聖櫃に抱かれた子どもたち+   作:佐伯寿和2

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ちょこのお散歩 その一

「本当に大丈夫ですか?」

いかにも金持ちの教育を受けたであろう小太りの紳士が言った。

「あぁ、あの二人がいれば怖い者なんてないさ」

少し前までのアタシなら、この気取った紳士様が本性を曝け出すまで噛み付いてた。

「手伝ってやれないけど、アンタらも無茶するんじゃないよ」

……こんな事を言うような奴じゃなかった。

 

 

――――時はガルアーノ討伐直後、シルバーノア、客室

 

「おねーさん、お船さん、どこ行くの?」

ガルアーノが死んで、なんか気が抜けてしまって、雲の上を走る窓の外をボンヤリと眺めていた。すると、私に並んで外を眺めるちょこが聞いてきた。

「この船かい?…さぁ、どこだろうね」

あまり興味がなかった。それよりも、この子の顔を見てまだ自分にやることがあることを思い出した。ラルゴの、あのクソ野郎の尻拭いをしなきゃならないんだった。

クリクリと癖の強い赤毛の女の子は私をジッと見つめていた。

「ちょこ、おいで……」

私が呼ぶとこの子は目を輝かせて寄ってきた。頭を撫でると仔犬のように尻尾を振った。

「よく、頑張ったね」

褒めてやると、少し自分の胸が苦しくなった。

 

「これから何処へ?」

今はもう、誰の父親でもない彼が聞いてきた。「アララトス」その国の名前を口にした時、私はボンヤリとアクラの言葉を思い出した。

――――「私とお前、どっちが本当の悪か。そこでお前にもはっきりと分からせてあげる」

そんなことをしたってお前が味わってきた「苦しみ」は少しも癒えたりしないのに。

あれは偽物(クローン)だったけど、自分の弟を手にかけた今の私には、それが手に取るようにわかった。

「アンタはどうするつもりなんだい?」

「まだやることがあるんだろう?君たちに付き合うさ」

「……暇な奴だね」

なぜか私は「エレナの所に帰ればいいのに」そう思う一方で、彼が傍にいてくれることに安心していた。

心細いと思っているのかもしれない。

この子の面倒を最後までみてあげられるか、護るべき時に傍にいてやれるか。自信がないのかもしれない。

……パシンッ!

なんだい、それ?あの子を悲しませようってのかい?クソが。アタシもいつまでも成長しないね。

「…大丈夫か?」

「なにが?」

「……あまり自分を追い詰めるな」

「ハッ、どの口がそんなこと言ってんだか」

ジンジンと痺れる頬、一度でも「痛い」なんて言ってごらん?何度でも叩いてやるからさ。あの子の前で二度と弱音が吐けなくなるようにしてやるよ。

 

 

――――現在、「ミルマーナ軍迎撃作戦」会議後、グレイシーヌ国上空

 

あと一時間もすれば船は一度、辺境に降りて戦士たちを降ろす。その時に私たちも一旦、船を降りて「散歩」に行くことになっている。そういう約束をした。

「ちょこね、すいかうどんが食べたいな♪」

「アンタはいつも食い物の話をしてるね」

「だって、ちょこまだお菓子のお城も食べたことないし、シチューの王子様も助けたことないの」

「なんだいそれ。王子様を助けると良い事あるのかい?」

「もちろんよ、カレーの王女様になれるんだから!」

「だったらとびっきりのイケメンを捕まえなきゃだね」

「…イケ面?それどんなお面なの?トロトロ系?それともクルクル系?」

「……好きな方でいいよ」

 

金はアークからいくらか工面してもらった。二、三日は飲み食いに困らない程度だ。

「これで、いいのか?」

チョンガラに頼んでグルガに「目立たない服装」を用意してもらった。腰巻一つの男が様式美を大事にするグレイシーヌの町中を歩いたら散歩どころの話じゃなくなるからね。

「いいんじゃない?あとはその服を破かない努力さえ忘れなきゃ完璧だと思うよ」

今の彼はイガールとトーブという布を纏っただけのような中東の簡素な、ゆったりとした衣装で身を包んでいる。オシャレ的には不合格だけど、法律的には十分に及第点だ。

 

付き合っていて分かったことだけれど、彼は頭に血が上ると服を破く癖があるようだった。

英雄だった彼は人目を気にするくせに、あのほぼ裸みたいな格好が祖国での伝統的な戦闘スタイルなのだ言って、TPOをわきまえようとはしなかった。

それを私が、無知がどれだけ恥ずかしい事かを事細かに、厭味(いやみ)ったらしく罵ってやった。そうでもしないと戦闘民族の頭には文化人の言葉が通じないようだったから。

「スーツの時もそうだったが、全身を布で覆うというのはやはり体に悪いように思えてならない」

「それって、遠回しにアタシに裸になれって言ってるんじゃないだろうね?」

「……」

「わかった?そういうこと。だからくれぐれも街中でバカな真似はしないでよ?」

「……わかった。そうしよう」

もしもまた同じようなことを言ったらコイツの顔ににアタシのパンツを叩きつけてやる。

 

 

――――グレイシーヌ国、首都ペイサス

 

首都はさすがに人目に付き過ぎるかとも思ったけれど、ここはガルアーノの勢力圏外だし「知り合い」と顔を合わせることもないはず。

たまにはそういう後ろ暗いことを考えずに思い切り羽目を外してもいいような気がした。

「変な格好の人が一杯なの~」

「こら、走るんじゃないよ。あと知らない人の悪口を言うのもなしだ。じゃないと立派な王女様にゃなれないよ」

「ん〜、わかったの!」

そう言うとちょこはわざわざ悪口を言った相手に謝りに行って困らせていた。そうして帰ってきたちょこは満面の笑みで「ちょこ、良い子だって褒められたの!」と喜んでいた。

その内の何割が本物の感情かもわからな……ダメだ。どうしてこの子の「努力」をバカにするようなこと考えるんだ!

この子の過去を知ってる奴はもうこの世に私しかいないんだから。それに今日は「休日」だって、何度言わせる気?

「おねーさん、大丈夫?」

「あはは、大丈夫。気にしないで」

……落ち着け、落ち着け……アタシにならできる。そうだろ?

 

私たちは極東の、異国情緒溢れる町並みを堪能した。

船頭の操る小舟に乗っていろんな色の魚が泳ぐ川を下り、大道芸みたいなことをする露店を巡り、やたら伸びる手の平サイズの米に四苦八苦して「知らないもの」を感じ合った。

「次はどこに行くの?」

「悪いね、少し足がくたびれちまったからどこかで休憩させてくれないかい?」

「それならこの先にあるという大図書館に行くか?なんでも世界一の蔵書を誇るのだとさっきの露店の男が言っていたぞ」

「図書館か……。ちょこ、休んだらまた散歩に付き合ってあげるからさ、少しの間だけ静かにご本を読んでいられるかい?」

私の問いかけに、女の子は元気に答えた。

「ちょこ、できるよ!だってお父様が読んでくれた狼と赤ずきんの女の子のお話、ちょこ大好きだから!」

「……そうかい」

 

私たちは川を挟んでも特有の古本臭漂う大図書館にやって来た。

「これは確かに凄いね」

中は想像の倍の本と人がひしめき合っていた。客層の大半がガリ勉っぽい格好をしていたから少し不安になったけれど、職員に聞けば子ども向けのコーナーもちゃんと充実していた。

「悪いんだけどさ、ちょっとこの子、見ててくれるかい?」

「かまわないが、探し物なら私も手伝えるんじゃないか?」

「かまってくれる相手が一人もいなくて、この子が大人しくしてると思うかい?」

「……わかった、何かあったら呼んでくれ」

「ああ、よろしくね」

私は二人を置いてまた職員を訪ねた。

 

「アララトスの遺跡に関する文献ですか?あるにはありますが、あの地域に関しては研究が滞っていますので翻訳できているものはかなり限られていますが。それでもよろしいですか?」

去り際にアクラは「アララトスの地下迷宮」としか言わなかった。あそこにどれたけの遺跡があるかも知らずに。

グレイシーヌに並んで歴史の永いアララトスには100を超える遺跡がある。すると当然、それを専門に活動する悪党も多くなる。

逆に、潜り込んだネズミを懲らしめるための仕掛けもまた多種多様にある。

私はできる限りの場所の特定と、潜るにあたって対策しておくべき注意点を調べることにした。

なにせ、場所によっては石像に向かって特定の呪文を唱えなきゃならないなんてものもある始末。

シュウがいればこの手の罠はお手の物なんだろうけど、いないものを頼ったって仕方がない。

本当は一日休みにするつもりだったけど、グルガが「大図書館」なんて言うもんだから、やれる時にやるべきかもしれないと思ったんだ。

 

そうして見せつけられたものを見て、思わず泡を吹きそうになってしまった。

「こちらの棚がそうです。もしも何かわからないことがあれば遠慮なく仰ってください」

「……ああ、ありがとう」

司書は「限られている」と謙遜していたけれどそれは「大図書館」という規模から見た言葉で、彼女が指し示したのは私の背丈の二倍あって、隙間なくビッシリと詰まった本棚三つ分だった。こういう場所に馴染みのない私にしてみれば「砂金で一発当てる気かい?」と笑ってやりたくなる量だった。

まったく、研究者って生き物はどうして同じコンテンツにこれだけの熱量を割けるんだろうか。そう考えると周りの眼鏡をかけた客どもも憎らしく思えてきた。

「…いやいや、こんなことで萎えててどうするのよ」

また頬を叩くと、数人の利用客が訝しげにこっちを見た。…これは外では止めておこう。

 

「……これは?」

何か手がかりはないかと一歩離れて棚を眺めていると、一冊の本の頭から白い何かが飛び出していることに気がづいた。

「…羽?」

それが紅い羽だったらまた意味も違ってきたけれど…。それでも、羽の形はアイツに似ている気がしなくもない。私は導かれるままにその本を手に取った。

著者は『H.ルーシー』、内容は著者がアララトスの遺跡を探検中に見つけた古文書の解読と、その考察だった。

「……」

幸いなことに、私は神も天使も信じないけど、悪魔の意地汚さだけは信じられた。アイツらは自分の欲望を満たすためならなんだってやる。

そういう意味ではこの羽も、アクラを探していたというお仲間が手掛かりを得るためにここに立ち寄った時に落したものなのかもしれない。…なんてくだらないこじつけをしないと、とても読む気になれない字の密度だった。

 

古文書はどうやら日記形式で書かれていたらしかったが、そこに書かれていた日付が現在使われている暦の書き方と違っていたため、解読できないとの注意書きが始めの方に書いてあった。

そして、目を通していくらもしない内に、その運命に自分の目を疑ってしまった。

 

「今日のお天気、天井。たいくつぅー

あっ階段だ!降りてみよーと!

あっこんな所に宝箱があるの!

何が入ってるのかなぁ?

あれ?からっぽだー」

 

そんなふざけた内容が真面目に書かれていた。

この他にも、夢に出てきたゾンビに向かって「腐っても鯛」と言ったことや、ハンバーグが好物だというようなことが書かれていた。

そして、あろうことか「ちょこ」「トココ村」という決定的なワードまで見つけられた。さらには……、

 

「あっこんな所に階段があるのー

降りてみよーと

お水が流れてるの。ごくごく。おいしーの

 

ちょこどうしてここにいるんだっけ?

えーと?

そうだ!ちょこ道に迷ったんだっけ

ちょこおうちに帰らなきゃ

えーと、ちょこのおうちはトココの村にあるの

森の中にある村なの。ちょこ帰るのー」

 

ふざけた内容の中にキーワードが隠れているのを私は見逃さなかった。

まず、水を飲んだ後に記憶を消してる。そこに記憶を消したいものがあったんだ。

それに、私があの子に森で出会った時、「家に帰りたい」と言ってた。それは村とは別の「家」らしかった。そしてここでも()()()()()()()()()()。それってつまり、そういうことなんじゃないか?ここに、もう一人の「父親(ラルゴ)」がいるんじゃないか?

 

ただ遺跡の目星と攻略の手掛かりでもあればと思っていただけなのに……。

 

この著者はベテランの護衛を連れていて、地下4階まで潜ったものの、護衛に続き、著者自身も謎の体調不良に見舞われ引き返す外なかったらしい。

酸素が薄いのかもしれない。だからって水の中でもないのに酸素ボンベなんて担いだまま行動するの?それこそ自殺行為だ。

…なんとか考えておかないと……。

その後も、この遺跡に関するものを一時間で読めるだけ読んで、後でグルガと一緒に対策を考えることにした。

 

約束の時間になってあの子を迎えにいくと……、

「少し前までは真面目に読んでたんだがな」

グルガの膝の上で、絵本を抱えたままちょこは眠っていた。

 

……大丈夫、シルバはまだお前の傍にいるよ。

 

私たちは眠る赤ずきんを背負い、可愛らしい飴細工を三本買って宿に帰った。




※「私とお前、どっちが本当の悪か。そこでお前にもはっきりと分からせてあげる」
140話「赤い靴 その四」で、もう一人のちょこ、アクラが去り際にちょこに向かって言った言葉です。

※TPO
時(Time)と場所(Place)と場合(Occasion)の略。

※場所によっては石像に向かって特定の呪文を唱えなきゃならない(ちょいネタバレ注意)
原作のバルバラード編でスフィンクスの出すなぞなぞに答えるというシーンがあったので。

※紅い羽
アクラの羽のことを言っているんですが、「紅」はガルアーノのイメージカラーだったのに…。「赤い羽」で全然良かったのに、この頃の私は厨二的な感覚で『「紅い」の方がカッコいいやろ!』みたいな感じで使ってるんでしょうねどうせ(笑)

※そこに書かれていた日付が現在使われている暦の書き方と違っていたため、解読できないとの注意書きが始めの方に書いてあった

原作では「◯月☓日」という表記が繰り返し使われていたので、「解読不能」という扱いにしました。

※ホンマのあとがき
タイトルに「その一」と付けている通り、続編を書く…かもしれません。
ただし、ちょこたちがアララトスに着いたら、そこからは本編の方に投稿する予定です。
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