金稼ぎの為に巫女を偽ってから、ずっとお腹が痛いです…… 作:天瑠香
ずずっと、茶を一服してから訊いた。
「えーと、何処まで話をしたっけ?」
すると、気を悪くしたように村長さんは短く言った。
「……ぬし様が、ある妖怪を逃したってところまでだ」
「あ、そうそう、それね」
村長さんの言葉に、わたしはおざなりに返した。
わたしはある妖怪を逃し、それからずっとその妖怪を追いかけている――という設定。
さてと、それをどう繋げたもんかなぁ。
この、わしこそが村長だ! と言わんばかりの容姿とお髭をされた、このご老人を騙くらかすのは、そう簡単にはいかなさそうに見える。
うーん、ちょっと話を濁してみるか。
「さっきわたしは、自分は巫女だと語ったけれど、実はちょっとばかし他の巫女とは違うの。あんたは、歩き巫女って知ってる?」
「あぁ、存じておる」
「さっすが~、歳を取ると無駄な知識も多いのね」
「…………」
……いや、そこで黙らないでよ。
せっかく、この美少女が調子良くおだててあげたと言うのに……何でそんなにご機嫌斜めなんだろう?
やっぱり、遊女のようにいかないって訳か。
「歩き巫女について簡単に説明すると、特定の神社に所属せず、全国各地を渡り歩き、祈祷・託宣・勧進などの主に三つの活動を行って生計を立てている――ってのは表向きの話」
「は?」
村長さん――ではなく、その傍に立っていた男が呆けた声を上げた。これが、年の功ってやつか。
さりとて、村長さんは声を出さなかったようだけど、それでも、どうやら驚いているようだ。
「わたし達、歩き巫女はね、全国各地を遍歴し、神様の手が届かぬ地に救いをもたらす為に存在するのよ。ぶっちゃけて言っちゃうと、妖怪退治の集団ってわけ」
行脚僧とは、まるで逆。
あれが、自身の修練の為に旅をするのだとしたら、わたし達は妖怪を退治し、誰かを救う為に旅をしている。
内に求めるのではなく、外に求める。
そんな集団だ。
勿論、歩き巫女の全員が誰かを救う為に行動する訳じゃない。卑下したくはないけど、わたしなんてその典型だ。
だから、どちらが優れているのか、という論争は面倒くさいからしないように。
「……歩き巫女については、分かった。しかし、儂が神楽殿に訊きたいのは、一つ。――妖怪を逃したというのは、一体何時のことなんじゃろうか?」
村長さんは、重々しい声音で訊いた。
うん、誤魔化されてはくれなかったみたいである。
さて、どうしようか。
先ほど、わたしは妖怪を逃したという話を、それはもう存分にどばどばと誇張して語った。
一つの話を作れるくらいには、物語っぽく語った。
あらすじっぽく言うなら、巫女は昔に逃した妖怪を、探し、退治する為の旅に出たって感じだ。
勿論、嘘だけども。
まぁ、そんな作り話を作ってしまったんだから、数日前やそこらじゃ効かないのは当然だろう。
そうなるなら――
「――三年前のことよ」
「なんと……!」
考え込み、慎重に出した渾身の返答。わたしとしては適切な時間帯だと確信しているくらいなんだけど。
しかし、呻くように叫んだ村長さん。
そして、その傍に立つ男も、声を発していないのかが不思議なくらいに、驚愕に表情を震わしている。
わたしは嫌な予感を抱きつつも、しかし、吐いた唾は飲み込めないように、吐いた言葉は消えはしない。
だから、ちょっとした覚悟を決めて、続けて言った。
「報酬は求めない、それが、わたしの償いだから。けれど、もしかしたら長丁場になるかもしれないし、拠点の一つは貸して欲しいかな。何なら、監視付きだって構わないから」
「……あ、あぁ、相分かった」
村長さんは了承し、そして続けて言った。
「この村には、早くに主人を無くし、一人で暮らす女の家がある。ぬし様は、そこに住まうがよかろう。……おい、案内せい」
「承知した」
村長さんの言葉に、男は応えた。
文句を言える立場ではないことは分かってるけど、だけど未亡人の家を選ぶというのは、当て付けか何かなんだろうか?
まぁ、考えてもしょうがないか……と現在のわたしはそう思ったけど、しかし、後から考えれば、もっと考えるべきだったかもしれない。
……どうせ、結果は変わらなかっただろうけどさ。
「ついて来てくれ」
男の声に、わたしはこくりと頷いて従った。
村長の家を出る。
男はどすどすと、わたしはとことこと歩いていた。
男はまたちらちらと横目で見てくるのだけど、生憎わたしにそれに気を使っていられる余裕は無い。
何故なら。
さっきわたしは、この村に妖怪が取り憑いていると、そう語った。
しかし、それはただの嘘だ。嘘っぱちだ。
わたしは今まで妖怪を取り逃がしたことは一度もない。これでも、かなり優秀なのだ。
よって、先ほどわたしが語った話は全部、ただの作り話だ。いや、歩き巫女については嘘じゃないけどね。
まぁそんな訳だから、この村には何の妖怪も取り憑いていない……筈だった。
いや、これは本当にどうなってるんだろう?
巧妙に隠されていて、わたしでさえ村に入ってしばらく経つまでは気づかなかったんだけど、しかし、どうやら本当に妖怪はこの村に潜んでいるらしい。
村にこびりつくような妖気が、それを証明している。
……いや、これは本当にどうしたもんかな?
予定としては、数日くらいだらだらとただ飯を食らって、そして妖怪を倒すふりをしてから、自作の妖怪の死体という証拠品を見せつけて、報酬代わりに食料を頂くつもりだったんだけど……いや、ほんとにどうしよう?
これじゃだらだらできない。
……何てこった。
そうやって落ち込んで、どれくらい歩き続けたか。
多分、一分もいかなかったと思う。
人口百人ちょいの村で、そう何分も歩き続けていられる訳がないからである。
故に、目的地にはすぐにたどり着いた。
「ここが、女の家だ」
そうして、案内の男に連れて来られた家の第一印象は、何というか……寂しそうな家だった。
ボロい訳じゃないし、使い込まれてもいそうなのに、しかしどこか生活感というものを感じられない。
一人で使うには少し大きいような――そんな家。
しかしそこから、あまり予想もしていなかった大きな声が家屋を揺るがしたってのは、勿論比喩表現。
荒げる男の声だ。何かに怒っているように聞こえる。
「この声は?」
わたしは、疑問の声を上げた。
未亡人の家じゃなかったっけ?
「あぁ、多分“あいつ”だろう」
男は答えた。
答えたけど……いや、分からないんだけど。
主語に「あいつ」と使われても、「あいつ」を知らないわたしに分かる訳が無いだろうに……馬鹿かこいつ。
「悪いが、この話し合いが終わるまで、少し待っちゃくれねぇかい?」
「……別に良いけど」
話を聞かせて貰うわよ、とわたしはじろりと視線を向けて言った。
男は観念したかのように、小さく溜め息を吐いた。
いや、溜め息を吐きたいのはこっちだっての。
三。
「あーあ、どっから話したもんかな。……そうだな。昔、ていうか今もだが、この村にはそれは美しい女がいたんだ。こんな辺境の農村には似つかわしくないって、そんな美しい女がな、名は蓮子。おうさ! この家の女だ!」
語り手の男は、元気良く語った。
「当然、村の若い男どもはみんな、その女を求めた。今、この家で言い争いをしてる男も、そん中に入ってる。……しかしなぁ、蓮子はどうもそういうものに抵抗を持っていたらしくてなぁ。それで、他の男共はみんな蓮子のことを高嶺の花だと諦めたが、あいつだけは蓮子のことを諦めなかった。……だが、結果は残酷なもんだ。そんな一途な男の想いも、蓮子には届かなかったって訳だからな」
それは、まぁ何とも有りがちで、残酷な話である。
わたしはその男に同情しようか迷った。
続けて、男は言う。
「だがしかし、一人だけ、例外がいてな。四郎って言うんだがな――そいつだけは、蓮子を求めることはしなかったんだ。……それが、蓮子には心地良かったんかねぇ。電光石火の勢いで結婚しちまったよ。まさに、四郎が男から横から掻っ攫うって形だった」
……ふーん。
何でその男を、蓮子は選んだのか。
わたしには、良く分からないな。
「そりゃ、そうだろう。どう見てもあんたは、恋愛するって面には見えねぇからな」
むかっ!
いや、落ち着け。
ここで男の頬をぶん殴っても、わたしの気が晴れるだけだ。
……あれ、結構良いかも?
いや待て待て、落ち着こう。
……ひっひっふー、ひっひっふー。
「……続き、良いか?」
何に対してかは分からないけど、引き気味な男はわたしに訊いてきた。
どうぞ、どうぞ。
「……あ、あぁ。そうして、四郎と蓮子は結婚して仲睦まじく暮らしていた訳なんだが、一つの悲劇が男を襲う。……四郎がな、死んだんだ。それはもう、ぐしゃりって、元の形が分からなくなるくらいにな。間違いなく、四郎は妖怪に殺された。だって、こんな死に方、他に考えられないだろう?」
男の糾弾するような疑問の声に、わたしは辛うじて頷いた。
……そ、そうね。
しかしながら、男は構わず話を続ける。
「それが、三年も前の話だ。……俺達は、これをとても恐れた。当たり前だ、もしかしたら四郎以外に犠牲者が出るかもしれないからな。しかし、幸い――と言っちゃ蓮子は怒るかもしれねぇが、幸いにも他に犠牲者が出なかった。それから、四郎を早くに亡くした蓮子を、男はまた求めるようになったって訳だ」
……なるほど。
それが、さっきの怒号の混じる言い合いに繋がると。
……あれ、三年前ってどこかで聞いたような……?
「あんたの言を村長が信じたのも、ひとえに時間が一致していたからだ。……だがな、あんたが妖怪を逃さなければ、四郎が死ぬことはなかった――肝に命じておくことだな。俺は少しだけ……あんたを恨んでる」
…………
「……分かってるわよ」
……分かってないわよ。
いや、ほんとにこれ、何が何だか分からない。
なんか知らぬ間に、誰々の恨みを買っていたんだけど。
ていうか、わたしの作り話と村の四郎って男の残酷な死に方が、奇跡の連携を見せているんだけど⁉️
……さっき感じた悪い予感ってのこういうことか!
そりゃあ、する訳だ。
だって、勝手に因縁付けられてるもの!
未亡人の家に住ませるのも、本当の意味で当て付けの一つって訳か!
……うわぁ、うわぁ。
わたしはどうしようもない絶望感に、頭を抱えしゃがみ込んでしまった。
「……おいおい」
「おいおい、じゃないわよ!」
男は呆れた声を上げたけど、叶うならわたしがその声を上げたい。
「ふざけないで! 間接的とは言え仇のような奴を、その被害者の家に泊めるなんて……頭がおかしいわ!」
いや、別にわたしは何もやってないけどね!
むしろ、被害者と言っても良いくらい!
そうやって鷹の如く荒ぶるわたしに、男は少々的外れな発言を行う。
「心配すんな、あの女は逆恨みするような人間じゃない」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
いや、その問題も勿論あるんだけど……
わたしは更に文句を言おうとして――
「――そんなにもあの男の方が良いのかッ⁉️」
――若い男の怒号の声に、掻き消されてしまった。
……びっくりした~。
あんまり、でかい声は出さないで欲しい。
ていうか、これ……
「……大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫、これが日常みたいなもんだから」
「いや、それはそれで駄目でしょ」
こんな大きな声、わたしは何ともないけど、普通の女だったら怖く感じるんじゃないだろうか。
……いや、これが日常なんだから大丈夫なのか。何か論点がずれているように感じるけど……
「……また来る」
若い男の絞り出したかのような声が、つい耳を研ぎ澄ましてしまったのか、特に意識せずとも耳に入ってきた。
……隠し切れぬ激情、そして嫉妬かな?
ただの推測だから、正解なのかは分からないけど。
数秒経って女の家から、何者が出た。
そいつは、さっきの声を荒げていた男だった。
彫りの深い、精悍な顔立ちをした男だ。
一瞬だけ、視線が交わる。
――時が止まった。
馬鹿みたいだけど、そんな感覚だった。
ゆっくりと、刻々と、少しずつ刻まれる時間。
……こいつだったか、とわたしはこの男から感づいたし、この男もわたしから何かを感じたことだろう。
そして、視線は男の方から外される。
時間が、正常に戻った気がした。
そのまま、男は去っていく。
「……挨拶も無し、ね」
わたしの悪態の言葉に、男は反応した。
「まぁ、あいつにも色々と事情があんだよ。できれば、気を悪くしないでくれ」
いや、わたしは大して気にしていないから、良いんだけど。
でも、あんたは……って関係ないか。
ていうか、いい加減、男、男ってややこしい。
だけど、今さら名前を訊くのも何かあれっぽいし……まぁ、要するに出遅れたってこと。
「入るぞ、蓮子」
男は、そう声を掛け女の家へと入る。わたしも、続けて入った。
内装は印象どおり、広々とした寂しげな空間だった。
いや、実際はそう広くはない空間だと分かってはいるんだけど、たった一人しかいなければ、どうもそんな印象が強まってしまう。
実際には、四、五人くらいで窮屈になりそうな空間だった。
まぁ、だけど、そんなことは割りかしどうでも良い。
わたしが目を奪われたのは、床に座する女性。
一本芯の通ったかのような美しい背筋は勿論のこと、その顔立ちが……ほぉと息を吐きたくなるくらいに、美麗な容姿をしていた。
涼やかな目元、桜色のふっくらとした唇、白魚のように白い肌、特に黒髪の艶やかな美しさと言ったら、正直同性のわたしでさえ嫉妬しそうだ。
これで、髪を纏める為の紐が無かったら最高だったのに……髪紐なんて邪道、偉い人にはそれが分からんのである。
「……あなたですか。何の用に……いえ、そちらの方は?」
凛とした、強い意思の感じさせる声。
「あぁ、用ってのはこの嬢ちゃんのことだ」
そう言って、わたしを指差す男。
「この嬢ちゃんの名前は、神楽。歩き巫女ってやつらしい。三年前に逃した妖怪を追って、遠路はるばるここまで来たんだってよ」
……うっ。
分かってはいたけど、妖怪のせいで男に先立たれた女の前で、「その妖怪を逃したのはわたしなんです」と言うのは気分が重い。
いや、わたしは何の因果関係も無かったんだけど。
……勝手に作っちゃったの、悪い?
「それで、私にどうしろと?」
……あれ?
思ったよりも、とても冷静だ。
正直この際「人殺し!」くらい罵られるのは覚悟していたのに。
ちょっと拍子抜けと言うか、呆気に取られたわたしなんてお構い無しに、男は続けて言った。
「あんたの家に泊めて貰いたい」
「……それを、私に持っていきますか……」
あ、やっぱりそうだよね、当たり前だよね。わたしだって嫌だわ。
「……まぁ、それ自体は構いませんが」
――構わんのかいッ⁉️
はッ!
つい、旅した地方の方便が!
「すまんな」
「……謝らないでください」
脳内でおちゃらけるわたしは意に介さず、というか気づかず、重たい雰囲気で当事者にしか分からない話を展開していた。
こうなると、部外者は路傍の石っころになるしかない。
「じゃ、嬢ちゃんを頼むわ」
「えぇ、任せて貰った以上は責任を持って世話をしましょう」
え、世話って?
もしかして、ご飯とか作ってくれるだろうか?
そう意識してしまうと、さっきまで我慢に我慢を重ねてきた影響か、ぐぉおおお! と何かの叫び声のような音がわたしの腹の中から響き渡る。
「…………」
「…………」
……沈黙が痛くて、顔が熱かった。
どうやら、わたしも人並みの羞恥心は残されていたらしい。
……無くなってしまえ、そんな羞恥心。
「……さ、早速だけど、ご飯を用意しましょうか」
「あ、あぁ、俺も腹減ったから家帰るわ」
「……うん、気遣ってくれてどうもありがとう。だけど、もう遅い……」
……死にたい。