現在時刻P.M.11:00。
記憶喪失の少年、刹那・F・聖永は、人の目を避ける様に、消灯済みの廊下を歩いていた。
(この時間帯は、女子は少ないが・・・まだ油断は出来ない。前も、女子トイレに隠れなければ鉢合わせする所だった・・・)
一夏と同じ様に無改造の制服を身に着けた刹那は、注意深く歩きながら隣人である小鳥が待つであろう自室へと歩を進めていた。
(オリムラの言っていた事とは大違いだな。結局オレは特別教室に行かされ、記憶の復活に向けて催眠術や脳波チェックを受ける・・・期待している訳ではないが、何時になったらオレは『普通の学園生活』を送れる様になるんだ?)
口にも表情にも出さないが、刹那は確かな不満を心の中で口にする。
始めの五日間は別室で寝泊まりした上、今日にしてもまだ早い方だが、昨日は午前1:00頃に解放されている。
彼自身、『普通の学園生活』と言う物について詳しく知っている訳ではないが。これを普通と言うのは無理が在ると思う。
(とは言え、どれもこれもオレが記憶を取り戻せば良いだけなのだろうな)
立ち止まり、心の中で独白しながら、彼は胸元に架けられたペンダントを取り出す。
(・・・これを見ていると、何かを思い出せそうな気がする)
正直、このISのような物が何なのかは解らない。だが、自分自身の正体はこれに在るのだろう。頭の中で、そんな確信が渦巻いている。
とは言え、IS学園の設備でこれを調べて解ったのは、二つ
機体の偽装コードであろう『EXIA』の機体名。
そして、この機体にはISに在るべきISコアと呼ばれる機器が存在せず、謎の動力機関によって稼働していることだけだった。
(兎にも角にも・・・、『コレ』が何か分からない限り、オレはオレ自身の正体を掴めないだろう)
ペンダントの飾りを胸に仕舞い込み、また歩き出す。
今日、小鳥がイギリス代表候補を打ち破った事は、学園中の噂になり、それは刹那の耳にも届いている。
(だが・・・。その上でオドリはイチカに勝利を譲ったらしいし・・・。何を考えているのか、いまいち解らないな)
同居人の考えが読めない事に首を傾げる刹那。
その戦いが学級代表の選出を理由として勃発したことであり、尚かつ小鳥自身が代表の地位を嫌って降参したのだと言うことを、彼は知らない。
・・・・・・・・
「・・・・・・これは、どう言う事だ?」
「なっはっは。スマン、一夏が寝落ちしやがった」
苦笑いしながら刹那に弁明を試みる小鳥。
ベッドに腰掛ける小鳥の隣では、上体を突っ伏して寝息を立てている一夏が居た。
「いや、そうではなくてだな・・・・・・」
「あー、解ってる。何で一夏がここに居るかって事だろ?それに関しちゃ、ちゃんと話すから」
その前に、と付け加え物騒な笑みを浮かべ、小鳥は一夏を起こさぬよう静かに立ち上がる。
そして、一夏の隣に立った小鳥は、脚を思いきり上げたかと思うと。
それを振り下ろし、一夏の寝ているベッドのすぐ隣を勢い良く踏み潰した。
当然、小鳥に踏まれたマットレスはへこむが、慣性の法則に従い、瞬間一夏は空中に漂う。
だがそれは一瞬の出来事であり、今度は重力に引き寄せられた上体が、一瞬遅れで追従するようにマットレスへ降下する。
一方のマットレスは、小鳥の足が離れた為に己の弾力に従って上方に戻る。
「だぁっ!?」
・・・・・つまり、一夏の顔面にマットレスの角がめり込んだ。
「でぇっ!?」
反動で仰け反った一夏は、勢いそのままに後頭部を別のマットレスにぶつけ、
「わぶっ」
更にその反動で元のベットに顔を打ち付けた。
「夜だけどお早う一夏」
「何すんだよ!?」
「モーニングコールならぬミッドナイトコールですよ、懇親会の主役が寝ててどうする」
「だからってな、三回も頭を痛め付けるは酷くないか!?」
「イヤ、2HIT目以降は流石の俺でも予想つかんかったわ」
頭の後ろをさする一夏に、罪悪感ゼロの小鳥が苦笑いで対応する。
「うぅ、そこで開き直るなよ・・・・・・って、そっちの男子って、」
「おう。俺の同居人、刹那・F・聖永だ。あー、刹那。このバカが俺のクラスメイトにしてお前の隣人、織斑一夏だ」
「あ、ああ」
戸惑いながらも返事をする二人。
橋渡しをするように互いの事を紹介する小鳥、少々強行なのは否めないが、時刻が時刻である。健康生活に爺ムサイ程気を遣っている一夏の事だ、これ以上遅くまで起こしていたら翌日に健康の重要さを長々と語られる事になるだろう。
「そら、面会わせも終わったんだ、さっさと手前の部屋に戻って箒のヤツにどやされて来い」
「な、もう良いのか?」
「ホントは良かねえが、お前とて度が過ぎる夜更かしは望む所じゃねえだろ?ならさっさと寝ろ、お前から|恨み節聞かされんのは御免だからな」
ぶっきらぼうに言い放つ小鳥、訝しむように問いかける一夏と刹那。現在世界で三人しか確認されていない男性IS乗りが一堂に会した所で、元より緊張感に欠如した面々だったのだ、そこまで珍しい光景には見えない。
・・・・・・・・・
結局、小鳥に言いくるめられた一夏は自室へと戻り、刹那と小鳥だけが残された。
「・・・碌に話もしていないのに、あんなに早く帰して良かったのか?」
制服を脱ぎ、ベッドに置いていく刹那が、小鳥に話しかける。
どうやら、刹那も彼なりに自分以外の男子が気になっていたらしい。小鳥はそれを知ってクスリと笑う。
「良ーんだよ、アイツは十分に若いクセして老成してるっつーか、シジムセぇんだよ。良く分からんが、兎に角健康に気を遣いすぎてこっちにまで波及しやがる」
だから遅くまで起こしたくなかった訳だ。とニヒルな笑みを浮かべ嗤う小鳥。
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、ドカリと自らのベッドに腰かける小鳥。
「まぁ、アイツはアイツで放っといても問題は無いだろ。それよりもお前の方だよ、学園生活は馴れたか?」
「・・・一応は。だが、アレに馴れたら本当に普通の学園生活からは二段も三段も離れる予感がする」
無表情ながらも心中で苦笑する刹那。
対する小鳥もペットボトルから口を放して皮肉気に表情を歪める。
「そりゃ仕方ねぇ、お前は例外揃いの男子の中でも抜きん出て特異だからな」
所属不明、国籍不明、彼のISに関しても足掛かりが無いのだ。ほか二人に比べて見ても、刹那の立ち位置と言うのは特異、否、危険な物なのだ。
(まぁ、女子と同室だったらもっと大変だったんだろうがな)
それを加味した上で小鳥の同室にしたのだろう。
男子慣れのしていない女子は、異性との付き合いを知らない。そうなるとどうしようもなく空気が悪くなるか、情報を聞き出そうとして刹那が無理してしまうだろう。
そこまで考えて、小鳥は一つ疑問に行き着く。
(情報、ね・・・・・・。俺や一夏みたいにニュースにもならんし、それ以上にリーク情報の一つも無かった・・・。刹那には何があるんだ?)
IS学園と言う国家クラスの権力を持つ組織ならば、男性IS搭乗者の存在を表に出させなくするのも出来ない事はないだろう。
しかし、何故隠す必要があるのか。手近なペンを咥え、考察を始める。
(IS学園が隠す理由・・・考えられる理由が少なすぎる、寧ろ、身元の特定の為に大々的に公開、情報を待った方がよっぽど自然だ・・・何者かが圧力をかけた・・・?否しかし何の為に?)
シャワーに行った刹那を見届け、一人残された部屋の中で、当人も預かり知らない何かを考えている小鳥だった。
・・・・翌日・・・・
1年1組の教室では、ほくほく顔の山田副担任が前日の結果を述べた。
「昨日の対戦の結果、セシリアさんが敗北、小鳥くんが降伏、クラス代表は織斑くんになりました!」
その叙述を皮切りに、クラスの女子が拍手をする。
当の一夏と言うと、誇るよりもまず、はにかむ様子を見せていた。
そんな一夏の心持ちを知る筈も無く、みな思い思いの口振りで囃し立てる。
「せっかく男子の居るクラスだもの、ならクラス代表にしなきゃね」
「織斑くんがクラス代表になれば、貴重な経験を積めるし。他のクラスの子に情報を売れるし。一挙両得だね」
「売り物にすんなよ・・・」
ある意味そんな事情からは蚊帳の外である小鳥が、小さく突っ込む。自分の事じゃないからできる立ち居振舞いである。
だが、そんな小鳥の心の平穏を盛大に崩壊させる言葉が千冬から飛び出した。
「ちなみにだが、昨日の戦闘で次点の小鳥にはクラス副代表を務めてもらう」
「は?」
厄介の立場から逃れられると安心していた小鳥の顔が、一瞬にして呆けた顔に変わる。
「えちょッ、先日はそんな事言ってませんでしたよねッ!?」
「言ってなかっただけだ。代表が居れば副代表も居て当然だろう?」
「そうかも知れませんが・・・・・・。あぁもう良いですよ・・・・・・」
反感はあるものの、こうなっては仕方がない。
諦めのため息と共に肩を落とす小鳥。
後ろ纏めにしている頭を掻くその姿は、疲れているかのように矮小なものに見えた。
と。気力を失った小鳥と、嬉し恥ずかしの一夏の後ろから、敗北者セシリア・オルコットが声をあげた。
「あ、あの。それでですわね。代表戦に向け、国家代表候補生のわたくしが操縦を教授して差し上げる、と言うのはいかがでしょう」
「えっ、良いのか?」
突然の提案に驚く一夏、その反応に気を良くしたセシリアは更に続ける。
「もちろんですわ!わたくしのような優秀かつパーフェクトな人間の手によれば、一夏さんの操縦テクニックもみるみるうちに成長を遂げ━━━」
「生憎だが、一夏の教官は私だ。一夏が、私に、直接頼んだのだからな」
机を叩いて立ち上がった箒が声を荒らげる。
ともすればその姿は殺気立ち、意地とプライドをごちゃ混ぜにしたような、奇妙な気迫があった。
そんな眼をすれば殆どの人間はビビるか怯むだろう。しかし、セシリアは怯む事なくその視線を受け止め、返している。
「あら、IS適性ランクCの篠ノ之さんではありませんか。Aのわたくしに何のご用かしら?」
「ブッ」
「ら、ランクは関係ない!一夏が私に頼んだ・・・って今笑ったのは誰だッ!?」
気勢良く言い切るが、彼女の適性が自分と同じかそれ以下だと知って小鳥が吹き出してしまったのを聞き漏らさない辺り、気にしてはいるのだろう。
(おっとっと・・・危ない危ない。アイツはマジで何するか分かったもんじゃない)
流石にバレては身が持たないと勘付いた小鳥は何も無かったかのように頬杖を突く。
・・・ちなみに、一般にIS適性と言うのはA、B、C、D、Eの5つに+と-を付けた10段階で評価される。
しかし、ここはエリートの集うIS学園。
D以下は特別な理由でも無ければ叩き落とされ、一般なら中央に在るCランクも学園においては底辺なのだ。
「何はともあれ、Cランクごときの篠ノ之さんでは役が勝ち過ぎています。一夏さんはどう思います?」
「えっと・・・是非に?」
迷いながらもセシリアの提案に首肯する一夏、がそれが箒の導火線に火を点けた。
「なっ!?一夏、貴様自ら持ちかけた契約を反故にするつもりか!」
「いやだって、箒からISの事教わってないし」
「ならそれこそ私から教われ!私がその役に見合う力量があると証明してやる!」
「そんな事をしていたら代表戦までの貴重な時間が無くなってしまいますわ。一夏さんもそう思いませんこと?」
また自分にお鉢が回ってきた事に迷惑を覚える一夏だが、答を出す前に千冬の出席簿が火を吹いた。
「やかましい。座れ馬鹿共」
先の箒の剣幕が可愛く見える程の覇気が二人を退ける。
「下らない事で騒ぐのは10代の特権だが、此処は私の時間だ。私の指示には従え」
毎度の事思うのだが、これは体罰に当たるのでは?
「・・・・・・?」
と、心中で苦笑していた小鳥だが、ふと先程の会話の中で気になる点が出来ていた。
(一夏・・・・・・“さん”?)
・・・・・・さん?