シュロ・・・・シュロ・・・
遠くから声が聞こえる。
声のする方向を探そうと、シュロは起き上がった。
だがすぐに理解した。自分は”起き上がっていない”。
自分の脳だけが起き上がっていると告げている。
自ら鍛え上げた身体だ。それが反応していないということはすぐに分かる。
つまり
( これは夢って事だ・・・)
使い慣れた自分の身体が思うように動かせないのは癪にさわったが、とにかく声のするほうへシュロは顔を向け・・・その途中で首を止めた。
夢の中らしく、周りは真っ白な空間だけだった。その中に自分がいて、背後から自分を呼ぶ声があって・・・
・・・そして、自分の正面方向には赤毛の男がいた。
燃えるような赤毛が、真っ白な空間を拒絶するかのように自らを強調していた。
彼は微笑んでいるように見えた。少しずつこちらへ近づいてくる。
その顔が自分のものであると気付くのに少し時間を必要とした。
( ・・・さっきのゴーストか。
あの打撃で・・・俺は気を失ったのか?)
夢に入る前の状況をようやく思い出し、あらためて目の前の男を観察した。
夢だからだろうか、さっきまで激しく戦っていたゴーストであっても、恐れも怒りも沸かなかった。
表情を崩さず、微笑のままゴーストはゆっくり歩いてきていた。
若い・・・今の自分よりいくらか若いように見える。
だが顔も身長も体格も、ゆっくりと近づいてくるその足取りもまさしくシュロそのものだった。
( やはりこいつは過去の俺。俺がゴーストとして出てきたって事は・・・)
ぼんやりとする頭の中で、一つの仮説が確信に変わりつつあった。
観察しているうちにも、もう一人のシュロは近づいてきていた。
目の前まで歩いてくると、彼は手を差し伸べてきた。
「 ・・・??」
不思議に思いつつも、シュロは手を伸ばした。
さっきまでゴーストとして姿を現していたが、今は夢の自分。親しみを込めて語りかけながら、シュロはもう一人の自分と握手を交わした。
「 なぁ、お前は何年前の俺なんだ?」
一瞬、相手の手がいっそう暖かく、力強く握り返してきたような気がした。
手のひらから身体全体へ、もう一人の自分から流れてくる温かみに、シュロは目を閉じた。
「 そうか・・・お前達も生きてるんだな。イキモノとして不十分とはいえ・・・」
自分の姿をしたゴーストを見てから、シュロのゴーストに対する感情は急速に変わりつつあった。
だが、それと同時に以前よりもさらに強烈に、ゴースト現象を止めたいという気持ちも強く。
「 ヒトってのはいつの時代も命の消費者なんだな・・・
自分以外のものの命を奪わないと生きていけないんだ。
・・・だからお前達も俺達も闘わなきゃならなかった」
今度はシュロのほうから手を強く握った。
「 終わらせてくるよ。お前達がこんな知らない世界に迷い出てこなくてもいいように」
フッ・・・と。
シュロは自分が握っている手が、自分と同じ姿をしている手が少し軽くなったように感じた。
目を開けようとするが、自分のまぶたの動きがひどくゆっくりに感じる。
そしてシュロが目を開いたとき、その眼前には何もいなかった。
と同時に、背後からまたあの声が聞こえてきた。
( シュロ・・・・!)
最初に聞こえた自分の名を呼ぶ声と同じだった。今度はかすれず、はっきりとした大きな呼びかけであった。
シュロはゆっくりと振り向いた。
そこには、人が立っていた。さっきの自分のゴーストとは違う、二人の人だった。
あぁ、そうか。またこの夢か・・・
「 父さん・・・母さん・・・」
シュロは思わずつぶやいていた。
周りは夢の中らしく真っ白な空間。そこに自分と、自分を生んだ人がいる。
夢ってのもたまには悪くないな。シュロは素直にそう思った。
と、同時に。シュロは猛烈な違和感を感じた。
( 何故知っている!!?)
夢の中で、ぼんやりとしか見えない二人の顔。
以前にも同じ夢を見たような気がした。だがその時には彼らが両親だということに気付かず、目が覚めると同時に忘れてしまっていた・・・
しかし今、シュロは二人が誰なのかを自然に理解し、口をついて出た。
が・・・・
( 俺は両親の顔を知らないんだぞ!?)
生まれたばかりの赤ん坊の頃、シュロの故郷はゴースト現象に見舞われ、集落の全てが死に絶えた。
( だから俺は両親の事など一切知らない・・・そして知ろうと思ったこともなかった。
なのに・・・あの二人が両親だって事がわかる!?何故だか・・・わかる。
思い出したわけでも教えられたわけでもないが・・・わかるようになった。突然に。何故だろう・・・)
不思議ではあったが、だが不安ではなかった。何故かはわからないがこの二人は間違いなく自分の親だ。
相変らずぼんやりとした輪郭で、近づいてこようともしない両親を見て、シュロは暖かい、未知の何かに包まれたような気持ちになっていた。
ゴースト耐性の体質ゆえに唯一助かったシュロは、以後アインスの施設で育てられ、親子の愛情に触れることなく育ってきた。
ゴーストへの恐怖と憎しみから自らを戦士として鍛え上げた。
( それがなんで今さら親の顔など・・・思い出したんだろう)
そんな事を考えている事態ではないのは分かっていた。
これからの闘いで自分の生きた価値が分かる。
シュロは夢の中で目を閉じ、両親の顔を焼き付けながらも意識を現実へと向けていった。
今は闘わなければ。ゴーストと。いや、ゴーストをゴーストたらしめているモノと。
自分の過去と。そして未来のために。
闘って・・・闘って・・・闘い続けて・・・
・・・・・・・・・・
「 ・・・ロ!・・・シュロ!シュロ!!・・・生きてる?」
甲高い子供の声が耳に入り、シュロは目を開いた。
身を起こすと、ぼんやりと輪郭のはっきりしない視界には、夢の中とは別の場所、セキュリティールームの画面がうつった。
殺風景な場所だな。家族団らんを、その部屋に邪魔されたかのように思えてシュロは歪んだ視界でゆらゆら揺れる機械をにらみつけた。
「 ふぅ・・・ただ気絶していただけみたいだな
見たところ出血もないみたいだし、頭部に打撃をもらったな?脳震盪だろう」
高い位置からイスカの声がする。
ようやく視界がはっきりしてくると、シュロは自分の周りに見慣れた人がいるのに気がついた。
狭い部屋にシュロ、シローとイスカ、ヒソカと・・・
「 ・・・・モクレン?あいつはどこいった?」
一瞬、部屋の中の空気が止まったように思えた。
シローは当然シュロとモクレンが一緒だと思っていたのか、わけがわからずぼ~っとしている。
ヒソカとイスカは見合わせて・・・そして二人同時にこわばった顔をシュロに向けた。
白い壁に囲まれた狭い部屋。しかし夏の蒸した空気も、内臓を締め付けられるような不安感にかき消されていた。
数瞬の間のあと、イスカが咳払いをし、問いに答えた。
「 この部屋の外に・・・小規模だけどかなりの威力を感じる・・・爆発跡があったんだ
あれは・・・モクレンがやったのか?」
「 ・・・・!!?」
シュロは頭痛も忘れ、突進するようにしてドアから外へ飛び出した。
部屋の外にゴーストはいなかった。
作戦は無事終了し、ゴースト現象は抑えられたのだろう。だからこそイスカ達三人はシュロを探しに来たのだろうが。
天井、床、壁という壁には一面びっしりとヒビが入り、凹んでいた。
セキュリティールーム前はまっすぐの廊下になっているが、かなり威力を絞って小規模にだけ破壊を行ったのだろうか。
壁のヒビはそれほど遠くにまでは到達していなかったが、少なくとも破壊が及んだ場所には、物がなかった。
完全に粉状に分解されたようだ。
火薬による爆発のような焦げ跡もなく
セキュリティールームのドアのすぐ横に置かれてあったはずの観賞用植物も色あせる事なくそこにあった。・・・ただし、粉々になってはいたが。
この綺麗な破壊跡を目前にして、シュロは立ち尽くした。
だが何かがおかしい。直感がそう告げていた。
「 これを・・・モクレンが?」
どこか腑に落ちない様子で、シュロは壁を睨みつけ観察しはじめた。
「 あぁ・・・お前がやったのでなければモクレンしかいないだろう。
・・・ここの警備にあたっていた第一部隊も、全滅していたそうだ」
普段から冷静なイスカは、こんなときにも淡々と状況を説明してくれた。
自慢の金髪をゆらしもせず、ただ現実にある破壊跡を見つめている。
「 まさかモクレン・・・精神波ブースターを暴走させてこんなことをしたんじゃぁ・・・」
対照的にヒソカは不安で泣き出しそうな顔になっていた。
普段は微弱な精神波を増幅し、戦闘用のエネルギーにするブースター。
シュロはペンダント型のものを首からぶら下げているが、モクレンはバンダナ型のブースターを額に巻いていた。
もともと戦闘用のエネルギーを、相手を破壊するためのエネルギーを得るためのもの。
危険なレベルまで増幅させれば大量のゴーストを同時に吹き飛ばす爆弾となり得るであろう。
その場合、当然それを実行した当人は・・・
「 ・・・・精神エネルギーを暴走させると、物質としての存在までもエネルギーに変換され、身体までも崩壊すると言われているな」
「 やめてよ!シローの前なのに!」
パニックになりかけてヒソカが叫んだ。
当のシローは状況を把握できず、ぼんやりと立っていた。さすがに死、というものは受け入れられない三歳児のようだ。
怒鳴られて、イスカはヒョイと肩をすくめて壁にもたれかかった。彼はこの状況に全く動じてないらしい。そして同じ調子でシュロに声をかけた。
「 どう思う?シュロ」
シュロもようやく破壊跡から目を外すと、三人の方へ振り返った。
「 確かに、俺が倒れた後大量のゴーストに襲われて・・・街と俺を守るためにブースターを暴走させた。
状況とこの破壊跡を見るとそう解釈するのが一番自然だが・・・・ふん」
今さっき目が覚めたばかりだが、シュロの頭は冴え渡っていた。気を失う直前の状況、モクレンの行動、そしてこの破壊跡・・・
「 納得いかないな」
毅然として顔をあげ、言った。
ヒソカが えっ、と小さく声をあげこちらを向く。シローもこちらを見上げている。
「 俺には・・・”自分は死にました”と大袈裟に宣言しているように見える。」
イスカはサイ・バスターを小脇にひょいと壁から離れると、ニヤリと笑った。
ヒソカもピンときたのか、パッと明るい顔になった。飛び跳ねるようにしてシローのもとに駆け寄り、ギュッと抱き上げた。
「 よくわかんないけど、モクレンは絶対戻ってくるんだから、僕らは僕らのやる事をしっかりやらないとね!」
シローが生意気な口で締めくくると、シュロ達は苦笑しながら歩き出した。
爆発跡を振り返ることなく。まっすぐに。
「 そうか、モクレンも死んだか・・・残念だ。」
作戦終了後、集められた司令室で、ツゲは別人のように真っ青になった顔でシュロの報告を受けた。
目の下には大きなくまをつくり、涙のあとのようなすじも見てとれた。
初体験となるゴーストとの戦闘指揮で、神経をすり減らしたのだろう。
「 これで全隊員の現状が分かったな。ありがとう、ちょっと全体に話があるから席についてくれないか」
司令室は講義もできるようになっており、隊それぞれの席が設けられている。
しかしシュロは一旦席につくのを拒否し、ツゲの目を覗き込むようにして言った。
「 ちょっと待ってくれ。その前にゴーストについて発見したことがあるんだが。
今聞いてくれるか?」
ツゲの目に、わずかな迷いが見て取れた。動揺というほどの感情の高ぶりは感じなかったが、やや疲れたようにツゲは返してきた。
「 あとにしてくれないかな。みんな疲れているだろうから。」
言われて、今度は素直に席につくと、ツゲは胸を張り、咳払いをして、(目薬をさして)壇上に立ち話し始めた。
「 諸君、ご苦労だった。
第1部隊と第5部隊が全滅、また各隊にもかなりの死者が出た。
これはアインスの研究者のくせにしゃしゃり出てきて自分のせいだと思っている。すまなかった」
ツゲは深々と頭を下げた。淡々とした話し方だがその奥に苦悩と悲しみを感じる事はできた。
あのやつれ具合は慣れぬ軍隊指揮によるものではなく、自分の指揮で人を死なせてしまったという自責の念からだったのだろう。
簡単に話を終わらせたツゲに続いてアインスのお偉いがたが賛辞を述べた。
普段見た事もない、貫禄があるだけの老人の話などツヴァイ隊員がまともに聞けるはずがない。
「 こちとら必死で戦ってきたんだ。休ませろっての・・・」
「 仲間が何人も死んだってのに街を守った事しか言わないのかよこいつら・・・」
「 結局アインス研究室の警備に使われた新兵器って調子どうだったんだよ?」
シュロのいる隊員席からは不平を吐く小さなつぶやきがいくつもあった。
イスカは腕を組み目をつむり、明らかに寝ていた。
シローも、疲れているだろうからと部屋においていこうとしたのを会議には出席すると言い張ったため連れては来たが。やはり寝ていた。
「 それでは、アインス本部の守りで活躍した新開発の兵器の説明を行う。
全員第1錬成場に移動せよ」
隊の半数以上が寝始めた頃、ようやく老人特有の甘ったるいにおいと、長く同じ内容を何度も繰り返し言ってるようにしか聞こえない話は司令室から出て行った。
長話から解放されたのと、知りたがっていた新兵器を見れるという喜びで司令室内はやや沸きかえった。
「 おいシロー、大丈夫か?寝てるならいいが、俺達は行くぞ。俺の肩の上で寝ていけ」
目を覚ましたイスカも珍しく興奮しているようだ。シローを勝手にかついで行こうとしている。
シュロは周りに気付かれないように、ヒソカの手を引きイスカに近付き、耳打ちした。
「 イスカ、サイ・バスターに実弾を装填しておけ」
驚いて、身体が震えそうになるのを懸命にこらえ、イスカはポーカーフェイスを保った。
まだ装備が解かれていないために背中に背負っている銃がズンと重くなったような気がした。
ようやく大事件が終わったっていうのに・・・この隊長は何を言い出すんだか。
「 何を言ってる。終わったばかりじゃないか」
イスカも声を潜めて、しかし言葉とは裏腹にシローを肩に乗せながら後手で器用に装填を始めた。あくまでも回りに気付かれないように前を向きながら。
ヒソカの不審そうな視線を感じながら、シュロはさらに声を潜めて
「 モクレンが生きているとは言ったが、あいつが消えた目的が分からん。
あの状況で消えたとなると、原因はセキュリティールームで見たアインス内の”何か”だ。
それが何かは分からないが・・・」
ちらりと横を見て、シローが再び寝息を立てているのを確認すると、シュロは続けた。
「 あいつの性格からして、アインスを排除しようと考えるかもしれん。
新兵器をここで公開するのならばモクレンにとってはチャンスだろう。
あいつを止められるのは俺達だけだ。」
しばし逡巡したのち、イスカはシローをヒソカに手渡し、装填の速度を上げた。
ヒソカはまだ納得がいないらしく、口をとがらせて反論してきた。
「 でも、まだその可能性があるってだけなんでしょ?
モクレンが敵に回るはずはないわよ。むしろ警戒すべきはアインスなんじゃない?」
その言葉を聞いて、ふとシュロもあごに手を当て考え込んだ。
「 確かに・・・あのゴーストが出たことを考えると・・・そうかもしれないな」
「 あのゴースト?」
装填の手を止め、イスカがまた小声で聞いてきた。
ややざわついているとはいえ、身を寄せ合っていつまでも小声で話していれば目だってしまう。
シュロはこれで打ち切るつもりでささやいた。
「 後で話すが、重大な事だ。だから事態が大きく動くなら今しかない。
動かすのがアインスかモクレンか分からないが、みんな気を抜くなよ」