小鳥と鈴の模擬戦から三日が経ち。その日まで四日と言うこともあって、校内はクラス代表対抗戦の話題で持ちきりだった。
そのクラス代表の一人である一夏は、放課後の特訓を行うべく、箒、セシリアと一緒に、夕焼けに染まる廊下を抜け、第三アリーナに向かっていた。
いつもならそこに小鳥が居るはずだが、どうやら鈴から受けたダメージが響いているらしい。『今日は整備室でやる事が有る』と言って特訓に付き合うのを断っていた。
「来週のクラス代表対抗戦に合わせてアリーナの調整がされるから、訓練は今日で最後だな」
薄く緊張感を帯びた声音で話しかけて来る箒。
学園生活が始まってから一ヶ月が経ち、女子生徒のテンションも落ち着いてきたのだろう、箒達と一緒に歩いていても好奇の眼で見られる事も無くなって来たし、毎度のような質問責めも無くなっている。
「IS操縦も様になってきたのだ、完勝を期待しているぞ」
いきなりハードルの高い期待を押し付けられる。
一応言っておくが、最近の特訓の時間をプラスしても一夏がIS学園で最も総合操縦時間の短い人間なのは誰もが知る所だ。
『ようやく様になってきた』と言っても『様になってきた』だけで、勝負を左右できるほど腕が上がった訳でも無い。
「まぁ、わたくしが訓練に付き合っているのですもの。これくらいできて当然ですわ」
「ふん、中距離射撃型の戦闘法が射撃装備の無い白式の戦闘で役に立つものか」
「あら、そう言う意味であれば箒さんの訓練だって、ISを使わないのであれば実戦とは関係無いでしょう?」
「ふん、『剣の道は見から』と言う、見は全ての武の基本だ。それが出来れば実戦などせずとも━━━」
「さぁ一夏さん。今日は無反動旋回の復習をしましょう」
「ええい、この!話を聞け、一夏!」
「俺は聞いてるっての!」
ぐい、と腕を引っ張られ当惑する。
セシリアが勝手に話していただけで一応箒の話も聞いていたのだが、明らかに理不尽である。
気を取り直して、ピットに繋がるドアセンサーに触れる。
指紋と静脈認証が共に確認され、ドアが空気の抜ける音を上げ開く。
・・・そうしてピットに進むと、見知った顔が、あと多分今一番話をややこしくするであろう顔が居た。
「待ってたわよ!一夏!」
セカンド幼なじみこと鈴がそこに居た。
一応、このピットは一組の割り当てになっていて、二組の鈴がここに忍び込める筈は無いのだが。
「何故貴様がここに!?」
「ここは、関係者以外は立ち入り禁止ですわよ!」
箒とセシリアの二人が疑問を投げ掛けるが、それを「はん」と鼻で笑い。当然の事のように鈴は続ける。
「あたしは一夏の幼なじみよ、一夏関係者。だから問題無いわよね」
そう言ってこっちに笑顔を向ける鈴。
いや、俺に言われても・・・。
確かに鈴は自分と関係があるのだが、この場合『関係者』と言うのは1組の関係者を言うのであって、個人的な関係を指す訳ではないと思う。
「ほう、どういう関係か聞きたいものだな・・・!」
「盗人猛々しいとはまさにこの事ですわね・・・!」
(おぉう、何に怒ってんだ?)
良く分からないが、両隣に立つ二人が怒っている。
セシリアがどうなのかは知らないけど。キレたら怖い箒が居るし、怒りを抑えて欲しいところだ。
「・・・・・・何か可笑しな事を考えていないか?」
「いえ、何も、全く」
やばい、バレてる。
「絶対考えているだろう!」
ああ、こんなにも怒って欲しくないと願ってるのに、箒が怒って詰め寄って来る。
が、箒が掴みかかる前に鈴が間に割って入ってきた。
「今はあたしが話てんの。脇役はすっこんでなさい。話が進まないから」
「な、私が脇役だと・・・!?」
軽くショックを受け黙り込んでしまう箒。
相も変わらず、鈴は周りの空気を無視して話し続ける。
「で?あたしに対して何か対策は出来たワケ?」
・・・・・・対策?
「? 対策って何の事だ?」
ピシリ、
何だか、亀裂が入る音がした気がした。
対策なんて立てた覚えは無い。
恐らくは鈴の甲龍(例のアレとややこしいから“こうりゅう”と呼ぼう)に対策の事を言っているのだろう。
しかし、小鳥が戦ったのを見ていたではあるが、それが元で作戦が出来たって訳ではないし、そもそも立てた覚えもない。
「なっ・・・!ほら、アンタのクラスメイトの男子があたしにケンカ吹っ掛けたでしょうが!あん時にアンタも居たし・・・あれぇ!?」
「小鳥は何も言わなかったぞ?」
しかし、一夏のキョトン、とした表情に変わりはなく、鈴の困惑は極まるばかりだ。
「あ、アンタバカなの!?」
「バカってなんだよ!」
「当たり前でしょ!あんなにこれ見よがしに戦ってたんだからデータのひとつくらい取って何か作戦とか考えるのが当たり前でしょうが!!」
「そ、そうなのか?」
そう言われると確かにそんな気がする。
小鳥も『戦いは情報を多く集めた方が勝つ』とか言っていたような覚えもあるし、鈴の言っている事は正しいのだろう。
しかし、納得している所に向けて鈴の言葉はまだまだ続く。
「はぁ・・・アンタホントに勝つ気あるの?」
「むっ・・・。当たり前だ、あるに決まってんだろ」
ちょっとカチンと来た。
バカとかアホとかならまぁ今までの事もあるから反論出来ないけど、勝つ気が無いだなんて勝手に言われるのは心外だ。
「へえ?じゃああたしに勝つって気なの?言っとくけどあたし強いわよ」
「ああ、どんなに強くったって関係ねえ。お前には必ず勝ってやる」
売り言葉に買い言葉、鈴の警告に対して一夏も勢い良く啖呵を切る。
しかし、言い合いは終わらずむしろ激化・・・もとい悪化していく。
~~~ここからはダイジェストでお送りします。
・・・・・・・・・・・・
「良いわ、そこまで言うんなら掛けようじゃないのアンタとあたし、どっちが勝つか」
「おう上等だ。勝った方が負けた方に一つ命令権でどうだ」
・・・・・・・・・・・・
「ハッ、吐いた唾飲むんじゃないわよ」
・・・・・・
「じゃあ四日後だな。覚悟してろよ」
「ええ、ええ楽しみにしてるわよアンタが悔しそうな顔してんのを見るのが待ち遠しいわ!」
バタンッ
→自動機能を無視してドアが勢い良く閉められる音。
・・・・その日の夕飯時・・・・
「・・・・・・そんなことがあってさ。負けられなくなった」
「━━━お前はバカなのか?」
小鳥は端的に、シンプルに罵倒した。
食堂の壁に向かって備え付けられたテーブルで秋刀魚を頬張る一夏は世間話ついでに今日の出来事を切り出していた。
その顛末を聞いた上で、溜め息も吐きたくなったが、それ以上に約束の安請け負いに対する愕然としたものが有ったので、溜め息より先に罵倒が飛び出してしまった。
「むっ、人の覚悟をバカ扱いすんなよ」
「悪かったな、『お前が』じゃなくて『お前等が』だったな」
「━━鈴の事までバカ扱いはするな」
何か琴線に触れたか、一夏の語調が鋭くなる。
そこに千冬と似通った物を見て『似た者姉弟だな』と思いながらも、変わらない調子で答える。
「実際そうだろ。まともな神経をしていたのなら、どちらかが止めるだろうに。それが干し藁のようにボーボー燃え上がりやがって、経緯と言い約束の内容と言い、二人揃って小学生か」
言いたい事は一通り言ったので喜多方ラーメンをすすり、歯切れの良い 麺を噛み千切る。
見れば一夏はうぐぐ、と苦虫を噛んだような表情になる。
肩を竦めた小鳥は、白々しく話題を切り換える。
「どうあれお前が勝たないといけない状況に代わりは無い。そう言うことだろう?どうだ、勝算はあるか?」
レンゲで掬ったスープを口に運ぶ。━━良い味だ。
一方隣の一夏は、箸を置いて腕を組み、考えを巡らせているようだった。
しばらくして箸を取った一夏は、こちらに向き直りキリッとした表情で、
「分からん」
「自信満々に自信の無い発言してんじゃねぇ・・・」
ゲンナリして竦めた肩を落としてしまう。
何だろう。虚勢を張らないのは結構だが、それは情けないぞ。
「・・・・・・後でお前の部屋に行く、勝ち方ってヤツを教えてやる」
他の人間に聞かれて有らぬ誤解を受けないよう小声で一夏に伝え、努めて無表情にラーメンを啜った。
・・・・・・・・・
夕飯を切り上げ部屋に戻り15分ほど、自室のベッドに仰向けになり、小鳥は一夏言った“勝ち方”を考えていた。
どうせこのまま放って置いても事態が好転するとは思いがたい、クラス副代表という立ち位置も考え、ここは参謀としての務めを果たそう。元々初めて一夏と組んだ時でさえ、作戦の立案と指揮をやっていたのだから、それを再演すれば良いだけの話なのだ。
鈴音の動き、武器、長所、短所、あらゆる情報が今は頭の中にある。その中から一夏の長所で突き破れそうな部分を探し、鈴音の動きを意識しながらどう突き破るかを想定する。
「・・・やれやれ、どうして他人の為にこうも頭を働かしてるんだか」
不意に、己がまるでその動きしか出来ないチェスの駒のように、無機的なモノのように思えた。
しかし、同時に頭の中に皮肉な一節が思い浮かんだ。
盤上の駒は、自らの意思に関わりなく打ち手によって動く。
(俺は駒か?それとも打ち手?あるいは・・・)
その両方か?そう考えかけ、皮肉気に顔を歪める。
たしかに、一夏や周りの状況を見張り作戦を立てるのは、打ち手の仕事だ。しかし、そう言う役割に身を任せている自分は、丸切り駒そのものではないか。
(止めだ止め。指揮官の役割ならいざ知らず、打ち手だなんて柄じゃない)
自分の出来る事で世界を回す、それで十分じゃないか。
泥のように沈み込む気分を振り払うつもりで、身体をベッドから跳ね挙げる。
だとしたら、今の自分の仕事は一夏が勝つために必要な行動を考えてやることだ。
(どうせアイツがロクな策を思い付くとは思えんし)
その心内の呟きは、かなり侮辱的かつ傲慢な物だったが、実際に一夏が何か思い付くとは思えなかった。
一通り策を考えた小鳥は、己が(名目上の)君主━━━秘かに見下しているが━━にそれを伝えるため、隣人の元へ向かった。