ばあちゃるは八重沢なとりと暮らす   作:ラギアz

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二日目

「良いですかばあちゃるさん。これからは何か足りないとか、荷物を運ぶとか、そんな些細な事でもお手伝いを頼んで下さい。正直アイドル部全員、ばあちゃるさんが仕事をしすぎじゃないかって心配してるんですからね」

「いやでもね、やっぱばあちゃるくん一人で終わらせられる事をね、わざわざ頼んで迷惑掛けるのは嫌なんすよ……」

「迷惑と! 思って! 無いんですー!」

 

 半ば強引にお風呂に叩き込まれ、上がったのがついさっき。

 なとなとに怒られながら、彼女が淹れてくれた熱いコーヒーを飲み込む。

 

「試しに明日、たま会長にでも頼んでみたらどうですか?」

「『やだー、馬P一人でやってよー!』」

「……言いそうだけど言わないと思います。多分」

 

 機会があれば、と俺は口に出した。

 基本的に学園長室に居ると、関わるのはメンテちゃんだけだ。生徒と関わる事は少ない。要はそんな機会なんぞ数少ない訳で、それは彼女も分かっていた。

 ちょっとばかし膨れっ面になるなとなと。制服からルームウェアに着替えていた。

 時刻は六時半。そろそろ晩御飯を作り始める時間だ。

 

「ばあちゃるさん。お魚と鶏肉、どっちが好きですか」

「ばあちゃるくんっすか? ばあちゃるくんはっすねー、いや……あ、なとなとはどっちが好きなんすか?」

「お魚です」

「じゃあお魚っすかね!」

「……もう。明日の夜はわさび丼にしますよ?」

「えっ」

 

 さりげなく、明日もなとなとのご飯を食べる事になっている。が、それには気づかず。スマホで調べてみれば、わさび丼はマジであった。

 明日が命日か?

 

――☆――☆――

 

 ただただ偶然。自らの幸運に感謝する。

 私が席を立った後。彼は一人でわちゃわちゃし、今はパソコンを開いて仕事をしていた。なんというか、忙しない人だ。リアクションも含め全てが軽いのに、頼れるし仕事が出来る。アイドル部という存在に欠かせない人物。

 かくいう私も、ばあちゃるさんに悪い感情は抱いていない。

 寧ろ、言うなれば、その逆だった。

 そんな人物が、二日連続で私の家に泊まる。それはとても嬉しい事だ。ただ単純に、彼の近くに居る事が出来る。料理含め、家事が一通り出来る事が強みになる。昨日から部屋着を少々大人っぽくしてみた。彼には効いているだろうか。

 ……知りたくても、聞けない。

 それを聞くには、とんでもなく甘えられる状況が必要だ。記憶が飛んでいた、なども言える様な。

 まあ、そんな状況は来ないと思う。

 

「……よし、一通り終わりましたね」

 

 手を洗って、私は息を吐いた。

 あとはほぼ、待つだけだ。他に何か作れそうな物がないかと探してみても、思い浮かばない。

 エプロンを外して、私はリビングへと戻る。ばあちゃるさんの後ろに立つと、彼は手を動かしながら話しかけてきた。

 

「どうしました?」

「いえ、お料理のほうが一段落したので来たんですけど……。見てても大丈夫な奴ですか?」

「問題ないっすね。これはあれっす、アイドル部の皆のスケジュールなんでねはいはいはい」

「あー。……ばあちゃるさん、またコラボ配信とかやらないんですか?」

「今んとこ予定は無いっすね。ばあちゃるくんが出てもっすね、邪魔だー! って思う人が沢山いると思うんでー、やっぱね、可愛い皆だけでコラボした方が良いんすよ」

「……その割にはたま会長と沢山コラボしてるんじゃないですかー?」

「あれはまあ、そのーあれっすよ! ほら、たまたまがね、やりたい事をばあちゃるくんがサポートしてるだけっすよ完全にね! ばあちゃるくんじゃなきゃ出来ない事が大半っすからねはいはいはい」

 

 イラっ。と、心がざわつく。

 その感情が嫉妬だと気付き――、思うがままに、私は動いた。彼の首を抱きしめるように手を伸ばし、大きな手をぺちんと払いのける。

 

「ちょいちょいちょーい! 何やってんすかなとなとー!」

 

 慌てる彼の声を無視。少し悩んで、私は明後日のスケジュール表を開く。その日は、夜八時から配信の予定があった。

 ……麻雀の添削。男声役。なるほど。確かに、アイドル部の立場から見ればばあちゃるさんしか出来ない事だろう。私たちとコラボして一番波風が立たないのは、立場のあるばあちゃるさんだ。

 だから考えよう。私が、私の立場を利用して、彼だけとコラボする方法を。

 

「……ばあちゃるさん」

「もー、どうしたんすかなとなとー」

 

 私は自分の名前の横にカーソルを持っていく。少し悩んでから、打ち込み始めた。

 

「コラボしましょう。特別版なとないと、ゲストに来てください」

「マジンガー!? いやそれね、ばあちゃるくんじゃなくて……あっ! すずすずとかどうっすか? いやー、ピーピーとはコラボしたんでー、やっぱここはね、ラマーズトリオのもう一人とコラボなんてどうっすかね?」

「……風紀チェックしようと思うんですよ。だからばあちゃるさんが一番良いな、って」

「あー! なるほどー! ……あっ、じゃあたまたまにします? やっぱね、ばあちゃるくんよりね、生徒たちと沢山話してる生徒会長の方が良いんじゃないすかね!」

 

 彼は焦りながら、言葉を発す。そんなに私とコラボするのが嫌なのだろうか。

 ……いや、多分違う。ばあちゃるさんはきっと、「自分よりも」と思っているのだろう。自分よりも他の人と。他の人の方が。自身を卑下しているのだ。

 一番害悪なのは、それが彼の本心だということ。心の底から、純粋にそう信じているのだ。

 

「ていっ」

「ウビバッ!?」

 

 ちょっと力を込めて。手のひらを、彼の耳に押し付けた。外の音が聞こえないように、ぐっ、と。

 慌てている。それでも、ばあちゃるさんは抵抗しない。何か言っているけど、私の耳には届かない。手は出さない優しさは、私にとってはむず痒いだけの物だ。届かない背中の痒みの様に、燻る何か。 けれど、その甘さに、私は浸った。

 

「――他の誰でもなく。貴方が、良いんです」

 

 小声で呟く。黒髪に顎を押し付けて、耳を塞いで。

 何も伝わるな。彼に何も伝わるな。

 相反する感情と行動。恥ずかしいくらいにドストレートな行動に、私は頬の熱さを自覚する。

 

「……まああれですよ。ばあちゃるさんに拒否権なんて無いですしー?」

「え、えぐー! ばあちゃるくんにもっと優しくして欲しいっすね!」

「へーんだ! そろそろご飯ですから、片づけ始めて下さいね」

「おっけーっすよなとなとー!」

 

 私は彼に背を向ける。口元を手で覆う。

 ……顔に触れる指先は、震えていて、とてもとても熱かった。

 

――☆――☆――

 

「じゃあ、お風呂行ってきます」

「了解っす! この後配信ありましたっけ?」

「はい。遅れないようにはしますよ!」

「まあなとなとなら大丈夫っすよね! てらてらー!」

 

 なとなとがお風呂に消えていった。俺は彼女の淹れてくれたコーヒーを飲み、ソファに体重を預けた。

 そして。

 

(聞こえてるんすよなとなとおおおおおおおおおおおおおお!!!!)

 

 悶えた。

 

(耳塞がれても結構聞こえるんすよ!! 頭の上に顎乗っけられるのも分かったし! 背中も結構あれだったし!! 温かいし柔らかいしあんな事言われるし!!!)

 

 確かに、俺はアイドル部の皆とスキンシップが無いわけではない。絶対に一線は超させないものの、パーソナルスペースは個人差がある。それを拒絶することは、俺の流儀に反する。イオリンやもちもちは近いし、すずすずなどは一般的な広さだ。個人個人の距離を他人が勝手に決めるのは、魂の自由を縛りかねない。

 出来る限り自由に。出来る限り不自由なく。

 魂の輝きをありのままに。

 それが俺のモットーの一つだ。

 が、彼女たちは容姿的にも優れている存在である。

 俺とて男。くっ付かれて、何も感じない訳ではないのだ。

 

(あんな事言われたらコラボするしかないじゃないっすか……やばーしーやばーしー)

 

 髪を掻き揚げる。長く息を吐いて、俺は目を腕で覆った。

 いや何。八重沢なとりは、プロデューサーがドキドキするレベルのアイドルだと再確認出来ただけだ。見慣れている俺でもこの有様なのだから、彼女の魅力は最早言うまでも無い。

 その矛先が俺に向いてなければ、安心出来たのに。

 彼女たちの魅力を一番知っているのは俺だ。同時に、それらを一番無視しなければならないのも俺。

 難儀な物だ、と。

 もう一度息を吐く。ソファを離れて仕事を始めても、なとなとの言葉はずっと脳裏に張り付いていた。

 数十分後。なとなとがお風呂から出てきた。

 

「なとなとがね、配信してる間はばあちゃるくん静かにしてるんでね!」

「はいはい聞こえたら稲鞭ですからね! 多少の音なら全然大丈夫ですから、あまり神経質にならないで下さいね」

 

 彼女は俺に釘を刺すと、ほうじ茶を持って自室へ。扉が閉まる音が聞こえた瞬間、俺はどっと力を抜いた。

 一晩寝れば、きっとこの混乱も収まるだろう。人間というのはそういうものだ。

 彼女にはいつも通りに接せば良い。もう夜も遅いし、配信が終わったらなとなとも寝るだろう。俺も今日は早く寝て、明日に備えるのが吉か。

 幸いというか、さっきまでやっていた仕事は終わっている。

 やらなければならない事を確認し、それがほぼ無い事を認識。パソコンの電源を落としてから、俺はスマホをいじり始めた。

 

 その、一時間半ほど後。

 

 暗い部屋。カーテンを閉め、電気を消した部屋の入り口で――、

 

「……一緒に、寝て下さい」

 

 俺は、八重沢なとりに、抱き着かれていた。

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