蠍の尻尾   作:深波 月夜

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「よし、出来た」

 作業机の上に金ヤスリを置く。ふと窓の方を見ると、ちょうど日が登ってくるところだった。

「徹夜になっちゃったか……」

 背もたれに寄りかかって体を伸ばすと、首の辺りからごきごきという音が聞こえた。

「仮眠取る前に、少しでも片付けるかなあ」

 工具類はあまり使わなかったが、ヤスリ掛けで出た金属粉は机の至るところに散っている。とりあえず手元にあったウェットティッシュで手の届く範囲を拭き取り、始末する。床の上も簡単に拭くが、掃除機まではまた今度だ。

「後は仕上げだけど、学校の工作室で片付けるか」

 机の上に視線を落とすと、二振りの剣が朝日を受けて鈍く輝いている。銘も決めないといけない。そんなことを考えながら、ベッドに横になった。少しなら仮眠を取れる。意識はあっという間に溶けていった。

 

 

 一振りごとに空気を切る音が鳴る。その日の課題を早目に終わらせた時は、こうして武器を振るのが私の日課だった。最近はただ素振りをするだけでなく、演武を行うこともある。先日、主に連れていってもらった神社で見た演武は、巻き藁を両断した技の凄みだけでなく、美しささえ感じた。その時の動きを元に、自分の体で再現してみる。巻き藁までは用意出来ないので、真似るのは動きだけだ。

 一連の流れを終え、振るっていた訓練用の棒を傍らに置き、次は片刃の双剣、ジュダイクスを握る。得物が変われば、振り方や重心の取り方、動き方はすべて変わってくる。神姫によってははじめて扱う武器であっても、天性の才能で扱える場合もあるという話だが、私はそこまで器用には出来ない。私に出来るのは、ひとつひとつを積み重ねる方法だけだった。これもただ素振りをするだけでなく、流れを作って体を動かす。しかし、先ほどと違って動きのイメージが明確でなく、上手い流れが作れない。

「だめですね……なにかお手本になるようなモーションデータでもあればよいのですけれど……」

 と言ってみたところで、プリセットされた攻撃モーション以外に何かを思い付くわけでもなかった。

 神姫はそれまでのロボットフィギュアよりも遥かに柔軟で豊かな思考が出来ると言われている。それは神姫に採用されているCSCによるものだが、いかに土壌が豊かでも、知らないものは出来ない。やはり一度、人間の武術についても学ぶべきだろうか……。

 そこまで考えて顔を上げると、テレビには白い背景に影絵のような、絵文字のようなものが写され、ナレーションが流れている。またアルキオネが特撮番組を見ているのだろう。

 バトル嫌いで、自堕落で、だらしなくいつも遊んでばかりいるアルキオネだが、バトルの強さは本物だと認めざるを得なかった。あの子が起動してひと月と少しが過ぎる。その間に行ったバトルは少ないが、いずれも見事なまでの勝利を飾っている。私が時間をかけて少しずつ積み重ねた強さを、あの子はすぐに軽々と飛び越えていくだろう。そのことが悔しく、身を切られるほどに羨むときもある。この短い間にさえ、私にその才能の半分でもあればと思ったことは、一度ではない。あの子が望めば、主の求める『最強』という称号もすぐに手が届いてしまうかもしれない。そうなったとき、私は一体どうなってしまうのだろう。役立たずの不良品と思われたら、そう思うだけで不安でばらばらになりそうになる。しかし、あの子はバトルには関心を持っていない。そのことに私は安心を覚え、同時にたまらない自己嫌悪に陥るのだ。

 頭を振って、湧き始めた嫌な考えを振り払う。テレビにはやはり特撮ドラマが映されていた。何の気なしに眺めた画面では銀色の双剣を握った鎧の騎士が怪物と戦っている。この動きは!

「アルキオネ!」

「んー、なーにー、シャウラも一緒に見るー?」

 こちらを振り向きもせずに答えるアルキオネ。普段なら腹立たしいその反応も、今は気にしない。

「ええ、今のところ、もう一度見られますか?」

「いいよー、んじゃ、ぽちっと」

 画面が切り替わる。黒いコートの男性が、銀色の鎧を纏うシーンだ。それが終わると、怪物が騎士に襲いかかる。両手に構えた剣で、次々と襲ってくる怪物を斬り捨てる。時に回転し、時に蹴りを挟み、流れるように戦っている。

「珍しいね、アンタが特撮見たがるなんて」

「ええ、殺陣が動きの参考になると思って」

「そういうことかよー、面白いのにー」

 アルキオネは残念そうだが、私にとって興味があるのは物語部分ではない。あくまでも演武の参考になる動きが見たいのだ。

「アルキオネ、この銀色の騎士が出てくるシーン、もっとありますか?」

「んー、あるよ。んじゃ順番に流してあげるねー。だけど……」

「だけど、何ですか?」

「話に興味を持てとは言わないから、ボクのオススメも一緒に見てよ。アクションシーン中心にすれば参考にはなるだろ?」

「……まぁ、参考になるなら」

 

 

 少し遅い帰り道を早足で歩いた。工作室での作業が思ったより延びてしまったのだ。一応家には遅くなる旨のメールを送ったが、返信は来なかった。いつもならシャウが何かしらの返事をくれるのだが……。

「ちがーう、こうだってば」

「……こうですか?」

 家につくと、珍しく賑やかだ。アルが特撮見ながらなにか喋ってるのは珍しくないけど、シャウも一緒になって、何をやってるんだ?

「……で、こう、と」

「そう! そこで台詞!」

「そ、蒼天の霹靂! 牙忍! クワガらいz……」

「なにしてんの、二人で」

 沈黙。後ろで流れている三十年以上前の特撮だけが賑やかだった。笑顔満面のアルに対して、シャウは顔を真っ赤に染めて、今にも泣き出しそうな表情をしている。

「えーt……」

「違! 主、これは、違うんです!」

「マスターマスター、あのね、ゴウライジャー出来たんだよ! 見てみて!」

「違うんです! これは、演武の訓練の一環で……」

「いいじゃんかよー、見てもらおうよー、マスターにもさー」

 うん、二人とも楽しそうで何よりだ。

 

 

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