聖櫃に抱かれた子どもたち+   作:佐伯寿和2

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ガルアーノ・ボリス・クライチェック その二

……これが走馬灯というものなのだろうか。

 

侵入者どもを映す6つのモニターを眺めながら、私は頭の片隅でそう考えていた。

全ての映像が網膜に映ると、平静を装った表情の内側で慣れ親しんだ感情たちが濁流となってお互いを丸呑みにし合っている。

憤怒、悲哀、怨恨、郷愁、憐憫……、

呑めば呑むほどに太り、より貪欲に大口を開ける。

常に私の(かたわら)にあり、私を強く、(たくま)しく育てた私の中のソレら。

ソレらがモニターを見て笑う私に囁くのだ。

 

 

――――お前は死ぬ、と

 

 

鳥肌が立つ。

ようやく…、ようやく、ここまで辿り着くことができたのだと感慨深く思った。

 

それもこれも、この世のあらゆる命を愛さんとする「運命」様のお陰と言わざるを得まい。

エルクは『炎の精霊』に見初(みそ)められ、アーク一味の攻め込むタイミングに合わせることができた。

シャンテを使ってグルガを巻き込み、ちょことヂークベックの重い腰を上げさせることにも成功した。

ワシの「影武者(かげ)」も色々とアレンジを仕掛けたらしく――ワシの理解者だけあって――、奴らを最高の状態に仕上げる良い働きをしたようだ。

現状が他の将軍連中に伝われば、そろそろ事の大きさに気付き焦り始めるだろう。

…ただ一つ、想定しなかった訳ではないが、リーザが林檎を喰わなかったことだけが心残りでならない。

「魔女狩り」や「キメラ計画」、「エルクの不幸」に触れさせてやれば『力』を求めないはずがないと高を(くく)っていたが、どうやらアレを生娘(きむすめ)(あなど)っていたらしい。

 

だが、それもまた私の望んでいた結果の一つなのかもしれん。

リーザが『力』を拒み、足手まといになるほどにエルクはあれにミリルを感じて『力』に見境がなくなるだろう。

エルクの『力』はまだまだ成長過程の途上にある。いつの日か単身、将軍すら燃やせるようになるかもしれん。

私はそれを見届けることができんが、それを夢想するだけで胸躍るじゃないか。

 

……そう。事は全て順調なのだ。

 

 

 

モニターの向こう側では私の用意した演目が期待以上の毒々しい花弁でもって慎ましさも体裁も忘れ、泥臭く開いていく。

 

心の揺れを抑えようとするほどに血糊が刀身に(まと)わりつくことを許してしまう猿

逃れられない主従関係と歪んだ温もりを求める影

「愛」を選別できず自ら傷を負う魔女

……、

そして、エルクとミリル、それと産まれたての勇者よ、お前たちそれぞれが見せた葛藤には「胸を打たれた」としか言いようがない。

日々、「悪夢」にうなされながらも生き抜いてきた人間の強さ、「人」であることを捨ててまで戦うことを選んだ人間の強さというものが、初めて私の予測(シナリオ)を超えたのだ。

揺れ動くギリギリの精神状態の中で「成長」し、括り付けられていたはずの「運命」さえも斬り伏せ、手を取り合って勝ち取ったお前たちだけの「未来(ハッピーエンド)」なのだ。

クククッ……、改めて心からの祝福を贈らせてくれ。

 

お前たちの未来に幸多からんことを!

 

 

 

……貴方にこの感情が理解できるだろうか。

いいや、できない。できるはずもない。

たとえそれが「道具」だったとしても、産み出したソレの成長を見守ることもできない貴方の心には”愛”という本能が欠落しているからだ。

「王」に促され、穴蔵から出て知恵をつけ始めた頃の私はよく思ったものだ。

今も、そしてこれからも私の傍にいない貴方は私のことで思い悩むことはない。ならば、私の死にも涙一つ流すことはないのだろうと。

 

だから貴方の生存を知った時、私は初めて「世界」に()()()()を感じたよ。

一刻も早く貴方の顔が見たくて、敢えて私は貴方の『魔女狩り(あくむ)』を呼び覚ますような真似をした。

それは私にとって唯一、恐怖と背中合わせの行為だったのだぞ?

だのに貴方は私に目をくれることもなかった。私にだけ分かるメッセージを残すこともしなかったのだ!

 

そんなにも私に興味がないのか?!

 

途端、怒りが頂点に達したと同時に、急速に冷めていった。

もはや「魔女(ホルン)」などどうでも良いではないか。「母」を求める年頃でもあるまい?

いい加減、大人になるべきだ。

そう、私自身に言い聞かせた。

……いいや、この耐え難いほどの憎しみを忘れることなどできる訳がない。

ただ、それを貴方に知られたくなかった。唐突に芽生えたプライドがそれを許さなかったのだ。

 

……いいだろう、

こちらからのアプローチが難しいのなら、私自身がメッセージになってやろうではないか。

貴方が穴蔵から世界を覗き見た時、一番に目に入る存在になればいい。

目を背けられないほどの『悪夢』の象徴になればいいじゃないか!

……クククッ、

その時、貴方は思い知るだろう。否定された子は(あなた)だけの悪魔になるのだ、と。

 

 

 

勇者どもはそのための前座のつもりだった。

 

事実、連中に私を殺すだけの力などありはしなかった。

アークは誰よりも『精霊』との対話が巧みかもしれん。猿は猿なりにお下がりの『妖刀』でよく立ち回っている。グルガの日輪を纏った『拳』は私の(にく)を焼いた。ヂークベックに至っては不完全ながらもどこか、かつて我々を(おのの)かせた気配を漂わせている。

 

だが、全身に数百の唇を張り巡らして呪言(じゅごん)を吐けば『精霊のための聖域』を(おか)せた。無機生命体(スライム)気化生命体(ゴースト)の肌を重ねれば『妖刀』の切っ先を鈍らせることができた。

焼けた肉は無生命体(アンデッド)に喰わせて太らせれば、いかようにも補える。

世界に存在するありとあらゆる環境に順応できる。それが、私だ。

 

私はかつて本物の勇者率いる特使団一線交えたことがある。

しかし奴らでも私を滅ぼすことはできなかった。そして今や奴らに負わされた傷は一つとして残っていない。

この意味が分かるか?

コレは、たかが十数年生きた程度の「勇者もどき」に駆逐できるほど優しい化け物ではないということだ!

 

だが、コイツらもいずれは成長するだろう。「勇者」の名に恥じない姿に。その時はそう遠くない。

いまだ怯え、殻に閉じ籠もったままのアクラも、お前たちの勇姿に背中を押される日が来るのだろう。

 

私はお前たちを信じている。

 

…クックック、「勇者どもはそのための前座のつもりだった」?

そんな奴の吐くセリフではないな。

 

さあ、エルクよ、『(キサマ)』の望むものは与えてやったぞ。その力でこの怪物を思う存分焼いてみせろ!

……でなければ、私はもっと恐ろしい選択をしなければならないのだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――一瞬、視界(せかい)が色を失くした。しかし次の瞬間には『(あか)』が私を包み込んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

……体が熱い…、クククッ……そうだ、熱いぞ、エルク!!

 

……私は憶えているぞ。これは、私が産まれて初めて目にした色だ!

あの時、足下では数百の老若男女が私を見上げ、奇声を重ねていた。

そんな「世界」で仔鹿のように覚束(おぼつか)ない足取りで闊歩(かっぽ)しながら、一面に燃え広がる紅に包まれ、私は虚ろに思ったのだ。

 

――――どうか殺してくれ、と。

 

()()()()()

私は、逃げ(まど)う餌を喰えば喰うほどに狂っていく自分を受け入れなければならなかったのだ。シャンテの『不死』を(もてあそ)んだ拷問(あれ)でさえ生温い。数十、数百の感情が全身に巡る苦痛は今でさえ他で例えることができない。

それでも私は老若男女を喰い続けた。喰らい続けなければならなかった。私の産まれ落ちたこの「揺り籠(せかい)」が、貴方の認める色に染まるまで。『許されなかった』。

こんな『悪夢(あか)』で貴方は満足しなかったのだ。

 

私が呻きながら喰い散らかしている最中、ほんの一瞬、ようやく、貴方は笑った。

それを見て私は、これこそが「世界」なのだと理解した。

 

 

だからこそ、私の中の――今や数百万にも膨れ上がった――私はこの二人の”愛”に共鳴したのだ。

勇者どもの、正義や希望に満ちた『力』ではなく、絶望や後ろめたさの中で煮えたぎるお前たちの「憎悪」に。

 

 

 

 

 

 

――――そうして、私の「世界」は黒ずんでいった……

 

 

 

 

鉄塊(てつくれ)の空が私を哀れんでいるように見えた。

片時も鳴り止まず私の鼓膜を破り続ける騒音でしかなかった幾万の鼓動が鳴り止み、真空のような「空白」がそこに漂う。

「世界」は、こんなにも静かなものだったのか……、

 

 

「……キサマは、誰だ?」

 

 

(かす)む視界に、黄土色の悪魔が映り込んだ。

「……」

寸胴(ずんどう)な体格のそれは私の問いかけには応じず、ただただ横たわる私を見下(みくだ)すだけだった。

 

部下は全員退避させた。それに――コイツは使い魔なのだろうが――、倒壊寸前のこの瞬間にわざわざ私を訪ねてくるなんてのはどこの悪趣味なバカだ?

アンデルか?それとも他の将軍か?

 

 

………ああ…、いや、なるほど。そういうことか。

 

 

悪魔の手首に紺碧(こんぺき)水晶(アミュレット)が下がっていることに気付いた時、私は悪魔(それ)が何者か理解した。

「まさか貴方だとは()()()()()()()()()。」

……ウソだな。

心のどこかで、私はそれを期待していたんだ。

本当は私を見守っているのだと夢想していたんだ。

…それは()()()()自分に言い聞かせてきたつもりだったんだがな……。

「…それでも貴方はあの穴蔵から出てきてはくれないのだな。」

「……」

黄土色の悪魔は口を開かない。

そう『命令』されているのか。そもそも言葉を知らないのか。

まあ、そんなことはこの際、どうでもいいじゃないか。これは夢にまで見た“感動の再会”なんだぞ?

「自らの子を捨てる」というこの世で最も非人道的な人間に憎まれ口の一つでも言ってやるべきじゃないか。

 

3000年で積もりに積もった不満を思い返し、彼女を最も傷付けられる言葉を探した。

…すると、不思議と笑いが込み上げてきたのだった。

「ククク…。子は親に似ると言うが、貴方は私以上にこじらせてしまっているらしい。」

「……」

貴方を見て浮かんだ“親子”という言葉が、なんとも愉快に思えたのだ。

「貴方が陰気な穴蔵に閉じ籠もっている間に、私は色んな経験をしたよ。”王”に仕え、色んな殺し方を覚え、未来が千差万別なものだと知ったよ。」

「……」

フッ…。

ふと、ブサイクな黄土色の悪魔の、その濁った瞳にあの人の面影を見た私はどうしようもないマザーファッカーなのだと、今さらながらに自覚した。

 

「貴方は何も変わっていない。……臆病者め。」

そこには(わび)しさもあった。

自分には「切っ掛け」があったとはいえ、大きく成長した自分に対し、彼女があまりに小さく見えたからだ。

「今も、私の死を確認しに来ただけなのだろう?だったら、この通りだ。この『炎』はあの時のそれとはモノが違う。私を焼き殺す、確実にな。逃げられるはずもあるまい?あの魔女が私にそう『命じたんだ』。わかったらさっさと私の前から消えろ。」

だんだんと、その目で見詰められることに我慢がならなくなってきた。

()()()()()()()()()どっちの意志なのかわからない。それでも、この「腹立たしさ」は間違いなく私への侮蔑(ぶべつ)を感じ取っていたのだ。

「憐れなヒロインを護る無知な(しもべ)は3000年前に死んだ。ここにいるのはガルアーノ・ボリス・クライチェック、貴方の世界ももろとも滅ぼす”王”の(ポーン)だ。」

「……」

世界最強の軍事国家に巣食う悪魔がそう吠えると、

「――――!?」

 

黄土色の悪魔が、身の丈ほどもある造りの荒い鎌をガルアーノ・ボリス・クライチェック将軍の首に突きつけた。

「…クククッ……、ハッハッハッハッ!!訂正させてくれ。やはり俺たちは親子だ!」

手足はすでに燃え尽き、抱える腹もない。それでもガルアーノという名の悪魔は顔をグシャグシャにし、(よじ)れるようにして笑った。

「不安で仕方ないんだろう!?何を考えているかわからないんだろう!?殺されるかもしれないと怯えているんだろう!?」

爽快感が彼の中に駆け巡った。永く自分を悩ませていたものが全て口から吐き出される快感に酔いしれた。

そうだ。たとえ離れ離れになろうとも、どれだけの時が経とうとも関係ない!

「義理も人情も蝕まれ、何を利用してでもその手で葬らねば気がすまなくなったんだろう!?わかるぞ、わかるぞその気持ち!!私もそう思っていたからなっ!!」

私は「醜いアヒル」の子なのだ!

「さらば、憎しみに溺れた醜悪な母よ!せめても貴方の手で死ねて本望だ!死んだ先に貴方がいないという保証になるからな!」

嬉しくて堪らない!涙が出そうだ!

3000年もの間、畏れ続けていたものが取るに足らないものだと気付いたんだ!

鏡に映った自分自身だと気付いたんだ!

これほどまでに幸せな死の瞬間が他にあるか?!もはや何の未練もないわ!

 

さあ、今こそその時だっ!!

 

「殺せ!殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、ころ――――っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 

 

 

ロマリアの悪魔に突きつけられた鎌は振り下ろされなかった。

振り下ろされず、もろとも踏み潰された。

たとえ首を落としても、ソレは彼女を責め続けただろう。それに気付いた黄土色の悪魔が『命令』に背いたのだった。

「貴方が気に病むことは何一つとしてない。この世に産まれ落ちた時点でその命は自らが命を賭して護らねばならない。これは絶対の真理なのだ。」

黄土色の悪魔は、そこに居合わせない主人に語りかけた。

「その相手がたとえ、親を殺そうとする子であろうと、子を殺そうとする親であろうと。」

時に、彼らは同胞であろうと容赦なく殺し合う。

それが、より強い者から命じられる者の宿命。

「貴方は何も間違っていない。ただ、この男が弱かった。それだけの話しです。」

黄土色の悪魔は遥か目上の悪魔を見下(みくだ)した。

そうして彼女の子の亡骸に唾を吐きかけると、無骨な大鎌を引きずって崩れゆく施設から消えていった。




※マザーファッカー
英語圏のスラング。「このクソ野郎」や「最低のゲス野郎」というような相手をなじる際に使うもの。

本当は「どうしようもないマザコンだ」と書こうと思っていたんですが、どうもインパクトに欠けるなと思い、だいぶ意味合いは変わってしまいますが、語感はこっちの方が合ってるなと思ってこの言葉を使いました。

※駒(ポーン)
チェスの駒の一つ。将棋でいう「歩兵」のことです。
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