「よーし、ラプトールたちはだいたい追い払ったぞ!」
クワーガに乗っていたベーコンは、迷路状になった遺跡を上空から視認して、地上のミミガーへと伝えた。
「ちっ、張り合いのねえ。もうちょっとタフな相手はいねえのか。せめてギルラプターくらいはよ」
修行を初めてすぐに捕まえ、それ以来騎乗し続けているグリーンのラプトールの背中で、ミミガーはふんぞり返って不満をもらす。
「余計なこと言うな。本当に出てきたらどうするつもりだ。ラプトールやクワーガじゃ太刀打ちできねえぞ」
「ケッ。数だけはいるんだから適当にけしかけて、隙を見て捕まえてやればいいのさ。こいつよりはよっぽど乗り甲斐のあるゾイドだ」
ミミガーがいつものように騎乗ゾイドに舌打ちするのを聞き流しながら、ベーコンは漠然と遺跡全体に目を向けた。
「ゾイド仙人は……まだ遺跡の中か? しょっちゅうこもって何かを探してるふうだが……こんなところに何があるんだろうな?」
「ほっとけ。どうせ自分で隠したエロ本の場所を忘れて探してるだけだろ」
それが冗談に聞こえないから本当に困った師匠ではある。
「まあ、あいつが出てこないのは好都合でもあるな。おいベーコン、ちょっと広場に行って勝負しようぜ」
「お? いいぜ、受けて立ってやるよ」
ゾイドの勝手な使用――さらに私闘となればゾイド仙人から大目玉を食らいかねないが、見つからなければ問題はない。ベーコンとミミガーはこうしてしょっちゅう腕を競い合っていた。
※
跳躍からのラプトールの牙を素早くかわしたクワーガは、羽を激しく運動させて地面すれすれの低空から側面に回り込むと、装甲に覆われていない機構部分を狙ってデュアルシザースの刺突を叩き込む――フリをして、その上を通り過ぎた。
「よーし。今のはストライクだな」
空中を旋回しながら宣言すると、ラプトールの上にいるミミガーが顔をしかめてもんくを言ってきた。
「いや、今のはかわせた! 続行だ、降りてこいベーコン!」
「ウソつけ。ラプトールは足がすくんでたぜ。今回は俺の勝ちだよ」
ゾイドでの立ち回りの練習はしても、実際にフルコンタクトの攻撃まではしない。
ゾイドの攻撃力は高い。相手を再起不能にしてしまわないよう、攻撃のタイミングを掴んだ方の勝ちだ。だからこういう負け惜しみは、どちらが言い出すにしても珍しくはなかった。
ミミガーは激しく舌打ちしながら、ラプトールをにらみつけた。
「このグズが。そもそもさっきの攻撃をクワーガごときによけられるのがおかしいんだ。もっと真面目にやれ!」
「ゾイドにあたるなよ。またいつもの悪い癖が出てたぞ」
「うるせえな!」
語気は荒いが、それは生まれと育ちの問題で、今日だけ特別に激昂しているというわけではない。ベーコンもこれくらいで怯んだりはしない。
ただ、ミミガーの癖については前々から気になっていた。
ベーコン個人としてはこの模擬戦、おおよそ四対六という勝ち星は納得のいかない部分が多い。
ミミガーの力量からすれば、もっと離されていても不思議はなかった。しかし、あの性格上手加減などするはずもなく、原因はラプトールが彼の要求についていけていないことが大きかった。
集団戦を得意とするラプトールの機動力と、その機動と攻撃を一体化させた連続性のある特徴をまったく無視した身勝手な操縦。そのせいで、乗り手とゾイドの連携がうまくいっていない。
入門当時はさほどでもなかったはずなのに、ゾイドに乗れば乗るほど、その横暴な傾向が強くなっている気がする。
これは気のせいだろうが――ミミガーはラプトールではなく、もっと巨大強力で、なおかつ凶悪なゾイドを操っているかのように思えてくることさえあった。
本人にもそれとなく伝えてはみたが、毎度「うるせえな」で一蹴されている。ミミガー自身も何か違和感はあるようだが、どこで染みついた癖なのか、なかなか落とせないでいるらしい。
(一体何のゾイドに乗ってるつもりなんだ)
ベーコンにはそれが謎だった。
ギルラプターあたりだろうか。確かに、そのあたりの俊敏性と攻撃力なら、さっきストライクを食らっていたのはこちらだったかもしれないが。
あるいはもっと俊敏で凶暴な――タイガー種か。
タイガー種。
ベーコン自身、気になっているゾイドだ。屈強な四肢と、強靭な顎。どんな悪路でも走破できる力強さには、求める自由のすべてが詰まっているようにすら思える。
しかし、まだだ。
彼と出会うには、こちらの腕が足りない。強力なゾイドほど我が強く、乗り手を選ぶ。こちらも相応しい力を持っていなければいけない。
「まあ、まだしばらくは付き合ってくれよな」
ベーコンは乗ったクワーガの背中をぽんと叩いた。
「クソッ、どうにかゾイドを強くする方法はねえのか」
地上ではまだミミガーが荒れていた。
ベーコンはクワーガを地上に降ろし、彼に呼びかける。
「俺たちにどうにかできることがあるとすれば、腕を磨くか、ワイルドブラストしかないだろうな」
「ワイルドブラスト……」
復唱するミミガーに、こうも付け加える。
「ただ、俺たちじゃこいつらと絆を結ぶのは難しいだろうな。出会って間もないし、残念だが一時的に力を借りてる気しかしねえ。相棒探しはまだ先ってことだろうぜ」
「フン、相棒だと? くだらねえなベーコン。要はよ……こいつらをその気にさせればいいってことだろうが……」
冷たく笑ったミミガーにいつもと違うものを感じ取り、ベーコンは何に対してか自分でもわからない制止の声をかけようとした。
しかし、それは後から考えれば、間違いなく遅かった。
ラプトールから奇妙な靄が立ち上り始めた。
ミミガー自身の右目からも、かすれた炎のような奇妙な揺らめきが滲み出てきている。
「ミミガー? おい、何をしてるんだ!?」
「黙って見てろ! 俺がこいつの……本性を引き出してやろうって言ってるんだ」
どこか苦しげなミミガーが、こめかみに汗を一筋伝わせながら言った直後だった。
ラプトールが金属の軋みともつかない異様な悲鳴を上げた。
「うおおおおお!?」
ミミガーの右目から、黒い靄のようなものが噴き出した。
同時に、ラプトールの関節部からも同様の闇が吐き出される。
「ミミガー!」
ベーコンが叫んだ時にはもう、靄ははっきりとした形を取っていた。
炎。それも、赤みがかった黒い炎だ。
それによく似た現象をベーコンは見たことがあった。
グソックに乗ったゾイド仙人が入門初日に一度だけ見せた――
「まさかワイルドブラストか!?」
しかし、ゾイド仙人のそれとはあまりにも異なっていた。
彼のワイルドブラストの炎は澄んだブルーだった。しかし目の前の炎は黒に限りなく近い赤。それに、ワイルドブラストには、ゾイドが心を許した証であるゾイドキーが必要なのではないのか。ミミガーがそれを使った形跡はない。
だったら、これは一体何だ!?
「ぐおおおおっ!」
ミミガーの苦しげな叫び声でベーコンは我に返った。
ラプトールは狂乱状態だった。無節操に飛び跳ね、爪を振り回し、まるで見えない何者かと戦っているようだった。
その激しい動きの中、ミミガーはかろうじて機体にしがみついている。
もし振り落とされればそれだけでケガはまぬがれないだろうし、最悪、我を失っているラプトールに踏み潰されかねない。
「ミミガー、手を離すなよ! 今助けてやる!」
ベーコンはクワーガを近づかせようとした。だが、クワーガ自身があのラプトールに脅威を感じているのか、うまくいかない。
こちらの意図に気づいたミミガーが叫んできた。
「近づくんじゃねえよベーコン! 死にてえのか!?」
「死にかけてんのはおまえだろうが! いいからしがみついてろ!」
しかし、ラプトールはクワーガを一切近寄らせなかった。暴れていることはもとより、その動きはさっきの模擬戦より数段鋭く、激しい。ワイルドブラストで力の上限を跳ね上げた時とまるきり同じだった。
「クソッ! どうなってんだこれは!?」
近づきあぐねたベーコンが、天を呪うように怒鳴った時だった。
「何の騒ぎじゃ!」
「ゾイド仙人!」
この場では神より頼りになる人物が現れた。
遺跡での探し物を終えたらしい、彼らの師匠だ。
しかし、彼をしても目の前の現象には驚きを隠せないようだった。
「何じゃこれは……」
「多分、ワイルドブラストだ! 違うのか?」
ベーコンが押しかぶせた言葉を、ゾイド仙人は首も振らず、サングラスに赤黒い炎を照り映しながら否定した。
「これはワイルドブラストではない。あんな色の炎は見たことがない。一体あやつは何をしたのじゃ?」
「わ、わからねえ。ただ本性を引き出すとか言って……。とにかく、あいつを助けてくれ。頼む!」
ベーコンが言うや否や、ゾイド仙人は地を蹴った。
老人とは――いや人間とさえ思えない俊敏な動きで狂乱するラプトールに肉薄すると、爪の大振りの下を低く掻い潜って大きな脚に取りつく。
そこから風のようにラプトールの体を蹴り上がり、首の後ろにしがみつくミミガーの襟首を引っ掴んだ。
糸が切れたようにラプトールが倒れたのは、ゾイド仙人がミミガーと一緒に地面に飛び降りて数秒が経過してからだった。
「ミミガー、大丈夫か!?」
ベーコンが駆け寄ると、ミミガーは外傷こそないものの、目を見開き、茫然自失の状態だった。
ゾイド仙人が背中を思い切りひっぱたき、それでようやく我に返る。
ぎょっとして振り向いた彼に、ゾイド仙人は聞いたことのない低い声で、厳命するように言った。
「今のは、二度とやるな」
※
その日の夜、ベーコンはゾイド仙人の部屋に呼び出された。
ベーコンたちの寝室と同じく遺跡の内部に勝手に作られた彼の部屋は、様々な書物と紙束に溢れ、数本のろうそくの火が、頼りなくそれらを暗闇からすくい上げていた。
「ミミガーのヤツはどうしておる?」
「特にケガはなかった。疲れたっつって、すぐに寝たよ。今日のことはありがとうな。ゾイド仙人」
ベーコンは素直に頭を下げた。スラム育ちで礼儀も礼節も教わったことはないが、助けてくれたことに深く感謝することくらいは知っていた。ゾイド仙人は少し笑うと、
「まあ、弟子の不始末じゃ。それはいい」
そう言って、床に座るよう杖で示した。
ベーコンがあぐらをかくと、ゾイド仙人は少し考え込んでから、話し始めた。
「あの時も言ったが、ミミガーのあれはワイルドブラストではない」
「じゃあ、何なんだ?」
その話題だろうと踏んでいたベーコンはすぐに聞き返した。
「わからん。わしも見たことはなかった。じゃが、ここでは仮に“モータルブラスト”と呼んでおこう」
「
「うむ。あのラプトール、早めにミミガーと切り離せたからよかったが、あと少し遅かったら負荷に耐えられずに死んでおったろう」
「マジかよ……」
確かに、あの暴れ方は尋常ではなかった。毒でも飲まされたようだった。
「ミミガーはゾイドキーも使ってないんだ。ありゃあ一体……?」
「ゾイドキーもなしか。ますます謎めいておるな。最近、ミミガーに何か変わったことはなかったか?」
「いつも通りだったはずだ……いや、待てよ」
ベーコンはこの前の、ゾイドと人間が不可分だという話を思い出し、聞かせた。
「ほう……ゾイドと人間が、大きな1か……」
ゾイド仙人は興味深そうにヒゲを撫でた。
「奇妙な思想じゃな。ベーコン、それを聞いておまえはどう思った?」
「ありえねえって思ったよ。ゾイドも人間も、独立した一個の存在だ」
「なるほど。おまえたちの共通認識というわけでもないのか」
ベーコンは首肯した。
「わしもそのような思想は聞いたことがない。あやつの故郷の風習というわけでもなかろう。自力で育てたものか、自然と身についたか……」
「あいつには変わったところがあるからな」
濁らないコップの中の水。限りなく澄んでいるが、こちらとは別物の中身。それを毛嫌いすることはないにしても、奇妙は奇妙だ。
「確かに、あやつには独特の部分がある。操縦技術にも一癖あるしのう。ゾイドの、生まれつきの、鞍か……ふむ」
ゾイド仙人は、ベーコンの背後にある暗闇にサングラスの奥の視線を投げかけるようにして言った。
「実はな、その鞍とやらがないゾイドもいるのじゃ」
「え?」
「ゾイドの化石の中でもいっとう古いものじゃ。ごくわずかしか見つからず、復元できた例もないほど貴重なものじゃが、彼らには人間のスペースなど存在しない。見た目が顕著なガノンタスの甲羅もぴったり閉じておる」
「どういうことだ?」
ベーコンは自分の膝を掴んで、ぐっと身を乗り出していた。
「その時期のゾイドは、人間とは共存していなかったということじゃろうな。あるいはまだ人間という種族が生まれていなかったか」
「ならやっぱり、ゾイドは人間のために鞍を造ったのか」
ゾイド仙人はうなずいた。
「それも一つの見方じゃろうな。ゾイドからの人間への歩み寄り。それは否定しがたい歴史的事実じゃろう。ワイルドブラストも、その過程の一つじゃったのかもしれん」
「だからって、人間もゾイドが一つになるって話は飛躍しすぎだろ……」
髪に手を突っ込みながらベーコンが暗い天井を見上げると、視界外に追いやったゾイド仙人が難しい唸り声を上げた。慌てて視線を戻す。
「それじゃがな……二つの生き物が、一つになったという例は、ないではないのじゃ」
「え……あるのかよ!?」
思わず身じろぎしたベーコンに、ゾイド仙人は重々しくうなずいた。
「おまえには理解しにくい話じゃろうが……細胞の内部にミトコンドリアというのがあってな。これは、呼吸をする現代の生き物すべてにあるものなのじゃが、元々は、我々とは別の生き物として別個に存在していた。まあ、生物が今の形になるずっと前のことじゃ。ミジンコよりもっと小さいぐらいのな」
「想像できねえ……」
ベーコンはうめいた。学校は存在すらしなかった。
「わしらの先祖の体内に入り込んだミトコンドリアは、以来ずっと、親から子へと、分裂するように受け継がれ、今に至っている。こいつらは酸素を受け取って、生物が食べたものをエネルギーに変えてくれる役目を果たしていてな、今の生き物たちにはなくてはならない機能を担っているというわけじゃ」
「ミミガーが言う、人間が頭でゾイドが手足ってのは、それに近いってことか」
「これだけ大きくなった体で、そういったことが現実的に可能かどうかはわからんがな」
ゾイド仙人はため息をついた。
「この遺跡には、数多くの歴史が刻まれておる。わしらがうかがい知ることのできぬ、古い時代の出来事もじゃ。そういうのに触れているとな、ふと思うのじゃよ。ゾイドから人間への歩み寄りは確かにあった。では、人間からは? とな……」
「人間から?」
はっとした顔でベーコンは聞いた。
人間がゾイドと関わるうち、彼らの修理技術を発達させていったというのはあるだろう。しかしこれは、それとは次元が異なっていた。
「ワイルドブラストは、一方から起こるのではない。人間とゾイド両方による、双方向の関係が不可欠じゃ。ゾイドキーはきっかけにすぎず、あれを差し込めば必ずワイルドブラストが発現するというわけでもない。真に必要なのは、目には見えない、ゾイドと人間の魂というものの共鳴じゃ」
「そいつは、何となくわかるぜ」
ゾイドには魂がある。断じて頭のない手足などではない。
ゾイド仙人も同じ意見だということが、ベーコンには嬉しかった。
しかし彼の声は険しさを増して続く。
「ただ、発動のタイミングは人間側に委ねられておる。ゾイドが勝手にワイルドブラストすることはない。強化されるのはゾイド側――つまり、ゾイドが体内に持っているシステムであるにもかかわらずじゃ」
「ゾイドが自分自身じゃワイルドブラストできねえ、中途半端なシステムってことか?」
「鋭いな」
ゾイド仙人はびっと指を向けて来た。
「しかし、なぜ人間にそんな力があるのか? 他の生物を強くする機能など、どんな生き物も持ってはいない。であるならば、これはゾイドと共存する中で、人間が彼らのシステムに呼応する形で後から獲得したものかもしれん」
「鞍と同じに?」
「うむ。それこそが人間からゾイドへの歩み寄りということになる」
この時、ベーコンの脳裏にあるものが閃いた。
「ちょっと待て。まさか、ミミガーがやったのって……?」
「そうじゃ。ゾイドキーなしでの本能解放。トリガーが人間側にあるとすれば、それは不可能ではない。問題なのは、ミミガーのそれが、ラプトールの意志とは無関係にそれを引き起こせるほど強力だということ。それと……」
ただならぬ仙人の気配に、ベーコンは息を呑んだ。
「あやつの真の能力はもっと先の、ゾイドとの合一という目的まで届いておるかもしれん、ということじゃ」
「……す、進んでるって何だよ?」
まるで何かに置き去りにされたような心持ちで聞き返す。
「あやつは、ゾイドと人間は不可分だと言ったのじゃな?」
「あ、ああ。そう言っていた」
「ならばミミガーは、感覚的に、すでにそうなることが必然だと受け止めておるのじゃろう」
「いや、でもよ……。一つになるったって、どこにどうくっつくってんだよ。今だってしがみつくので精一杯なんだぜ」
「ゾイドは人間のために体の一部に鞍を造った。ならば人間もゾイドのために、ワイルドブラスト以上の変異を、自身の体に施してもおかしくないのではないか?」
「え……?」
ベーコンは反論を見失った。
「よりゾイドと共存するのに適した形。そのための機能、器官……。それを持つ者を突然変異と呼ぶのか、新人類と呼ぶのかはわからん。しかしこれまでの人類にはない形であることに間違いはなかろう。ミミガーはそのうちの一人――あるいは最初の一人かも――ということは、考えられぬか?」
「あいつが? 人の新しい形?」
見知ったミミガーのひねくれた顔とその大袈裟な単語が結びつかなかった。いや、そもそも人間の新しい形などというものが理解できない。
「ミミガーは、ワイルドブラストとはまったく違う形でゾイドと繋がろうとしている。あのモータルブラストが完成形ではないじゃろう。あれではゾイドが死んでしまう。いずれはより制御された、人為的な、何らかの方法を見つけ出すのかもしれん。しかし、もしこの考えが真実なら、ミミガーがきちんと乗れるゾイドというのは、世界に一体しかおらんかもしれんな。あやつはすでに、その一体のための“形”をしているわけじゃからな……」
ミミガーのための、一体。
その言葉はベーコンに強烈なリアリティと共に叩き込まれた。
確かに、ミミガーは、ラプトールに乗っている時も、別のゾイドを操っているようだった。より強大で、凶暴な。
それが、ミミガーが正しく乗れるゾイド。
ミミガーと大きな1になるためのゾイド。
「そんな一体とあやつが巡り合えるかどうか。ともすると、ミミガーは一生孤独かもしれん。思想の違いではない。あやつの魂が、そのゾイド以外の何とも“合わない”形をしておるからじゃ」
「あいつは……孤独なんかじゃねえよ。俺たちがいる」
ベーコンは拳を握りしめ、反論をあぐらの上に落とした。
ゾイド仙人は薄く笑った。
「そう願おう。そして、あやつがその一体とも巡り会わずに済むことも。ミミガーは強さに固執する魂を持っておる。それは、あやつの性根がどうという以上に、求めるゾイドに呼応してのことじゃろう。釣り合うゾイドがどれほどのものか……考えただけでも空恐ろしい。じゃろう?」
「……だな……」
ベーコンはうなずいた。
ミミガーも、あのクソッタレた環境からちゃんと生きたまま抜け出してきた同類だ。他人にはわからないようなところも、自分にはわかる。
この新人類とかいうのは難しすぎて理解できないが。それでも、ミミガーの話し相手くらいにはなってやれるつもりだった。
「だいたい、大きな1になってどうすんだよ」
ベーコンは自分の手のひらに拳を打ち込んでひとりごちる。
「ほう?」
「自分と違うヤツがいる。そこに驚かされたり、感心させられたり、そういうのがいいんじゃねえか。1たす1は2でいいんだよ。別々だから楽しいんだ」
「なるほど。ベーコン、おぬし、なかなか強いな」
ゾイド仙人は感じ入ったように言った。
「あ? いつもあんたにボコられてるだろうが」
「腕っぷしの話ではないわ。ハートの強さじゃよ。人は大抵自分と同じものを好み、異なるものを疎外する。しかし、おまえはそうではないらしい」
ベーコンは肩をすくめた。
「嫌いなら嫌いでいいだろうが。だが、一個になっちまったらよ、話もできねえだろ。一緒にバカやったり、はしゃいだり。俺は人ともゾイドとも、顔突き合わせて笑いてえんだよ。手足にするなんて、ゴメンだね」
「なるほど……」
ゾイド仙人はニンマリと笑った。
「おまえがそばにいるのなら、存外、ミミガーも孤独にはならずに済むかもしれんな」
微笑が風を生んだように、ろうそくの火がわずかに揺れ、室内の影を身じろぎさせた。
光が当たれば、どんな暗闇だって見えるようになる。
ベーコンは、ミミガーの暗闇を見抜いてやろうと思った。
あいつが新人類だろうと、わけのわからん何かだろうと、別にどうでもいい。
あいつはダチだ。
ダチとの縁は切れない。切りたくても、どこかで繋がり続けてしまうものだ。
ならとことん付き合ってやろうじゃねえか。
問題ない。お節介だとは、言われ慣れている。
ミミガーが彼の前から姿を消す、数か月前のことだった。
お読みいただきありがとうございました!