「んふふ・・・んふふふふふ・・・」
「どうされましたか束様」
誰も知らない個人研究室で篠ノ之束が立体映像に映る白式のステータスを見てほくそ笑んでいた。
その後ろから声をかける銀髪の少女、彼女の名はクロエ•クロニクル。束の養女である。
問われた束は上機嫌な様子で答える。
「白式がねぇ、すっごく成長しているんだよぉー」
演技じみたその声音を聞いて、クロエはほんの僅かにその口許を緩め、
「それは何よりです、束様の思惑が順調に成就へと向かうのなら、これ以上の事はありません」
「んもぉークーちゃんったら、そんな堅くならなくても良いんだよ~?」
そんなクロエに抱きついて、その頭を撫で回す束。
それは子に親が見せる愛情と言うよりも、動物に飼い主が見せるような愛玩に似ていた。
だがクロエは、それでもそれを享受していた。
束がクロエの頭をひときしり撫で終わると、クロエは一つ、束に質問を投げ掛ける。
「それで、次はどうなさいますか。私に出来ることがあれば、何なりと申し付け下さい」
「ん~、クーちゃんに活躍して貰うのはもうちょっと後かにゃ~」
「・・・そうですか」
「そんなに落ち込まないでよー。クーちゃんが暗いと私も暗くなっちゃうよ」
「申し訳ございません・・・」
ニコニコと他人が見れば気味が悪いと評価するような笑顔を浮かべながら、束はクロエに注文する。
「わかったならヨシ!それはそうと、束さんはクーちゃんの煎れたコーヒーが飲みたいな~?」
「承知しました、今煎れて来ます」
その後ろ姿を見送った束は、今見ていた物とは別の、新たな立体映像を呼び出す。
そこに記されているのはアメリカ経由でいただいたIS。そして、銀影に欠けている部位の一つ。
「さぁーて、これで面白くなるかな?」
・・・・・・・・・・・・
謎のISがクラス代表対抗戦に乱入したその翌日。
「あ、お早う小鳥くん」
「おう、お早う」
AM8:23
SHRまで時間が空いているにも関わらず少し騒がしいが、1ー1教室はいつもとほぼ変わり無く朝を迎えていた。
少しばかり騒がしいと言うのも、昨日の乱入騒ぎが原因だろう。
『聞いた話だと・・・』
『でもそれっておかしくないか?』
『中東勢力だって話もあるみたいよ?』
『まさかぁ、中東にそんなこと出来る国なんて無いでしょ・・・』
耳の端々から聞こえる言葉は、先日のISの正体を探ろうとする噂話の類いだった。
自分の席に向かいながらぼんやりと女子連中の喋り声を聞いていると、女子生徒の一人(確か夜竹さゆかだったか)がこちらに歩みより俺に質問を投げて来た。
「あの、昨日の機体って何だったの?」
「──・・・」
あのISが無人機だと言う事実に関して当面の内は箝口令が敷かれている。
その正体を知る者は、直接戦闘を行った小鳥遊と刹那・F・聖永、そして当時オペレーションルームに居た数名の教師に限られ、その情報を知る生徒はほぼ居ない。
だからこそ女子連中が俺からそれを聞き出そうとするのは、なんとなく予想はついていた。
席へと向かいながら、軽くあしらう。
「先生方から話すなって言われてる。言えなくもないが、その場合俺と聞いた奴が非道い目に遭う。他の面々にも伝えておくと良い」
千冬が与える懲罰を災害のような扱いにしても、クラスメイト全員の共通認識だから大丈夫だろう。・・・多分。
取り敢えず、無人機に関して話せないという事だけを伝えてさゆかを引き退らせる。
大人しいさゆかが、俺の言う通りに他の面子にも同じ旨を伝えに行くのを眼の端に捉えつつ、無骨なカーキグリーンのショルダーバックの中からいつもの手乗りノートパソコンと、学園支給のタブレットの二つを机の上に取り出して、ショルダーバックを机の横に掛ける。
授業の準備がおわり、席に着こうとした時、後ろから織斑 一夏が声を掛けて来た。
「お早う小鳥」
「ああ・・・昨日は災難だったな」
先日の乱入に於いて、自分の試合が中止してしまった一夏は、多分一番の被害者だろう。
飛ばされた挨拶に見舞いの言葉を返すと、一夏は思いもよらない言葉を発した。
「・・・大丈夫か?」
「あ?何が?」
「ああ、いや、何と言うか・・・顔?」
「あん?」
要領を得ないその回答に益々首を傾げざるを得なくなる。
タブレットのカメラ機能を使い、インカメラで自分の顔を確認する。
後ろ髪をゴムで縛っただけの乱雑な髪型、その影響で細長く吊り上がった形の眼。
・・・我ながら酷い面構えだ、どうやっても善人には見えないだろう。
それはさておき、訝しげに一夏に返す。
「いつもこんな顔だろう?それとも何か?俺はいつも大丈夫じゃなさそうか?」
「い、いや。そんな訳じゃないんだけどな。何となくこう・・・暗いって言うかなぁ・・・まぁそんな感じだった」
「ああそうか・・・」
もしかしたら昨日のトラウマフラッシュバックが未だに尾を引いているのかも知れない。
まさか顔に出ていたとは。『何も無いフリ』の自信はあったのだが・・・
「って言うかその勘は箒とかに使えよ」
「え?何て?」
「何でもない。下らない事を口にしただけだ、気にするな」
そう言ってあらぬ方向を向く、もうめんどくさいのでさっさと終わらせるに限る。
一夏はこういう時こちらが切り上げてもしつこく食い下がる嫌いがある。
他の話題でこのバカの注意を逸らすとしよう。
「それはそうと、鈴音との決着はどうなった?中止になったんだろう?」
「え?あ、ああ・・・そういやどうなったんだろ」
「オイお前当事者だろうが」
思わずそっぽを向いた顔を一夏の方に向けるレベルでツッコんでしまった。
「当事者が事態を把握してないでどうする。そんなんだとお前、将来詐欺に引っかかるぞ」
「うっ、」
呆れた様子を隠す事無く嘆息して一夏に忠告する。
『詐欺はかける奴もかかる奴も悪い』と言うのがスタンスなのだが、何かさっき図星を言い当てられた事への意趣返しがしたくて何となく反省を促す(別に何の意味も無いのだが)。
痛い所を突かれたか、一夏はバツの悪い顔をして居た。
「ちょっと良い?」
『してやったり』と言う感情はさて置いて会話を続けようとした時、一夏の後ろから声が掛かった。
「なにやつ!」
「アンタの幼馴染よバカ」
「あ、鈴」
勢い良く振り向く一夏。
声音と口調から察するに鈴音だろう。一夏にバカと正面切って言うのは千冬と鈴音、後は箒くらいしか居ないだろうし。噂をすればと言う所か。
「丁度良かったじゃないか。ホラ聞けばどうだ?」
「そうだな。なぁ鈴、昨日の決着だけどさ・・・」
鈴音に直接聞く様に促して一夏と鈴音を話させる。
それを視界に収めつつ、俺は俺自身の席に着く。
パソコンを開いて、世界のニュースに目を通す、フリをする。
(・・・まだ考えるべき事は山積している)
昨日の無人機の解析で得た情報を頭の中で整理しつつ、物思いに耽る。
・・・偶発的とは言え、俺は世界の裏側に触れてしまった。
俺は知らなければならない。
この世界の裏側で一体誰が、どんな原理で、どんな目的で、どうやって、何をしようとしているのか。
AEU、人革、ユニオン、三大勢力の事。その勢力内で跋扈している者達の事。その勢力に立ち入れられない者達の事。
・・・そして何より、束の事。
(今の世界は間違い無くアイツを中心に回っている・・・)
そう言った意味では束がその回転軸を歪めるだけで、この世界は大きくバランスを崩す羽目になるだろう。
何とも迷惑な話だが、束はそれを容赦無く実行する。今はまだそうする気は無いらしいが、それでも彼女の一挙手一投足がこの世界を瓦解させる原因になるのは間違い無い。
現状で満足しているつもりは無いが、コレより酷くなっては目も当てられない。
(俺に何が出来るかは分からんが・・・)
やれる事は少なからずある筈だ。
ちらり、と手元に置かれた四角い端末に目を向ける。
銀影、これが持つ力。
それが喩え束から与えられた物だとしても、銀影を使って何かを成すのは俺自身だ。
やれる事を見逃さぬよう、眼を凝らす。今の俺がやるべき事だろう。
「・・・よーし、じゃあ来週の火曜日の放課後!覚悟してなさい!」
「おう!今度こそ決着つけるからな!」
・・・・・・見当違いな方向性でやるべき事が散石しているがな。