逆行メルル   作:難民180301

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第6話

 トラベルゲートでアールズを発った直後、メルルはもう目的地に着いていた。

 

 噴火するヴェルス山の中腹にぽっかりと空いた穴の縁。夢の中の情報によると、この穴を降りていけばエアトシャッターの住む火口までたどり着ける。

 

 エアトシャッターは確かに強力な魔物だが、無限に続く回廊の主や遺跡に眠る神の機械に比べればまだ弱い。全力のアイテムと装備を駆使すればどうにかできる、とメルルは自信を深めていた。

 

 メルルは下へ下へと洞穴を降りていく。急ぎのため貴重かつ上質な素材の数々はスルーだ。

 

 洞穴は少しずつ広くなっていき、天然の吹き抜けのような場所に出た。火口へ転落しないよう、気をつけて岩肌を下っていく。

 

 そしていやにあっさり最下層の火口に到着した。

 

「なんで魔物がいないんだろ?」

 

 道中、魔物に出会うことはなかった。夢の中では、厳しい環境に適応した強力な魔物たちが幾度も道を塞いだというのに。まるで何かを恐れて隠れているような感覚だ。自分の知っていることとは違う展開に直面し、一抹の不安が生じる。

 

「な、なんか怖くなってきた。早くやっつけて帰ろ」

 

 火口でぐらぐらと煮えたぎるマグマに間違っても落ちないよう、マグマの川を流れる岩を足場にそそくさと進む。なんだか夢の中の火口と比べてマグマの量が多いような。

 

 結果的に言えば、ここまで不安要素がある時点でメルルは帰るべきだった。

 

「うわっ!?」

 

 エアトシャッターの寝床にたどり着くよりも早く、足場がぐらぐらと揺れる。落ちないようどうにかバランスをとっていると、眼前の溶岩の海から巨大な頭が割って出てきた。

 

 頭から長い首、堅牢な山のような胴体、血管のように体を這い巡る溶岩の筋。夢で見たのと同じ、エアトシャッターである。

 

「……えっ? でかくない?」

 

 夢と違う点はサイズだ。夢のエアトシャッターもアールズ王城と同じくらい大きな生き物だった。だが今回のはそんなレベルではない。

 

 まるで山。小さな活火山がそのまんま竜になりました、と言わんばかりの巨体だ。アールズ王城の五倍、錬金術用語で言えば『おばけサイズ』。

 

 それほどの巨体が大きくのけぞったかと思うと、咆哮を放った。遠くアールズまで聞こえていることは間違いない咆哮とともに、間欠泉のごとくマグマが跳ねる。

 

「あつっ、あちち!」

 

 本気装備で最大限高めた炎耐性を突破するほどの火力。メルルはマグマの雨を器用に走って避けながら、頭を回転させる。

 

(この魔物、夢の中のやつよりずっと強い! 一度戻って誰かに協力を――)

 

 するとその考えを読んだかのように、火口からの出口にマグマが飛んだ。とたん、火の海になって退路が断たれる。

 

「頭までいいの!? こんなの反則だよ!」

 

 反則。

 

 実はメルルの言った通り、このエアトシャッターは一種の反則的存在――メルルの同類だった。

 

 メルルが向こう百年の夢で経験値を溜め込んだのと同じように、エアトシャッターも夢を見た。その夢の中では一度ならず二度までもにっくき錬金術士に敗北し、覚醒して間もなく強制的な休眠を強いられてしまう。

 

 エアトシャッターもマグマの熱を無限に溜め込めるわけではないのだ。噴火を無理やり止められては放熱が間に合わず、熱死は避けられない。

 

 そこでエアトシャッターは生物的本能を発揮、体の寿命と引き換えに熱エネルギーの吸収を早めた。その結果得られたのが怪獣もかくやというこの巨体だ。これなら錬金術士だって一ひねりのはず。

 

 つまり、お互い反則的に強い者同士がどうかして巡り合っちゃった状況である。

 

「うひゃあ!?」

 

 雄叫びとともにメルルを踏みつけ、引っかき、マグマの雨を降らせ、溶岩ブレスで炙る。

 

 当たれば即死の攻撃をメルルは根性で回避し続ける。気を抜けば死ぬような状況で、発動にタイムラグのあるトラベルゲートは使えそうにない。

 

 いよいよ覚悟を決めるしかないか、と表情を歪めたその時。

 

 溶岩ブレスの爆風に巻き込まれ、メルルの華奢な体が宙を舞う。

 

 しかし瞬時に緑色の光が発生し、火傷や擦り傷のたぐいは消え去った。危険に応じて自動発動する『エリクシル剤』の効果だ。

 

 無傷でシュタッと着地したメルルの瞳には、覚悟の炎が燃えていた。

 

「やってやるわよ! 私はアールズ最強のお姫様! テラフラムより強いのよー!」

 

 一人でこの山を崩しきれるかどうかは分からない。けれどこっちだって山のようにアイテムを持ってきているんだ。根比べ上等、いつまでも付き合うんだから!

 

 反則的お姫様と魔物による死闘は、こうして始まったのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 そして一週間後。

 

 戦いの趨勢はエアトシャッターに傾いていた。

 

「てぇーい!」

 

 マグマの雨をかいくぐったメルルがエアトシャッターの足に取り付き、杖で殴りつける。メルルが調合した至高のインゴットを一流職人に鍛造させたその杖は、ただ殴っただけでエアトシャッターの足を陥没させる。

 

 そこへきのこ型の爆弾が雨あられと降り注ぐ。さらに隕石やうさぎのような何か、超巨大雪だるままで飛来し、エアトシャッターを転倒させた。一度使えば定期的に効果を発揮する錬金術の爆弾だ。

 

 メルルは転倒したエアトシャッターの頭に組み付いて、ポカポカと何度も杖で叩く。かわいらしい音に比してえげつないダメージを与えていくが、エアトシャッターは小バエを払うように手で払った。

 

 メルルはそれを避けることができず、力なく吹き飛ばされる。瞬時に発動したエリクシル剤で復活するものの、目の光が失われていた。

 

「ぜえ、はぁ……今日で、何日目だっけ……いいかげん倒れてよぉ……」

 

 エアトシャッター、これには怒りの咆哮で返答。メルルは涙目で回避に徹しつつ、手作りパイをかじった。

 

 メルルは本気装備に付与した特殊効果によって、半永久的に戦い続けることができる。体力も魔力も決して切れることはない。しかし一歩間違えば死ぬような極限状態を長時間続ければ、体よりも精神の方が先に参るのは道理だった。

 

 一方、エアトシャッターは精神と呼べるほどの知能がなく、体の傷もマグマですぐにふさがってしまう。徒労感と疲労感にさいなまれ、メルルは見え見えの攻撃さえ避けられないほど疲れていた。

 

(あーあ……調子に乗っちゃったな。変な夢を見て、強くなったって思い込んで……)

 

 機械的に戦い続けながらも、後ろ向きな思考が止まらない。

 

(夢の中の私だって、一人じゃなんにもできなかったじゃない。なのに、みんなに褒められたのが、笑ってもらえたのが嬉しくて……一人でどうにかできるって思っちゃった)

 

 誰かの手を借りることは難しい状況だった。でも本当に一人で来る必要はあったのだろうか? 今よりももっといい案があったのでは?

 

 たとえばユヴェル村のみんなには避難してもらって、じっくり対策を考えるとか――

 

「……っ!」

 

 爆風に煽られたメルルが吹っ飛ぶ。エリクシル剤ですぐに傷は癒えるものの、力なく地面に転がった。

 

 体力も気力も魔力も充実している。ただ、それらを動かすための心が疲れ切っていた。

 

 体は軽いのにまぶたは思い。起き上がりたくない。

 

 眠気で徐々にぼやけていく視界を抵抗なく受け入れようかというそのとき、ごとっ、と目の前に何かが落ちた。

 

「まだまだ……」

 

 それは王族の証。物心ついたころからメルルの頭に乗っかっていた、メルル専用の小さな王冠だ。頭に載せ直したメルルはすばやく立ち上がり、自身を叱咤する。

 

「避難するってことは、生活の全部を捨てるってこと。そんなことできるわけない!」

 

 ユヴェルの麓だけではない。農園、森、鉱山、湖、高原――アールズのみんなと一緒に造り上げた素敵なアールズを捨てて逃げるなんて絶対にできない、許せない。

 

 エアトシャッターは必ずやっつける。どれだけ時間がかかっても、ここで山を削り切る。

 

「私の、私達の手で繋いでいくんだ! 思い描く未来に!」

 

「よく言った! それでこそ次代の女王にふさわしい!」

 

「へ?」

 

 渋い声が響くと共に、エアトシャッターの片足に大きな十字傷が刻まれる。苦しげにうめいてたたらを踏むエアトシャッター。

 

 そして音もなくメルルの隣に現れたのは――

 

「ジオおじさま!?」

「遅くなってすまない」

 

 アーランド共和国現首長にして、大陸最強の剣士、ジオである。

 

 

 

---

 

 

 

 時を少し遡ったアールズ王国。

 

 すぐに魔物を退治して帰ってくると思われていたメルルが帰ってこず、国全体に暗い雰囲気が立ち込めていた。火山灰で物理的に暗いこともあいまって、通夜のような雰囲気だ。

 

 アールズ王城は兵士たちが出払っているためしんとしており、城に残っているのは数人のメイドと王のデジエ、火急の事態を聞きつけて急遽アーランドから駆けつけたジオだけだった。

 

「何をするつもりだ?」

「分かっているだろう、ジオ」

 

 デジエの私室にて、若い頃の装備を蔵から引っ張り出してきたデジエに対し、ジオが鋭い声で問いかける。

 

「ソフラに続いてメルルまでも奪われるなど、断じてあってはならん」

「お前が助けに行ってどうする? もしものことがあれば、この国は導を失う」

 

 デジエとジオは、かつてエアトシャッターと剣を交えた。どうにか撃退したものの、メルルの叔母にあたるソフラという錬金術士が命を落とした。

 

 妹に続いて娘までも奪われようとしているデジエの心中は計り知れない。だがデジエがメルルを助けに行って二人とも帰ってこなければ、王族の血が途絶え、アールズは混沌と化すだろう。

 

「知ったことか! メルルは私の娘なんだぞ!」

「バカモノ! ソフラは何を守るために死んだ!? メルル君は何のために一人で死地へ赴いた!?」

 

 ジオの一喝を受けたデジエは力なくその場にくずおれ、頭を抱える。

 

「私が愚かだった! メルルのカリスマと能力を盲信し、あえて一人で行かせたのだ。父である私までもが、メルルにできないことはないと過信した……!」

「……」

 

 ジオはデジエの慢心を咎めることができなかった。メルルの万能もとい全能ぶりはジオもよく知っているのだ。

 

 元国王として国を導いたジオから見て、わずか五年でアーランド共和国と同等の国にまでアールズを発展させたメルルの手腕は、天才を通り越して異常だった。デジエが過信したのも無理はない。

 

「この国の国王はまだお前だ。胸を張って玉座に座り、メルル君の無事を信じて待て。それが罰だ」

 

 突き放すようにジオは言い放つと、マントを翻して踵を返す。

 

「……どこへ行く?」

「過去の精算。そして未来をつなぎに行く」

 

 

 

---

 

 

 

 そうして唐突に駆けつけた最強の剣士の姿に、メルルは頼もしさよりもまず疑問を抱いた。

 

「出口がふさがってるのにどこから……?」

「山頂の火口から降りてきた。おかげで煤だらけだ」

「うええ!?」

 

 どうやら山頂の火口に飛び込んでここまで来たようだ。言われてみれば、金糸の織り込まれた黒マントが煤で汚れている。

 

 汚れるどころか、普通は噴煙の熱で大やけどするはずだが、見たところケガはない。相変わらず型破りな人、とメルルは笑顔を浮かべる。

 

「今まで一人でよくがんばったな。ありがとう。後は私に任せておけ」

「は、はい!」

 

 頼もしい笑顔のジオに頭を撫でられ、メルルの体から力が抜けた。

 

「さて。会いたかったぞエアトシャッター! 少し見ないうちにずいぶんでかくなったな」

 

 ジオから放たれる気迫に圧されてか、エアトシャッターは攻撃の手を止めている。

 

「我々からソフラに続き、メルル君までも奪おうとした代償、今ここで支払ってもらう!」

(あ、これ勝ったかも)

 

 言い終わるや否やエアトシャッターに斬りかかっていくジオを見てメルルは確信した。普通に勝てる。

 

 というのも、元々ジオはとんでもなく強いのだ。夢の中のメルルが初めてエアトシャッターと対峙した際、ほぼ一人で瀕死にまで追い込んでいたことだってある。大陸最強の肩書は誇張ではなく、一人だけ桁違いの力を有している。

 

 そんなジオがこの上なく本気の状態で、なおかつエアトシャッターも度重なるメルルのアイテムラッシュで力が削がれているとなると――

 

「きゅう……」

 

 緊張の糸が切れ、メルルは目を回して倒れ込む。

 

 にじむ視界の中で最後に見えたのは、エアトシャッターの巨大な爪を両断し、露出したコアに剣を突き立てるジオの姿だった。

 

 

 

---

 

 

 

 夢を見ないほど深い眠りについたメルルが目を覚ましたのは、エアトシャッターの討伐によって火山が沈静化した翌日のことだった。

 

 一晩中付き添ってくれていたというデジエとケイナを始め、メルルのベッドの周りには兵士やメイドたちがぎゅう詰めになっていた。ひとまず体に異常はないことを伝えるとケイナを皮切りに泣きながら抱きつかれ、心配をかけた申し訳なさとその場の雰囲気でメルルももらい泣きしてしまう。

 

 その後、ルーフェスに簡単な報告をしてもらった。火山は無事沈静化し、目立った被害もない。ただ、火山活動の影響で魔物たちの動きは以前活発で、今後も気が抜けないという。メルルは今度こそ油断しないよう心に決めた。

 

 即位式は後日、メルルの体調が回復してからやり直すらしい。体自体は元気一杯だし、明日でも問題ないよと伝えると、ルーフェスは無言でそれを無視した。

 

 そうして事の顛末を聞いたり、無事を喜ばれたりして三十分ほどたったころ。ケイナと二人きりになった空間で、メルルはもぞもぞと体を動かす。

 

 どうしても聞いておきたいことがあった。

 

「あのさ、ケイナ」

「なんですか?」

「起きてからずっと気になってたんだけど……どうして私縛られてるのかなーって」

 

 メルルは錬金アイテム、『生きているナワ』でグルグル巻きにされていた。縛っている生き物の状態に合わせて力加減をするので苦しくはないが、窮屈だ。

 

 ケイナはにっこり、と暗い笑みを浮かべた。

 

「自分の胸に聞いてみてください」

「も、もしかしてお土産買ってこなかったこと怒ってる?」

「違います。逆に聞きますが、メルルはその縄をほどいたら何をしますか?」

「え? そうだなぁ、まずはユヴェル村が心配だから様子を見に行って、他の開拓地も一通り確認しにいくよ。大きな被害はなくっても、噴火なんて初めてだもん。何か困ってることがあるかもでしょ。後はいつもどおり錬金して、冒険して――あっ、即位式の準備もお手伝いできれば――」

「それ! そういうところです!」

「えっ、どこ!?」

 

 ケイナはむっとしたように、

 

「メルルは少し休むべきです! 熱で倒れたあの日以来、ゆっくり休んだ日は一日だってないんですよ!」

「大げさだよ! 私だって一日くらい、くらい……」

 

 メルルの声が尻すぼみになっていく。言われてみれば、出来ることとやりたいことが多すぎて、まともに寝たこともなかったような。

 

 ケイナは一転、しゅんと肩を落とした。

 

「……今回の一件で、私達は反省したんです。メルルが頼りになるからって、大変なことを何でも任せすぎました。だから、メルルにはしばらく休んでもらうことになりました」

「ええー!? そんな、私仕事したい、働きたいよ! ユヴェルの麓はもっと開拓する余地あるし、ヴェルス山だってきちんと整備すれば観光地にできるし、東の未開拓地域だって――」

 

 メルルは完全に仕事中毒だった。錬金術で肉体疲労を無効化できることと、有能すぎることが災いしたようだ。

 

 仕事したーい! と暴れるメルルに対し、ケイナはきっぱりと、

 

「残念ですが、これは国民の皆さんも含めアールズのみんなが賛成していることです。さあ、子供のときみたいにたくさんお世話させていただきますね!」

「け、ケイナ? 目が怖いよ? 分かった、大人しくしてるから縄ほどいて!」

「それはできません。『ほどいたとたんトラベルゲートでどこにでも行っちゃいそうだねー』と、トトリ先生がおっしゃっていましたから」

「トトリ先生ぇー!?」

 

 退路は断たれていた。

 

 この後、メルルは国を挙げての『メルル姫仕事中毒矯正プログラム』に巻き込まれることとなる。夢の中のアールズでは決して起こり得ないイベントに、メルルはエアトシャッターの件に匹敵するレベルの大苦戦を強いられるのだった。


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