「…エレナちゃん、それ本気で言ってんのかい?」
「……」
私がお世話になってる宿屋、カジキ
普段はとても優しい二人だけど、今は
「二人とも、そんな顔でしないで。」
5年ぶりに見るヒトの顔はグニャグニャと
「そんな顔しないで、だって?」
ミレントさんがこんな声を出すのは決まって近所に住むイタズラっ子が私を
だけど、最近のミレントさんはお父さんの話をしても同じ声を出すようになった。
「アンタ、自分がどれだけ危険な目にあったのか。それが誰のせいか、忘れたのかい?」
お父さんを
私にそれを話したって知ったミレントさんはガーレッジさんをひどく怒ってた。
「でも、お父さんは悪くないもの。」
「悪いヤツさ。
「……」
二人とも、どうしてそんなにお父さんのことを悪く言うの?
二、三日前までは昔から知ってる友だちみたいに笑い合ってたのに。
シャンテお姉ちゃんもお父さんと
「お父さんは良い人よ!エレナの目が見えるようになったのはお父さんのお
初めてミレントさんたちが嫌な人に見えた。
お父さんはいつだって私の
ずっと、ずっと近くにいてくれたから、私は目が見えなくなっても安心していられた。
そんなお父さんにひどい言葉を使う人が嫌で
「…本当のことだ。どんなに
「嫌だっ!!」
私は
後ろから私を呼び止める声が聞こえるけれど、そんなことどうでもいい!
神父様の言うことを信じた私がバカだった!
お父さんを悪く言う場所なんか
私一人でお父さんを探すわ。お父さんだけでいい!他のものなんか何もいらない!
祭りの終わったクレニア島の夜に、
少女の体が軽すぎて、
少女を
そこに少女のための居場所はない。
潮風たちはその
「……」
いらない。何も、いらない。
お父さんにさえ会えればそれだけで。
お父さんは私を護ってくれる。色んなものから。
今までみたいに。
少女一人では船にも乗れず、
ただただ明かりの
5年間、光を頼ってこなかった少女でも
不安と狂気が
「……」
「大丈夫、約束してくれたもの。悪魔だってやっつけてくれるって。」
少女は町の外に広がる闇の中にあの日の悪魔を見ていた。
少女の心を内側から
「……お父さん。」
そうして闇夜と睨み合うこと
エレナは目を
この町を出ていかなきゃ想い人には永遠に会えない。
もしかしたら町を出た瞬間に、森に
けれどもこうして
自分にも、その人にも、約束された
少女は一人、
「!?」
少女が決心した直後、前へ
「…ミレントさん……。」
よろめき、
「アンタ…、い…ったい……、何考えてるんだいっ!!」
壮年の彼女は怪物も
夜の
「死んぢまったら…、どうやって、謝るつもりなんだい?!」
少女が腰を抜かし
「どうしてもっと周りの人間を信じないんだ!!」
少女は
―――決意を彼らに見せつけなさい
「わ、私は……お…、おとう、さんを……」
…やり
けれど、「恐怖」だけで子どもを
生涯、「大人」に操られる人形として死んでいく。
戦争に行ってしまった友人を、仲間を殺した友人を思い出し、彼らの親と同じことをしてしまっている自分を
ミレントは
「今のアンタが、アイツの所に行って何か意味があるのかい?」
「…い…、み?」
「今のアタシを見てアンタは信じないかもしれないけどね、アタシはアンタを幸せにしてやりたいんだ。」
走り疲れて座り込みながらも、その手だけは放さなかった。
「アイツから
「私はただ…、お父、さんに……」
「だから、どうしてアタシらがアンタをアイツの所に行かせないのか。なんでそれを考えてくれないのかって言ってんだよ。」
「……危ないからでしょ?…わかってるよ。それでも私はお父さんと一緒がいいの。」
潮風は少女と壮年の女の間に
けれども、それを感じる二人は全く別の感情を
「やっぱり分かってないじゃないか。」
「え?」
壮年の女は初めて
「アンタの夢はいったいなんなのさ。」
「……」
…夢?……お父さんと一緒に
「医者に、なりたいんだろ?」
「あ……。」
そんなの、お父さんに会えないことに
お父さんのいない世界に私の夢なんかない。
「だから、アイツはアンタのために
「あ……。」
お父さんはいつだって私の目を治すために働いてくれていた。
私は学校にも
あの時、私が悪い人たちに
でもそれは悪い人たちを倒したからだって思ってた。
…そんな簡単なメッセージにも私は気付けなかった。
ずっと、私の目を
お医者さまにかかっても山ほど残ってるお金を不思議に思ってた。
二人で生活していくためなのかなって、バカみたいに何も考えなかった。
お父さんがいなくなったって知って、私は悲しむだけでお父さんが残したものに目を向けようともしなかった。
お父さんがどれだけ大変な思いをして用意してくれたのかも考えずに。
いっそのこと、
「もしも、これ以上アイツと
「……」
「アンタならそれがどれだけ
黒い
大、丈夫…。お父さんが、護ってくれるもの……。
「そんなの、アイツが
「…それは……」
……私、
少女は、
少なくとも、二人
頭に
…どうして?
私が子どもだから?
お父さんが好きって気持ちも、二人で幸せになりたいって気持ちも、全部私の我がまま?
お父さんを苦しめてるのは、私?
私だけが何もわかってなくて、私のせいでお父さんも、みんなも傷ついてるの?
……私が悪いの?
少女は少しだけ背伸びをして今一度、自分の
するとそこには、それまでその瞳に映っていた「エレナの世界」とは今までとは全く違う
瞳に映る少女に羽などなく、ひとっ飛びで終わるはずの
そして、少女は想い人の
少し頭を働かせて
そこまで行き着くと今度は、二人の助言を無視して父に会いに行こうとする自分がまるで黒服たちと同じ「悪魔」のようにさえ見えてきた。
小さな悪魔に壮年の女は優しく驚かせないようにゆっくりと手を差し伸べた。
「アイツがアンタを攫った連中をどうしたのか。知ってるだろ?」
黒い父は、娘を攫った男たちを皆殺しにした。
そこに、おおよそヒトの
気の触れた熊のように
黒い父は血を
目が見えなくとも、
だから、知っていた。
少し、
父が―――。
自分を想う人が―――。
それでも少女は黒い父を想い続けた。
5年間、暗闇の中でただ一つ光を見せてくれる彼が、少女にとって
「普段のアイツの性格を考えてごらんよ。どうしてそこまで狂ったように人を殺したと思う?」
壮年を生きた女の言葉は未だ少女である心を、エレナの中の「父親」を複雑にかき混ぜる。
少女の
「…な?分かるだろ?」
「……」
「だったら、そんなにも想ってるアンタを残して消えちまった…アイツの気持ちも分かるだろ?」
島の誰もが少女の
今の少女ならその理由が理解できた。
…でも、
「…帰ろう、エレナちゃん。」
いつの間にか、そこにガーレッジさんがいた。
「……」
そして、ガーレッジさんの言葉は
「…うん。」
二人はまだ何か隠してる。
それが何か。子どもの私にはまだわからない。
それが、
だけど二人は私をこんなにも大切に想ってくれている。
…お父さんと同じくらい。
……どうしてなの?
私なんて、誰かの
どうしてお父さんも、ミレントさんたちも私をそんなに大事にしてくれるの?
それなのに、どうしてお父さんに会っちゃいけないの?
皆が少女の幸せを想ってくれているのに、少女の思う幸せを否定する世界が理解できないでいた。
いいや、理解できるはずだった。
けれども理解は納得に
あるかもしれない
それは本当に、幸せなの?
もしも、お父さんが戦争で死んじゃったら、私は神父さんみたいに受け入れられるの?
しかし、
少女の手を引く壮年の女も、自分の
少女の中にあるどんな夢を叶えようとも、三人で仲睦まじい家族を
どんなに体が健康であっても、一生消えない心の傷が毎晩彼女の頬を濡らし続けるに違いない。
……けれど、だからといって自分の身も護れない子どもが戦場に
少女を危険に
いくつもの
どんな
誰かが不幸を
誰しもが望む「幸せ」なんて、ないんだ。
だからこそ、夫婦は「子どもの未来」を護ることを
遠い未来、誰もが笑って生きていける世界が築かれると信じて―――。
「家に帰ろう」と、自分を想う大人に手を引かれながら、自分の
神父様は嘘吐きだ。
私がどんなにこの気持ちを伝えたって、二人は分かってくれなかった。
…二人は私を大事に想ってくれてる。
それは私にとって嬉しいこと。ウソじゃない。
……それでも私は、こんなにもお父さんに会いたいのに。
私は、ベッドの中で私を抱くミレントさんの腕からこっそり抜け出して、静かに泣くことしかできない。
弱い自分が嫌いで。
幼い自分が
護られるばかりの自分が、憎らしくて。
翌日、私は一日中空を見上げていた。
流れる雲を見て、遠くへと飛んでいくカモメを見て、海の向こうに広がる戦場を想像した。
どうして私には羽がないの?
どうして私には誰にも邪魔されない「力」がないの?
…お父さん……
どんなに悪い大人になってもいい。
お父さんに怒られたっていい。
…お父さんに……、会いたい!!
ある晩、ソレは少女の望みを叶えるかのように
「今晩は、エレナ。」
どうやって
だけど、彼らの目的は分かっていた。
そして、彼らは少女の
「決心は、ついたかい?」
少女は、おもむろに現れた黒服の差し伸べる手を取り、こう言った。
「私を…、お父さんのところまで連れていってください。」
「…喜んで。」
黒服は滑り込んでくる少女の小さな手を握り、ほくそ笑むと、
少女のために用意された
――――同日、クレニア島
島が、あんなにも小さい。
少女にとって間違いなく人生の
その大舞台が今は、大きな
あんなにも
少女は不安を覚えずにはいられなかった。
不安は、自分を心から護ろうとしてくれた二人を裏切ったことへの
それはもはや「
今の少女は「
そのためなら少女は、どんな
人形は、想い人を殺すかもしれない。
想い人は、人形を
少女の
少女は自分の意思でそれを選んだものの、事の重大さを理解していない。
未だ、
ただ周囲の大人に流されるままに、想い人だけを見て少女は眠る。
大きく黒い
ジットリと
※半時(はんとき)
一時(いっとき)の半分。現在の一時間とも三十分とも…。
とにかく、約一時間。少しの間、僅かな時間の意味。
※屠畜場(とちくじょう)
牛、豚などの家畜を食肉用に加工する施設のこと。
ハリウッド映画なんかの銃撃戦のシーンに使われたりする、牛の肉が吊るされている施設のことですね。
※あとがき
書けるかどうかはさておき、ようやく地の文でキャラクター目線とナレーションを使い分けるという書き方の大切さを知りました(笑)
今、一番苦労しているのは連続する文末の「です」「ます」系をどれだけ読みやすくできるかというろころですね(^_^;)