金稼ぎの為に巫女を偽ってから、ずっとお腹が痛いです…… 作:天瑠香
四。
がつがつ!
それはもう、がつがつと!
わたしは、食物を獣のように口に放り込み、幸運を噛み締め、そして喉に強引に流し込む。ここ数日ろくなものを食べてなかったから、どうも食べっぷりが激しくなる。
うーん、やっぱり人の手の入った食べ物は素晴らしい!
あまりの感動に涙が出てしまいそうだ。
もしかしたら、もう出てるかもしれない。
これだけで、村を騙くらかす価値があるってもんだ。
奇しくも、その嘘が本当になってしまった訳だけども、こういうのを何て例えてるんだったっけ……えっと、あれだ、嘘から出たまことって言うんだ。
「良い食べっぷりですね。見ているこちらも、気分が良くなります」
どうでも良いことを止め処も無く考えながらも、しかし箸の動きを決して止めないわたしに、蓮子は好感高くそう言ってきた。
ちょっと驚いて、わたしは話をする為に箸を置いた。
「わたしの食事を見て、そう言ってくれたのはあんたくらいのものよ」
自分でさえ意地汚いと、心の底でちょっと、ほんのちょっと、爪先の先っぽくらいまでは思っているのに、この女は真逆の意見を有している。
少しだけ、興味を誘われたのだ。
「……そう、でしょうか。良く食べる子は、良く育つと聞きますが」
「女の子がはしたないとか思わないの?」
「思いませんよ。それも、あなたの味だと私は思います」
蓮子は間髪入れず、わたしの言を否定した。
……理想のお母さんかよ。お母さんなんて、いたことないけど。
まぁ、それは置いといて。
わたしが気になっているのは、もうちょっと別だ。
だから、少しだけ踏み込んでみる。
「……ねぇあんた、わたしを恨んでないの?」
「恨む、とは?」
「ほら、例えば、わたしが三年前に妖怪を逃さなかったら、四郎って名前で合ってるっけ? そいつは死ななかったんだー! がおぉおおお! みたいな?」
「……良く分かりません」
わたしの自分で言ってて良く分からない言葉は、蓮子にも良く伝わらなかったようだ。
特に、がおぉおおお! は意味不明。
だとしても、ちょっと鈍すぎるように思うけど。
「いや、だから……」
「だから、良く分からないのです。突如やって来た、ようやくわたしが憎むことのできる存在に対して、わたしはどう接すれば良いのか」
「…………」
思わず、わたしは無言になってしまう。
そんなの憎めば良いじゃん、とわたしなんかは思うけど、どうやらこの女はわたしの考えとはちょっと逸れているらしい。
「少しばかり、憎悪という感情をこの身に溜め込みすぎました。もはやこの恨み、他の方向には向けることはできないようです。
それに、三年前に妖怪を逃したと聞きましたが、もしかしたら、うちの妖怪と、あなたの逃した妖怪というのは別物だという可能性とあります。……故に私は、あなたを恨むことはできません――だから、好意に接してみようと」
「待って待って、それはどこかおかしい……」
――どうして、そうなった?
辛うじて、本当に辛うじてだけど、この女が、わたしに恨みの感情を向けない前者の理由は分かった気がする。
そして、後者の理由は、わたしにとって都合が良い。
ありがとね。
妖怪が別物だとか、そう思ってくれたのはこの村であんたが初めてだよ。
しかし、だからと言って、どうしてこの女はわたしに好意的に接するのか、そこが分からない。
「間違っていますか?」
なのに、蓮子は、疑問そうに首を傾げた。
なんで分からないの? と言いたげな表情だ。
……うん、分かった。
どうやらこの女は天然さんらしい。
そう納得しかけたんだけど、しかし、どうやらこの話には続きがあるようで。
蓮子はできるだけ、咀嚼して分かりやすいように言ってくれた。
「――あなたは、巫女として妖怪を倒してくれるのでしょう? であるならば、それが、私があなたに好意的に接する理由にはなりませんか?」
「……は?」
この一日で、一体わたしはどれだけ思考を停止すれば、気が済むんだろう?
……う、うん、ちょっと待って、落ち着いて、考えてみよう。
蓮子の言葉をわたしでも分かるように解釈するとして……つまりこの蓮子は、わたしがこの村に巣食う妖怪を退治しようとすることに、積年の恨みとか、そういう負の感情は抜きにして、純粋に感謝しているということか。
だって、助けてくれる相手に、負の感情をぶつけるという行為は失礼に当たるから。
だから、本気の感謝の印として、好意的に接しようとしている、と。そういうこと?
「――ぐぉおおおおお……!」
「ど、どうしましたかッ⁉️」
蓮子が心配してくれたけど、それに対応する余裕が、わたしには無かった。
……こ、心が痛ぇえええええええ!
ごめんなさい!
実は、最初は村を騙くらかそうとやって来ました!
ていうか、今でも少しはそう思っています!
と暴露し懺悔したい衝動に駆られる。だけど、言わない、言えない、
……言ったら殺される。その未来を想像して、わたしは冷や水を浴びせられたかのように顔が真っ青に染まった。あ、でも、おかげで少しは落ち着けた。
……もしかしたら村長さんは、これは、ただの希望的観測でしかないけれど――妖怪を逃し、一人の犠牲者を出してしまったわたしを気遣う為に、この女と同居させたのかもしれない。
可能性は、限りなく低いだろうけど、そういう考え方はある。
だってこの女、底無しの善人なんだもの。
気に病むとか、そういうしみったれた行動はできなさそうだ。
村長さんにとって誤算だったのは、その善意がわたしには痛恨の一撃だってことか。……滅茶苦茶効いた。こっちが悪いのに、泣きたくなった。
「……だ、大丈夫」
「ほ、本当に大丈夫なんですか? なんだか、顔が青くなってますけど」
「い、いや、ほんとに大丈夫だから」
そして、気がつくと、無意識に頭を下げていた。
……うわぁ、気分がものすごい鬱だ。
さっきより、死にたくなってきた。
……あぁ、このまま話を終わらせたい。食事を、再開させたい。
だけど、あのさっきすれ違った男の話をしないと。
本当に申し訳なくなってきたから、今回だけは本気でやる。
今すぐ本気を出す。
「……だから、大丈夫だから、話を聞かせて頂戴」
「話、ですか?」
「あのさっきあんたと言い争っていた、男の話。名前、何て言うの?」
そう訊くと、蓮子はさっと表情が変わった。
しかし、それは嫌悪や怒りとかではなく、ばつの悪そうな顔だ。
「……名前は、信太郎と言います。私とは、同年代です」
「……信太郎、ねぇ」
こりゃまた、蓮子が置かれている状況からすると、随分と皮肉に満ちた名前だ。
肝心の蓮子が、それに気づいていないんだけどね。
……はぁ、と蓮子には気づかれぬように、わたしは小さく溜め息を吐いて、そして訊いた。
「あんたは、その信太郎って奴と結婚するつもりは無いの?」
五。
蓮子は、固まった。かっちーんと固まってしまった。
予想だにしていなかった問いなのだろう。完全に、かちっこちだ。かちこみ山である。
かちこみ山って、かちこみ山を知らない人からすると、山にかちこみにでも行くのかって、そんなこと思っちゃうよね。え、思わない?
……あっ、そう。
まぁ、その議論は置いといて、蓮子は未だにかっちこちに固まっていた。
まぁ、それも当然。
だって……こんなの、礼に扮しすぎる。
部外者がして良い質問じゃない。
正直、今すぐ家を放り出されても仕方がないと納得できるくらいだ。ここで怒るでもなく、固まったのが、いみじくも蓮子の善性を表している。
怒られなかったのは、奇跡。
しかし、それが一番楽なんだから、面倒くさくても、失礼でも、訊くしかない。
「……あ、あの、それは絶対に答えなければいけませんか?」
硬直から解放された蓮子は、そう訊いてくる。
まぁ、当たり前だ。
むしろ、どうして申し訳無さそうなのか、それを問い詰めたい。
その底の抜けた善人のような態度に、わたしはちょっとだけ苛立ちそうになる。
……怒りなさいよ。
しかし、その気持ちは今は必要無い。
だから、無理やりにでも飲み込んで、わたしは言った。
「絶対では、無いけど。だけど、答えて欲しい。」
矛盾するような言い方になってしまったけど、そう答えるしか無かった。
この行動を、正当化する方法をわたしは知っている。
何の隙も無い理論を展開することだって、できる。
美麗辞句の限りに装飾することも、できなくもない。
だけど、この女にはそれができなかった。
したいとも、思わなかった。
これが、人徳というやつなのかもしれない。
男共がこの女に熱を上げたのも、頷ける話である。
この女を見事捕まえた四郎って男は、きっと日の本一の幸せ者だろう。
そう思って、わたしは言葉にはせず、蓮子の目をじっと見た。
視線に想いを乗せて、と少しばかり詩人のように。
けど、この想いは決して飾り付けるつもりはない。
――やがて、ゆっくりと、桜色の唇が花開いた。
「……信太郎君には、申し訳無く思っています。あの人が、どれだけわたしに想いを送ろうと、きっと私は死ぬまでその想いを受け取ることはしないでしょう」
「それは、己の男に操を立てたから?」
「……あぁ、それもあるかもしれません。わたしが誰かとくっ付いちゃったら――あの人、嬉しそうに悲しむんですから」
心底嬉しそうに、蓮子はそう語った。
わたしには、それが惚気のように感じた。
いつまでも訊いていたくなるような、そんな惚気話のように。
「だけど、そうですね。……それは、ただの言い訳にしかなりませんね。わたしのこれは――そんな美しいものじゃありませんから」
しかし、蓮子はその言をばっさりと切った。
ただの言い訳だと、否定した。
私の願望は、美しいものじゃない、醜いものだと。
……そう、なのだろうか?
そんなものには、とても見えないけれど。
「あなたは、ここに来るまでの道中、湖を見ませんでしたか?」
「見た」
「綺麗でしょう?」
「うん。……とても、綺麗だった」
蓮子の自慢するような言葉を、わたしは噛み締めるように肯定した。
……あれは、本当に、綺麗な湖だった。
あの湖を見てから、この村に住む人が羨ましくて仕方が無かったくらいだ。
「あの湖はね、夜はもっと美しくなるんです。特に、雲一つの無い満月の晩はね、二つの月が空に浮かんで……とっても、綺麗で……」
懐かしむように、蓮子は瞳を閉じる。
うっとりとした声の響きは、その光景を思い返していたから、発したのかもしれない。
……あぁ、それはとっても美しいだろう。
二つの月が浮かぶ空、美しい湖、その傍で佇むあんたの姿は……目に浮かぶよう。
だって、あの湖には、あんたの黒髪はきっと映えるから。
「……あの人と、四郎さんと、一つの約束をしました」
閉じた瞳は、ゆっくりと開かれた。
「次の満月の夜、二人で一緒に湖を見に行こうと。二人だけの、秘密だよ、と指切りの約束を交わしました」
暖かくも優しい声には、狂おしいまでの強い意思が窺える。
「――馬鹿みたいな話ですけど、もしも信太郎君に寄り添ってしまえば、その約束が……その、永遠に訪れないように感じてしまって……」
こんな理由で信太郎君の想いを無下にしてしまって、本当に申し訳無いです――と、そう蓮子は心底申し訳無さそうに恐縮していた。
恐縮って――縮こまるって……もしかしてわたしに、怒られてしまうとでも考えていたりするの?
なら、逆だ、怒る訳が無い。
ていうか、わたしにそんな資格は無い。
……久しぶりに、綺麗なものを見た。
美しくないだって?
冗談じゃない。
誓いでも、約束でも、どちらでも良いの。
どちらであろうとも、一つのことを貫くというのは、とても美しく貴いものだとわたしは思うから。
……あぁ、ったく、わたしはそういうのに、本当に弱いんだ。涙を誘う話は、本当に苦手なんだ。
だからなのかは知らないけれど、わたしは、心底この女性を助けたいと思ってしまった。
信太郎と、蓮子がくっ付くのが、一番手っ取り早い解決方法の一つだったんだけど、それが理由なら仕方がない。
むしろ、こっちの方が、やる気が湧くというものだ。
あ、けれど、その前に。
「……その約束、叶えば良いね」
おためごかしでも、おべっかという訳でもない。
――心底、叶って欲しかったから。
素直にその想いをわたしは蓮子に伝えた。
すると、わたしの想いが伝わってくれたのか、蓮子はこの年齢からも、美しい容姿からも、到底考えられないような子供みたいな笑顔で、笑って返事をしてくれた。
「――はい」