開く瞼に見慣れ始めた天井。
あの、隻腕と遭遇した日、貧血状態で悶々とした意識の中、雛実の肩を借りてアジトに帰還し、直ぐ横に成った。
幸いにも今日、その日からみると翌日は仕事が入っておらずたっぷりと眠れた。
相も変わらず起きたら一人と思ったが隣には椅子が置かれ、そこでは雛実が眠っていた。
恐らく夜遅くまで見ていてくれたのだろう。
その証拠に口の中には甘い血の味が広がっていた。
仙は起こさないように雛実に毛布を掛けると歩きだした。
服も変えられている。
やはり色々手を焼いてくれたのだろう。
仙は静かに感謝しつつ、歩き出した。
昨日の記憶は鮮明に残っていた。
隻腕を見つけたこと、隻腕を逃がしたこと、赫子が暴走したこと。
赫子が暴走した時は目の前が真っ赤に成って、ただただ暴れ続けた。
そして血が足りなくなって、倒れた自分を雛実が安心させた。
あの頬を触る小さな手が、安心させる声が、仙に妹を思い出させ胸を痛めた。
屋上で昼間の風を浴びながら仙は深く息を吐いた。
いつまでも妹のことを考えては居られない。
もう死んだのだからそれは向き合わなければいけない。
そう思って胸の痛みを消そうとするがいつまでも消えることはない。
すると後ろから声が聞こえた。
「センさん!起きたんだ!」
「ヒナミ。昨日はごめん。手を掛けさせた」
「ううん。私は大丈夫」
そう言って雛実は仙の横に座る。
少し弱めの向かい風が吹き続け、秋の残暑を拭う。
「そう言えば毛布掛けてくれたのセンさん?」
「ああ、うん。冷えるから」
やはり仙は優しい。
何時も仏頂面で言葉もたまに冷たく、無愛想。
しかし優しい。
そんな仙に雛実は笑みを溢す。
「どうしたの?」
「ううん。センさんって意外と優しいんだなって」
「そう?」
「うん!」
「そう。」
暫くの沈黙。
しかしそれを仙の声が破った。
「妹が居た。二歳離れた妹」
「そうなんだ。だからセンさんは、、、」
何かを納得したような雛実。
しかしそれには構わず仙は話し続ける。
「母親は妹が産まれた時に、父親は捜査官から僕達を守って死んだ」
「だから妹と二人で生きてきた」
そよ風にすら掻き消されそうな声で言葉を溢す仙。
雛実は何も言わず聞く。
「僕とは全然似てなくて、真面目で、明るくて、優しくて」
「それなのに」
「あの片腕の捜査官が妹を殺した」
「僕は何も出来なくて」
「最後まで妹は笑ってた」
「止めは兄さんにって」
仙の頭に蘇る記憶。
「兄さん。止めを刺して」
「私を食べて」
「最後は大好きな人に。そして大好きな人の力に」
雛実は呼吸があらくなった仙の手に触れる。
冷たい手を覆うように手を触れた。
「きっと辛いよね」
「でもセンさんのせいじゃないよ」
「だから」
だから、一人で悩まないで。
喉元を出かかった言葉が出ることは無かった。
きっと自分がそう言えるような生半可な問題では無い。
だけど、だけど仙の目が透き通り、笑顔を浮かべる姿を雛実は見たい。
仙が淀みから抜け出すにはきっとあの捜査官を仙自身の手で殺すしか無いのだろう。
しかし少しだけ仙の瞳の奥が赤ではない色で光った気がするのは気のせいだろうか。
「ありがとう」
「ううん。辛いときはいつでも相談してよ」
「私で良ければだけど」
仙は何も言わずに頷く。
そして自分の胸の痛みが消えていることに気付いた。
仙がこの少女、笛口雛実と出会ってから破綻した心も修復されていっているような気がしていた。
「そうだ。センさん!」
「?」
唐突に言い出した雛実に首を傾げる。
「私に戦い方を教えてよ」
「別に構わない。けど何故?」
「少しは自分で自分を守れるように成りたいんだ」
雛実の真っ直ぐな目に仙は頷く。
そして場所を移した二人。
仙は雛実に合わせ、甲赫、そして鱗赫を出した。
「綺麗」
仙の赫子を見て雛実が呟く。
「先ずは自分の赫子を理解して」
「端的に言うとどう殺せるかを理解して」
「相手が何処にどう動いても、殺せるように」
「僕にやってみて」
雛実の甲赫が仙を襲う。
もし仙が逃げるしか出来ない人間なら、確実に死んだだろう。
「うん。それで良い」
「うんっ!」
「じゃあ赫子を戻して」
「次に、僕が一本だけ武器を持った人間だと想像して」
「想像したなら僕を殺そうとして。どんな手を使ってでも」
雛実はよく考えたあと動き始めた。
一本だけなら攻撃を受けて耐えれる?
先ずは足を切って動かないようにすれば?
いや、人間なら武器を持てないように手を?
沢山考えてから動いた。
「うん。良いと思う」
「今、沢山のことを考えたと思う」
「それをすれば良い」
「相手が何か、武器の数は、そもそも武器は」
「ずっと考え続けて考えるのを止めないこと」
「それを意識して僕に本気で攻撃して。大丈夫。僕が死ぬことはないから」
雛実を撫でる殺気。
目の前にいるのはやはり歴戦の喰種なのだろう。
業鬼。
殺気は鬼そのものだ。
しかしきっと手加減している。
それ故に本気を出せば何れ程の力を持つのかを考えてしまう。
雛実は頭を振り、一度リセットすると赫子を出した。
そして攻撃を始めた。
最初の攻撃をしてから二時間が経った。
広場の中央には息を切らした雛実と、いつも通りの無表情で立つ仙が居る。
「大分良くなったと思う」
「頭の回転は速いし、赫子も優秀だと思う」
「あとはそれを活かせば良いだけだと思う」
「でも今日の相手は僕で死ぬことは無いって分かっていたけど、実際に戦う時は誰が相手か分からないし、少しの気の緩みで簡単に死んでしまう」
「その時も今みたいな冷静さを忘れなかったら良いとおもう」
「じゃあまたやりたい時に言って」
「出来れば、毎日お願い。駄目?」
「、、、。構わない」
そして部屋に帰った時にアヤトから仕事を告げられた。
この時は何時もより少しだけ儲かる仕事くらいにしか思っていなかった。
この仕事で仙がどうなるのか、それを考えることは無かった。