蠍の尻尾   作:深波 月夜

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「同時に仕掛けるぞ、『風躙華斬』!」

「行くのだ! 『すーぱーねこパンチ』!」

 ブラックとオレンジが、スキルを放つ。その間も絶え間なく白雪とアルキオネが弾幕を張る。

 たわんだ身体が、のたうち回る。それだけで、刃を纏った大蛇が暴れ回るようなものだ。それに巻き込まれないように距離を開ける。幸いなことに、門は相手の長い胴の根元にある。よほど迂回して回り込まれなければ、門自体には攻撃は当たらないだろう。

「動きから見ると、目的は門というよりは私達を狙っているようですわね」

「まあ、その方が助かるのは確かねぇ……」

 エアロヴァジュラを振るうリリィの声に、レグルスが答える。今はただ自分達の身を庇うので精いっぱいだが、この上門まであの巨体から守り抜くのは、困難だった。

「ブーストナックル! あっちに、行けぇ!」

「こっちに来られても困るッス!」

 白と黒の拳が、連結された胴体を打つ。だが、並の神姫素体なら千切れてしまうような攻撃も、傷を負う傍から修復されてしまう。

「おらおら、どんどん行くぜ! 『オーバーロードバースト』!」

「スキルなら、弾切れ関係なく撃てちゃうんだよねー、『ファイアフライシュート』!」

「これも持って行きなさい、『最果てにて輝ける槍』!」

 梅夜、アルキオネ、アンジェリクスが遠距離攻撃で大火力を打ち込む。すかさず白雪も、三六式航空爆弾を二発落とし、追撃する。

『ちくしょう、キリがねーじゃねーかよ!』

『花道、怒っても仕方がない。相手はもともとチートしてるんだ、抑えるしかない』

『賢しいこと言ってるけどよ、これぁ、ジリ貧、って奴なんじゃねえのかよ? どうなんだよ、刑事サンよ? 俺もレグルスも、負けるところまで付き合うつもりぁないぜ?』

 マスター達も焦れてくる。当然だ。そもそも、もとより倒せる相手ではないのだ。それはある意味で、天災を相手にすることに似ていた。

『ブラック、攻め手を削ることも出来ないか。あのムカデの足みたいな部分を斬り落とすとか』

「やってはみるが、望み薄だぞ、マスター」

「まあ、乗るだけは乗ってみようかしらぁ。起きなさい、『バルディッシュ』!」

 スキルが巻き起こした風の刃と、死天使の作り出した光の刃が大ムカデの脚を数本ずつ、まとめて叩き斬る。が、その動きはまったくそれを意に介さず蠢き続ける。そして、気づけば裁ち落された脚がどこだったのか、分からなくなってしまう。ただ見失ったというだけではない、まったく違いがなくなってしまうのだ。

 打てる手は打っている。しかし、こちらだけには少しずつではあるが、ダメージが蓄積されてきている。状況はどう贔屓目に見ても、不利だった。

「あの胴体を千切ってやったらどうだろうね、オーナー?」

『危険すぎる、ダイナミック・ライトニングでも貫けるかどうか……それに、万一あの中に取り残されたら、ただじゃ済まないぞ』

「活路は前にあり。少なくとも、押し返すぐらいのことはして見せないと、本当にジリ貧になっちゃうよ」

『それを試すにしても、単独では出来ないな。即席であっても、他との連携で挑まないと、押し返すことも出来そうにない』

「それは、確かに」

「なら、ボクらで援護しようか」

「それなら、自分が注意を引きつけるッス」

 アルキオネとメサルティムが、それぞれ名乗りを上げる。決まりだ。それに各自が乗ることになった。

「……行きます」

「リリアーヌ、行きなさぁい」

 白雪とレグルスが戦端を開く。飛行型の二人を追うように、頭部分が大きくうねる。flak17 1.5mm機関砲とリリアーヌのビームの間隙を縫うように、リリィのヴィシュヴァルーパーと、メサルティムが駆ける。

「こっちですわ!」

「こっちを向くッス!」

 リリィエアロチャクラムとメサルティムのチーグル、二対のサブアームがそれぞれに伸びるムカデの足を千切り取る。それを嫌ったか、頭部分が大きく口を開けて迫る。

「大口開けやがって、その中なら効くだろうよ! 喰らえ!『インファニット∞アサルト』!」

「借りものだけど、ついでにいっちゃうよー、『アーナンタ∞アサルト』!」

 梅夜とアルキオネが、追撃のスキルを放つ。大きく開かれた口の中に立て続けに銃弾が呑みこまれていく。だが、大ムカデは開かれた口を閉じることなく、逆に咆哮と共に火球を吐き出す。

「させませんよ、『最果てにて輝ける槍』!」

 衝撃波が、火球を吹き散らす。爆炎が大ムカデの眼前に広がる。その隙に。

「遅れるなよ『獣牙! 爆熱拳』!」

「行くのだ! 『すーぱーねこキック』!」

「ダイナミック・ライトニング! 喰らえぇッ!」

 爆炎を裂いて、三人が飛びこむ。三方向から挟み込むように、首に当たる部分を激しく穿つ。その連携に耐えきれないというように、龍虫の頭が胴から離れる。

「どうだ!」

 しかし、叫ぶ渚の体を、千切れた傷口がさらに開き、噛みつく。切断面が、新たな口になって襲いかかってきたのだ。頭の方はざらざらとした灰のようなものに変換され、崩れて消えた。

「うあああぁぁッ!」

「渚っち!」

「首を落として、助けますわよ! 『ドゥルガースレイ』!」

「……『飛燕』!」

 リリィと白雪がスキルを使って斬りつける。新たに付けられた傷口に、アンジェリクスとメサルティムが取り付き、力ずくで引き千切り『ビアンキ』を引きずり出す。

「大丈夫ッスか、渚さん!」

「うん、ありがとう……」

「まだ来ます! 伸びろ、長顎!」

 再び傷口を新たな口にして襲いかかってくる様は、不死の蛇龍のようにすら思える。それを、アンジェリクスが槍を伸ばして迎え撃つが、明らかに火力が足りない。その巨体をそのまま武器にして叩き付けられると、どうにもならずに吹き飛ばされてしまう。

「クソッタレ! 少しはじっとしてろ!」

「同感だわぁ」

 リリアーヌのトークンがぶつけられ、それを追うように梅夜と白雪の火線が巨体を捉える。それをさらに追いかけて、オレンジとブラックが胴体に傷を刻んでいく。が、散発的な攻撃ではすぐに再生が始まってしまう。逆に、大きくのたうつその巨体にはじかれ、傷を負うのはこっちの神姫達だ。なにしろその体から無数に生える脚は、一本一本がストラーフのパワーアームと同じ。それ自体が高い攻撃力を持っているのだ。

 大きく開けられた口から、火球が、二発、三発。それを、飛び退いてかわす神姫達。それを追いかけるように、頭を伸ばす。

「だあぁ、寄ってくるんじゃねえ!」

「しつこいんですわよ!」

バトロクロスやヴィシュヴァルーパーの巨体では、大ムカデの攻撃を避けるのもままならない。立体的な回避が出来るわけではないのだ。

「危ない! 『インパルスドライブ』!」

「……『極光』!」

 渚と白雪のスキルが、割って入る。その攻撃に動きは止めたが、改めて火球を吐く。爆発を避けるトライクが、大きく傾く。

「こっちです!」

「そっちには行かせねーッス!」

 アンジェリクスとメサルティムが、龍虫の注意を引こうと、正面から仕掛ける。寸刻空けず、巨体が、地を叩く。それに巻き込まれるような形で、二人が吹き飛ばされる。

「こんのぉ、『ファイアフライシュート』!」

 アルキオネが最大火力を放つ。だが、その傷もすぐに消えてしまう。そもそも、ダメージを与えることが意味をなさないのだ。全員の顔に、徒労の色が見える。

「マスター、シャウラ、早く帰ってこいよ……!」

 アルキオネの呟きは、誰の耳に入ることもなく、たちこめる土埃に飲まれていった。

 

 

 拳が、唸る。密着距離はジョーカーの間合いだ。が、シャドームーンも決してそれに劣らない。拳が拳を打ち、攻守を入れ替えながら決定打を狙う。互いに、大きく振りかぶった一撃。テレフォンパンチだが、鏡に写したように左右が異なる。拳と拳がぶつかる。寸刻、押し合う。めきめきという音が、聞こえてきそうなほどに、お互いに力を込める。が、どちらからともなく、飛び退る。

「いくぜ、ロストマン」

『ジョーカー! マキシマムドライブ!』

開けた距離を詰めるように、跳ぶ。

「ライダー、キック!」

「シャドーパンチ!」

 空中で放たれた、紫のエネルギーを纏った蹴りを、青白い光を放つ銀色の拳が迎え撃つ。

「ぐ、っ……!」

「ぬ、う……!」

 互いに吹き飛ばされるような形で、再度、距離が開ける。だが、互いに視線は外さない。即座に、次の手を打ち合う。

「シャドーキック!」

「ライダーパンチ!」

 両足をそろえ、青白い光を放つ蹴り。それに、跳びながら突き出した拳をぶつける。マキシマムドライブは間に合わない。力負けしたのは、俺の方だ。大きく後ろに退く俺を、シャドームーンの両掌から放たれる雷光が追撃する。咄嗟に体を庇うが、ダメージは免れない。

「サタンサーベルを折っただけで、勝てると思っていたのか、ツクヤ」

「そこまで甘くは、してくれないんだろう?」

 当然だ、と吐き捨てるロストマン。シャドームーンは、ジョーカーで言うところのマキシマムドライブを常時発動出来る。その点では、一手、俺より早いのだ。単純な力押しを繰り返すだけでは、一手分、俺の方が不利になる。それを覆すためには、攻め続けるしかない。だが、そのことはロストマンも十分承知している。

「シャドーキィック!」

 だから、逆に攻め込んで来る。攻めることが、俺の攻め手を途切れさせる最良の手だということが分かっているのだ。一度は挑発に乗ってくれたが、殴り倒されたことで逆に冷静さを取り戻してしまったようだ。それでも、引くわけにはいかない。

「ライダァ―、キック!」

矢のように飛んで来るドロップキックを、回し蹴りで迎え撃つ。だが、威力はやはり相手の方が上だ。大きく姿勢を崩す俺に、さらに銀色の拳が追い打ちをかける。上半身を逸らすようにして、拳を避ける。が、シャドームーンの腕から伸びるエルボートリガーがジョーカーの複眼の、表面を掠める。反射的に、視界を外す。その隙を、ロストマンは見逃さなかった。返す拳が、頬に叩き付けられる。体が、寸刻宙を舞う。鋭い痛みが、遅れて襲ってくる。

「痛いだろう、ツクヤ? 当然だ。僕達は今、生身と同じ感覚で殴り合っているんだからな」

 倒れた俺を、シャドームーンの緑の目が見下ろしてくる。

「その痛みも、よく噛みしめてくれよ。まあ、そんな痛みなんてリサの感じた痛みの、ほんの一部にも満たないだろうがね」

「ずいぶん今更な講釈だな……そんなのは、最初の内に済ませておくべきだったんじゃないか……?」

「いつだって同じさ。結局、君は死ぬ。見てみるがいい。君を助けに来た神姫達の姿。僕の用意した防衛プログラム『センチピード』の前には、手も足も出ない。多少元気に歯向かったところで、結局は同じことだ。君はそれをここから見ていることしか出来ない。今、何とかここと向こうを繋ごうと頑張ってるのもいるようだが……まあ、最後の壁は破れないさ」

「何だと……?」

 全身から悲鳴を上げる体を、何とか起こす。

「すべての基幹プログラムは、僕と共にある。『センチピード』も、ここを護っている防衛プログラムも、大元はすべてこのシャドームーンの中だ。それがどういうことだか、分かるだろう?」

「ああ、よく分かったよ……何が何でも、お前を倒さなきゃならないってことがな」

 神殿の壁に大写しにされている、醜悪な大ムカデがのたうつ度に、集まった神姫達が弾かれ、傷を負っていく。それを止めるためにも、終わらせなければならない。

「ロストマン、そろそろ終わらせてもらうぜ……お前の退屈な講義に付き合うのも飽きてきた」

「そうかい? 僕としてはまだまだこれから。まずはあの神姫達が潰されていくところを見てもらわないと始まらないと思っているんだが?」

「やれやれ、随分、悪趣味になったもんだ」

『ジョーカー! マキシマムドライブ!』

 ガイアウィスパーが、メモリの力を引き出したことを告げる。だが、まだだ。最大限の力を引き出しただけでは、足りない……! 俺はさらにもう一度、マキシマムスロットを叩く!

『ジョーカー! マキシマムドライブ! マキシマムドライブ! マキシマムドライブ! マキシマムドライブ! マキシマムドライブ! マキシマムドライブ……』

「ツインマキシマムだと……? 正気か、ジョーカー、はそんなことが出来るように設計されてないんだぜ?」

 ガイアウィスパーは、壊れたように同じ言葉を繰り返す。それに呼応するように、俺の身体を狂おしいまでのエネルギーが迸る。全身が、自分のエネルギーで燃やしつくされるようだ。

「君が自滅するのは構わないんだが、それでは足りないのだがね。覚悟の上で、潔く散る、なんて展開は、僕としては最も避けてほしい筋書きなのだが……仕方ないな、終わりにしようか」

 腰のキングストーンが輝く。それに呼応して、シャドームーンの全身からも闇色のエネルギーが吹き上がる。

「終わりにしよう、ロストマン……」

「ああ、さよならだ、ツクヤ……」

 

 跳ぶ。我知らず、吼える。互いに、拳。燃え上がる紫紺の力。切り札の名を冠する力が、腕を焼く。突き刺さる。互いに、胸。頑丈な強化骨格をも、砕けよとばかりに。距離が、開く。まだ終わらない。

 

跳ぶ。渾身の、蹴り。燃える紫紺の炎を纏って。己自身も焦がすほどの力。蒼く輝く拳が、迎え撃つ。ぶつかり合う力。互いの体以外に、逃げ場はなく。

 

さらに、跳ぶ。渾身の力を振り切って。突き出すは、やはり互いに、拳。輝きが、消える。構うものか。燃え尽きるまで、撃てばいい。ただ、最大限を、越えて……。

 

 

 炎が、消えた。

 

 

 フレームを砕く手応えが、確かに拳に伝わってきた。それは、ロストマンの、相棒の命を砕く手応えだった。寸刻、お互い動かない。が、銀色の月は静かに、膝から、地に墜ちた。

「ロストマン、済まない、俺は、ずっとそれだけをお前に伝えたかった……」

「謝るなよ、ツクヤ。何を言われても、僕が君を許せないのは変わらないんだから……」

「そうか……」

「そうさ……」

 シャドームーンが、地に伏せる。それと同時に、足元が揺れる。それと共に、柱が、天井が、壁が、崩れて落ち始める。オブジェクトがデータの塊に分解され始めている。

「このサーバーは、僕が負けたら、自動的にデータが破壊されるようにしてあったのさ……残念だったな、ツクヤ。君の、勝ちだ。でも、君の意識だけは、意地でも地獄まで一緒に連れて行くよ……」

「そうか」

地に伏せたまま、ロストマンが呟くようにそう言った。成程、ロストマンらしいと言えば、らしい。ロストマンの目的は最終的には俺の命なのだから、当然の保険と言えるかもしれない。

「……残念だな、驚かないのかい?」

「いいさ。言っただろ、俺の命で済むんなら、最初からお前にくれてやるつもりだった。先に行って待っててくれよ、ロストマン。リサと、二人で……」

 笑う。その言葉に、相棒は笑った。

「馬鹿なことを言うなよ、ツクヤ。リサは、天国だ。僕と一緒には、待てないさ」

「……そうだな」

 沈黙。わずかに残された時間に、互いに交わす言葉は持たなかった。周囲の崩壊は、続いている。

 

「炎の中で、待ってるよ、相棒」

「ああ。じゃあな、相棒」

 

 天井の崩落が始まった。

 疲れた。

 それだけを、思った。もうこれで、終わりにしてもいい。俺が生きている理由なんて、もう何も残っていない。

そうだ。あのときもそう思った。リサを失い、相棒をなくし、バトル競技を捨てたあの日。あの日俺はすべてをなくしたんだ。

ロストマン。なくした者。それは相棒の名でもあったが、俺自身のことをも指していたのじゃないか。

ひときわ、激しい崩落。瓦礫が横たわった影の月を埋めていく。崩れた上にあるのもまた、闇だった。光は、ない。俺の心と同じように。なくした者の心に広がる、闇のように。ただ、殻を破れば、黒々としたものだけが広がっていく。相応しいのかもしれない。こんな風景が、俺達の最後には。

 

 投げ捨てた帽子を拾い、天を仰ぐ。

 目を閉じる。閉じた先にもまた、闇。

 そうだ。俺には、光なんて残されていない。

 行く先は、同じ、黒い地獄の炎の中、だ。

 

不意に、瞼の上に、明るさを感じる。

 馬鹿な。こんな心の中の奥底にまで、届く光があるはずがない。

 目を、開く。闇色の天蓋に、わずかに亀裂が走る。そこから漏れているのは、白色の光……。

「――じ……」

 

聞こえる。声が。

呼んでいる、声が!

 

「――るじ……」

 

この声は。この声は!

 

「主!」

 

 天が、割れる。そこから飛び込んできたのは、シャウだ。

 馬鹿だな、こんなに傷だらけになって。全身ぼろぼろで、サブアームもない。機械脚も、片方は膝から下が欠けている。

そんなになってまで、俺のところに来ようとしたのか。そんなになってまで俺を探したのか。

「ご無事ですか、主! どこかおかしいところは……主?」

 

 懐かしい声だった。

一週間程度しか離れていないのに。

自分から、離れることを決めたのに。

シャウの声が、たまらなく懐かしかった。

俺は持っていた帽子で、顔を覆った。

 

 声は、出なかった。ただ、シャウの胸に、俺はすがりついていた。シャウも、それを黙って受け止めてくれた。

 

 

 突如、大ムカデはその動きを止めた。寸刻の沈黙の後、咆哮を上げ、龍虫がのたうち回る。

「今度は何ですの!?」

「何か仕掛けてきやがるぞ! 気をつけろ!」

「いや……これは……!」

 めいめいが、声を上げる。だが、蛇龍の体が少しずつ、本当に少しずつ灰のようになり、無数にある足の先から崩れていくんだ。

「マスターが、やったんだ……」

「じゃあ、終わったのねぇ……」

「やった……やったッス!」

 

それが、勝利を告げるものだと、ボク達は思った。一瞬にして湧き上がる歓声と解放感。

だが、そうじゃなかった。世界が、揺れ始めた。ボク達の勝利は、この大ムカデを倒すことじゃなかったんんだ。

 

不意に、足元の地面が、空が、崩れ出す。すべてが、何もない空間に、虚無に、飲まれていく。

『いけない、データサーバーの崩壊が始まった! みんな、早く非難するんだ、巻き込まれたら君達の意識まで消されてしまう!』

 菊川サンの悲鳴じみた声が響く。その声に、他の神姫達は離脱の姿勢を取った。

「待ってよ、まだ、シャウラが! マスターが!」

 ボクは、必死に声を上げる。まだ、門からはシャウラ達が戻ってくるはずだ。それを待たないでは帰れない!

「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ! 死にてえのか!」

「ここにいるのは危険ですわ! そんなことも分かりませんの!?」

 そんなことは分かってる。でも、それとこれとは話が別だ。他の神姫達から離れようとするボクの肩を、渚っちが掴む。

「アルキオネさん、はやく!」

「放せよ渚っち! マスターが! マスター!」

 いくら重量装備とはいえ、力では『ビアンキ』には敵わない。何とかして制止を振り切ろうとするボクを、渚っちが無理やり抑え込む。

「お前もこっちに来るのだ! 巻き込まれたら死んじゃうのだ!」

「いやッス!ご主人と、姉さんを、待たないと! 放すッス!」

「オレンジ、引っ張れ! 力ずくでも連れ出すぞ!」

 向こうでも、メサルティムが無理やりに引きずられていく。最初から戦っていたボクら二人には、碌に抵抗する力も残されていない。それでも、ボクらは、待たないといけない。最後まで、二人を待たないといけない!

「……いけない、門が崩れる」

「はやく、こっちへ!」

 白雪とアンジェリクスが、このサーバーの出口を指差す。ボクも、メサルティムも、何とか崩れそうな門に向かおうとするが、叶わない。足元の揺れが、一層激しくなる。

「姉さん!」

「マスター!」

 叫ぶ声が、重なった。

崩れ落ちる、門。門扉は落ち、支柱は歪み、その姿をとどめなくなる最後の一瞬。流星が、夜を切り裂いた。

 

 

「なんだ、大げさなお出迎えだな……皆、わざわざ集まってくれたのか」

「怒られますよ、そんなこと言ってると……みんな、必死だったんでしょうから」

 

 足元には、みんないた。日野のリリィも、花道の梅夜と白雪も。菱木さんのオレンジとブラックもいる。レグルス達も来てくれたんだな。榊刑事、アンジェリクスと一緒に連れて来てくれたのか。渚さんもいるのは、なんでだ? シャウが声をかけたのだろうか。一番ありがたい相手だが、どうやって……?

 

「なあ、シャウ」

「はい」

「どれだけ連中に頭を下げたら、足りるかな……?」

「分かりません、そんなこと……でも、私も一緒に頭を下げて回りますよ。主の行くところなら、どこへでも、一緒に参ります」

「そうか……」

「はい」

 ゆっくりとうなずくと、シャウは、優しく微笑んでくれた。

「……帰って、来れたな……」

「ええ、お互い、無事に……」

「シャウ」

「何ですか?」

「……ただいま」

「お帰り……なさい……」

 

 

 相棒、少し。もう少しの間、待っていてくれ。

そんなには待たせないつもりだが。

でも、俺は、もう少しだけ、こっちにいるよ。

 そう、新しい光を、見つけたんだ……。

 

砕けた空が、欠片になって白い空間に降り注ぐ。

 まるで光に、包まれていくようだ。

 俺は、そう思った。

 

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