逆行メルル   作:難民180301

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第2話

 天真爛漫で誰とでもすぐに仲良くなるメルルは、姫という身分にもかかわらず城下町ではアイドルのような存在だった。道行く国民たちと親しげに談笑し、商店街エリアでは店主たちからサービスで商品を渡されて甘やかされる。

 

 そんなメルルが体調不良で寝込んだと聞いた時は国全体に暗い雰囲気が漂ったものの、今ではすっかり元気になった、むしろ前よりも活力にあふれたメルルを見て民のみんなが笑顔を浮かべていた。

 

「――こうして錬金術士トトリは長い旅を終え、お母さんと再会したのでした。めでたしめでたし」

「トトリちゃん、よかったなぁ……!」

「トトリちゃぁーん!」

 

 城下町、アーチのある大通り。無数のタルを扇状に並べた即席の公演会場にて、ヒマな国民たちを相手に物語を語り終えたメルルは、一緒になって「トトリ先生ー!」と涙声で叫ぶ。

 

「でも姫様、こんなに面白い物語どこで仕入れてきたんだ?」

「夢で見たんだ!」

「嘘つけ。どうせ王城の書庫か何かで見つけたんだろう」

「なんにせよすげー面白かったぜ! 今度また聞かせてくれよ!」

 

 物語の余韻に浸りながら三々五々散っていく民を見送りながら、メルルは先日の夢のことを考える。

 

 メルルが語っていたのは例の夢の中でももっとも印象に残ったエピソードだった。メルルに錬金術を教えてくれた師匠であるトトリが、周囲の反対を押し切って冒険者となり、行方不明となった母親を探す旅に出る物語。お見舞いに来てくれた人たちに夢のことを話した弾みで語りだしてしまい、オチが気になるとして噂になった。そうして最後まで語ったのが今日である。

 

(なんだか勝手に話しちゃってトトリ先生には悪いけど……。別にいいよね。夢で見た人が実際にいるわけないもん)

 

 いるわけがない、と思った途端心が痛む。胸にぽっかり穴の空いたような感覚が、どうしようもない寂しさとなってメルルを襲う。

 

「メルル? どうしたんですか?」

 

 メルルの脇に控えていたケイナが、心配げに顔を覗き込んでくる。

 

 夢ではケイナもいなくなった。物心ついたときからずっと一緒の大親友は、いなくなってしまった。

 

「メルル!?」

 

 どこにも行かないように、強い力でケイナを抱きしめる。

 

「ケイナはどこにもいかないよね? ずっと一緒にいてくれるよね?」

「……当たり前じゃないですか。私は生涯、メルルと共に生きます。大丈夫ですよ」

「……うん。ごめんね。トトリ先生に入れ込み過ぎたみたい」

「メルルは感受性が豊かですね。優しい証拠です」

 

 物語に入り込みすぎたと言い訳して、メルルは体を離した。あっ、と名残惜しそうにケイナが声をあげるも、「あいたたた……」という困り果てた声に二人は振り返る。

 

 声のした方向を見ると、腰に手を当ててタルから立ち上がれないでいる老人の姿があった。

 

 

 

---

 

 

 

 アールズ王城、メルルの私室にて、メルルはティーカップを前に難しい顔で腕を組んでいた。

 

 カップの中身は空なので、少なくともお茶の味についてソムリエしているわけではなさそうだ。

 

「マジックグラス、プレイン草、水。作り方は夢で見た通り。よーし、始めるよ!」

 

 そうひとりごちたメルルは、雑草にしか見えない草の類をカップの中に入れ、水と一緒にスプーンでかきまぜ始める。すると不思議なことに水は淡い光を発し、雑草は溶けたようにして見えなくなった。

 

 数分間かきまぜ続けていると、光が次第に弱まって水が粘り気を帯びてくる。ついにねっとりとした軟膏のような質感を得たところで、メルルは笑顔で手を止めた。

 

「できたー! ヒーリングサルブ!」

 

 メルルが行っていたのは錬金術の調合だ。工程を簡単にまとめると、素材を集めて釜にぶち込んでかき混ぜる。今回調合したのはもっとも一般的な薬として知られるヒーリングサルブである。

 

 顔見知りのおじいさんがぎっくり腰で困っていたようなので、ケイナと二人で家まで送り届けた後、何かできないかと考えついたのが、夢で見た錬金術だった。薬は錬金術の得意分野の一つだ。

 

 まさか夢で見ただけの方法で成功するとは思わなかった。しかも大釜じゃなくてティーカップで間に合わせるなんて、さすが英雄メルル。

 

「やるじゃん私!」

 

 ともかく成功したんだから結果オーライ。メルルは早速完成品を薬瓶に詰め、おじいさんの元へ届けに行った。

 

 

 

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 妻に先立たれ子宝にも恵まれなかった老人は、明るく溌溂としたメルルを実の孫のようにかわいがっていた。そのため、後先考えず行動する癖のあるメルルがすっかり日の落ちた時間帯に家を訪ねてきても、嫌な顔一つせず中へ招き入れたのは当たり前のことだった。

 

「それで、姫。渡したいものとは何かな?」

「これです! 腰がよくなるように急いで作りました!」

 

 メルルが取り出したのはヒーリングサルブだった。体の骨の部分が弱いのに、皮膚に塗る薬を使ってもどうしようもないのでは、と思わないでもないが、わざわざメルルが作ってくれたという。それだけで老人は体が軽くなるような気持ちだった。

 

「作ったのか。難しくなかったかい?」

「全然です。でも素材とか作り方にはちゃんとこだわりましたから、きっと効きますよ」

「それは嬉しいね。じゃあ早速使わせてもらおう」

 

 元々腰は悪い方だった。この年でぎっくり腰になったからには、持病として死ぬまで付き合うしかないと諦めている。たとえ薬が効かなくても、メルルが気を使ってくれたというだけで十分――そう覚悟して腰に薬を塗ったとたん、老人は「おや?」と声をあげる。

 

「これは……」

「どうですかどうですか?」

 

 身を乗り出して効果を聞くメルル。

 

 老人はとにかくそれに答えようと、信じられない気持ちで立ち上がる。続いて軽く飛び跳ね、腰をひねり、その場で足踏みをしてみるが、まるで痛みを感じない。体が数十年分は若返ったかのようだ。

 

「体が軽い……いやはやこれは」

「やった! 効果は抜群ですね!」

「あ、ああ。これなら散歩のたびに誰かの手を借りる必要もない……」

「役に立ててよかった! あっ、そろそろ戻らなきゃルーフェスに怒られちゃう。おじいさん、またね!」

 

 台風のように走り去ろうとするメルルだったが、老人が「姫!」と強い口調で呼び止める。

 

「な、なんですか?」

「これだけは……どうしても言っておきたい」

 

 老人が何かをこらえるように体を震わせているので、もしかして何か悪いことをしてしまったかとメルルは青ざめる。しかし老人の震えは怒りや悲しみからくるものではなく――

 

「ありがとう……!」

 

 筆舌に尽くし難い感謝の気持ちからくるものだ。

 

 感涙する老人に対しメルルは照れ笑いを浮かべ、どういたしましてと返してからその場を後にするのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 同日深夜。アールズ王城、城壁の上で、メルルは頑強な城壁に肘をついて夜空を見上げていた。

 

「もしかして、夢じゃないのかな?」

 

 口をついて出たのは、夜も眠れないほど気になっている疑問だった。

 

 あの老人からの感謝をきっかけに、錬金術の技術と知識で困っている人を助けられる確信をもてた。これからも錬金術で困っている人を助けていきたい。そして夢で見たような、賑やかで楽しいアールズ王国を造り上げたい。

 

 でも自分は一体どこでどうやって錬金術を身につけたんだろう? 錬金術が一朝一夕で習得できるような、お手軽な学問でないことは知っている。いやいや、だから学んだこともないのになんで学ぶことは難しいなんてことを知って――あの夢は本当は夢ではなくて――

 

「もう、分かんない!」

 

 メルルは考えることをやめた。

 

 とにかく今分かっているのは、自分が最高の錬金術士としての知識と技術、経験を持っていること。効能を強めた特別なヒーリングサルブだって作れるし、なんなら賢者の石でも純度100%の金塊も簡単に作れちゃう。

 

 じゃあ今日みたいに困ってる人を助けることだってできるはずだ。みんなが笑顔で暮らせるように、アールズを大きく、楽しく発展させることだって。

 

 メルルはびしっ、と天を指差す。

 

「見ててよ夢の中の私! この私はアールズをもっともーっとすごい国にして、すごい私になってやるんだから!」

 

 夢かどうかは分からないけれど、今が現実であることは確かだ。じゃあ夢のアールズと自分が霞むくらい素敵な現実にしちゃえば、夢なんて気にならなくなるはず。

 

 つまり、分からないことは気にせず今を精一杯生きたいな、ということである。メルルは前向きな女の子だった。

 

 こうして、メルルが夢と呼ぶ前回の歴史よりも大幅に前倒しされたアールズ開拓史がここに幕を開けるのだった。

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