蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・9-12

 崩壊するバーチャル空間から逃げ込んだ先は、バトルロンドのティールームだった。落ち着く空間に戻ってきて全員がめいめいに互いの無事を喜んでいる。

『お疲れ様』

『……決着は、ついたのかよ?』

「日野、花道……ああ、ついたよ。お前達にまで、迷惑をかけたな、済まん」

『へっ、何言ってんだよ。言ったろ、俺達は仲間だって。こんなの、なんてことねえよ。むしろ、頼れってんだ』

『まったくだよ、花道、心配して大変だったんだよ? 君は知らないだろうけど、花道はずっと、レジェンド・バトル世界チャンピオンの君の、ファンだったんだぜ』

『手前え! 日野! それは言わない約束だろ!』

 ……初めて聞いた。会った時から花道達は、俺の過去のことをまったく知らないのだと思っていたし、事実そんなそぶりはまったく見せたことがなかった。だからこそこの二人の前では、俺は過去の罪に怯えずにいられたのに。

『まったく、律儀だよね、花道も。知ってるって言ったら君が気にするだろうって、ずっと黙ってたんだから。君が入学当初、ふさぎこんでいたときだって……』

『だーっ! もう、やめだ、やめ! 全部終わったんだろ? なら辛気臭せー話はおしまいだ!』

 照れちゃって、と、日野が茶化す。まったく、この二人も俺には過ぎた友人達だ。そのありがたさが、胸に来る。

『俺とレグルスにも、恩に着てもらおうか?』

『そうね、私達はまだ、刑期が全うされてないからねぇ……』

 この二人が来てくれたのは、良い意味でも悪い意味でも予想外だった。むしろ、俺のことを恨んでいても、おかしくないのだが……。

『一応、その辺の取引で出してもらえてるんでな、これが終わったらまた檻の中ではあるが』

『貴女の首を狩るのは、出てくるまで待っててあげるわぁ』

『……謹んで遠慮させていただきます』

 シャウが答える。正直、レグルスにルール無用で絡まれ続けるなんて、俺にとってもゾッとしない話だ。

『俺らのことまで忘れていないだろうな?』

「覚えてますよ、菱木さん。ブラックとオレンジには手を焼いたし、俺も直接殴られているんだ。忘れられるわけないでしょ」

『まあ、今回は自分の借りを返しに来ただけだからよー。これでチャラにしてもらうぜ?』

「構いませんよ、俺としては貸し借りのつもりがなかったんで、来てくれてたこと自体意外でしたけど」

 俺は、あっという間に今回の作戦に参加してくれたメンバーに取り囲まれてしまう。もっとも、今回の目標は他ならぬ俺自身だったのだから、それも仕方ない。全員が浅からぬ因縁と共に、何がしかの思いを抱いているはずだ。その中でも……。

「しかし、MK.Aさんと渚さんまで来てくれるとは思わなかった」

 彼は、わざわざ地方から協力してくれたという。その意味でも、今回の作戦では、一番苦労をかけただろう。

「本当にご面倒をおかけしました」

『いや、いいんだよ。刑事さんが君の家を調べた時に、PCの履歴から自分の連絡先を見つけたらしくてね、声をかけてくれたんだ。大変だったね、深波君』

「ええ、ご心配をおかけしました」

 ちく、と胸が痛む。この、針の刺さるような痛みは、俺の背負うべき罪だろう。

『ところでさ、ひとつお願いがあるんだけど、いいかな?』

「ええ、俺に出来ることなら、何でも言ってください。お二人には、返し切れない借りが出来ましたから」

 じゃあ、お言葉に甘えて、とMK.Aさんがはにかむ。とは言っても、俺に出来ることなんて限りがあるのだが。

『せっかく顔を合わせたんだ、どうだろう、バトルロンドを、一戦』

『勿論、二人さえよければだけれど。どうかな?』

 渚さんも、目を輝かせてそう言う。一瞬、俺は面食らってしまった。シャウもそうだが、渚さんだって全身は傷だらけだ。特に左のサブアームは外から見たって損傷が大きい。

『いやあ、あれから何度も君達のデータを使ってトレーニングマシンで再現してみたんだが、どうにも納得がいかなくてね。あの日、試合には勝ったけど、勝負に勝った気がしなくて、ずっともやもやしていたんだ。駄目、かな?』

 俺は歎息をひとつ吐く。俺達の恩人にそんなことを言われたら、断ることなんて出来るはずもない。まして、そこまで惚れ込んでもらえているのなら、バトルロンドのプレイヤー冥利に尽きるというものだ。

「シャウ、いけるか?」

 俺は、相棒に声をかける。勿論、シャウはぼろぼろだ。サブアームも片方欠けているし、強化脚も片足は膝から下がない。飛行装備も、限界が近いだろう

『ええ、主が望むのならば、いつでも。それに……』

 シャウは笑顔で答える。俺達のお決まりのやり取りだ。だが、珍しく、シャウがそれに言葉を継いだ。

「それに?」

「私も、渚さん。貴女と、決着をつけたかった!」

 是非もなし、ということだろうか。あの日の決着は、二人にとって、意味をなさないものだったのだろう。

『おいおい、本気かよ。あれだけダメージ食った後なんだぜ?』

『もったいねーな、こんなカードなら、裏で流しても金が取れるってのに』

 他のマスターも、口々に笑う。たしかに、普通なら、日を改めて、というのがいいところだろう。でも、俺には、俺達には、今日この日が良かった。

『ふむ、それじゃあ僭越ながら、僕が合図をしようか。準備は、いいかね?』

 そう言ってくれたのは、榊刑事だ。

「シャウ、ビットは残ってない。ビームガンで牽制して、間合いを詰めろ」

『承知!』

『渚さん、左腕はダメージで碌に動かないぞ。当然そっちから攻められる。回り込まれないように注意して』

『了解!』

『それでは……始め!』

 開始の合図が響いた。

 開幕から激しい打ち合い。シャウは、三刀。しかし、片足すら欠いた状態でバランスを取るのは難しい。一方で渚さんも、主体となるのは片腕のみ。脚にも少なからぬダメージがあるようで、得意の足技は鳴りを潜めている。

どちらも本調子でないのは傍目にも明らかだ。当然だ。あれだけの長い戦いの後なのだ。こんなにぼろぼろの状態で、なおバトルをしようという方がどうかしてる。

それでも。

「AMBACを活かせ! 変則機動がエスパディアの真骨頂だ。相手を振り回せ」

『はい、主!』

『ライトニングドライブを撃つ余裕は残ってないぞ!相手に寄ってもらってからが勝負だ』

『オーケー、オーナー!』

 うるさいぐらいに周囲を飛び回る。その機動は、普段の鋭さが見る影もない。それを迎撃する『ビアンキ』。やはり、雷光のようだった剛腕は、明らかにダメージで動きが鈍い。左右の連携も、片腕が死んでる今となっては望むべくもない。

それでも。

『おいおい……』

『まったく、クレイジーな連中だぜ』

『シャウラちゃん、笑ってる……』

『渚さんも、だね』

二人の神姫からは、笑みがこぼれていた。その笑顔から繰り出される一撃は、どちらも必倒。しかし、その一撃が相手を捉えることはない。

「いいぞ、こっちのサブアームはもう半分死んでる。盾に使ってしまえ。本命は鬼姫だ!」

『ええ、狙っていきます!』

『小さく、細かく! 迎撃の基本を思い出せ、渚さん! ただし、全部当てる気で!』

『分かってるよ! まだまだいけるからね!』

 

 

楽しいな。

――ああ、楽しい。

あなたも、そう思いますか。

――勿論だとも。

 こんな、限界ぎりぎりのバトルなのに。

――だから、いいんだろう?

 ええ、確かに。

――これだから。

 ああ、これだから。

 

「「武装神姫は、やめられない!」」

 

 

「そろそろ限界だ、リアパーツが保たないぞ、シャウ。決めに行け」

『承知です、主!』

『渚さん、相手は全部賭けで来るぞ。出し惜しみはなしだ』

『元から、そのつもりだって!』

 開いた距離を、詰めずに構える。それは、互いの二つ名の元になった大技の構え。

『『スキル!』』

 声が、重なる。全身から、光が燃え上がる。

『決めます! 『無銘! 大顎』!』

『迎え撃つ! 『神雷』! 発動!』

 片や、刃が重なり、蒼の裁ち鋏を形作る。片や、雷を受け、白い閃光を身に纏う。

『ライトニング・ダイナミック・オーバー!! いっけえええぇ!!』

『呑み込め! 大顎!! やああああぁぁ!!』

 

 白い光が、飛ぶ。

 蒼い光が、口を開く。

 寸刻、ぶつかる。そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、すべてを失った。

だが、それは過去の話だ。

 

 これは、俺を取り戻す物語。

 なくしたものをすべて、新たに得るまでの物語。

 

 

俺の名前は、深波月夜。

 今は、ただの神姫マスターだ。

 

 

 そして、これからも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「蠍の尻尾」 了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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