聖櫃に抱かれた子どもたち+   作:佐伯寿和2

15 / 18
リッツ・カルトンの闘い その二(終)

(まぶた)が重い……

ダメだ。目を、開けなきゃ……

 

「……」

どれだけ時間が()ったのかわからない。

どうしてこんな所にいるのかもわからない。

けれど多分…、なんとなく、目指(めざ)してた場所には着いたんだと思う。

 

(あた)りは一様(いちよう)に薄暗く、人影はない。

味方もいなければ敵もいない。彼は、一人ぼっちで殺風景(さっぷうけい)施設(しせつ)の中に(たお)れていた。

 

「ウッ……」

他人の色を(この)純白(じゅんぱく)の雪に多くの血を吸われてしまったからか。

それとも、(みにく)い化け物の血肉()(おど)凄惨(せいさん)最期(さいご)を目に焼き付けてしまったからか。

施設の(かべ)や床に使われてる鉄の臭いがひどく鼻に突いた。

「…痛い。」

頭はフラフラするし、手足を動かすと…。ううん、息をするだけで全身が痛い。

こんな状況(じょうきょう)だけど、二つハッキリしていることがある。

 

一つは、あの恐いおばあさんと戦ったのが夢じゃないってこと。

もう一つは、僕の怪我(けが)がかなりひどいってこと。

雪山に長く(ほう)()されてたからだと思う。

(あざ)や切り傷だけじゃなく、両手両足が真っ赤に()れてカチコチになってる。なのにひどく熱くてジンジンする。

痛くて寒くて熱くて(しび)れがあって…、なのに頭はどこかボンヤリと夢を見ているような気分になってる。

自分の体なのにどれが本当の感覚なのか分からない。

僕の怪我がどれくらいひどいのかもよく分からない。

 

…でも多分、このままお医者さんに()てもらわなかったら、僕は今日中に死んじゃうと思う。

だけど僕の足じゃあもう、一人で山を下りることもできない。

 

「……」

もはや口を動かすことも億劫(おっくう)で、少年はただひたすら根拠(こんきょ)のない事態(じたい)好転(こうてん)期待(きたい)するしかなかった。

動かす足はぎこちなく、見える世界も夢か。はたまた現実か。

少なくともこれが、少年を安息(あんそく)の地へと(みちび)く道でないことだけは確かだった。

そこに(すく)いがあるとすれば、あれだけ強烈(きょうれつ)な狼の体当たりを二度も受けていながら足の骨が折れていなかったこと。

夢見心地のお(かげ)で「死」の間際(まぎわ)に立っている実感がないことぐらいだろう。

 

「……」

少年は広く中空(ちゅうくう)になった場所に出た。

手摺(てすり)(つか)まり下を(のぞ)くとそこには、オセロの盤上(ばんじょう)を白石一色で()めるよりも(みつ)に、球状(きゅうじょう)貯蔵(ちょぞう)タンクがひしめき合っていた。

「……」

初めて目にする、どこか子どもたちを嘲笑(あざわら)っているようにも見える「大人の世界」に、少年は―――「化け物」とは関係ない―――嫌悪感(けんおかん)を覚えた。

そして、確信した。

 

……ここにお姉ちゃんがいる。

 

 

しばらく歩くと、少年は奇妙(きみょう)なことが起こっていることに気付いた。

「…あれ?……痛く、ない?」

異変(いへん)に気付いた()()けは、カチコチの足のせいでガクガクと()れていたはずの視界がいつの間にか安定していたから。

「え…、なんで?」

誰にも遭遇(そうぐう)してないし、もちろん自分で手当てした覚えもない。

それなのに、傷は丁寧(ていねい)処置(しょち)されていた。

清潔(せいけつ)包帯(ほうたい)が巻かれ、包帯の下からはフンワリと香草(こうそう)(にお)いが鼻を(くすぐ)った。

凍傷(とうしょう)になりかけていた手足もほとんど元の血色(けっしょく)に戻っていた。

 

しかし、少年の感覚はこの短い間に麻痺(まひ)していた。

 

手当てはあくまで応急処置(おうきゅうしょち)でしかない。

まだ、肉と肉の間に刃物が()まっているような「痛み」はあるし、頭を鈍器(どんき)(なぐ)られたような「痛み」もあるというのに、雪山で出会った拷問(ごうもん)と恐怖に(くら)べれば、こんなものは「ちょっと犬に()まれてる」のと変わらない。

そう思えるほど、痛みに鈍感(どんかん)になっていた。

 

しかし、そのお陰で今は怪我に気を取られずに動き回ることができた。

「……」

(あらた)めて周囲(しゅうい)を見回すけれど、不自然なくらい人の気配は感じられない。

いつ誰に何をされたか分からない。

だけど彼にはその治療(ちりょう)が悪意のあるものには思えなかった。

無視して進むにしても奇々怪々(ききかいかい)()ぎるけれど、今は自分を殺そうとする敵以外を気にしていても仕方がない。

なぜなら今の彼は、身の振り方一つでいつ死んでもおかしくない状況にいるのだから。

彼はそれをハッキリとは自覚(じかく)していない。

けれども無意識に、彼は前に進み続けた。本来の目的の片隅(かたすみ)で、下山(げざん)を手助けしてくれる誰かを探していた。

 

それにしても、

「……」

施設内は複雑(ふくざつ)枝分(えだわ)かれしていた。

相変わらず気配は感じられない。

けれども何処(どこ)かからか。岐路(きろ)に立つ(たび)に、道を選択(せんたく)する彼を笑っている誰かが見ているような気がした。

なのに不思議と「敵」と出くわさない。

彼が気付いていないだけなのかもしれない。

いよいよという局面(きょくめん)で彼に絶望(ぜつぼう)(あた)えるために身を(ひそ)めているだけなのかもしれない。

「……」

(たと)えそうであったとしても、そのボロボロの足を止める訳にはいかなかった。

 

「……」

進行方向に、いかにも(あや)しげなレバーがいくつか(なら)んでいた。

レバーに付随(ふずい)するランプが、不規則(ふきそく)に赤もしくは緑に点灯(てんとう)している。

恐る恐る近付き、赤に点灯するレバーを動かしてみる。

あまり手入れされていないのか。思ったよりもレバーの抵抗(ていこう)は強く、ほとんど体重を乗せなければならなかった。

ようやくの思いでレバーは動き、赤のランプが緑に変わる。

すると―――、

 

ズズズッ

 

「……」

通ってきた方から、重々(おもおも)しい駆動音(くどうおん)が通路に(ひび)いた。

「……」

何かが(おそ)ってくる様子はない。

「…え?」

音の正体を確かめに引き返してみると、「鉄の道」の一部が変形していた。

「もしかして…」

彼は考えた。そしてそれは正しかった。

どういう仕組みなのかは分からない。

しかし、レバーには特定の組み合わせがあり、組み合わせに(おう)じて別の道をつくることができた。

 

多少時間は掛かったものの、邪魔(じゃま)の入らない状況でそれはそう難しい作業ではなかった。

「……」

そうしてできた新しい道の先に、嫌な空気は感じられない。

当然(とうぜん)、何があるのかも分からない。

けれど、そこに自分のすべきことが待っている。そんな予感がした。

「……」

初めて覚える確信的な第六感が、彼に決意を取り戻す切っ掛けを(あた)えてくれた。

 

「……」

道は研究室の一室(いっしつ)を横切った。

そこに設置(せっち)されたいくつもの水槽(すいそう)から、グロテスクな生物が少年を見ている。

ギョロギョロと、魚のように()()しで泳ぐいくつもの目玉が、少年の「恐怖」を見ている。

未完成の悪魔たちの視線は、未熟(みじゅく)な勇者の(あゆ)みを(みだ)す好奇心で満ちていた。

「……」

たかだか10年生きたかどうかという男児(だんじ)が、(きた)()かれた軍人でさえ(おく)する悪魔の巣に(もぐ)()んでいる。

それだけでも十分過ぎる勇気を証明(しょうめい)していた。

そこから逃げることを誰も()めるはずもない。

……いいや、

むしろ、そうすべきなのだ。()()()()()()()()()

彼の想い人らはただの子どもじゃない。ただの人間でもない。

渡り鳥でもない町の小鳥が、はたして海を()えられるだろうか。

今、彼がしていることはそういうことだった。

 

海を渡ってしまった小鳥はもう引き返せない。二度と、「町の小鳥」には戻れない。

 

それを知ってか知らずか。

たとえ一歩一歩に一分、二分掛けようと、彼は足を止めなかった。

彼の目はただ、(いま)だ見たことのない想い人の笑顔だけを目指して前に進み続ける。

 

そして、

「……」

(つい)に、彼の歩みを(さまた)げる唯一の「障害(しょうがい)」が彼の道の上に(あらわ)れた。

「……」

なぜか分からない。それでも彼はそこにいる隠れた敵を見抜くことができた。

ハッキリと見えている訳ではないけれど、それは狼でも魔女の(まが)(もの)でもない。

でも、目を()らせばそこに何かいるのだけは分かる。耳を()ませば何者かの息遣(いきづか)いが聞こえてくる。

それはカメレオンのように壁に擬態(ぎたい)して侵入者の有無(うむ)(うかが)っていた。

 

「……」

別の道を選んだって、結局(けっきょく)は誰かが侵入者(ぼく)を殺そうと()(かま)えてるんだ。

……ここで引き返したって何も変わらないんだ。

 

だったら、進まなきゃ。

 

僕は自分の「弱さ」を知らなきゃいけない。

どんなに心の底から「あの人」を護りたいって思っていたって、体の強さは決意(それ)とは別物なんだ。

僕の(こぶし)はどんな化け物よりも(もろ)いし、魔法が使えるような(かしこ)い頭もない。

僕はただ、意地っ張りで(あきら)めが悪いだけの「子ども(むし)」なんだ。

 

雪山で出会った狼と魔女の紛い物が彼を変えてしまった。

そこに少年らしい「後先考えない冒険心(ぼうけんしん)」はなく、彼女を助けるという「使命感(しめいかん)」と、「お前は弱い」と()げ、殴りつけてきた紛い物の目が彼の行動を()()ましていく。

(おさな)さ」を()いた目が、自分の進める道を必死に探した。

 

あそこからなら…、

 

見上げると一つ、()()(ゆる)んだ通気口(つうきこう)があることに気付いた。

子どもの体重を(ささ)えるのに十分な足場もある。

それだけのお膳立(おぜんだ)てがあれば、身軽(みがる)な少年にとってそう()な仕事ではなかった。

 

「……」

ダクトは子ども一人がようやく入れるサイズ。

当然(とうぜん)()かりはなく、化け物を隠すのに手頃(てごろ)な「薄闇(うすやみ)」も住まわせている。

その上、施設内を(くま)なく走るこの万能(ばんのう)の抜け道は、風だけでなく「向こう側」にいるであろう化け物たちの不気味な(うめ)(ごえ)も走らせている。

呻き声は汚水(おすい)にも()(にく)しみでダクトを泥濘(ぬかるみ)ませていた。

ともすれば、それらの「呻き声」を()っている通気ダクトが一匹の怪物(かいぶつ)のようにも見える。

「……」

うっかり「薄闇」に焦点(しょうてん)を合わせてしまえば、いないはずの「何か」の気配を感じずにはいられない。

けれども、

「……」

彼はソレから目を()らさない。

「……」

(くちびる)()み、感情を押し殺して、リッツは「呻り声」の濁流(だくりゅう)に飛び込んだ。

 

そんな彼の覚悟(かくご)称賛(しょうさん)するように、怪物(ダクト)(ミミズ)の這う姿を静かに見送った。

「……?」

そうしていくつかの部屋を通過すると、不意に「呻り声」に()じって人の声が聞えてきた気がした。

 

…間違いない。

「人の話し声」だ。

「……」

だけど、それが本当に「人間」だったとしても、この施設にいる以上、簡単に気を許してはいけないことを彼は重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)していた。

 

なぜなら、彼がリーザという『魔女』に助けを求めたそもそもの理由が、教会の人間と悪魔が手引きしている現場を目撃してしまったから。

日曜日が(おとず)れる(たび)に「人はかくあるべし」とありがたい話を語っていた教皇(きょうこう)が、「人間の敵」と仲睦(なかむつ)まじく()()りしていたから。

出来が良いとは言えない彼の兄も、教会の教えにだけは忠実(ちゅうじつ)だった。

教えの矛盾(むじゅん)に疑問を覚える弟に(ばつ)を与えもした。

次第(しだい)に彼も、それが正しいのかもしれないと思い始めていた矢先の出来事だった。

それに、悪魔との(つな)がりのないであろう町の人々でさえ、彼女を何一つ理解しようともせず不当(ふとう)に傷つけた。

「もう、誰を信用していいのかわからない」

そんな思いを抱きながら、ここ数日で初めて彼の中に生まれた感情に―――悪魔に(まど)わされるよりも強い力で―――(したが)って行動していた。

 

彼は今、教皇の語る「人間の敵」に心を(うば)われている。

 

命の恩人だから?

敵を(ほふ)(いさ)ましい眼差(まなざ)しに(ふる)()たされたから?

町の人々に(しいた)げられる姿を、孤立(こりつ)した考えを持つ自分と(かさ)ねたから?

…彼女が、可憐(かれん)な娘の姿をしているから?

 

……

 

化け物を従え果敢(かかん)に立ち向かう時も、傷つき独房(どくぼう)()いつくばっていた時も、彼を護ろうと必死に説得(せっとく)していた時も、彼女は美しかった。

それが(たと)え、『魔女の力』であってもかまわない。

彼はその魅力(みりょく)を護れる人間になりたかった。

 

彼女の、微笑(ほほえ)む姿に夢精(むせい)していた。

 

「……」

もしも、この先にいるのが彼女の仲間だったら……。

彼女は彼らを助けるためにこの地獄のような巣穴に乗り込んでいる。

だったら…、

でも…、

 

どうやってそれを確かめればいいの?

先にお姉ちゃんを探した方がいいのかな?

…どうして?

今しかチャンスはないかもしれないのに?

今、まさに助けを求めているのかもしれないのに?

あの時の、町でお姉ちゃんが(つか)まった時みたく、ここに「魔女の仲間」に味方する人なんかいない。

だったら…、

「……」

 

彼は声のする方へ進んだ。

敵味方を見極(みきわ)める方法も見つからないまま。

ただただ、「生きることを(あきら)めていく人の顔」が彼の胸を()すから。

 

「……誰?そこに誰かいるの?」

鉄格子(てつごうし)の中にいる数人の女が、部屋の天井(てんじょう)から、絶望(ぜつぼう)の『息遣い』しか聞こえてこないこの施設の中で初めて、()()()()()()()()』を感じ取った。

「なんだ、どうかしたのか?」

女の様子に気付いた男たちもざわめき始める。

「…おばさんたちは、ホルンの人たちなの?」

男の声に(おび)える、弱々しい声が返ってくる。

 

聞えてきたのは(おさな)い少年の声だった。

その声色から(さっ)した女たちはできるだけ(おだ)やかに返した。

「そうだけど、アナタは?町の子なの?」

「…うん。」

「どうしてこんな所に?」

その問いに、声は(なや)んだ。

「お姉ちゃんを助け…、力になりたいんだ。」

女たちは少年を不憫(ふびん)に思った。

()()()()()()()()()()()()()()

「ここには人間用の牢屋(ろうや)がいくつか(なら)んでるわ。連れて来られた人は皆ここに入れられるの。でも、アナタのお姉さんは見ていないと思うわ。だからまだきっと町にいるのよ。だから、早くお帰りなさい。ここはとても良くない場所だから…。」

女たちは優しく嘘を()いた。

 

…誰かと同じようなことを言っている。

少年は彼女たちの声を聞いて、それだけで十分な「理由」になった気がした。

「帰らないよ。だって、お姉ちゃんは闘ってるんだもん。」

言葉にすると、彼を追い返そうとした彼女の姿が頭に(よぎ)り、複雑(ふくざつ)な気持ちになった。

声色は大人びた低い調子になり、少し(ふる)えてしまった。

「戦ってる?悪魔たちと?なんてバカな真似(まね)を…」

「お姉ちゃんは負けないよ。お姉ちゃんは良い()()だから。」

その「人種」の名が部屋に響くと、格子の中の人々は(ざわ)めきだした。

「そんな、まさか…」

「誰なの?」

「だったら坊やは…、何のためにここまで来たんだい?」

「そんな、ありえない。」

人々は口々に今までの「現実」を思い返した。

そして、散々(さんざん)痛めつけられてきた「希望」の、唐突(とうとつ)到来(とうらい)に人々は混乱(こんらん)した。

 

「……」

 

魔女の村よろしく、彼の『変化』を感じ取った女が少年に()()った。

「ごめんなさい。突然(とつぜん)のことだったから、おばさんたちもすぐには信じられなくて…。()(さわ)るようなことを言ってしまったと思うの。ごめんなさい。」

「…僕は、おばさんたちを助けに来たんだ。」

女たちは見詰め合う。

そこにいるのが本当に「少年」なのかわからなくなっていた。

「私たちを?どうして?」

「…だって、お姉ちゃんの大切な人たちだから。」

人々の半数は彼を(うたが)った。

「私たちのことを知ってるのに?おかしいわ。」

「もしかすると、教会の差し金なんじゃないか?」

「じゃあ、これも実験の一つなのか?」

「お前たち、少し落ち着きなさい。」

「村長…、」

子どもとはいえ、町の人間が彼らに手を差し伸べるなんて妄想(もうそう)は、遠い昔に()()てていた。

 

「……」

 

一人の老いた男が疑心暗鬼(ぎしんあんき)な仲間たちを(せい)し、少年が行ってしまう前にもう一つの真実を求めた。

「すまない、坊や。一つだけ、教えてくれないか?君の言う”お姉さん”はなんという名前なんだい?」

「……」

老爺(ろうや)は彼の『様子』に不穏(ふおん)な気配を感じ取った。

…仕方がない。

この状況の中に飛び込んできただけでも異常な「意志」を(つい)やしたはずだ。

その上、こんなにも(あわ)れな戸惑(とまど)いをみせる大人たちを目にしたなら、その気持ちも枯れてしまったに違いない。

「…いいや、やはり、何でもない。()()めてしまってすまないね。」

しかし、これはこれで良かったのかもしれない。

これで少年は私たちを見捨てて町に引き返すだろう。

でも、できることなら―――、

「でも、これだけはその子に伝えて欲しい。今すぐここから逃げなさい。できることなら、フォーレスからも。何処(どこ)か遠い穏やかな国で(すこ)やかに生きて。無茶をせず、幸せな…一生を……。」

老爺は言いきることができなかった。

「自由」、その中に少年の言う「姉」を思い描くことが、どうしてもできなかった。

それでも、いや、だからこそ老爺は願った。

「お願いだ、坊や。その子を、助けてあげてはくれまいか…。」

「……」

天井からの返事はなく、『気配』だけが遠のいていく。

 

「…なんであんなこと。私たちはどうでもいいんですか?」

何人かが少年を行かせたことに不平を()らした。

けれども、その「何人か」と老爺、そして女たちは同じ表情をしていた。

千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスだというのは私にでも分かる。だが…、それでも、死ぬとわかってなお、あんな小さい少年まで巻き込むことはあるまいよ。」

「少なくともあのくらいの子は、こんな(おぞ)ましい世界とは無縁(むえん)であるべき…。そうでじゃないか?」

「……」

鉄格子の中に、子どもの姿はない。

彼らはその()()を、肩を寄せ合い、(なぐさ)()った。

 

 

 

天井の気配が()ってから彼らが(たが)いの涙を()き終える頃合(ころあ)い、

「……え?」

女たちは聞こえてくる『足音』に驚いた。

その子の未来を想って一度は手放した「希望」。それが、火刑台(かけいだい)からの解放を()げる蝶番(ちょうつがい)(きし)(おと)を部屋中に響き渡らせた。

「…坊や!どうして!?」

そこに、彼らが思い描く理想の「少年」の姿はない。()わりに、満身創痍(まんしんそうい)の「戦士」が立っていた。

厚手(あつで)防寒着(ぼうかんぎ)を真っ赤に()め、(さび)びついたブリキ人形のようにぎこちない足で化け物(じぶん)たちの(おり)に手を掛けた。

「僕は…坊やじゃない…。」

カチリ、と(かす)かに立てる開錠(かいじょう)の音は、

「僕は…、リッツだよ。」

二十歳(はたち)にも満たない小さな男が戦場にもたらした精一杯(せいいっぱい)雄叫(おたけ)びだった。

 

彼らは知った。

呪うべき敵を。

信じるべき勇者を。




※それはカメレオンのように壁に擬態して侵入者の有無を窺っていた
原作の「シードレイク」のことです……が、原作の特殊能力(魔法)に『擬態』の意味合いを持つものはありません。
ただ、モンスターが登場する際、「影の中からヌルリと現れた」と取れるような演出を度々使われているので、これを「擬態」と取ってもいいんじゃないかと思って書かせていただきました。

※夢精(むせい)
正しくは、「眠っている間に射精する生理的現象」のことですが、
ここではリーザに操られる人間(動物)の本能的、性的な意味合いを含んだ、「信頼」や「期待」、「希望」などといったリッツの「心」が(”夢”の部分)、
それら全てを満たすかもしれない「リーザ」という「万能薬?」「神様?」「片思いの人?」に乞い願う様子(”精”の部分)
という意味も含めて表現したつもりです。

……要は、「リーザのことがもっと知りたいっ!」「好き好きっ!」って感じ、です(^_^;)
イミフ過ぎて、本当にごめんなさいm(__)m

※老爺(ろうや)
「おじいさん」のことです。

※リッツ・ヴァイフン・ダ・カルトン
――――最高級のバカンスをアナタに。
世界規模でチェーンを展開している某ブランドホテル……ではなく(笑)

ラムールの町に住む少年の名前です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。