「 ・・・・ふっ!」
小さな気合とともに掌がゴーストをとらえた。
もともと半透明のゴーストが、さらに薄くなり、消えていく。
目を細めて敵が消えていくのを確かめながら、シュロは毒づいた。
「 くそ、だんだん見にくくなってきたな・・・」
ゴーストは半透明であるため暗くなると確認しずらく、厄介な敵になるのだ。
セントラルに夜が近づいていた。
日が傾き始め、空は夕焼けに染まっていた。
周りには生き物の気配は全くなく、普段は綺麗にうつる夕焼けも曲々しい風景に思えた。
赤く、血のように・・・
( ・・・いや。)
と、シュロはかぶりを振って浮かんできた考えを打ち消した。
( ゴーストにやられた街は白に染まるんだ。シローと出会った街がそうであったように・・・
だからこの街は、この空の赤色はまだ生きている証拠なんだ。)
目の前からゆらり、と現れた数体のゴーストと向き合い、考えをしめくくる。
「 この街はまだ死んじゃいない。お前らには渡さない!」
斧を持ったゴーストが武器を振りかぶるのに合わせて踏み込み、肘打ちから回転蹴りのコンビネーションで二体を消し去った。
と同時に、別のゴーストの斧がシュロの背中めがけて振り下ろされ・・・そして地面に落ちた。
「 アインスへの道があったぞ」
声がするほうへシュロがゆっくりと振り向くと、うずくまり消えていくゴーストの向こうに正拳突きのままの姿勢でモクレンが立っていた。
本隊から離れて隠密行動をしていた二人は手分けしてアインス本部に侵入する抜け道を探していたのだ。
「 ・・・!イスカ、後ろに出てくるよ、気をつけて!」
その頃、残されたイスカ、シロー、ヒソカの三人もゴーストと死闘を続けていた。
第五ブロック、ゴースト発生の中心とはいえ、シローの能力で戦闘は有利になっている。
次第にゴーストの数も減ってきて、戦闘員二人は交代で休憩をとっていた。
「 しかしモクレンはともかく、シュロまでどうしてアインスに疑問を持ち始めたのかねぇ?」
イスカが疑問を発した。
「 シローを助けてから予報の精度が上がったのをよほど気にしてたみたいだったわね」
と、ヒソカ。
今度はシローが口を挟んできた。
「 でもどこにいつゴーストが出るかってのが分かるのにその現象の原因がわからないなんておかしいよ。
アインスはゴースト現象に関する何かを隠してるってのは十分ありうるよ」
「 シロー・・・・お前本当に3歳とは思えないようなこと言うよなぁ・・・」
イスカが半ばあきれたような目でシローを見た。
「 でもシュロも同じようなものだったらしいよ。
ゴーストから保護された後、子供とは思えない運動能力を持っていたからツヴァイになったんだって」
よろよろと立ち上がりながらシローが返した。
頭脳はすさまじいが運動能力は通常の3歳児よりやや長けている、といった程度のようだ。
シュロはその逆らしい。
「 へぇ・・・」
会話しながらもサイ・バスターを連射し、一発も外すことなくゴーストを一気に葬るイスカ。
「 ところで、さっきシローが感じたっていう強烈な気配はどうなった?」
聞かれて、アインス本部のほうを見、シローは答えた。
「 まだ・・・気配はあるよ。とてつもなく大きな存在感のある・・・ゴーストだ」
ふと、イスカがうつむいた。顎に手をあて、数秒考えてから
「 あの・・・二ヶ月前のアレと同じなのか」
咳払いしながら、言いにくそうに聞いてみる。
シローを救出した時に遭遇したゴースト。具現化しかけていた。
「 ・・・僕はもう大丈夫だからさ。気にしないでいいよ、イスカ。
ゴーストとこうやって戦っているんだから、二ヶ月前の怖さはもうないよ」
公園の噴水に腰掛け、楽な姿勢に戻ってシローは笑った。
「 強いね、シローは。
・・・で、その気配は具現化したゴーストのものなの?」
立ち上がりながらヒソカ。シローは再びアインス本部を見ると、やや間をおいて話し始めた。
「 それが・・・ゴーストには間違いないんだけど・・・
なんか、変な感じがするんだ・・・」
「 モクレン!どこに向かってるんだ。
本部への抜け道を見つけたんじゃないのか!?」
走りながら、シュロは叫んでいた。
「 お前、これ本部の真正面から突破するって言いたいのか!」
二人はアインス本部へ続く中央本道を走っていた。
勿論本部周辺は他のツヴァイ部隊がゴースト駆逐のために配備されている。
運良くゴーストが沸いていない場所を走っているのだが、すぐに戦闘中の別部隊と出くわすのは目に見えている。
「 大丈夫だ。アインス本部前の第6部隊の話を聞いてきた。
本部警備の第1部隊が危険らしいんだ。どうせ新兵器とやらが役に立たなかったんだろう」
前を走るモクレンが返す。
「 む・・・じゃあ救援に来たフリをするってことだな。
確かに・・・俺が見てまわった限り入り込む隙間はなさそうだったからな」
シュロは立ち止まってあたりを見回した。
ここから先、本部に近づくと防衛線を張るように部隊が配備してあった。
セントラルの中心、アインス本部周辺は超高級住宅街と、超高層ビルが立ち並ぶ大都市。
道も広く見渡しがいいため本部前をうろうろしてるだけで見つかってしまう。
「 あぁ。だから堂々と行こう。通信は切断してあるが戦闘で壊れたと言っておけばいいだろ」
「 そうだな。よし、行こう!」
二人は拳を固めると、再びアインスに向けて走り出した。
「 怖いような・・・でもどこか懐かしい、というか親しみを感じる、というか・・・そんな変な感じがするんだ」
噴水の縁に腰掛けたまま、シローが言った。
自分でも困惑しているのか、首をかしげながら。シュロ達を心配するように気配のするほうを見つめていた。
「 !・・・全滅してる・・・のか」
アインスの研究施設本部中央ホール。研究所らしく装飾はなく、殺風景な白を基調とした清潔なだけの広い空間だった。
シュロとモクレンの二人が到着してみると。
そこには塊のような大量のゴーストと5つの死体が転がっていた。
「 いや、元からここを守っていた第1部隊とは違うぞ!ランに・・・フウタまでやられたのか!」
隙間なく襲ってくるゴーストを、まずは逆らわずにかわしながら、シュロは状況判断に努めた。
ホールの端から端までゆらゆらと曲線を描くように、びっしりと詰まったかの如きゴースト達がかえって動きにくくなるように誘導してさばいている。
「 やられてるのは第5部隊だな・・・救援に来てやられたのか」
冷静にシュロは判断をくだした。
中央ホールで倒れているという事は第1部隊やアインスが出したという新兵器と合流する前にやられたということだろう。
「 入った途端、第1部隊を探す間もなくやられたってことか!」
こちらは対照的に、全方位の敵を鬼のような形相で蹴散らしているモクレン。
言うと同時に前蹴りで前方3体のゴーストを吹き飛ばすと、モクレンはシュロと背中合わせになり、それぞれの死角をなくした。
「 く・・・二人でこの量のゴーストはヤバイな」
言いながらもシュロは側方2体のゴーストの槍を跳んでかわし、前方に蹴りを放つことでゴーストを消し去った。
「 中途半端に武器を持ったゴーストが多いからな」
シュロとモクレン、ブレイブ・ナックルの二人にはレンジの違いが痛かった。
一般的にはケモノのゴーストが多いので、今回のケースは稀なのだ。
加えて夜が近づいている。ゴーストはさらに闇に透けていた。
闇を溶媒とし、闇にまぎれ、浸蝕するように二人にまとわりつくゴースト。
だがそれでもツヴァイ最強の二人は倒れなかった。
「 モクレン、離れて壁を背にして奥に行こう。分かれても死角をなくせば少しずつでも安全に前に進める!」
言うなりシュロはゴーストを踏み台に高く跳んだ。
上から踏みつけるようにゴーストに蹴りを繰り出しながら数度宙に身を放ちエントランス中央から姿を消した。
モクレンもそれにならい反対側の壁に背中を押し付け、体当たりしながら強引にシュロを追った。
「 しかし・・・確かにゴーストの量は多いけどベテランの第5部隊が全滅なんて!」
廊下に出ると戦闘は途端に楽になった。
これならばシュロ達第2部隊には及ばないが経験を十分につんでいる第5部隊は全滅するはずがない。
「 そうだな。あのくらいなら5人部隊でなんとかなりそうだよな。何があったんだろうな・・・
ところでこれからどこに向かう?」
聞かれ、シュロは一度立ち止まり、周りを見回した。
「 よし、まずはセキュリティールームへ行こう。監視カメラで建物全体の状況が分かる」
ある程度殲滅しながら進んだため、今は相談のために立ち止まるくらいの余裕はある。
建物入り口からはそれほど距離を経たわけではないが、セキュリティールームは目の前だ。
が・・・
( 監視カメラをあらかじめつぶしておかないとゴースト研究のデータを見に行けないからな。
ゴーストの戦闘中に偶然をよそおって破壊しておこう)
唇の動きだけで、声を出さずにモクレンに意思を伝えた。読唇術である。
勿論口の動きはカメラには写らない死角だ。
モクレンも強く頷くと、背後に迫ってきたゴーストに後ろ回し蹴りを放ち・・・・
そして足は空を切った。
「 なっ・・・・!」
モクレンの驚きの声につられてシュロが後ろを向くと、ゴーストは攻撃範囲目前で止まり、引き返してしまっていた。
踏み込むタイミングをみはからって放ったモクレンの蹴りが外れる道理であった。
だが目の前のゴーストが襲ってこない。
「 これは・・・・まさか!」
再び前方を見やると
そこには一体のゴーストがたっていた。
その生命のない双眸に活きの良い獲物を二人うつして。
「 ・・・・!」
シュロはものも言わずにゴーストに突進した。
寸前で体を崩し・・・たと見せかけて体を前方に傾け、胴回しの回転蹴りを浴びせる。
踏み込んで蹴りを避け、軸足を刈りにくるゴースト。武器を持たず、シュロ達と同じく格闘技を扱うゴーストのようだ。
軸足を刈られ、片手で体を支えるとシュロは鞭のように足をしならせ連続で蹴りをくりだした。
ゴーストは後退し、シュロも立ち上がりにらみ合う。
「 二ヶ月前のあいつか!具現化したゴーストだな!」
モクレンが後ろで叫ぶ。彼は前回の戦闘を見て、自分ではかなわないことを知っている。
すぐ後ろに向き直り、入り口側のゴースト達に向かっていった。
退路を確保しなければならないほどの強敵だからだ。
「 第5部隊はこいつにやられたのか!」
モクレンが戻っていくのを横目で確認すると、シュロは息を整えて相手を観察しはじめた。
夕方になり、明かりのついた建物内でもゴーストははっきり見る事ができない暗さであった。
闇に半分溶けたようにも見えるゴーストは、民族的な衣装を着た男のようだった。
身長はシュロと同じくらいでがっちりしている。頭の形はぼやけてよく見えない。手と足には甲をつけていた。
突然、ゴーストが音も立てずに前に出た。
( 速いな)
シュロは心の中でつぶやくとあわせて前に出、左拳を突き出した。
爆発のようなすさまじい音を立てて、二つの拳は両者の中央で激突した。
「 ちっ・・・!」
シュロは舌打ちすると、右前方に踏み出し、敵の死角から大振りの左蹴りを正面に向けて放った。
・・・・が、狙った場所にはゴーストの手があった。
ゴーストもシュロと全く同じ軌道で体を移動させ、フックを放ったようだ。
蹴りをフックから外すと、シュロは体勢を整え今度はカウンターを狙い前に出た。
「 ・・・・・・?」
1瞬、どちらも動かない空白がうまれた。
シュロが違和感を覚え距離をおくと、ゴーストも飛びのいた。またも両者同様にカウンターを狙っていたのだった。
( 俺と全く同じ動きをしている・・・?馬鹿な)
シュロは再びゴーストを見た。さっきよりも距離が近い。
ゴーストを間近で見た瞬間、シュロは愕然とした。
その隙をついて踏み込んできたゴーストをすんでのところでかわし、さらに飛びのいた。
信じられないものを見ていた。
衝撃でまだ肌がざわついている。思わず声が口をついて出た。
「 俺・・・だ!」
驚くシュロを睨むゴーストの顔は透き通っていて見にくいが、シュロそのものであった。
髪の毛は赤く逆立ち、大きい目はするどく敵を見据えている。
「 なんで・・・俺がゴーストに・・・いや俺の形をしたゴーストが・・・違う・・・いや・・・」
動揺しているシュロにゴーストは容赦なく襲い掛かった。
シュロ得意の足さばきで次々と攻撃をしかけてくる。
自分の技で押され、シュロはどんどん後退せざるをえなかった。
「 シュロ!?」
自分を呼ぶ声にハッと振り返ると、モクレンがこちらを見返している。
「 大丈夫か!?こっちはほとんど片付いた。無理なら一旦引こう!」
焦るモクレンを見て、シュロはニヤリと笑った。
「 ・・・・いや、大丈夫だ。見てろ!」
落ち着きを取り戻し、シュロは再び構えた。
今度はシュロがゴーストを翻弄しはじめた。
ほんのわずか自分のタイミングをずらし、ゴーストにダメージを与えていった。
姿形も、戦闘法までも全くシュロと同一のゴーストであるだけに、慣れてしまえばかえって扱いやすいともいえる。
「 む・・・前の具現化したゴーストよりも速いな」
しかしモクレンの言うとおりだった。
ゴーストのスピードはさらに上がり、全くの互角となった。
カウンター中心に、効率よくダメージを与えるシュロと
スピードとパワーで押さえ込んでいくゴースト。
全く同じ姿の二つの影はすさまじいスピードで交錯した。
モクレンも手を出せず、ゴーストがシュロと同じ姿をしているのにも気付いていなかった。
しかし、シュロとゴースト。両者の大きな違いは、突然現れた。
それまでの苛烈な戦闘で消耗していたシュロの足が、体重を支えきれなくなったのだ。
「 ・・・!シュロ!」
警告の声を発するモクレンを尻目に、ゴーストは渾身の一撃を拳にこめ、シュロの頭部めがけて打ち下ろした。
体を崩しながらも、シュロは思い切り前傾し、突進するように掌低を放っていた。
鈍い音をたて、二人のシュロは動きを止めた。
モクレンが飛び出した。
崩れおちるように座り込もうとするシュロを支えると
ゴーストはだんだん薄くなり、闇に完全に溶けていった。
「 今のは・・・」
モクレンが呆然とつぶやく。間近でゴーストを見てしまった。
「 う・・・そ・・・」
二人のシュロを目の前にして、言葉を失っていた。
相棒にもたれながらシュロが苦しそうに口を開いた。
「 あぁ・・・あれは俺の姿をしたゴーストだった」
「 なんでだ!?全く同じ姿してやがったぞ。姿だけじゃない、考えてみりゃさっきの闘い方、あれもお前そのものじゃないか!なぜ?」
パニックに陥りそうになっているモクレンの肩をつかんで立ち上がると、シュロは言った。
「 だか・・・ら・・・俺の考えが当たっている・・なら・・・ゴース・・トは俺たちの力で止められる・・はずだ」
荒く息をはきながら、頭をおさえている。
「 ・・・シュロ!」
ハッとなってモクレンが手を出すと、シュロはその中に倒れこんだ。
掌低を打ったときの体勢がよく、威力で優っていたために倒せたが、シュロもかなりの打撃を負っていたのだ。
「 く・・・どちらにしろセキュリティールームへいかなきゃ」
完全に気を失ったシュロをかつぐと、モクレンはセキュリティールームへ入った。
すべてオートメーション化されたセキュリティを管理するだけの部屋。
暗く狭い部屋の中でモクレンはアインス本部研究所内を写した監視カメラの映像を見た。
「 ・・・・うおっ!!!」
その日一番の驚愕の声を上げると
モクレンはシュロを置いてセキュリティールームを飛び出した。