「よし、服を買いにいこう」
その日、唐突にマスターはそう言った。
「行っておいでよ、ボク特撮見てるから」
コーラ味のジェリカンを飲みながら、振り向かずにボクは答える。今見てる所からが、ちょうどこの作品のクライマックスだ。クライマックスなのは最初からだけど。
「一緒に来ないのか? それだとサイズが分からないじゃないか」
「なんでマスターの服を買うのにボクのサイズが必要なのさ」
「いや、買うのは二人の服だ。シャウとアルじゃあ微妙にサイズ違うだろ」
服? ボクらに? 何で急にそんな話に?
そんなこんなで、マスターについて出かけた先は、Y駅の近くにある神姫センターだ。普段通っているゲームセンターとは流石に規模が違うね。バトルスペースも大きいし、併設された神姫ショップにも専門的な品物が並んでいる。マスターが向かった先は、その中でも神姫サイズの服を扱うショップだ。
この時代、武装神姫といえばバトルロンドを始めとしたバトルサービスが代名詞になっているが、中には今まで通り、生活をサポートするパートナーとして活用する人も多い。そんな人達には神姫サイズの服も需要がある。自分の神姫をおしゃれに着飾る人もいれば、ビジネスの場に連れて行くためのスーツを着せる人もいる。勿論バトルに使える耐久性を持った服の開発も進んでいて、中にはフリフリヒラヒラの服を着せたままバトルに参加する神姫だっているんだそうだ。そのあたりはボクの趣味じゃないので、マスターにそんな趣味がなかったことには感謝している。
でも、マスターのところに来て一月、ついにマスターが隠していた願望を露にしたのだろうか。突然ボクらに服なんて。一体どんな服を着せようというのだろう。正直ボクとしてはキラキラした服とかは趣味じゃないので、ジャージかなんかがあれば充分なんだけどな……いや、そういう服ならまだいい。本当に趣味に走った服を買うようだったらどうしよう。ふとショーウインドウを見ると、神姫サイズのマネキンがチャイナドレスやナース服、あるいはブレザーのような服に身を包んでいる。いやいやいや! こんな服をボクが着るってのはどうなんだい!? そんなボクの心境はお構いナシに売り場はシーズン物のコーナーになり、水着を着たマネキンが並んでいる。ワンピースからパレオの着いた可愛いもの、果てはスクール水着まで……いやいやいやいや! どうかと思うねマスター! 自分の神姫に水着を着せて侍らすとか、どうかと思うよボクは! そういうのはボクの担当じゃないんだよ!?
「この辺りかな。シャウ、アル、どんなのがいい?」
アウトー! はい、アウトですよー! ダメだこのマスター! 早くなんとかしないとー!
「私が選んでよろしいのですか? そうですね、それなら……」
ツーアウトー! 何でそんな乗り気なのー! むしろそういうのダメな雰囲気普段から出してるくせにー! ダメだこの神姫ー! いや、諦めたらそこで試合終了ですよ、ここはやはり、常識派神姫として一言釘を刺して、To LOVEるな展開の芽は摘んでおかないとー!
「この、朝顔の柄のなんてどうでしょうか?」
「いいね、帯の色はどうしよう? 同系色で合わせようか? でも、こっちの色にした方が合うか……?」
ん? 帯? え、水着じゃないの? よく見ると二人は水着コーナー隣の、浴衣を選んでいる。アレ? これはもしかしてボク、相当恥ずかしいのでは?
「シャウが寒色系で合わせるなら、アルはこっちの赤っぽいやつがいいかな。で、帯をこっちに合わせると……アルはどう思う……って、どうした? なんか変な顔してるぞ?」
「ていうか……なんで浴衣……」
「なに言ってんだ、今日の夕方地元で祭りがあるからそこに着ていく浴衣を買いに来たんじゃないか。またテレビに夢中で聞いてなかったな?」
あう……そういうこと……そう言われればそんなことを言われたような気もするが、既に記憶の霞の向こうだ……なんか無性に腹が立ってきたぞ! 後でなんか仕返ししてやろう。覚えてろ、まったく……。
その後も色々と見て迷いはしたが、結局シャウもアルも一番最初に良いと感じた朝顔の柄の浴衣を買った。青と赤の色違いで、帯も格子柄の緑と黄色を選んだ。女の子の浴衣の着方なんてよく分からなかったが、流石に大手の流通品でしっかり取扱説明書が同封されていたのには正直驚いた。
「どうですか、主。どこかおかしくはないでしょうか」
「多少おかしくったって、そもそもマスターだって分からないんじゃない?」
むう。その通りだ。自慢じゃないが、帯の結び方だって今回の説明書を読んで初めて知った。もっとも、着付けを俺がやるわけにもいかなかったので、結局説明書を渡して自分達で着替えてもらったのだが。
「似合うよ」
月並みな感想しか出てこない。こういうとき、何か気の利いた一言でも言うものなんだろうか。そんなことを考えながら、二人を両肩に乗せて家を出る。
地元のお祭りと言っても、規模としてはそれなりだ。通りには御輿も出るし、屋台の数も種類も出る。通りを一本外れた神社では松明を焚いて古流剣術の演武なんかの催しもある。真剣を使っての演武をシャウはいたく気に入ったようだ。アルはなんだか知らないがやたらと食べ物をねだってくる。いくら日常的に神姫を連れ歩くのが一般化されているとはいえ、神姫用の食料品の供給はそう多くないし、あってもかなり割高だ。結局普通のサイズを買って、大半は俺の胃袋に収まっている。今は綿菓子を小さくちぎって食べているが、半分以上は例によって俺に押し付けられている。そろそろ腹が苦しいぞ……。
「今日はありがとうございました、主」
「ん、楽しんでくれたんなら何よりだ」
「でもマスター、何で急にお祭りだったのさ?」
時間もそろそろ宵の口に差し掛かる頃だ。人通りも少なくなってきて、俺達も帰り支度を始めたところで、聞かれた。
「いや、特に理由なんてないよ。強いて言うなら、こういうこともあるんだって、知って欲しかったから、かな」
神姫は人間と違って、自発的に出かけることはほとんどない。世の中にどんなものがあっても、俺がその気にならなければ知らないままで終わってしまう。それはあまりにももったいないじゃないか。二人にはいろんなことを知ってほしい。せっかくこの世に生まれてきたのだから、世界は広いのだと、感じてほしい。ウチの神姫は放っておくと自分の興味があることだけになってしまうというか、内にこもっていく気がする。そういう意味では、今日の外出は大成功だと言えるだろう。
何でもない一日だったが、こんな日もたまにはいいだろう。