町の
切り立った
しかし、神の
町の中心部は今日も血と汗の臭いを
それでも聖なる
今日も今日とて、御使いは教会の
まるで、甘い香りを
そこへ、一羽の小さなカモメが
「おや、
「……」
「おやおや、どうやら悪い悪魔に口を
「どうだい?
温かい紅茶を差し出されてもカモメは
けれども御使いはカモメが頷いたことに満足し、笑みを浮かべながらカモメの頭を
「実を言うと、紅茶は私の
温かな声の
撫でる手は
「朝食は食べたかい?」
「……うん。」
「そうかい。
「…へえ。」
「もし、またここに来ることがあればその時はお腹を
「うん。」
御使いはまた笑い、膝の上の
「……神父様。」
ほんの少し表情の
もう、誰も信用できないような気持ちだったカモメでも
「神父様にお父さんはいますか?」
そんなバカバカしい問い掛けにも、御使いはカモメを笑わず
「…そうだね。私にも
「……もう、いないんですか?」
「…戦争でね。」
その顔に
「
御使いは笑いながら、痛みを
「あの人の誰かを護る背中は今でも私の目に焼き付いている。」
カモメはじっくりと彼の顔を
「
「どんな?」
「”私は知っている。その先に愛があるんだ。”」
御使いは
「…戦争のこと?」
「全てだよ。小さな
御使いは胸の前で小さく十字を切り、
「お嬢ちゃんには、誰か護りたい人はいないのかい?」
御使いは紅茶のおかわりと
「……私は、護られたことしかありません。」
カモメはゆっくりと首を振り、
御使いはポットを置き、彼女の勇気ある行動を
「それは
「…私は、その人に捨てられたから。」
空を見上げる様子のないカモメの姿に、御使いは何者かを
「それは、君の思い違いだね。」
「え?」
「君が一度でも、”護られた”と感じたなら。一度でも、君のために涙を流したなら。彼は絶対に君を捨てたりはしない。」
「でも……」
「それには
「どんな?」
「…それは私にも分からない。」
小さな頭を撫で、微笑み続けた御使いが初めて首を振り、カモメの問いに答えを添えなかった。
御使いの
「君のお父さんのことは分からない。だから、
カモメは雨に打たれる若葉のように力なく頷くばかり。
「さっきも言ったけれど、私は父を心から尊敬していてね。父が戦死したと聞いた時、私は
そう
自分を言い聞かせるための嘘なんじゃないかと。
「本当に、立派な父だったんだ。」
そんなカモメの
見透かされたことに気付いたカモメは、自分の
「あの頃の私は父の背中を通してしか世界が見えてなかったのだろうね。」
カモメの小さな罪を許すように御使いはやはり彼女の頭を優しく撫でる。
そうして寝る子に絵本を読み聞かせるように、御使いは昔話の続きを語り始めた。
「私は母の
彼の遠い目は今まさに、そこに、その瞳に彼の母の
「おかしいだろう?私は父のしていたことと全く逆のことをしていたのさ。」
けれども、
「でもね、若い私にはそれがわからなかったんだ。ただ、目の前にある答えだけが真実だと疑わずに、祖国を憎み続けたよ。」
「だけど、戦争をすることに
窓から
「良い人も悪い人も形は違っても心で生きている。心のどこかに家族を
その表現は彼の
それでも、彼の経験を大切にする心にも、信仰を愛する心にも
「ヒトは
彼は祖国の
「家族を護るために戦争をし、家族を護るために今日のパンを買いに行くんだよ。」
そうして御使いは、胸に下げた十字架にキスをして遠い家族に祈りを捧げた。
「だから、戦争してもいいの?」
御使いの言葉の半分も理解できない。
それでも彼の、世界に対する
「もちろん、誰かが死なないことに
二杯目の紅茶に入れた蜂蜜はなかなか溶けない。
それでも御使いの持つマドラーはゆっくりと、
「君はニワトリと卵、どっちが先にこの世に産まれてきたか知っているかい?」
「……たまご」と答えながら、カモメはそれを取り消すように
この愛らしい仕草を目にしたなら、この世の誰もが蜂蜜を
そうなればいい。
しかし、そうはならない。
御使いはそれが心から残念に思えた。
そして、御使いはこの護るべき
「
どんなに混ぜてもカップの底には
けれども、口にすればそれは彼を十分に満足させる甘さをそなえていた。
「そして、どちらかを
「…私のお父さんは戦争を失くさないために私を置いていったの?」
「それはね、君のお父さんにも分からないことなんだよ。」
やはり、年を
逆に、御使いはカモメの言葉から彼女の父が「戦争」に行ったのだと
「…君は今すぐにそれが知りたいのかい?」
カモメは教会に訪ねてきた時のように俯き、力なく頷くだけ。
「君自身が誰かを殺すことになっても?」
「……」
経験のない選択に
「…うん。」
カモメは、御使いの目を見て答えた。
「君のお父さんが”ソレ”から君を護ろうとしていたとしても?」
「…うん。」
初めて、空を見上げた。
「愛ゆえに…」御使いはカモメの瞳に心打たれ、今は
「愛を知るカモメよ。旅立ちなさい。海を渡り、世界を
御使いは
「神父様?」
「カモメよ、勇気を持ちなさい。私は道を
ただ、適当な言葉が出てこない。それが申し訳ないように感じていた。
すると彼は微笑みながら「御使い」を
「今、君のことを知っている人に尋ねてみなさい。きっと君のお父さんの行き先を知っているはずだよ。」
明日には消えてしまっているかもしれない、
「そして、今の決意を彼らに見せるといい。そうすれば彼らも
そして、大事なロザリオを少女の首にかけ、
「人の心は永遠じゃあない。けれども君の今の気持ちが嘘でないのなら、愛する人は必ずこの世界の
「…本当?」
「ああ、嘘は吐かない。このロザリオに
「……私、歌が歌えるの。」
「そうかい。じゃあ、次はぜひその歌を聞かせておくれ。私もとっておきのお茶を用意するよ。」
「…うん。」
――――私は、この島の海が好きだった。
温かいだけじゃなくて、時々
だから散歩で何度もここに来た。お父さんと
足に
それが好きだった。
私がワガママを言うと、泳がせてもくれた。
冷たくて、温かくて、強くて、優しくて。
きっと
……神父様は戦争も必要だって言ってたけど、私は戦争を好きにはなれない。
本当のお父さんとお母さんが死んじゃった時のことはボンヤリとしか思い出せないけれど…。
だけど、死んだ二人の隣にあの黒くて大きな影が立っていたことは忘れられない。
今でもアレを思い出すと夜も眠れなくなる。
アレが私の最後の光。
手術した後、もしかすると目の前にアレがいるんじゃないかって怖かった。
でも、アレはいなかった。
そして、お
お義父さんが私に初めて「私のお父さん」だって言った時、私はお義父さんが怖かった。
なんだかお義父さんがあの時の影と同じ人のように感じたから。
でも、違った。
お義父さんはみんなに優しくて…、私に優しかった。
少女はこの島に来て初めて、
もしも、教会に
けれども、そこから帰っていく彼女の背中を見れば、少女を
俯いていた少女の瞳は今、海を
聖なるものの手で
その空は間違いなく想い人の生まれ
少女の願いはたった一つ。
この海辺をもう一度、その人と一緒に歩くこと。
そのために、その瞳に5年ぶりに焼き付く全ての光も、
――――少女を見送る男はそれに気づいていた。
静かに、静かに
※俯瞰(ふかん)
高いところから見下ろすこと。景色を上から眺めること。
※準じる(じゅんじる)
決まりごと(言いつけ)を忠実に守ること。
※ハエトリグサ(またはハエトリソウ)
食虫植物は虫の好む臭いを発して誘き寄せているのだと思っていました。
ですが、臭いで虫を誘うのは「ウツボカズラ」などごく一部に限られるそうです。
ザッと調べたところ、ハエトリグサが虫を呼ぶ仕掛けは葉の内側にある真っ赤な色彩だそうで……。あとはひたすら待つのだとか……ホント?
ウツボカズラに書き直すべきところなのかもしれませんが、食虫植物といえばハエトリグサを思い浮かべる人も多いでしょうし、
葉を閉じて捕虫する様子が獲物を噛み砕く
※悲愴
痛ましいほどの悲しみ。またそれを感じている様子。
※正羽と綿羽、羽繕い
鳥の羽は大まかに2種類の羽に分類できます。
○正羽
いわゆる「風切り羽」のこと。
私たちが翼と言われて思い浮かべる部分に生える羽のことですね。
鳥はこの羽を使って空を飛んでいます。
正羽は毛がマジックテープのように絡み合って一枚の板状になっています。(羽弁といいます。)
健康な羽であれば羽弁を裂いても、優しく撫で付けるだけで元に戻ります。
○綿羽
枕やダウンジャケットに使われるフワフワの羽毛。
鳥の全身に生えており、飛ぶためではなく体温調節のためにあります。
○羽繕い
鳥がお尻から出る脂や、羽の一部が分解してできる粉を使って羽の機能を整える行為を言います。
※踏みしだく
踏みつぶすこと。踏み荒らすこと。踏みにじること。
※ロザリオ
キリスト教のカトリックが身に着ける、お祈りに使う道具。
日本の数珠に十字架を付けた形。玉の部分は祈りの際に祈りの回数を数えるために使われるのだとか。
~あとがき~
ちなみに、原作のクレニア島のmapに教会のグラフィックはありませんm(__)m