赤く輝く刃が、空を斬る度に煌めく。その刃は、素手で受ければただでは済まない。それを大きな動きで回避する。こちらは徒手空拳だ。サタンサーベルの間合いを搔い潜り、密着距離まで近づかねばその威力は生かせない。
「どうした、ツクヤ。君の腕前はその程度だったか? それとも、世界一のプレイヤーの技術とは、こんなビルダー崩れの手が簡単に届いてしまう程度のものだったのかな?」
「言ってくれるじゃないか……!」
頭上から振り下された刃を、裏拳気味の拳で打ち払う。そのまま体を捻る勢いに乗せ。上段蹴り。だが、シャドームーンもそれに合わせて蹴りを放つ。その動きは、いかに俺がブランク明けとはいえど、なんら遜色のない動きだった。寸刻、お互いに力で押し合い、同時に後ろに飛び退る。
「心配だな、体調でも悪いのかい、ツクヤ? 本気でかかってきてくれていいんだぞ?」
好き放題に言ってくれる……だが、それに容易な反論を許さないほど、シャドームーンは強かった。
「心配するなよ、知ってるだろ、俺は尻上がりだからな」
「そうだったかな? 初耳だった気がするね」
サタンサーベルが空を斬る。その音がここまで届いてくるようだ。一度振り下ろしたサタンサーベルを再びまっすぐ構え直す。それを正面から見据え、腰のマキシマムスロットに手を伸ばす。
『マキシマムドライブ!』
「ふん、いちいち起動しないとスキルを使えないとは、ジョーカーは不便だな」
そう言うと、腰に巻かれたベルトの中央、月の石が輝いて、シャドームーンの全身から闇色の衣が噴き出したように纏わりつく。
「その点、僕のシャドームーンのスキルはパッシブだ。僕が望めば、いつでも自由にキングストーンの力を引き出すことが出来る……」
それでも、前に出なければ始まらない。俺は寸刻腰を溜めると、弾き出されたように飛ぶ。
「ライダー、パンチ!」
「ふん、わざわざ撃墜されに跳ぶか。ご苦労なことだな」
シャドームーンの左手が掲げられ、そこから雷光が迸る。無数に枝分かれした雷光が、俺の体を貫く。
「ぐうっ……!」
拳を構えた俺の体が、空中に縫いつけられる。
「それ!」
腕が振るわれると、それと同じ軌道で俺の体も放り出される。受け止めた柱が、粉々に砕け散るほどの力で叩き付けられる。咄嗟に体を庇うが、それにしてもなんて力だ。
「スロースタートなのは構わないが、早めにエンジンをかけることを勧めるよ、ツクヤ」
俺を嘲笑うかのように、シャドームーンがゆっくりと近づいてくる。俺は構えを取る。
「そうでないと、体が温まる前に、死んでしまうぞ?」
鋭く打ちこまれる真紅の刃。しかし、それをただ受けるわけにはいかない。
「ッ……!」
「……なんだと?」
剣の動きが、止まる。俺の両掌が、サタンサーベルを挟み込んで受け止めたのだ。
「無刀取り……!」
「世界一位のプレイヤーを、舐めるからこうなる……!」
剣を押さえたまま、密着する。この距離は、俺のものだ。膝蹴りが、銀色の装甲の切れ目、脇腹に突き刺さる。
「ぐっ……!」
二度、三度、膝が打ちつけられる。それを嫌がるように、シャドームーンが飛び退る。サタンサーベルを取り落とさなかったのは、褒めてやるぜ、ロストマン……。
「過剰同調? そんな取ってつけたような条件が同じになれば、勝てるとでも思ったのか、ロストマン? 俺も、リサも、決しておまえの機体があったから勝ち進めたわけじゃあないぜ。勝って驕らず、負けて腐らず、ただ勝利への筋道を考え抜いてきたからこそ、あの舞台にまで進めたんだ。何年かの間に、そんなことも忘れちまったのか? それを俺達に教えてくれたのは、お前だったのに!」
「貴様が、リサの名を語るんじゃない、ツクヤ!」
怒りに任せて、駆ける。迂闊だぜ、ロストマン……! 大振りのサタンサーベルが、振り下ろされる。もらった! 半身にずらし、それを避ける。そのまま右拳を突き出す。狙うは、顔面。
「甘いよ、ツクヤ」
サタンサーベルを思い切り振り下した勢いをそのままに、シャドームーンの体が一回転。その踵に備えられたレッグトリガーが俺の肩に鋭く叩き付けられる。俺は呻きと共に、地を舐める。
「挑発が安いんだよ。そういう小技も、たまに使うと効果的。そう教えたのも、僕だったろう、ツクヤ? 君はそういうところでも、熱心な生徒だったもんな?」
「役者は、上がったようだな」
「アカデミー賞ものだろう?」
頭に血が上ったように見えたのは、ブラフか……!その声には、勝ち誇ったような色が見える。そして、再び左腕が掲げられた。
大きく振りかぶって、渾身の力でハンマーを振る。それに合わせて、ロケットを点火。ストラーフ自慢のパワーアームの力を、さらに上回る力で振り回されたハンマーが、目の前のネイキッド数体を巻き込んでいく。それでも、山のように押し寄せるネイキッド共の数はまったく減ったようには見えない。
「まったく、数の暴力とはよく言ったものッス……」
吹き飛ばされた数体の後ろに、機関銃を構えたネイキッド達が整列している。まずい。一斉に放たれた銃弾を、パワーアームとハンマーで庇うことで受ける。しかし、集中砲火を浴びたのは一瞬だ。すぐにアルキオネさんの支援が、敵の砲列を崩してくれる。
「助かったッス!」
「いいんだけどねー、そろそろこっちもカンバンなんだよなー……」
既に使い切ってしまったのだろう、アクティオンやグラントはパージされている。追加のブースターが載せられたアトラスは健在だが、さっきから両肩のそれは沈黙したままだ。
「後ろ、危ねッス!」
その声に反応し、アルキオネさんが咄嗟に銃剣の着いたアサルトライフルを振り回す。背後に迫っていたネイキッドが、その一撃で切り払われる。
「このボクに、サーベルを使わせるとは……!」
「そんなこと言ってる暇、ねーッス! まだまだ来るッスよ!」
一体どれくらいのネイキッドを打ち倒したのだろう。三桁まで数えたのは覚えているが、それから先は数えるのをやめてしまった。それほどの数を倒しても、後から後から湧きあがってくる敵の数は、一向に減る様子を見せない。
また何体かのネイキッドが、一斉に跳びかかってくる。タイミングを合わせて攻められるのが、一番厄介だ。一体をハンマーで、もう一体を抜き手で屠る。三体目は、素体腕で構えたヴズイルフで撃ち抜く。これで、奥の手に取っておいたリボルバーの残弾は空っぽだ。
背中の向こうでは、アルキオネさんが銃剣で格闘戦を挑んでいるのが視界に入る。向こうも弾切れらしい。
「ぬおりゃああッス!」
手近にいた一体を掴み、振り回してアルキオネさんの方に投げつける。それでアルキオネさんの背後を狙っていた何体かが巻き込まれ、体勢を崩す。その何体かを、いつの間にか取り出したリボルバーで撃ち抜いていく。
「まったく、最後のお守りまで使っちゃったよ!」
それはご主人が買ってくれた、お守りなのだと前に言っていた気がする。最後の最後までリボルバーを抜かないって決めてるんだ。そんなことを言っていた。今がその、最後の最後、ということか。アルキオネさんが格闘戦でこのゾンビの群れのようなネイキッドに劣るとは思わないが、もう支援はあてに出来ないと思っていた方がいい。
「ふんぬううぅ!」
迫ってきた一群に、もう一度フルスイングを見舞う。が、ハンマーの柄はその一撃に耐えられず、中ほどから二つに折れる。耐久性には定評のあるジレーザロケットハンマーだが、過酷な使用に耐えられなかったらしい。
「なんだか、自分、いっつもこれ壊してる気がするッス……!」
一群を乗り越えてきたネイキッドの頭に、折れたハンマーの柄を突き刺す。が、これでもう徒手空拳だ。後は敵の持っている武器を奪うぐらいしかないが、倒した敵はその装備品共々ポリゴンの屑になって、分解されてしまう。それを考えたら、実用的な考えではないのかもしれない。
「まったく、八方ふさがりもいいところッスな……」
地を這うように跳び出すと、そこにたまたまいたネイキッドの脚を掴み思い切り振り回す。数体をなぎ倒すと、サブアームで振り回していたネイキッドが、ポリゴンに分解される。どうやら、機能が停止したらしい。
姉さんなら、もう少し違う戦い方をするのだろうか。そもそも、姉さんのメイン武器は刀剣類だ。あれはそう簡単に使い減りしない。推進剤の類は心配があるが、それがなくなってもリアユニットとサブアームさえ切り離せば、経戦能力は維持される。
今度は、同時に跳びかかってきたネイキッドをサブアームで貫く。武器がないのなら、自分の体を武器にするより他にない。とにかく、自分に出来るのは、一分でも、一秒でも長く、姉さんの飛び込んだ門を守ることだけだ。両の腕に突き刺さったネイキッドが、ポリゴン屑になってかき消える。その陰から見えたのは、ランチャーを構える、別のネイキッドの姿だった。
「そろそろだぞ、嬢ちゃん! もうすぐ、最後の防壁だ! もうすぐだぞ!」
「ええ、シロ……!」
シールドの出力装置は連続使用のせいで、かなりの熱を持っている。もうそろそろ、限界が近いのだろう。それは、私自身の体にも同じことが言えた。ロストしたパーツはないが、全身が傷だらけで、推進剤も心許ない。まったく、データだけのバーチャルであるはずなのに、こういうところまで限界が設定されているのは厄介極まる。
「ソードビットも出力低下……いよいよとなったら、直接ぶつけるしかありませんね」
もはやセブンスソードは、発動さえ出来ないだろう。GNガンブレイドはとっくにエネルギー切れを起こし、ただの飾りになり果てている。
「! 避けろ!」
シロの声に、咄嗟にロールして回避軌道を取る。強大なエネルギーを秘めたビームが、寸刻前に私のいた辺りを薙いでいく。それも、連続で、幾筋も。
「最後の関門、というわけですか」
「気を抜くな。こいつはこっちの準備が万端でも、抜けるかどうか怪しいところだぞ……!」
中央に巨大な門扉。その周囲には四基の長大な砲を構えた、堅牢な防衛システムがそこにあった。しかもご丁寧に、中央の門扉は固く閉ざされ、私のものよりはるかに強力そうなエネルギーシールドに覆われている。
「正面突破は、許してくれそうにありませんね?」
「だが、ありゃあ時間稼ぎの役目も大きいはずだ。周りの馬鹿でかい砲から順にぶっ壊していきゃあ、真ん中の口も開くだろうさ」
そういうことなら、話は早い。もはやほとんどエネルギー刃を展開出来なくなったGNソードⅣを構え、突撃する。そこに、寸刻、砲口に光が灯る。背中に背負った主翼の角度を変え、急降下。その影を追うように、四門の砲が、咆えた。あんなもの、今の出力が下がっているシールドでは、どうやっても受けられはしない。すべてを、避けるしかないのだ。
「でやあああッ!」
先手必勝だ。消耗戦になれば、とてもではないが物量で押し切られてしまう。騎兵槍のように、突き出したGNソードⅣを砲門の内の一基に突き立てる。装甲はそれほど頑丈ではない。これなら。
「おおおおぉぉッ!」
切っ先を突き立てたまま、駆ける。装甲板をバリバリと引き裂きながら、根元まで達する。そのまま離脱。一瞬前まで砲塔だったものは爆散し、中程から折れ飛んだ。
「まだこちらの攻撃は有効ですね。ビット、どうですか?」
「最悪、ぶち当ててやりゃあいいんだろう? 一基だけなら受け持ってやるぜ!」
「結構。征きますよ!」
私に先んじて、六機のソードビットが駆ける。それを追うように、私。だが、突如砲塔の付け根部分が口を開ける。
「ちいっ、あんなところにミサイルランチャー隠してやがったかよ!」
「シロ、ビット、集中!」
根元というのが逆にありがたい。シロのコントロールするソードビットが、弾頭を出したばかりのランチャーに吸い込まれてゆく。寸刻置かず、爆発。巻き起こった大爆発に、根元から砲塔が折れて落ちる。
「もう、一本!」
だが、こちらの砲塔はから展開したのは対空機銃だ。いくつかの火線が複雑に私を狙ってくる。
「シールド、ぜぇん、かぁい!」
弱々しいバリアフィールドが前面に展開する。それで防げるところまで行く。足元に深く突き立てたGNソードⅣをそのままに、また根元まで、駆ける。
「シールド、抜けちまうぞ! 嬢ちゃん!」
「ここだけは、一緒に持って行かせてもらう!」
三本目の砲塔が、傾いた。しかし対空火砲は足元から崩れながらも、なお火線を吐き出し続ける。
「うあッ!」
「嬢ちゃん、大丈夫か!」
「ええ、アイシールドは割れましたけど……他機能、損傷軽微! 征けます!」
だが、もう一度加速して突撃が出来るほどの余裕はない。今ここから、最低限度の加速を得て、四本目の砲塔を破壊せねば。
四本目の砲塔には、ランチャーだ。吐き出されたミサイルの渦に頭から突っ込んでいく構えになる。
「シロ、ビット、一機だけ生きてます。預けますよ!」
「こうなりゃイチバチだ! 狙うぜぇ!」
ランチャーに一基のソードビットを放り込む。一、二発は暴発しただろうか。しかし残りのミサイルは私に向かって飛んで来る。
「サブアームで展開するジュダイクスを盾にして、突っ込みます!」
間に張ったシールドでは、もはやミサイルの爆発は防げない。ならば、受け止める。普段、剣でやるのと同様に、最低限の力をかけて、受けた瞬間に流す! 果たしてそれは、二基のミサイルを逸らせ、間をすり抜けることに成功した!
「ここでぇ、最後おッ!」
渾身の力で、ランチャーの発射口にGNソードⅣを突き立てる。バキバキと装甲板ごと切り裂かれたのは砲塔部分だけでなくGNソードの方もだ。引き抜いた時にはビーム刃は完全に停止していて、ただ剣の形をしたスクラップ寸前だった。
これで、中央を覆っていたエネルギーフィールドが消えた。後はあの巨大な門扉を……
「妙だ、嬢ちゃん、動いてやがるぞ……」
「もう門が開くのですか? 早すぎるような……」
「なんだかやべえ、飛べ!」
シロの声に緊急離脱。開いた門扉の奥から姿を現したのは……。
『おおおおおおあああああぁ!!』
「スターバスター……こんなもん載せてやがったのかぁッ!」
それは、熱と光を纏った咆哮を発する兵器だった。よく見れば周りの装飾も、まるで巨大な人の顔のように見える。その口部分から放たれるスターバスターは、こんなボロボロの神姫一体、掠めただけでも分解出来てしまうだろう。
「あれを、この装備で抜け、ってか、嬢ちゃん?」
「ええ、他に方法は、ありませんから……!-」
片側だけ割れたバイザー越しに、最終防衛プログラムの最後の姿をねめつける。
「あの向こうに主がいるのなら、私がそこに向かうのに、何のためらいもない。征きますよ、シロ!」
「やれやれ、そうは言っても、もうお役に立てることなんざ周辺警戒ぐれえのもんだぜ?」
「充分。それでは、参ります!」
スターバスターは、一撃一撃に多大なエネルギーを使う。乱射は不可能。そのエネルギーチャージの隙を叩く! 私は肩の上に、スクラップ同然のGNソードを抱え上げた。駆ける。装飾のせいか、一番装甲の薄そうな目を狙って、駆ける。跳びかかり、GNソードⅣを突き立てる。が、突いた先から崩れるような手ごたえ。刺さらなかったわけではないが、致命の一撃とは程遠い。もう一発がいる。
だが、無慈悲にも巨大なレリーフの口は開き始めた。スターバスターが来る!
「嬢ちゃん、緊急回避! 回避いッ!」
一瞬早く宙に躍り出るが、そのすぐ後を追ってまたあの砲口が唸る。
『おおおおおおあああああぁ!!』
「くううっ……!」
一瞬早く駆け始めたのが幸いした。機動制御のために振り回したサブアームを一本持っていかれただけで済んだのだ。だが……。
今ので残っているのは鬼姫ふた振りと、ジュダイクスがひと振り。GNソードⅤはエネルギーを切らしたし、Ⅳは相手の目玉に突き立ったままだ。
遠い。後一枚の壁が、ものすごく遠い。しかしそれを抜けねば奥には進めない。、
「シロ、次のスターバスターのときに、一撃、賭けます」
「何を言ってやがる。スターバスターのエネルギーを利用するのは手だが、そこに当てる武器は碌なのが残ってねえんだぞ、本気か?」
「策が、あります」
そう言って私は三度、最終防衛プログラムに立ち向かった。