蠍の尻尾   作:深波 月夜

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 過剰同調は、機体設定ごとの微細な感覚の差異が、自分自身の体の感覚と寸分の狂いもなくなったときにのみ起こりうる。

 その最先端の病理に、僕は挑んだ。しかしそれは、過剰同調を防ぐとか、それによる事故をなくすとか、そんな崇高な目的があったわけじゃない。ただ、同じ病理を抱えているであろう男を殴る。そのためだけに、僕は幾億幾兆とある微細な設定の差異を、僕の体に合わせるための調整を繰り返した。

 同調率が高まるほど、その機体は自在に操ることが出来る。その代償として、機体が損傷した場合には、同じだけの痛みを引き受けることになる。だが、それでも良かった。そんなデメリットは、今回は無視出来る。ただ、自分の意のままに、思い描いた動きを再現出来る機体。それだけを追求すればよかった。

そんな機体の開発を始めて、三月。それは意外なほどにあっけなく完成した。僕の体を動かすのと、寸分たがわぬ感覚で動かし得る機体。それが、このシャドームーンだ。

 かつて、最愛の妹リサが、唯一の相棒ツクヤが、ただ自分の理想を体現する機体を求めたように。その時の経験が、シャドームーンを開発する際の指標になった。リサの、ツクヤの、その時の経験を、自分の体に置き換えた。それは決して簡単な作業ではなかったが、世界の賢たる僕には、なし得ないことではなかったのだ。

 

 

「だからね、条件は対等なんだよ、ツクヤ。この場では、僕達は互いの命をベットして、戦うことが出来る」

「何を言ってるんだ、ロストマン……そんなこと、出来るわけがないだろ!」

「そんなことってのは、過剰同調の再現のことかな? それとも、互いの命を賭けて戦うことかな? 甘いね。前者は僕の天才を以てすれば、不可能なことじゃあなかった。過剰同調も三例目だしね。後者は……リサを殺した君には、言うまでもないことだろ?」

 薄く笑いを浮かべたが、残念なことに鉄の仮面で覆われたシャドームーンの表情は変わらない。

「さあ、御託は終わりだ。戦おうじゃないか、ツクヤ。そのつもりで来たんじゃないのか?」

「だからって、俺は、お前を、お前まで……」

 やれやれだ。かつての相棒はここまで煮え切らない男だったか? まるで生煮えの卵じゃないか。 

「なら、ひとつ教えてやろう、ツクヤ。君がここで負けたら、その後に僕が、どうするつもりかを」

 その声に、うつむいたジョーカーがこちらに視線を向ける。僕は、意識の中で、画面を操作する。地下神殿の壁に、ある映像が映し出された。

「これは……!」

「よく知っているだろう? 君が今住んでいる、アパルトマンの部屋だよ。少々直接的に過ぎたが、君の家には僕の手の者が仕掛けた、盗聴器と監視カメラがある。こんな事が出来るってことは、他に、どんなことが出来るんだろうね?」

「……なにを、するつもりなんだ」

 無機質な仮面の奥に火が灯ったように見える。いいぞ、それを、僕は待っていた。でも、まだまだ足りないな。僕は、言葉を継いだ。

「言ったろ、ツクヤ。僕は、君を救うすべてのものを許さない、ってね。正直に言うと、だ。君を、今殺すつもりはないんだよ。君に死んでもらうのは、君が痛みと苦しみを、存分に噛みしめた後じゃないと意味がないからね。そのためには、まあ四肢のひとつももいで、動けなくなってくれる程度でいい。その後で……」

 また、僕の口に薄い笑いが乗るのが分かった。でもツクヤ、君は、そんな気分じゃあないだろう……?

「君の、少ない友人にも。君の、神姫にも。ひどい目にあってもらうさ。君にはその様を鑑賞してもらって、まあ、死んでもらうのはその後だね」

「ロストマン、貴様……!」

 いいぞ、瞳がめらめらと、燃えるようじゃないか。ようやくやる気になってくれたか。そうじゃないと、意味がない。君が本気で抗って、それでも尚どうすることも出来ずにすべてを僕にさらわれる。そうでなくては、僕の苦しみは伝えきれないだろう?

「どうだい、少しはやる気になってくれたかな?」

「俺の命はともかく、他の誰かまで巻き込むのは、許さない……」

「許さなければ、どうするね、ツクヤ?」

「お前を止める。例えそれが、お前の命を奪うことになっても……」

 ジョーカーが、その頭に被っていたフェルト帽を投げ捨てた。ああ、その仕草だ。僕の妹を殺した、あのジョーカーが目の前にいる。そう思うと、僕の胸は興奮に高鳴った。

 

 

「どりゃああッス!」

 メサルティムが、体ごと矢のような勢いで突っ込んでいく。ドロップキックだ。その着地の隙を埋めるように、マイクロミサイルが降り注ぐ。

「そらそらそら、まだまだ行くよー!」

 追加されたブースターを吹かしながら、所狭しと駆けまわり、弾丸をばらまく。着剣されたアサルトライフルと、ビームライフル『アクティオン』。左腕にはランチャー『グラント』。両肩の『アトラス』には追加装甲が貼られている。ヘッドバイザーはノーマルのカブト型ヘッドギアより索敵性能の高い、マスターお手製のバイザーで、モノゴーグルが追加されている。この日のために、というわけではないものの、単純にオリジナルのレッグパーツをはいていた頃よりはバージョンアップされている。

マイクロミサイルの爆炎が消えた後からわらわらと集まってくるのは、防衛プログラムの操るネイキッドだ。それらの一体一体は大した武装も持たず、動きも緩慢。相手をするのはさほどに難しいことではない。何せこっちは、二人とは言え一騎当千の神姫なのだ。旧態依然とした自律プログラムのネイキッドなど、大したことはない。そう、一体一体なら。問題となるのは、その数だ。

「確かに榊サンも数が多いって言ってたけどさあ……こんなに多いとは、思わないでしょ」

 その数は、まるで町一つが汚染された後のゾンビ映画のようだ。次から次へと、それこそ無数に湧き出てくるようにして、ネイキッドは現れる。

 ミーシャのハンマーが振るわれると、ネイキッドの体が弾け飛ぶ。吹き飛んだネイキッドが、他の連中にぶつかる。それでも、表情のない有象無象の大軍団は行進をやめない。

「いくらなんでも、これは、キリがねーッス!」

「泣き言言わないの。無双ゲームするような感覚で、ドーンとやっちゃいなよ」

 口を動かすだけじゃない、両肩のアトラスランチャーが火を噴き、ゾンビよろしく迫ってくるネイキッドの一角を吹き散らす。

「そうは言っても、自分はもともと一対一で戦ったことしかねーッス!」

「勝利回数はボクより多いんじゃなかったの? だったら簡単にそんなこと言わないんだよ!」

 ハンマーの尻が火を噴く。その名の通りジレーザの機械式ロケットの勢いが、最前面の一角を切り崩す。が、切り込むことは出来ない。今回のボク達の役割は、シャウラの突入した門の入り口を守ることだ。メサルティムもそれは分かっているようで、敵の前面を乱すと、また戻ってくる。そうしないと、周りを押し包まれてしまうのだ。そうなれば、いくら相手が有象無象といえども、無事では済まない。その戻り際を追ってくるネイキッドに、次々とアサルトライフルを打ち込んで蹴散らす。さっきから、その繰り返しだ。

「泣き言は言わねーつもりッスけどね、それにしたって、これはねーッス!」

「それが、泣き言って言うんだぞー?」

 両手と両肩、腰とすべて狙いを違えて、それぞれに敵を狙う。今この状況では、狙いなんか多少外れたって構いやしない。どうせ誰かに当たるんだからとにかく、味方を撃ちさえしなければいい。

 それにしたって、攻め手がメサルティム一人、支援がボク一人ってのが辛い。とにかく、攻めるにしても守るにしても、点でしか場を支えられない。メサルティムは特に、多数を相手にしての戦いには向かない。点なら点で構わないのだが、それならそれで、手がもう二、三本必要だ。

「ま、帳尻は現場で合わすしかないんだけどねー」

 足りないと言えば手が生えてくるでもなし、苦しいのは端から覚悟の上だ。苦しいと言ったって、この苦しさが何ほどのものだというのだ。マスターがいなくなった日の。誰も帰ってこなかった夜の。シャウラが涙を流した朝の。あの苦しみに比べて、どれほどのものだって言うんだ。

「……ちょーっとむかむかしてきたからね、八つ当たりしちゃうぞー? 『ファイアフライシュート』!」

 ファイアフライシュートは、乱射乱撃を得意とする、ランサメントの本領発揮だ。全身に装備した火器が一斉に火を噴き、速射能力が一時的に高まる。弾丸がメサルティムの横をすり抜けて、前面に出てきたネイキッドが、蹴散らされる。

「あぶねーッス!間違っても、後ろから撃たないでくださいッスよ!?」

「失礼だなー、チミは。一度でもボクが後ろから誰かを撃ったことがあったかねー?」

「とりあえず今は、自分に当たらなきゃ何でもいいッス、それだけはお願いするッスよ!」

「まったく、調子のいい奴だなー。特別だぞー?」

 得意の軽口と共に、トリガーを引き絞る。立て続けにネイキッドが三、四体倒れていく。

かと言って、この調子でばらまき続ければ、早晩弾切れを起こすことは間違いない。それでも、弾薬の節約なんて考えようものなら、メサルティム共々あっという間にネイキッドの餌食だ。

「シャウラ、なる早で戻ってきてくれよな」

 つい、口を衝いて本音が漏れる。メサルティムには、多分聞こえてないだろう。それだけは、救いだった。

 

 

 壁の模様が、次々に後ろに流れて消える。その模様の一つ一つが、ミサイルランチャーや砲塔だ。手に構えたGNガンブレイドとアームビームガンでは碌に狙いはつけられないが、相手はそのほとんどが大型目標だ。多少狙いが甘くても、当たりはする。

「嬢ちゃん、ミサイル、来るぞ!」

「シールド、張ります!」

 周辺の状況把握も、独力では一苦労だ。今はシロがビットコントロールの補助と共に、周辺警戒をしてくれている。思考がリンクしているシロとは別に言葉をかわす必要はなかったが、それでもお互い声に出して会話をしていた。

「前方一五〇〇、ファイアウォール! こいつは破壊しねえと、抜けられそうにねえぞ」

「『セブンスソード』で抜きます。ビットをこっちに」

 右手に携えたGNソードⅤが、、長大なバスターソードに変化する。そこからさらにグリップが折れ、刀身が開く。

「バスターライフル、征きます!」

 エネルギーの奔流が、前方に放たれる。立ちふさがる壁はその一撃で大きな穴を穿たれる。だが、その周辺に配置された砲塔からは、絶え間なく火線が伸びている。

「フルセイバーが盾にしかなりませんね……まあ、いちいち小物を相手にする余裕なんて、ないのですけど」

「一気に駆け抜けるには、それしかねえだろう。この先はまだまだあることだしよ……っと、また来るぞ、シールド、頼むぜ」

 その声に、エネルギーの障壁を張る。爆炎が緑の光に遮られ、半球を描く。その合間を縫って、飛来するネイキッドをソードビットが切り裂いていく。

「まったく、数ばかりは出てくるんだから……」

 ガンブレイドが吐き出した光弾が、前方のランチャーを破壊する。しかし、一基や二基を潰したところで攻め手が緩むのは寸刻だけだ。

「……嬢ちゃん、何を迷ってやがるんでえ」

「シロ……いえ、何でも……」

「誤魔化すこたあねえ、互いに、頭ん中は繋がってるんだ。吐き出してもらった方が、こっちとしちゃあ楽でいい」

「……主にとって、私達は……私は、何なのか、考えていました。私は、主にとっては、簡単に置いていけるほどのものだったのか、それが……」

「下らねえ」

 重い口を開く私に、シロは一言、断ずる。

「そんなこたあ、兄さんを目の前にして、直接聞いてやりゃあ済むこった。そのために、嬢ちゃんは今兄さんの所に向かっているんだろうがよ。違うかい?」

 会話の合間に、襲ってくるミサイルをシールドで防ぐ。激しい爆発音は、門を潜ってからこっち、途切れることがない。

「それを、聞くのが、怖い……」

「何言ってやがる。ならそのもやもや、腹ん中に呑み込んで、表に出すんじゃねえよ。そんなぐちゃぐちゃした思いで心中されたら、巻き添え食らう方はたまったもんじゃねえや」

 シロは話しながらも、ソードビットを振るう。迫ってくるネイキッドは、近寄ることも許さない、と言うように。

「だがよ、一言、言ってやるんなら、だ。ここまで一人の神姫に入れ込む野郎が、それを置いていくなんざ、並大抵のことじゃなかったんだろうさ。少なくとも、兄さんがあんたにかけた手間暇は、片手間なんかじゃあなかったろうぜ。文字通り、自分の生活そのものを嬢ちゃん一人に賭けてなきゃ、出来ねえ芸当だ。それだけは、言っといてやらあ」

 そう、その労力が並大抵のものでないのなんて、重々承知している。それでも私の胸には、重い不安がのしかかってくるのだ。

「第一だ、痴話げんかは猫も食わねえ。そんな話なら、兄さんが帰ってきてから、時間のあるときにでもやってくれ。そら、また来るぞ」

 その声に、意識を外に振り向ける。飛んできた弾をシールドで受けると、反撃のビームガンでランチャーを黙らせる。

「痴話げんかだなんて、そんなんじゃ……」

「そんなんさ。痴話げんかじゃなかったら、何だって言うんでえ、まったく……」

 シロの声からは、呆れたような響きが感じられた。

「そら、次の壁、見えてくるぞ。こっちから振っといてなんだが、そんな話なら後にしてくれや」

「……はい、征きます!」

 私は右肩に装備されたGNソードⅣの柄を握った。

 

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