金稼ぎの為に巫女を偽ってから、ずっとお腹が痛いです…… 作:天瑠香
九。
……ん?
何だか変なのに割り込まれた気がしたけど、どうやらそれはわたしの気のせいだったらしい。
さて、気合いを入れなおそう。
この度、歩き巫女たるわたしは、忸怩たる思いで蓮子の命を救うこと、妖怪を退治すること、幽霊の未練を叶えることに決めた。
「……はっ、はっ、はっ……!」
現在わたしは、四郎って言う冴えない亡霊を湖に置いてって、蓮子の家屋に向かって走っている。
いや、過去形で表現するなら、蓮子と四郎の家だ。
一人で使うには広いけれど、二人で使ったらぴったりな家。
そこに、わたしは向かって走っていた。
歩いても構わなかった。
だけど、それでも走っているのは、予感がしたから。
予感は、とても小さかった。
本当に、ちょこっと、ちょっとだけ、何か不都合なことが起こってしまうような、そんな感覚。
その予感は、蓮子の家に近づけば近づくほどに、増していった。
蓮子の家に辿り着いたわたしは、その勢いのまま戸を蹴破った。
これには、流石に蓮子も怒るかもしれない。
だけど、怒ってくれるなら、それはそれで構わなかった。その方が、何千倍も、万倍も良かった。
しかし……
「……遅かった……!」
家の中には、蓮子どころか誰もいなかった。
二個の布団があるのみだった。
しかし、その空間には四郎からも感じられた、気持ち悪い妖気がこびり付いている。
わたしの居ないうちに、妖怪が蓮子を攫いに来たんだ。
……わたしが、間違っていた。どんなことがあろうとも、蓮子の傍から離れるべきじゃなかった。
ずっと傍にいるべきだった。
……これは、わたしの責任だ。
「はい、反省終わり!」
よし、取りあえず、反省した。
え、本当に反省してるのかって?
うん、蓮子が消えたのは、確かにわたしの責任だ。
だから、わたしが取り返す。
湖で、四郎が待っているから――絶対に、約束を守らせる、
でないと、今度は四郎がずっと待ち続ける、なんてことになりかねないから。
ぐちぐち後悔する暇は無い。
なら、行動に起こそう。
そして、わたしは家屋から夜の闇に――出ることはなく、家の中を漁った。
その姿は、まるで浅ましい物取りのようであった――ってうっさいわ!
* * *
家の中を漁った理由は、蓮子に連なる物を探す為。
……べ、別にこの隙に、良いものを物色しようかなとか、そんなつもりは毛頭無い。……うん、ちょっとしか思ってない。……ほんとだよ?
わたしはただ、蓮子に繋がる物が欲しいだけ。
本当に、何でも良い。例えば、蓮子が日々良く使っている物や、愛用している物。
一番適切なのは、蓮子の一部分、いつの間にか抜けていた蓮子の髪とかが一番都合が良い。
わたしはそれを探す為に、わざわざ犬のように這いつくばって家の中を漁っているのだ。
這いつくばって床下を探す時は、中々に屈辱的ではあったけど、緊急事態だから仕方がない。
誰も見てないから問題は無いと、一人無理やり納得する。もしも誰かに見られでもしたら、蓮子をほっぽって首を吊ってたな。
とは言え、その甲斐があった。
わたしは、ようやく一本の黒い髪の毛を、見つけることができた。
この長さ、この艶やかさ、この美しさ――間違いなく蓮子の黒髪だ。
……うぇ、自分で言っといてなんだけど……ものすごい気持ち悪い。
と、とにかく、わたしは蓮子と繋がる物を手に入れた。
あとは、呪いをするだけ。
これより取り行うのは、善なる呪術の一種。
人を傷つけず、 人を助ける一つの呪い。
「…………」
唇を開いた。
言葉は、重要だ、とても重要だ。
言の葉には、いつだって力が宿る。人の想いが宿る。いつだって、誰にだって、言葉にしなきゃ伝わらないものはあるのだから。
だから、言葉にする。想いを告げる。世界に伝える。
そして、それが――わたしの呪術となる。
「《美しく艶やかに女を飾り付けるのは、おまえという一筋の黒の色。おまえがいるからこそ、女は美しく輝かしい。おまえを理由に、女は男を魅力する》」
歌うように、紡ぐように、わたしの言葉は世界へと綴られる。
「《しかし、おまえは女から離れ落ちた。理由は如何でも良い。離れ落ち、絆は消え失せようとも、おまえと女の共に有った過去は決して消えはしないのだから》」
かつて一つであったものは、たとえ別かたれたとしても、そこには決して消えない結び付きが存在する。
ならば、その繋がりはたとえ目に見えなくても、有ると分かっているのなら、呪術で干渉することができる。
見えるようにすることができる。
「《然らば、おまえはわたしの声に耳を傾け、その縁をわたしに見せつけよ》」
やがて、一本の黒髪はぼんやりと蒼く光り、そして、すぅと少しずつその黒髪に繋がっている線が可視化する。蒼い糸が、見えるようになる。
これが、縁。
これを辿れば、わたしは女に――蓮子に辿り着くことができる。
呪いが成功したのを見届けて、わたしは息を吐き、緊張を緩めた。
……疲っかれたぁ……
いや、本当に疲れた。精神力がごりごりと削られた。
どうもわたしは、この呪いは苦手だ。
適正が無い訳じゃない。むしろ、有り余るまである。とんでもなく過剰だ。あまりに適正が有りすぎて、制御にとても気を遣わなくてはならないほどに。
例えるなら、それは大海をひっくり返して、小さな桶に適正の量を注ぎ込むのと、同等の技術。
現実味が無いとしか思えないだろうけれど、それだけわたしは現実味が無いことをやっているのだ。
……まったく、誉めて欲しいものである。
しかし、今はそれに愚痴を言っている場合じゃない。
感傷に浸っている場合でもない。
この呪いにはれっきとした時間制限が存在するし、それにいつまでも蓮子が無事でいるとは限らない。わたしの予想では、命に別状は無いと思う。
だけど絶対じゃない。できるだけ、急ぐべきだ。
わたしは梓弓を手に取った。
家屋を出て、呪いで可視化した糸が示す先を、わたしは辿る。
深夜の闇へと出で立ち、全力で疾走する。
村を出て、鬱蒼と茂る木々の森を、ようやく雲から少しだけ顔を出した満月の、頼りない月光を頼りに、駆ける、駆ける、駆ける。
月の光と、縁の光が、わたしに行くべき道を教えてくれるから。
そうして、しばらく走った先の末に、わたしは、木々が一本も生えていないまるで天然の広場のような空間と、そこに立つ二人の存在を目にした。
やはり、その二人は蓮子と信太郎である。
その空間の広さは、中々のもの。もし大の大人が二十人くらい三角座りで座ったとしても、まだ余裕がありそうである。蓮子と信太郎の二人くらいじゃ、むしろ寂しそうなくらいだ。
とは言え、その二人以外には、我こそが妖怪だ! というような容姿をした醜い化物はこの場にはいない。
さらに幸い、二人ともわたしには気づいていないみたい。
わたしは自身の幸運に感謝しながら、近くにある樹木に身を潜めて、狩人みたく気配を潜めた。
そして、気づかれぬように二人の様子を観察する。
蓮子と信太郎は、激しく言い争っていた。
まだ始まって、そう時間も経っていないようだ。
「……どうしてだ! どうしてそこまでお前は頑なに俺を拒絶するんだ⁉️ そんなにお前は四郎に義理立てしたいのか⁉️ そんなに過去の方が大切なのか⁉️」
そうやって、信太郎は声を張り上げる。
蓮子を糾弾する。
だけど、その糾弾は、どうしようもなく的外れだ。
彼女は四郎に義理立てしている訳でも、過去に固執している訳でも無い。何時だって蓮子は、自身の幸せの為に生きている。
そんなこと、今日初めて会ったわたしでさえ分かるというのに……
「俺じゃ駄目なのか⁉️ こんなにも俺は、お前を愛しているのに……!」
結局は認められないのだろう。
ただ、過去に縋っているだけなら良い。ただ、過去の亡霊を忘れられないだけなら、話は簡単だ。
亡霊は、所詮は亡霊。触れることはできない。
けれど、蓮子がその身の内に飼っているのは、四郎の亡霊なんかじゃない。
それが何なのか、今日知り合ったわたしには想像することしかできないけれど、けれど――亡霊なんかよりずっと尊いものの筈だ。
「あなたの想いを、私はとても嬉しく思っています」
蓮子は、そう、本当に嬉しいと、心底幸せだと言うように、上擦った声音で言った。しかし、すぐにとても悲しそうな表情になり、告げた。
「……だけど、ごめんなさい」
そう言って、頭を下げた。
別に、自分が悪い訳でも無いのに、蓮子は心の底から申し訳無さそうに、四郎に向かって謝罪した。
「何度も言いましたが、私は約束を守りたいのです。いつ訪れるかは分からないけれど、必ず訪れるその時間を、私は純粋な心で待ち続けたいのです」
「……ッ。……だけど、そんなの無理だ! 四郎は約束を守らない! あいつは死んだんだから! そんな奴が、どうやって約束を守れる?」
信太郎は、どこか恐怖感の混じった声音で、蓮子の言う約束の最大の矛盾を突きつける。
しかし、蓮子は何も揺らぐことはなく。
「そう、でしょうか? あの人のことだから、たとえ死んでも約束を守ろうとするように、私は思えます」
「……ッ!」
まさに、取り付く島が無い。
信太郎はまるで唇を噛むかのように、黙りこくった。
それは、本来であれば、ただ反論ができずに、口を閉じたようにしか思えなかったけど、しかしわたしの勘は、その沈黙の時間が、何か恐ろしいものの為の前準備にしか感じられなかった。
そして、信太郎は、口を開く。
「……っち、やはり駄目だったか。まぁ、分かりきっていたことだがな。そこの女は、決して信太郎という男には靡かない。お前は、四郎に蓮子を掻っ攫われたその瞬間から、既に負けていたんだから」
……いや、信太郎じゃない。
雰囲気が変質した。容姿は一切変わらないのに、何処にでもいるような村の青年から、禍々しい妖気を醸し出す妖怪の姿へと、変貌してしまう。
「お前は負けたが、対価は頂く――「がァッ! ヤ、辞めろ……!」
信太郎の姿をした妖怪はそう一言呟いて、次に苦痛の叫び声を上げた。
まるで、多重人格のようなその有り様は、互いに体の支配権を取り合っているからなんだろう。
しかし、人間と妖怪。
普通に争って、軍配が上がるのは決して人間では無い。やがて、信太郎の声は一切上がらなくなった。
「……あ、あなたは……何?」
恐れるような響きで、蓮子は妖怪に何者なのか問い質すと、 その妖怪は、傲岸不遜に絶望の名を宣言した。
「俺か? 俺は鬼だ!」
「ひっ……!」
初めて、初めて今夜、蓮子は悲鳴を上げた。
突然、深夜に信太郎に攫われても、そして大の男に声を荒らげながら迫られても、悲鳴どころか眉一つ動かさなかった蓮子が、悲鳴を上げて、さらには腰を抜かしたかのように、地面にへたり込み、身動ぎ一つせずにかたかたと恐怖に震えていた。
無理もない。
鬼とは、それだけ人間にとって恐怖の代名詞だから。
――鬼に遭えば、生きることを諦め、死こそ救いと求めよ。
何処ぞのお偉い退治屋が言った、有名な格言である。
人の姿を取った、自然災害。それこそが、鬼。
真実なのか、嘘なのか、それはどうでも良い。ただ、この妖怪は自身を鬼と言い放った。
それだけで、腰が抜けるほどに……怖い、筈なのに。
「……し、信太郎君は、ど、何処にやったのですか……!」
恐怖に身を震わせながらも、毅然と蓮子は叫んだ。
……わたしは何というか、どうしようもないほどの驚愕にこの身を震わされた。
怖くない訳がない。真偽のほどは知らないけれど、少なくともこの妖怪が全身から撒き散らす妖気は、鬼と呼ばれても何ら見劣りはしない。
そんな妖怪を目の前にして、失神しないだけ奇跡とも呼ぶべき偉業で、わたしだって相手にしたくないのに……人はそれを、無鉄砲と言うかもしれないけれど、わたしには、その勇気が好ましかった。
「くかっ!」
妖怪は、笑った。
人間の顔で、良くぞこれほどまでに醜く笑うことができるのかと驚愕するほどに、醜悪で極悪な笑みを浮かべて、嘲笑うように嗤った。
「面白い、面白い。うむ、貴様のその勇気に免じて、信太郎の行方について教えてやろう」
「ほ、本当ですか⁉️」
「あぁ、鬼は嘘を吐かないものだからな」
妖怪はそんな疑わしげな言葉を嘯くと、もう一度くかっと特徴的な笑みで醜悪に嗤った。
そしてわたしは、矢を放った。
「ぶぼっ!」
蒼光を纏った矢は顔面に直撃し、矢とは本来突き刺す物であるべきなのに、その矢に直撃した瞬間、顔を起点に妖怪は広場の端までごろごろと吹っ飛んでいき、樹木にぶつかってようやくその勢いを停止させた。
特殊な霊力運用によって、矢と標的との衝撃を何十倍にも高めることができる、わたしの百八ある技の一つである。
嘘、見栄張った。実は技の数は百八個も無い。
「……はい?」
と蓮子は疑問そうな表情で、吹っ飛んでいった妖怪を眺めている。
自分で言うのもなんだけど、こんなに空気が弛緩してしまったのは、決してわたしの責任ではない!
飛んでいった矢が、悪いのである!
まぁ、それは後々に沢山の議論すれば良い。
取りあえず、樹木からわたしは体を晒し、蓮子に向かって格好良い名言を贈る。
「待たせたわね!」
「……え、あ、神楽、さま?」
何でここに、とでも言いたげな困惑しきった表情で、蓮子は呟いた。
しかし、わたしにそれを気にする余裕は無い。
「誰だお前は!」
立ち上がった妖怪はこれと言った怪我もせず、土埃にはまみれたが五体無事といった様子で、敵意ありきに叫んだ。
かんっぺきな不意打ちだったのに、かすり傷一つすら負わないもんだから、やっぱり戦いたくないなぁって衝動がわたしの中で湧き上がった。
しかし、そんな訳にもいかず、わたしは心ではおいおい泣きながらも、現実では毅然に二本足で立って、そして言った。
「あら、言わなくても分かると思ったんだけど、まっ、知らないなら教えてあげる、わたしは妖怪の敵で――ただの巫女よ」
良し、決め台詞っぽいのが言えた!
「……巫女、だと。あぁ、信太郎が恐れた奴とは、お前のことか。しかし、そんなに恐れる必要があるのか?
俺の体は、お前では傷一つ付けられやしなかったぞ」
「うっさいわね! 手加減しただけよ!」
嘘。割りと、全力だった。
妖怪もそれが分かっているのか、さっきの矢で大分離れた距離を、無造作に詰めるように歩いていくる。
わたしは、それを止める為に蓮子の前に立ち、しゅっ! と梓弓ではなく、手首の返しを効率的に使って、勢い良く退魔の針を投げた。
「止まりなさい!」
しかし、その針は妖怪の肌に当たって、簡単に弾き飛んでしまった。
「止まれと言われて止まる馬鹿がいるか、馬鹿」
むかっ!
滅茶苦茶むかついたけど、わたしはぐっと堪える。
ここで妖怪の怒りを買ってもしょうがないからだ。
だから、わたしはぐっと怒りを堪えて、妖怪に向かってある提案をする。
「ねぇ、ちょっとした遊びをしない?」
「遊び、だと?」
「そっ、遊び。だって、あんたが何を目的にしてるのかは知らないけど、このままじゃわたしも蓮子も殺されちゃうんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
妖怪は、わたしの言葉を肯定した。
妖怪に土を掛けたわたしは当然として、蓮子も殺す対象に入っているらしい。
「だからさ、さっきあんたが蓮子に言おうとした内容を一寸狂わずに話せたら、わたし達を見逃してよ」
「駄目だ。俺に屈辱を味会わせたお前を生きては返すつもりは無いし、この女だって俺が殺す」
「……うへぇ、なら、数十秒逃げる時間をちょうだい。ね、それなら良いでしょ? あんただって一人では何にもできない子供じゃあるまいし、まさか、これだけ譲渡して断るなんてことは……?」
わたしの言い分を聞いて、妖怪は腕を組んで考え出した。その様子は、端から見れば人間にしか見えない。
これほど人間に似通った容姿なのも珍しいけれど、しかし別に妖怪が人間に乗り移ったという、ただ、それだけのことなんだから、そんなに気にするほど珍しくも無いのかもしれない。
「……分かった。お前の言葉を認めよう」
「やった! ね、蓮子もそれで良いでしょ?」
わたしはぴょんぴょん跳ねて喜びながら、蓮子にもそれで構わないか訊くと、蓮子は何が起こっているのか分からないと言うような呆けた表情で、それでも「は、はい」と頷いてくれた。
「だが、たとえ一寸でも狂いが見えたのなら……」
「分かってるわよ。その時は、潔くあんたの腹に収まることにする」
よし、じゃあ話しますか。
この一連の騒動は、村のいぶし銀な男の語り、信太郎の不穏な気配、亡霊の四郎、そしてこの妖怪が、全て分かりやすく繋がっている。
推理なんて、そう格好付けたもんじゃない。
わたしでなくとも、気づける奴は簡単に気づける筈だ。たとえ、わたしよりも材料が少なくても、ね。
「蓮子、あんたにも繋がってるんだから、耳糞かっぽじって良く聞きなさい。――どうして四郎は殺されたのか」