メルルが夢のアールズを目標に大規模改革を決意したあの日から五年。アールズは急速な発展を遂げていた。
「ちょっとやりすぎちゃったかも……?」
五年前と同じくアールズ王城の城壁の上で、メルルはつぶやく。苦笑いする彼女が見ているのは、すっかり大国へと姿を変えたアールズの城下町だ。
アールズ王城は小高い丘の上に建てられており、城壁からは国の様子が一望できる。正面には大規模な増築と区画整理を繰り返し巨大になった住宅街。その横には色とりどりの天幕とその間を行き交う人の波がある。アールズ経済の一端を担う王国市場だ。メルルが夢の情報をもとに名産品として売り出したきのこ関連の製品がヒットし、今や隣国のアーランドのみならず多数の国から行商人が訪れ、アールズの経済を絶えず活性化させている。なお、一番の古株として市場を支配しているのはメルルと付き合いの長い陽気な商人である。
市場から少し離れたところには荘厳な装飾の目立つ王立図書館、その横に王立錬金アカデミーが見える。図書館の蔵書数はアーランドに勝るとも劣らず、大陸中の知識人をひきつけて止まない。錬金アカデミーは潤沢な経済が幸いして入学費以外の学費無償化を実施しており、先進的教育国家としてのアールズの名声を高めている。生徒の数に比して教員が少ないことが目下の懸念だ。
アカデミーの中庭には遠くからでもよく目立つ巨大なメルルの銅像が屹立している。メルルは目をそらした。ルーフェスや父親にそそのかされて建てたはいいが、あんまりにも恥ずかしい。
他にもぐるりと視線をめぐらせれば、大規模な温泉施設、錬金術の機材、素材、元素の博物館、兵士たちの訓練所、アーランドの機械文明を思わせる工場区画などなど――とても豊かで活気に満ちた、夢のようなアールズの姿がそこにある。
わずか五年でここまでの発展ができたのは、メルルの夢が関係している。
夢の中のメルルは開拓するにあたって、いくつもの手順を踏んだ。まずはアールズの辺境に位置する前人未到の地へ自ら調査におもむき、ルーフェスに伝えて開拓民を派遣してもらう。開拓民からの陳情をルーフェスに伝え、ルーフェスのまとめた対応案に従って錬金術のアイテムを作り、開拓民に届ける。調査、報告、錬金術、輸送の四段階をこなす必要があった。
しかし百年近い夢の中でアールズの地形を知り尽くし、開拓のノウハウをマスターしたメルルには調査、報告の必要がない。
たとえばアールズ東の平原に砦を築く案が出たときには――
『ルーフェス! 東の平原に砦を築くわよ!』
『はあ、いいですか姫様。建物を建てるには莫大なお金と人手が必要です。それらのコストをどのように賄うのか、コストに見合うリターンは見込めるのか、検討する必要が――』
『そう言うと思って、計画書をまとめといたよ!』
『……確認しました。なるほど、確かにこれなら他の案件と無理なく並行できる。予算編成、人員配置の面でも文句のつけようがなく、建設の妥当性も否定しようがない……これを考えたのは誰ですか?』
『私だよ?』
『ふっ、ご冗談を』
『あー! 今、鼻で笑ったでしょ!?』
ルーフェスが一笑に付したことからも分かるとおり、この時点でのメルルに「計画書にまとめる」なんて能力はこれっぽっちもないはずだった。しかし夢の中で父親から政権運営を引き継いだ経験から、このメルルは錬金術の腕だけでなく事務能力も一級品だ。
砦の一件では半信半疑のルーフェスだったが、何度も案件を重ねるうちにメルルを見る目が変わっていった。
たとえばアールズの西に位置する鉱山の開発では――
『姫様、アールズ国有鉱山の再開発についでですが』
『任せて! こんなこともあろうかと、開拓に役立つアイテムを作っておいたよ! 計画書も!』
『……ありがとうございます』
現地の開拓民がどんな困難に直面して陳情をあげるのか、メルルはあらかじめ知っていた。それなら最初からそれを想定した計画案を作っておけばいい。鉱山開発に必要な発破用の爆薬、照明などは錬金術で作っておいて現地にストックしておいた。
たとえばアールズ南部の森で雑草が大量繁殖し、開拓が難しくなった折には――
『姫様、モヨリの森の雑草についてですが』
『こんなこともあろうかと、強力な「雑草殺しの霊薬」をたくさん調合して届けておいたよ! でもみんな疲れてるだろうから、私が直接元気づけに行くね!』
『……流石でございます』
最高の手作りパイをカゴに入れ、開拓民たちに差し入れにいった。
『東のトロンプ高原とクエレの森についてですが――』
『高原の強い風は風車を作れば利用できるよね。クエレの森は治水工事と魔物退治さえちゃんとすれば、いい感じの水がめにできると思う。計画書をまとめておいたよ!』
『……このルーフェス、姫様の御慧眼には感服するばかりでございます。もはや私の手など無用かもしれませんが、姫様が安心して活動できるよう精一杯補佐を務めさせていただきます』
『へっ? あ、うん、よろしく……?』
メルルとしては有り余るエネルギーと知識を自分と国のために使っていただけだった。ただ、常に先読みしているかのようなメルルの行動は、国始まって以来の天才と称されるルーフェスからしても最高の慧眼と呼ぶほかなく、姫様が率先して開拓の最前線に立つ姿は、国民が求める理想の王族そのものだった。
国と国民のために力を尽くし、先を読む頭脳もあり、かといっていばることはなく誰にでも分け隔てなく接する明るいお姫様――最高のお姫様錬金術士、メルルリンス・レーデ・アールズの名が大陸中に轟くのにそう時間はかからなかった。
だが――
「はぁ……」
アールズは夢みたいに発展した。国民のみんなもしあわせ。ついでに有名人にもなった。
なのにポッカリ胸に穴があいたようだ。一抹の寂しさ、虚無感、不安は無意識のうちにため息としてメルルの口から漏れ出る。
「何か悩み事かね? アールズの姫君」
「ジオおじさま?」
城壁のふちにもたれかかるメルルの背後から、渋い声がかかった。振り返ってみると、ケープをまとった老人が立っている。
老人といっても立ち姿はまっすぐで凛々しく、老いを示すものといえば老成した雰囲気だけ。手をついている杖は第三の足ではなく刃を隠した仕込み刀だ。目つきは猛禽のように鋭いが、同時に好々爺然とした優しい光も湛えている。
彼は隣国アーランド共和国の現首長にして元アーランド王国国王。ジオバンニ・ルードヴィック・アーランドその人だ。
最高権力者なのになぜかデスクワークよりも各地を放浪していることが多い。メルルの父デジエと仲がいいこともあって、夢の中のメルルも今回のメルルも小さい頃からお世話になっている。
メルルの顔見知りでもある護衛の騎士の姿がないことを見ると、メルルは苦笑した。
「またお仕事抜け出してきたんですか? エスティさんやステルクさんに怒られますよ」
「なに、君が最近一人で悩んでいることが多いと聞いてね。いてもたってもいられず駆けつけた」
「そうなんですか? ……いやいや、嬉しいですけどだからって抜け出してきちゃダメでしょ!」
「まあ細かいことはいいじゃないか」
首長としての仕事を細かいこととして笑い飛ばすと、ジオはメルルの隣に立ち、城下町を見下ろす。
「それで? やはり例の件が重荷か?」
一拍の間をおいて、
「君がアールズの女王になることが」
本題に切り込んだ。
メルルは現王の父デジエから王権を引き継ぎ、近いうちに女王となる。その話を切り出したのはデジエだった。
デジエはアールズに発展するだけの余地が多分にあることを知っていたが、現状の生活に国民がある程度満足していることも知っていた。だからこそ大規模な改革というリスクを犯すふんぎりがつかず、長らく現状維持につとめてきた。
そこに一石を投じたのがメルルだった。錬金術とすさまじい先見の明により最小のリスクで最高のリターンを積み重ね、アーランドに比肩する超大国にまでアールズを変革した。
まだ成人もしていないメルルに王座を継承させることに抵抗はある。しかし発展したアールズの街並み、メルル自身の人望、能力を考えると、抵抗感は消えた。
そしてメルルがその話を『任せて!』と即答で了承したのが一月前のことである。
「うーん、なんというか……」
「どうした、君らしくない」
言いよどむメルルにジオは目を細める。
デジエの判断に異を唱えるつもりはないが、メルルが安請け合いして悩んでいるというなら話は別だ。王族の責務は軽々しく扱っていいものではない。その場合は同じ王族として説教臭いアドバイスでもするか、と駆けつけたのが今回である。
が、メルルの悩みは王位継承ではなかった。
「女王になることは別にいいんです。お父さんやルーフェスと散々話し合いましたし」
「ほう?」
国の運営を引き継ぐこと自体は、夢の中で経験している。王族の責務の重みや、国政が一筋縄ではいかないことも知っている。
「でも……寂しいんです」
「寂しい? 何が?」
「それは……」
メルルはただ寂しかった。
夢の中のメルルは、今と同じ十五歳の時期に大切な人と出会っている。優しくて錬金術が上手、ちょっぴり毒舌なところもある錬金術の先生。その先生の先生である天真爛漫な少女。その少女の先生である、底意地が悪くていつも悪巧みをしているのにどこか憎めないメガネの錬金術士。
そんな彼女たちを追うようにアールズへやってきた貴族の少女、幽霊、冒険者、毛根のない鍛冶職人――彼ら彼女らと出会えていない。そしてこの先出会えるかもわからない。
というのもあの出会いは、小国アールズがアーランド共和国に併合される流れの中で起きた出来事だ。合併に際してアールズの調査や国力増強のため、アーランドから派遣された優秀な錬金術士がメルルの先生だった。
しかし夢の中とはちがって今回は――
「ねえおじさま、アールズがアーランドに合併されることってあるのかな?」
「合併!? どうした突然」
「ちょっと思っただけ。ねえ、どうかな?」
「……ありえないな。アールズは君主導のもと、独力でここまで発展した。数年前の状態ならともかく、今更合併などしても国民から顰蹙を買う。それに、アーランド共和国は小国の共同体だ。錬金超大国のアールズが加入しては、共同体のバランスが崩壊する」
「そう、だよね……」
夢のアールズを目指して勢いに乗って発展したせいで、合併の利益が消滅している。
夢の中でしか見たことのない先生たちが実在している保証はないが、たとえ実在していたとしても、合併をきっかけに出会うことはないだろう。
そう思うと寂しくてたまらない。寂しさと虚しさがついため息になって出てくる。それがメルルの悩みだった。
「……君はあの日倒れて以来、少し変わった」
ジオの大きな手がメルルの頭にのせらせた。剣ダコのあるごつごつした感触がメルルの頭に伝わる。
「物事をよく考え、一から十も百も学ぶ頭脳を得た。だがどうにもならぬことを考え、落ち込んでも仕方がないぞ」
「おじさま……」
「見たまえ」
ジオは視線を城下町に向ける。活気に満ち溢れた王国と、豊かに拓かれた土地が眼前に広がった。
「君が導いた結果だ。胸を張るといい。それもできないというなら、一人で抱え込む必要はない。私も、あそこに隠れている連中もみな、君の味方だ」
「え?」
「やべっ」
「きゃっ、ライアスさん!」
ジオがあそこと指さした先を振り返ると、城壁の蔭からがちゃがちゃと鎧のぶつかり合うような音が聞こえた。
そうして悲鳴とともに押し出されてきたのは、王宮に仕える兵士とメイドたちだ。バツの悪い顔で視線をそらす彼ら彼女らの中心には、メルルの幼馴染であるケイナとライアスの姿もある。
「す、すまんメルル! 俺、お前のことが心配で……」
「メルル、ごめんなさい。でもジオ様の言うとおりです。私たちはみんなメルルの味方ですから」
ライアス、ケイナを皮切りに他の兵士やメイドたちも口々に言う。「姫様!」「私達が力になります!」「なんでも言ってください!」「寂しいなら俺が添い寝いたしましょう」「そこの変態を放り出せ」「姫様!」「姫様!」
メルルは視界がにじんだ。みんなの優しさが心にしみて、それと同じくらい申し訳なかった。
夢で見たよりもアールズを住みよい国にする、夢の私よりもすごい私になる。そう決めたはずだったのに、やっぱり夢と同じような人生が一番良いと無意識に考えていたらしい。
たしかに夢の中と同じ出会いはできない。でもそれ以上に素敵な出会いや、人とのつながりがあるじゃないか。
「私の言ったとおりだろう?」
「はい……! ありがとうございます!」
メルルはなんとなく気恥ずかしくなって、兵士たちにぐるっと背を向けた。城下町に向き合いながら、ぐしぐしと涙を拭う。何人かの涙もろい兵士たちはもらい泣き、ケイナを始めメイド達はメルルの涙を甲斐甲斐しく拭き取る。
その時、メルルの動きがぴたりと止まる。
雷にでも打たれたような衝撃だった。
「どうしたんですか?」
ケイナが首を傾げるのに答える余裕すらなく、メルルは城壁から身を乗り出して一点を凝視している。城下町にちらりと見えただけだったが間違いない。青を基調とした独特の衣服、美しい金魚の尾びれを思わせる特別なスカート――
「トトリ先生っ!?」
大好きな先生の姿を認めるや否や、メルルは弾かれたように駆け出していた。
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トトゥーリア・ヘルモルト。長いし呼びにくいからと周囲からはトトリと呼ばれる少女にとって、アールズ王国は憧れの国だった。
ほんの数年前、具体的にはトトリが錬金術を学び始めたころまでは大陸の誰にも存在を知られていない小国だったにもかかわらず、その国のお姫様が錬金術を活用してたった五年で急速に発展。今では錬金超大国アールズの名を知らない者はいない。
錬金術士として極めて優秀らしいメルルリンス姫の方針で、錬金術士を育てるアカデミーのほか、錬金術に役立つ機材や素材の博物館まであるとか。元々豊かだった土地を錬金術で更に元気にした結果、野や山は錬金術素材の宝庫とか。錬金術の大好きなトトリが、一度は行ってみたい国として憧れを抱くのは自然な流れだった。
そうして忙しい中どうにか時間をひねり出し、アールズ旅行に出発したのが一週間ほど前のこと。
「うわぁ、見てよミミちゃん! 素材がいっぱい!」
「はしゃがないの。おのぼりさん丸出しよ」
アールズ郊外、住民からは『並木道』と通称される場所に止まった馬車からトトリが飛び出し、目を輝かせた。
続いて降りてきたトトリの友だち、ミミは呆れてトトリを諌める。
「ほら、この草とか、あの木とか、珍しい特性が――素材レベルも――」
「分かったから落ち着く!」
「あう」
ミミが軽くトトリの頭をはたくと、ようやくトトリも落ち着いたようだ。照れたように「ごめん、つい」と笑った。
ただしトトリがはしゃぐのも無理はない。並木道はあえて舗装していない緑豊かな区画だが、道端に生える雑草一つとっても素材としてのレベルが異様に高い。可能なら目に見える範囲の雑草をすべて引っこ抜いてカゴに入れたいほどだ。
「まったく、私がついてきて正解だったわね。トトリ一人じゃ、はしゃぎすぎてどんな粗相をするか分かったものじゃないわ」
「ホントだね。一緒に来てくれてありがとう、ミミちゃん」
「……ふん。まあツェツィさんとロロナさんの頼みだもの」
本来はトトリの一人旅となるはずだったが、過保護なトトリの師匠と姉がミミに頼み込んだため、二人旅となった。実は誰に言われずともこっそりトトリについていくつもりだったミミはこれ幸いと乗っかった形だ。
トトリのまっすぐなお礼に顔を赤らめるミミは、気持ちをごまかすように「ところで」と切り出す。
「この後どうするの? まずは宿に行く?」
「え、宿? そんなのないよ?」
「は?」
唖然とするミミ。対するトトリはあっけらかんと、
「三日後にメルルリンス様の即位式があるでしょ? そのせいでどこもいっぱいなんだって」
「つまり……」
「野宿……いひゃいいたい! なんでつねるの!?」
「これがつねらずにいられますか!」
野宿に抵抗があるわけではない。名門貴族出身のミミだが、アーランドでは一流冒険者としてずいぶん鳴らした。一夜を野で過ごすことなど朝飯前だ。
が、あわよくばトトリと同じ部屋で寝泊まりしてキャッキャウフフしたい、などという邪な期待が裏切られてしまった。ちょっとしたハネムーン気分だったミミが拗ねるのは無理もなかった。
トトリのほっぺたを解放すると、ミミはため息を一つ。
「……まあいいわ。宿はともかく、どこから見て回る?」
「一緒に回ってくれるの?」
「ええ。あなた一人だと心配だし、私は即位式までは特に見たいものないし。わ、私が一緒だと不都合でもあるのっ?」
「ううん、嬉しいよ。でも錬金術の施設ばっかり見に行くから、退屈なんじゃないかなって」
「余計な気遣いよ。この私が付き合ってあげるって言ってるんだから」
「ありがとう!」
純真な笑顔を向けられたミミは、ぷいと目をそらす。
出ばなはくじかれたけれど、二人きりの旅行であることに変わりはない。ミミは嬉しい気持ちが顔に出ないよう、ツンツンした言動を続けるのだった。
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アールズ王国のランドマーク、錬金アカデミー。講師はメルル一人、講義の頻度は週に一度でメルルのスケジュールによってはドタキャンもありうるというとんでもない教育機関の中庭に、それはあった。
「結構目立ちたがりな方なのかしら?」
「すごいよね。私なら恥ずかしくって絶対こんなの無理だよ」
「こんなのってあなた……」
トトリにこんなの扱いされたのは巨大なメルルの銅像である。アールズの英雄にして三日後女王になる最強のお姫様は、台座の上になにやら決めポーズで屹立していた。
台座にはメルルの偉業が時系列順に解説されている。モヨリの森の開拓から始まり、農場、鉱山、砦、遠く離れた前人未到の秘境の踏破などなど。余白が残されているのはこれから加筆するためのスペースらしい。
台座の解説は文字数こそ少ないが情報量は多く、トトリの知らない錬金アイテムや素材の名前も多数出てきた。トトリは「ふむふむ」と熱心にメモをとり、ミミが後ろから微笑ましく見守る。すでに見て回った博物館などでもこの調子なせいでさすがにミミも退屈しはじめているが、夢中になっているトトリを見るだけでもそれなりに楽しめていた。
「それにしても、妙に目立ってるわね」
アールズに着いてからというもの、ミミはむずがゆい視線を感じていた。まるで珍しいものを見るかのような視線だ。
即位式目当ての観光客や、行商人はミミたちの他にも無数にいる。よそ者が珍しくて見られているわけではないだろう。となるとアーランドでの評判がここにまで広がっているのだろうか。
ミミは一流冒険者としてそこそこ有名であり、トトリは大陸でも数少ない一流錬金術士としてかなり有名だ。その名声がアールズにまで広まっていても不思議ではない。
「あのう、ミミさんとトトリさんですか?」
「そうだけど?」
「やっぱり! 二人のファンなんです。サインください!」
「仕方ないわね」
「ミミちゃん嬉しそうだね」
何度目かのサイン要求に応じるミミ。メモを終えたトトリが苦笑しているが、黙殺。
ミミは元々、没落した家名を高めるために一流冒険者を目指した。自分の名前が隣国にまで広まっているなら嬉しくないはずがない。
「ミミさんツンデレかわいい!」「ツンデレ!」「ののしってください」
「誰がツンデレよ、誰が! あと最後の人は近づかないで」
「トトリちゃん天然かわいい!」「悪魔を倒してくれてありがとう!」
「ど、どういたしまして。でも、天然っていうのはロロナ先生と間違えてますよ」
アカデミーに通う学生たちから口々に声援を送られる。時折ミミがツッコミを入れることはあったものの、二人はいい気分でその場を辞した。
「不思議だね。アーランドでもこんなに目立ったことないのに」
「悪目立ちってわけでもないし、別にいいじゃない」
地元よりも隣国での名声が高い。不思議だけれどそんなこともあるか、と二人は納得しておいた。
まさかトトリを中心とした冒険をメルルが夢で知っており、二人の容姿含めその内容が有名な英雄譚としてアールズで人気を博しているとは、二人の想像の埒外だった。
さて、慌ただしくも楽しい午前を過ごした二人は、昼食を求めて市街地を経由し王国市場へ向かう。
その道中でも気さくなアールズ国民に何度も声をかけられ、有名人気分を楽しむ。最初こそ戸惑っていたトトリも徐々に慣れてきて、アーランドとは違う非日常を楽しんだ。
そんな二人の穏やかな旅行は唐突に転機を迎える。
「トトリ先生ーっ!」
「うひゃあ!?」
「トトリ!?」
タックルに等しい勢いでトトリに抱きついた、最強のお姫様の登場によって。