面通し翌日の昼食時間、質問責めに遭いながらも食堂に到着した小鳥は、相席した一夏と共に、彼の幼馴染みに相談を持ち掛けていた。
「なぁ、箒。ISの事教えてくれないか?このままだと、何もできずにセシリアに負けそうだ」
「うむ、おえかあもたのう、おおいえいっおいえあんあが、おえもあいえうおおうゆうにういえようわあってえんあよ」
「ええい貴様、口に食べ物を突っ込んで喋るな!!それが人に物を頼む態度か!?」
沖縄そばを口に含んだまま喋る小鳥にキレている彼女の名は篠ノ之箒。一夏との会話から察するに剣道をしているようだが、その片手間で古流武術を修得しているようで、先程一夏が強引に昼食に誘った際何が琴線に触れたか、一夏を軽く投げ飛ばしていた。
(それでも付いて来たって事は・・・一夏に気でも有るのかね)
適当に箒の叱責を聞き流し、彼女に対する軽い考察をしていく。
取り敢えず口の中のそばを飲み下し一言。
「うめぇな」
「人の話を聞けぇッ!!」
・・・・・・・・・
完全にキレた箒を一夏が宥めて、会話を再開させる。
「ISの操縦か・・・教えられない事はないが、どうやって教える。お前達二人にはISが無い、この時期は訓練機の貸し出しは出来ないそうだから、私に出来る事は無いぞ」
「ま、マジかよ・・・じゃあどうすりゃ良いんだよ俺達」
「ぶっつけ本番で挑むしかないだろうな。まったくふざけていやがる」
ハァ・・・。と溜め息を吐く。
セシリアは国家代表候補生であると同時に彼女用のIS、所謂『専用機』と言う物を所有しており、操縦経験の差は勿論の事、使用するISにさえ格差が有る。
小鳥は『ただ負けるつもりは無い』と言ったが、勝ち目は相当に薄い。
「あーもう。悩んでても仕方無い。小鳥、座学だけでも良いから教えてくれよ」
右の席に座る小鳥に向き直り頭を下げる一夏。
「お、おい!私に教わるんじゃなかったのか!?」
「え、いやだって箒さっき『出来る事は無い』って言ってたじゃないか?」
「そ、それは実戦訓練とか、そう言った意味であって。私が何も出来ない訳ではない!!」
小鳥の反応を待たずして勝手に盛り上がる二人。
小鳥としてはどっちでも良いのだが、会話に入る余地もなければ、最終的にそれを決めるのは一夏なので、空気化する事を選んだ小鳥は、二人の口論を無視して粛々とそばを食べる。
「それとも、私には荷が重いと言うのか!?」
・・・・・・汁物の命とも言える鰹出汁ベースのスープは、旨味を多く保有し、塩味も付きすぎず、ちょうど良い。
麺類の主役である麺は、歯切れ良く舌触りは割と粗めで、スープとの絡み方を良くしている。
(しかし、世界の郷土料理が一同に会しているとは・・・。素晴らしいなぁ?血税で出来た学園と言う物は)
「いやそうじゃなくて、先に小鳥が言ってたんだって!!」
しかも素材ひとつひとつの完成度が高い、所謂『お高めなやつ』を使用しているのだろう。柔らかい三枚肉や、噛み心地抜群の蒲鉾は勿論の事、トッピングに付けられた、香り高く、しかして強すぎない刻み葱や、酸味歯応え共々満足な紅生姜、どれを取っても一級品だろう。
「何をだ!!」
「俺の面倒を見るって!!」
ぴたり、と、止まった、心を無にしてやっていた食レポも、麺を啜る口の動きも。ついでに言えば、食堂中の空気もぴしりと凍りついた。
「ぶほっ!!あ゛っほっ!!え゛ほっ!!」
その弾みで小鳥が噎せ返り、苦しそうな咳を吐き出す。
そんな小鳥の状態など気にも止めず箒が問い詰める。
「おい!!本当なのかそれは!!」
「否定したいけど否定出来ないッ!!」
・・・放課後・・・
場所は武道場、そこに居るのは今IS学園で一番ホットな話題の一つ、織斑一夏と小鳥遊、篠ノ之箒の三人だった。
「・・・構えろ」
「イヤイヤイヤイヤイヤ」
剣道着と袴、その上からは防具一式と、完全に剣道部員のフルセットで構える箒が、貸し出しの竹刀一本を右の片手に持つ小鳥に告げる。
ちなみに、小鳥は道着はおろか、防具さえつけていない。自分がやるとは思ってなかったのだろう。
「いやさ、『腕が鈍ってないか見てやる』ってお前一夏に言ったんだろ?何で俺まで剣道やんなきゃいけないんだよ!?」
困惑で胸いっぱいの小鳥は、捲し立てる様に箒に訊ねる。
「そ、それはお前が、一夏に物を教えるに足るかどうかを見る為だ!!」
「ったく・・・頑固オヤジかよ・・・」
鍔で頭を掻く小鳥は、仕方無いと言う風に溜め息を吐き。
箒を正面から見据えた。
「━━━来い・・・!!」
その構えは剣道と言うより、フェンシングのそれに近い。しかし動きが肝要なフェンシングのそれとは違い、重心を揺らす為の動作すらない。これでは素人のそれにしか見えない。
だがしかし、その気迫は堅気とは思えない。
「ッ・・・!!」
その気迫に臆する事無く突撃する箒。
この際小鳥に防具が無い事など気にしない、それで怪我しても『重くて暑い』と脱ぎ捨てた彼の責任なのだから。
「フゥ・・・ッ」
浅く呼吸を吐き出し、右足を踏み込む。
退く、だなんて無粋な事はしない。
むしろこう言う方が性に適ってる。
「ハァッ!!」
「ッ!!!」
前に重心が移動した状態で箒の面が迫る、しかし小鳥に焦りは無い。
踏み出した右足で地面を左に蹴り、強制的に自らの軌道を右に逸らす。
辛うじて鋒を躱し、箒と交差した小鳥は、崩れた体勢を立て直し、箒を正面から睨み付ける。
間合いから離れた小鳥は、箒と視線がかち合った事を確認すると、そのまま右腕を大きく振り上げた。
「ッ!?」
慌てて防御の姿勢を取る箒、それもその筈。
スナップの効いたその動作で、竹刀が打ち出されたのだ。
「間合いから外れたからって安心すんじゃねぇぜッ!!」
一直線に駆け出す小鳥。そう、投げた竹刀と自分自身で一人時間差攻撃をしようと言うのだ。最早剣道ではない。
「ッ・・・舐めるな!!」
小鳥の竹刀を上に弾き、流れるように上段の構えを取る。
人間の速力では到底投げられた竹刀のスピードには追い付けない、時間差が半秒でも有れば捌けない訳がない。
(もらった・・・!!!)
そんな愚を犯した小鳥を嘲る様に、箒はタイミングを合わせて振り下ろし、
「・・・はン」
竹刀は空を切った。
「止まった・・・!?」
一夏が驚愕の声を漏らす。
そう、止まったのだ。小鳥は、箒の竹刀が当たる瞬間を読み切って、急停止した。
鋒の部分に当たる筈だった小鳥の頭は、その軌道の僅かに後方、仰け反った姿勢でしてやったりと言う風な笑みを浮かべている。
「ラァ゛ッ!!」
声を上げて箒の胴に殴り掛かる。
(タイミング完璧!!人間の反応速度じゃ間に合わねぇ。貰った!!)
振り下ろされた両腕の隙間を縫って小鳥の右の拳が突き立つ。
否、突き立とうとしたその時
「ハァッ!!」
箒の気合い一閃、竹刀を振り上げたのだ。
ゴンッ!!と鈍い音が胴の防具と拳から鳴ったと同時に、バシンッ!!と鋭い音が小鳥の脇腹と竹刀から響いた。
強かに左脇腹を打ち付けられた小鳥は、その場所を抱えて悶絶する。
「・・・っ、だァーっがァーっ!!」
「男が痛いだけで騒ぐな!!」
その横では箒が小鳥を叱責していた。
小鳥の拳もかなりの威力を持っていた筈なのだが、防具を装備しなかった上、箒が放った改心の一撃を、神経の集まる脇腹に思いっきり受けたのだ、ダメージは小鳥の方が遥に上だろう。
「無茶言うな!!あんなん受けりゃ誰だってこんなんなるわ!!」
理不尽なお叱りを前に、小鳥も語調を荒くして対応する。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫に見えるか・・・?」
一夏が心配しているが小鳥は未だ立つ事すらままならない。
箒にボッコボコにされた一夏よりは精神的には問題無いが、胸部に奔る痛みは相当な物だ。
「しかし驚いたな、箒。お前また腕上げたんじゃないか」
「ふん、どうせお前達が軟弱なだけだ。私はそれほど強くはない」
イヤイヤイヤ、と小鳥と一夏が心中でそうツッコミを入れる。特に小鳥がより強く否定しているが、それには理由があった。
(面を外した直後に振り上げたあの反射神経、人間のそれじゃねぇぞ)
小鳥自身、人体の限界を知る様な人間ではないが、それでもあのパターンに初見で対応されるとは思わなかった。
箒がこちらを見て射程距離外だと判断した瞬間に投げた竹刀も。
それを防御する為に振り上げた腕で視界から外れたのを見計らって走りだし、剣の間合いにギリギリ入らない距離まで近付いたのも。
振り下ろされた竹刀を前に、全力でブレーキをかけ仰け反り、後方に躱したのも。
そして、その仰け反りの戻りを利用して胴に向けて放った右ストレートも。
正直、全てが完璧で、パターンを知らなければ攻略は不可能だろうとさえ思っていた。
しかし破られたのだ、こうなると小鳥の作戦不足としか言いようが無い。
「それでもこれはやりすぎでは・・・?」
「いや、卑怯な手を使ってこのザマだ。文句は言えん」
そう言う意味なら俺も手段としては大分やり過ぎたしな。と左脇腹を抱えて上体を起こす小鳥。
「まぁでも、痛いではある。後から言うのもなんだが、もうちょっと手加減してもバチは当たらんぞ?」
あははと引き笑い混ざりの台詞だが、さっきまでの痛がり方からは考えられない程ピンピンしている。
「防具を脱いでいたお前が悪い、私に手加減を期待する方がどうかと思うぞ」
そう返した箒に、ですよねー。と小鳥が引き笑う。
「な、何にせよ、だ。小鳥、私はお前に勝ったのだ。だから、その。い、一夏の面倒は、私が見て良いんだな!?」
「・・・まぁ、構わんが」
━━━はたしてこの決闘で勉学面の優劣を計れるかは疑問だが、箒の剣幕に折れ、その座を譲る事にした。