聖櫃に抱かれた子どもたち+   作:佐伯寿和2

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海風と貴方と

朝は好き。

まだ()(のぼ)りきらない、朝露(あさつゆ)(にお)いを感じられる時間はもっと好き。

 

都会の部屋にはまだ()れないけれど、不思議と彼と一緒(いっしょ)にいるとここが自分の家のように思えた。

少し(ほこり)っぽい彼の部屋は、カーテンを開けると、それを待っていたかのように(まぶ)しいくらいの陽射(ひざ)しが部屋の中に()(そそ)ぐ。

埃が陽射しに反射(はんしゃ)して、まるで妖精の羽が()っているようにも見える。

窓を開けると、都会の少し油臭い風が舞い込んでくる。

油臭いけれど、喧噪(けんそう)と一緒にやって来るその風は、たくさんの人の臭いも混じってて不思議と心を落ち着かせてくれる。

都会のルールは全然わからないけど、

私は、ここが好きになれそうな気がした。

 

「……そろそろかな。」

ガスの火はいつも使ってる(まき)の火より強いけれど、それでも何年もおじいちゃんと一緒に料理した目と鼻が彼のための美味しい料理を間違えなくこしらえてくれた。

上手(じょうず)に焼けた真ん丸なベーコンエッグは彼の笑顔に()てる気がする。

「うん、いい匂い。」

トースターからも小麦の焼けるいい(かお)りが(ただよ)ってくる。

あとは冷蔵庫に入ってるマヨネーズと右上の(たな)に入ってる黒こしょうを用意すれば彼の好きな朝食が出来上がる。

「あ…」

ミーナさんに教えてもらったコーヒーの()(かた)にも自信がついてきた。

ホルンにいた(ころ)はほとんど飲んだことがなかったけれど、今は飲んでこなかったのが勿体(もったい)ないと思えるくらい、鼻と舌を満たすこの苦味(にがみ)がおいしいと思える。

「パンディット、お願いしていい?」

窓際(まどぎわ)日向(ひなた)ぼっこしてる私の兄弟は寝起きが良く、私の言うことをよく聞いてくれる。

 

スクリと立ち上がると、あの子はまるでお屋敷(やしき)のお嬢様(じょうさま)みたいに上品(じょうひん)な足取りで彼の寝床(ねどこ)に消えていく。

その後を、彼の()ってる茶太郎がちょこちょことヒヨコのようについていく。

「……」

寝起きの悪い彼でもパンディットが迎えに行くと(おだ)やかな気持ちで目を覚ましてくれる。

耳を()まして聞こえてくる彼とあの子が()わす朝の挨拶(あいさつ)は私の心を少し満たしてくれる。

「リーザ、おはよう。」

「…おはよう、エルク。」

その間に私はテーブルクロスも朝食を(かざ)る花も用意し終わっていて、やって来る彼に気持ちを込めて挨拶を(おく)る。

この瞬間(しゅんかん)から、私の一日はキラキラと(かがや)き始める。

 

「いつもスマネエな。大事な客なのにこんなにしてもらってよ。」

ボサボサの頭を()いて苦笑いを浮かべながら、彼は私に言う。

「いいの。早起きは慣れてるし、家事も好きだから。」

「まったく、できたお嬢さんだぜ。」

苦笑いは失笑(しっしょう)に変わって、ますます可愛(かわい)らしい表情になる。

「よかったら教えようか?」

「…いいや、遠慮(えんりょ)しとくよ。ガサツな野郎(やろう)にお上品さを求めても後片付けが大変になるだけだぜ?」

「心配いらないわ。家畜(かちく)の世話だって得意なんだから。」

「……ホント、上手に育てられたもんだぜ。」

彼はそんな風に言うけれど、こんなコーヒーみたいな苦味の()いた冗談(じょうだん)も、彼と()ごして初めて手に入れた幸せな時間だった。

 

「そんでよ、今日、リーザはどっか行きたいとこってあるのかよ?」

今日は彼も仕事を休んで私の散歩(さんぽ)に付き合ってくれる日だった。

エルクいわく、私に()けられた賞金はここでは関係ないみたいで、(わり)と自由に外を歩かせてもらってる。

だけど、パンディットも一緒にって訳にもいかないし、あの人たちに(ねら)われなくなった(わけ)じゃないから。

本当は部屋でジッとしているのが当たり前なんだと思う。

だけどエルクは私を気遣(きづか)ってくれるの。

だからこうやって、仕事の合間(あいま)あいまに私の散歩に付き合ってくれる。

本当はその気持ちだけで十分。

だけど…、

 

「うーん、とりあえずティファさんとエルクが行ったところは私も行ってみたいわ。」

「……それ、嫌味か?」

彼は大好きなベーコンエッグトーストをクチャクチャと頬張(ほおば)り、眉間(みけん)(しわ)を寄せながら私を()める。

ティファさんはエルクの幼馴染(おさななじ)みで、今はたった一人で生活してる独立心(どくりつしん)の強いとても素敵(すてき)な女の人。

…私よりもずっとエルクに近い女の人。

「半分はね。でも、残り半分は素直(すなお)にエルクの思い出が知りたいの。」

「……」

「何をして笑ったのかとか。何をしてケンカをしたのかとか。…ダメ?」

「いや、別にダメじゃねえけど…。楽しくなんかねえと思うぜ?」

「そうかな?自分の昔話って()ずかしいじゃない?そんな恥ずかしがってるエルクを見てるのってけっこう面白(おもしろ)いと思うんだけどな。」

「…お前、冗談も過ぎるとただの悪口にしか聞こえないんだぜ?」

「……ゴメン。」

「別に、怒っちゃいねえけどよ。」

分かってる。『聞こえてる』んだもの。

でも、彼と一緒にいるとどうしても調子(ちょうし)に乗っちゃう自分がいて、(にく)らしく思うことがある。

そんな時、もしかしたらこの気持ちは私の一方通行なんじゃないのかって不安になったりするの。

 

「だから、怒ってねえってば。」

気にしいの彼は私が(うつむ)いていると必ず(なだ)めようとする。

彼の優しいところ。彼の弱いところ。

「うん、ごめんね。なんか私、すぐに調子に乗っちゃうから。」

「いいってば。リーザがいる毎日は俺も割と楽しんでる方だしよ。」

「ホント?…嬉しい。」

「だから、そういうのがいらねえんだってば。」

「…フフフ、うん。気を付ける。」

「ホント、頼むぜ…。」

コーヒーを()()すと、彼は愛用の(やり)を持って朝のランニングに出かける。

 

まだまだ私と彼の間にはお(たが)いに理解できないところがあるけれど、それでもいいの。

私たちにはまだ「次の日」があるもの。

後ろめたく感じる時もあるけれど、ケンカして、仲直りする明日がある限り、私は彼と一緒にこんなぎこちない毎日を送っていたいの。

 

「ごめんね、いつもお留守番(るすばん)で。」

遊びに行くときは決まって彼の家に残る兄弟にお土産(みやげ)の約束をする。

「アイツ、ずっと()()もってて(なま)ったりしねのかな。」

基本的に動物好きなエルクは私よりもパンディットのことを話題にすることの方が多い。

「夜中、とか人目のつかない時に出してあげるのはダメかな?」

でも、それも今の状況ならしょうがないかなって思うの。

私ばっかりいい思いをして。兄弟なのに、ズルいよねって思うから。

「うーん、夜は夜で活発な連中がいるしな。ソイツらにゃあんまり見つかりたくねえんだよな。」

「じゃあ、ヒエンを置いてるとこは?そこまではサックに入ってもらって…。」

ヒエンは彼が仕事で使ってる個人の飛行船。

その飛行船を停泊(ていはく)させている広い敷地(しきち)が、町から少し(はな)れたところにある。

「まあ、あそこならアル中の中年しか来ねえだろうし、良いかもしれねえけどよ。アイツって、結構(けっこう)重てぇよな?」

「きちんと(はか)ったことはないけど、多分、エルク二人分くらい…なんじゃないかな。」

「…まあ、たまにならいい食後の運動になるのかもな。」

「ごめんね、エルクにばっか私たちの面倒(めんどう)をみてもらって。」

 

生まれ故郷(こきょう)で「魔女」と(ののし)られ続けた私たちだからっていうのもあるかもしれない。

今回の事件に巻き込まれてからというもの、いつの間にか「(あやま)(ぐせ)」が()みついてしまっていた。

そして、おそらく彼は謝ってばかりいる人があんまり好きじゃない気がする。

私を見る彼の顔が、ビビガさんに言い負かされた時みたいな表情をしていた。

「…まあ、毎日あのベーコンエッグが食えるなら、トントンってとこじゃねえの?」

「毎日?」

私が確認の意味を込めて反芻(はんすう)するとエルクは少し目を泳がせて言い直した。

「たまには違うもんでもいいけどな。」

「任せて。絶対に今より5キロは太らせてみせるんだから。」

「…ハハ、なんだよ。急に元気になったじゃねえか。それってもしかして俺に賞金稼ぎを()めろって言ってんのか?」

「羊を追いかける毎日も結構楽しいよ?」

「それもいいかもな。だけど今は老後の楽しみにとっとくよ。」

ふと、彼の口から飛び出てきた言葉に私は()(あらわ)せない魅力(みりょく)を感じた。

 

「老後…か。」

「…リーザは、どうしてるだろうな。」

「え?」

彼のその言葉はまるで腕の悪いパン職人みたいだった。

とても香ばしい匂いで私を(さそ)うのに、いざ口にしてみたら固くてとても食べられない。

期待(きたい)した私の気持ちを簡単に蹴落(けお)としてしまう。

「……」

わかってるの。私の耳はキチンと彼の『本音(ほんね)』を聞き取ってる。

でも、それとこれとはなんだか違う気がした。

彼が口にした言葉と、私の耳が聞き取る『言葉』は全く別物のように感じるの。

「いや、何でもねえよ。」

「……うん。」

 

エルクも私も普段着で出かけた。

ミーナさんが(えら)んでくれた服やアクセサリーを着けるかどうかギリギリまで(まよ)ったけれど、なんだかそんな気分じゃなくなっちゃった。

前回みたいに1、2時間だけただお(しゃべ)りをしながら街を歩き回って、エルクの馴染(なじ)みのお店でご飯を食べて帰ってくる。

それでいい気がした。

…お喋りだって(あや)しいかもしれない。

「じゃあ、とりあえず行くか。」

…なんだか今日は特別な日になる気がしてたんだけどな。

「うん。」

 

午前10時頃に家を出てから正午(しょうご)(あた)りまで、私たちは当てもなく街の中を歩き回った。

もちろんエルクは私の要望(ようぼう)通り「ティファさんとの思い出」を(かた)ってくれた。

「…な、ツマんねえだろ?」

わざわざ私のために時間を()いてくれた彼に失礼のないよう、普段通りに会話をしてたつもりだったけれど、気付かない内にそういう表情をしてたみたい。

「そんなことないよ。」

「…悪かったよ。」

「え?」

「いや、何がって言われると俺もよく分かってねえんだけどさ。それでも俺、あの時は変なこと言っちまったなって自覚(じかく)はあるんだ。」

エルクは何も間違ったことは言ってないよ。

これからずっと…、ううん。

来年だって私たちが一緒にいるなんて私にだってわからないし、想像もつかない。

「だけどね…」

「あ?」

「ウソでも良かったんだ。私、できることならいつまでもこうやってエルクと一緒に歩いていたいから。」

「……」

エルクの目が私を()()ぐに見詰(みつ)めてる。

とってもキレイだけど、ほんの少し(おび)えた目が。

頑張(がんば)るよ。」

 

「頑張ってお前を護ってやるよ」っていう意味で彼は言っていた。

だけど、それも私が欲しかった言葉とは少し違ってる。

でも、今の彼にそれ以上を(のぞ)むのは(こく)なことなのかもしれない。

少なくとも私は彼の『悪夢』を知ってる。

そんな私が彼にそれを求めること自体がどうかしてるんだ。

私の方こそ、彼を理解してあげようとしていない。

だからもしも私が彼を想うのなら、彼に想ってもらいたいのなら私は、

精一杯(せいいっぱい)自然な笑顔で、

「ありがとう。」

そう言ってあげるべきなんだ。

 

「……」

だけど、彼も人を見ることに(かん)しては人並(ひとな)み以上の技術を持っていて、ぎこちない私の嘘も見抜いてしまった。

それでも彼はそんな嘘吐(うそつ)きの私を責めず、ソッとしておいてくれた。

「…一応(いちおう)、この先に町の観光(かんこう)スポットがあるんだけどよ。行くか?」

「う、うん!」

彼は私のために、私の知らないところでそれとなく下調べをしてくれていた。

警察の真似事(まねごと)から清掃員(せいそういん)代理(だいり)まで、ルールのない大変な仕事を(こな)す合間に。

「…エルク、ありがとう。」

「あ?何が?」

「お仕事大変なのに色々してくれて。」

同じようなことを今朝言ったばかりだけど、今度は「ごめんなさい」とは言わなかった。

「こんなこと(あらた)まって言うの、エルクは嫌だって言うけど。それでも…、嬉しいの。」

彼も、今度は眉間に皺を寄せたりはしなかった。

ボサボサ頭をガシガシと掻きながら少しハニカんで、「…よかったな」とだけ。

 

本当はもっと彼を(ねぎら)える言葉があるような気がした。

だけど、私もやっぱりまだ他人が(こわ)いから。エルクのことは信頼(しんらい)してるし、好きだけど。

私が『声』を掛けることで彼の『何か』が変わってしまうかもしれないって思うと、あまり余計(よけい)な感情は持たない方が良いんじゃないかって思ってしまう。

 

「こっから見る飛行船がキレイなんだと。」

海に近いところに()一際(ひときわ)高いビルの展望台(てんぼうだい)

そこから(なが)めると、私の知ってるはずのものは、まったく知らない別の何かに見えた。

立ち並ぶコンクリートの建物たちに抱かれる町の人々。

町と空港に(はさ)まれ、窮屈(きゅうくつ)そうに横たわる小さな森。

羽を(たた)んで休んでいる飛行船さえ宝石のように(かがや)かせる()の光。

町の景色にも随分(ずいぶん)()れたと思ってた。

だけど、こうして沢山(たくさん)のものが凝縮(ぎょうしゅく)された世界を眺めていると、なんだか山よりも高い所から見下(みお)ろす「何か」になったようで。

「魔女」でもないもっと(おそ)ろしい「何か」になったような気持ちにさせた。

でも―――、

「俺もわざわざビルを登ったりはしねえからな。見慣れねえ分、自分の町じゃねえような気がしてくるよ。」

「…多分、どれだけ時間をかけてもこの景色(けしき)色褪(いろあ)せないよ。」

「それは()めすぎじゃねえか?」

「ううん、それくらいキレイだもの。」

それは、彼の町だから。

「…夕方になると、夕日がまた違った演出をしてくれるんだってよ。」

「へぇ…。」

新鮮(しんせん)な景色に目を(うば)われて、彼の声もあまり耳に入ってこなくなった。

だけど、

「……また、連れてきてやろうか?」

「ホント!?」

こんなにもハッキリと彼の声を聞いたのは今日一日を通して初めてなんじゃないかと思う。

それくらい、魅力的な言葉だった。

「あ、ああ。いつかは約束できねえけど。俺の手が()いた時でいいならな。」

彼はまた、頭を掻いて景色を見るフリをしながら言った。

「……ありがとう。」

それは、本当に自然に出てきた彼への想いだった。

 

これから、彼は沢山の戦いに(おもむ)かなきゃいけない。

そこに、私もいたい。

 

海岸(かいがん)から吹く風は、彼をどこまでも遠くに運んでいくかもしれない。

たとえこの背中に羽が()えていなくたって、私は必ずアナタを追いかける。

アナタの(となり)で、戦い続けていたい。

そしてまた、この風に乗ってここに帰ってくるの。

 

 

 

今日一日じゃ、この「ありがとう」は満たせないから――――




※ティファニー・エヴァンス(ティファは愛称)
シュウに拾われ、プロディアスで生活している際にできたエルクの親友。

※サック
「リュックサック」の略称。イメージ的には「明日○ジョー」が持ってるような、サンドバックみたいな形のものです。

※エルク二人分
エルクの公式体重は50㎏です。
ちなみに、僕の書く「アーク」の中でのパンディットのプロフィールは
オスの15歳(人間でいう30代だけど、キラードックの中ではまだまだ若者)。
体長175㎝、体重98㎏
みたいな感じです。
作中では結構大げさに書いていますが、現実の狼と身体的特徴はあまり変わりません。
ただし、身体的能力の面では、狼10匹でも相手にならないくらいの力を持ち合せています。

※エルクの髪形(つんつんヘアー?ヤンキーヘアー?怒髪天?もしくは……)
……あれはセットしてるの?それともただの寝癖?(笑)
「ゲーム」のキャラクター上(特徴を持たせるため)、「ああいう髪形なんだぜ!」って設定なのかもしれないけど、
「ストーリー」の登場人物としてきちんと説明しようとすると、どうしても「ああいう髪形なんだぜ!」って言いきれるほどマメにセットするエルクにしなきゃいけなくなるです。
でも、私のイメージではエルクはガサツだし、毎朝きちんと起きてセットするというより安定の寝坊助さんでいる方がしっくりきます♪
だからあれは…、寝癖です!!
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