さあ、出てくるよ、注意して』

 菊川研究員の注意に時を同じくして、無数のネイキッドが姿を現す。それを、門の外にいる二人が、次々になぎ倒す。

「行くッス、姉さん!」

「マスターのこと、頼んだよ!」

 返事は返さず、振り返ることもしない。ただ、その声に応えるように、バーニアを吹かして一層加速した。

 

 

「こんな場所だった、かな……」

 時間通りに指定されたバトルフィールドに入ったつもりだったが、その場所は俺の記憶にあるものとはずいぶん違っていた。

 広大な空間に、何本もの柱だけが立っている。壁と、天井と、柱しか見えないその空間は、さながらどこかの地下神殿のようにも見えた。

「ようこそ、ツクヤ」

 その声に振り返る。一段高いその場所に立っていたのは……。

「シャドームーン……ロストマンか?」

「ああ、そうさ。久しぶりだね、ツクヤ」

 耳慣れた、相棒の声。それを発しているのは、銀色の鎧に身を包み、真紅の剣を携えた機体だった。ロストマンがまだプレイヤーとして活躍していたころ、シャドームーンを使っていたという話は、聞いたことがあった。

「ロストマン……俺は……」

 俺は、ロストマンの方に歩み寄った。ロストマンの声は、記憶の中にあったロストマンの声そのままだった。それは、最高のビルダーで、相棒で、兄貴分で……ロストマンがいて、俺がいて、リサがいた、あの頃のままの声だった。

「俺は……」

「ツクヤ。元気そうで、何よりだよ」

 優しい、声だった。あの頃のままの、声だった。

俺は、何のためにここに来たのだろう。ロストマンは、あの頃から何も変わっていなかったのではないか。俺が、勝手に思い込んで、ロストマンを悪者にしていただけなのではないか。だって、相棒はこんなにも、相棒のままでいたのに……。

 銀色の姿が、ロストマンとだぶって見える。その姿が、ゆっくりこっちに歩み寄ってくる。済まない、ロストマン。俺がそう言おうとした、その時だった。

「神姫、始めたんだって、ツクヤ? ホウオウハイの放送、見させてもらったよ。初出場で決勝トーナメントまで残ったんだってな。流石だよ」

「あ、ああ……」

 そんなことより、昔の話がしたかった。俺の罪を、お前に謝りたい。リサがいなくなったあの日から、俺達は一度も言葉を交わしていなかった。そのことを、謝りたい。その間の時間を、取り戻したい。しかし、俺が口を開こうとするタイミングで、ロストマンは言葉を継いだ。

「いい笑顔だった。ツクヤの笑顔を、久しぶりに見たという気がしたよ。まあ、実際僕が君の顔を見るのなんて、数年ぶりなんだけどね.」

 そんなところまで見ていたのか。俺は、視線を逸らした。その瞬間だった。

 いつの間にか、壁に寄り添っていた。何かで壁に押し付けられている。頬は、ジンジンと熱く、壁の冷たい感触がやけに対照的だ。その冷たい壁が、床だと気づいたのは、数秒経ってからだった。頬の熱さが、痛みだと気づくのにさらに数秒。ロストマンの操作するシャドームーンに殴られたのだと気づくのには、たっぷり十数秒はかかっていた。

「いい笑顔だったよ、本当に。純粋にバトルを競技として楽しんでいる顔だった。でも、忘れてしまったのかい、ツクヤ? 君はそのバトル競技で、人を一人、殺してるんだってことを。もう、忘れてしまったのかな? リサを、妹を、その手にかけたって事実を、さ」

 ロストマンの声は、変わらず優しかった。しかし、さっきまでとは比べ物にならないくらいに、その声は俺の心をえぐった。

「忘れてしまったのなら、思い出すといい。存分に、思い出させてあげよう。君は、人殺しなんだよ、ツクヤ。俺の大事な妹を殺した、大罪人さ。その君が、楽しそうに、のうのうとバトル競技の世界に戻ってくる? そんなこと、許されるはずがないだろう。いや、世界の誰が許しても、僕も、リサも、決して君を許したりしない。そうさ、君が、君だけが、何を勝手に救われたつもりでいるんだ! 忘れてしまったのなら、思い出させてやる。すべてをなくす痛みを。かきむしっても消えない苦しみを。今の君の、すべてを壊すことでな!」

 燃え盛るような感情が、溢れてくるようだった。その声からは、殺してもなお飽き足りないというほどの憎悪が、痛いくらいに感じられた。

「ロストマン、俺は……」

「ああ、言わなくていい。何も、言わなくていいんだ、ツクヤ。君から聞きたいことなど、何ひとつない。ただ君は、おとなしく、僕にすべてを差し出せばいい。いや、別におとなしくする必要はないか。君がどうしようと関係なく、僕がすべてをさらっていくからな、あのときの、君みたいに」

 シャドームーンが、携えていた真紅の剣『サタンサーベル』の切っ先を、俺の方に向ける。視線から、声から、その仕草まで、すべてが敵意に満ち満ちていた。

「ロストマン、俺の命ひとつならともかく、俺は、すべてを差し出すつもりはない。お前にそんなことをさせるつもりも。だから、止める。お前を倒してでも……」

「ああ、そのことなんだがね、ツクヤ。先に言っておくよ。僕も、出来たんだよ。リサと同じ、過剰同調が。まあ、普通は狙って出来るものでもないのだろうけれど」

「な……」

 俺は、言葉に詰まる。首をもたげた闘志が、水をかけられたように感じた。

「それに、知っているんだぜ、ツクヤ。その左頬、痛むだろう?」

「ああ、さっき誰かさんが強かにぶん殴ってくれたからな」

「それが過剰同調だよ。つまり、俺も君も、ここで倒れるということは、死ぬ、ってことさ」

 ロストマンの声が、嘲笑うように、そう告げた。

 

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