第一話
「なあ、俺ってそんなに鈍感か?」
「当然」
「即答っ!? しかも当然なのかよ!」
唐突に部屋を訪ねて来ては尋ねてきたのは、幼馴染にして同級生、織斑一夏。世界唯一の……いや、唯二のIS男性操縦者である。
それに対しておざなりに答えたのは、俺こと二人目のIS男性操縦者、椎名静馬だ。
どうして女性にしか使えないISが男である俺らに使えるかと言ったら、全ては『篠ノ之束ってヤツのせいなんだ』と答えておこう。それで誰もが納得する。
そんなことはともかく、「どうにも腑に落ちない」といった顔を見せる一夏。俺の飲みかけのコーヒーをしれっと奪い取ると、そのまま一気に嚥下した。
「当然だろ。寧ろ何で鈍感じゃないと思っているのかが、不思議でしょうがない」
俺の言葉に一夏は僅かながら眉を顰める。顔の上半分だけ見ると、こいつの姉である千冬さんにそっくりだ。まあ姉弟だから当たり前なんだけど。
カップをトンッと音を立てテーブルの上に置くと、やっぱり納得がいかないとばかりに話を始めた。おい、俺のコーヒー全部飲むなよ。
「いやいや、それはさすがに言い過ぎだって。ほら、セシリアのブルーティアーズだって勘で躱せたし」
「その答えがもう鈍感って言ってるようなもんだぞ、一夏」
「へ、なんでだ?」
俺の言葉の意味が全くもって理解できていないというのが、見れば一目でわかる顔をしている。ああ、本当に一夏の頭が残念で良かった。これ以上才を与えられていたら、俺は間違いなく太刀打ちできなかっただろう。神様ありがとう。
「そもそも、最初の質問自体おかしいんだよ。箒にお前って女だよな、って聞いてるようなものだぞ」
「何言ってんだよ、箒は女の子に決まってんだろ」
「ああうん、予想通りの答えをありがとう。とりあえずここから飛び降りて頭ぶつけてきてくれ」
「嫌だって、そんなことしたら死んじゃうじゃん」
「もう最悪それでもいいや」
「ひでえ!」
言葉と共に床に膝を立てると、両手を仰々しく開いてみせた。リアクションが一々大きいが、ツッコミとしはいい仕事なので見ていて面白い。
いっそ俺のISで一夏のIS、白式を絶対防御発動するくらいの勢いでどついてみようか。ISを使ったリアクション芸。街が一つ吹き飛びそうだ。
「そこまで言うなら、静馬はどうなんだよ」
「どうって?」
「静馬、中学生の頃結構モテてただろ。そういうの気付いてたかってこと」
そう言いながら腰を上げ、冷蔵庫からお茶を取りに向かう。
元々一夏と俺は同部屋であり、当然部屋備品も共用であった。冷蔵庫もその内の一つだ。そのため勝手知ったる、とばかりにこの部屋では自由にしている。まあ一夏の場合は少し前の同部屋の時のクセで、無意識に行動しているのだろうけど。部屋の間取りも一緒だし。
ちなみに今は諸般の事情により別々の部屋となっている。主に生徒会ちょ……げふんげふん。
「ある程度はな。モテてた、までは知らんけど、少なくとも好意を持たれてたのは知ってたな」
冷蔵庫から取り出したお茶をコップに注ぎ、それを二つ持ってこちらへと戻ってきた。
これでも一応思春期の男の子、そういう視線や話には敏感なのだ。もっとも一夏がそのことに気付いていたのにはびっくりであるが。
本当にこいつは、人の事は良く見ている。人のことばっかりじゃなくて、もう少し自分にも目を向けてもいいんじゃないか。恋愛うんぬんを抜きにしても。じぶんだいじに。
「マジか。そういうの、どうしてたんだ?」
「どうしてたも何も、どうもしないけど」
「何でだよ、もったいない。告白すれば付き合えたんじゃないのか」
一つを俺の前に差しだし、もう一つは自分の前に置き、また座布団の上に座った。ところでそのコップ、俺が使ってたやつだぞ。まあいいけど。
「さんきゅ。……別に好きでもないのに告白って、罰ゲームやらされてるんじゃないんだぞ。相手の子にも悪いだろ、そんなの。第一俺、その時好きな人いたからな」
「えええっ、ちょっと待った静馬、それ本当か!?」
立ち上がって叫ぶ一夏に対して、俺は冷たいお茶を啜りながら頭を軽く縦に振って答えた。その俺の反応に、「知らなかった……」と小さく呟くとストンッ、と腰を落とした。
立ったり座ったり忙しいヤツだ。
「な、なあ、それって俺が知ってるヤツ?」
「いや、違う学校だったしな。……って、俺のことはどうでもいいんだよ。それよりも、何で急に鈍感かどうかなんて気にしてるんだ」
「いやさあ、さっき箒に――」
「やっぱりいいわ、もうおおよそ検討が付いた」
「もうかよっ、まだ何も話してないぞ!?」
どうせまた一夏が箒の好意に気付かずナチュラルにスルーしたんだろ。そんで「鈍感!」って言われた、と。いい加減わかるわバカ。さすがに箒が哀れになってきた。いや、箒に限らず他のメンバーもだが。
それでも愛想を尽かされないのは、やはり一夏だからだろう。見た目や性格なんてものじゃなく、それら全てを超越した、もはや『一夏』という新しい種族。
千冬さんも相当人気高いし、どうなってんだ織斑一族は。腋からフェロモンでも出してんのか。
まあともかく。一夏が「自分は実は鈍感なんじゃないか」と疑い始めている。これだけで既に由々しき事態である。
もしそれに気付いたならば、一夏の性格上治そうと努力するのは間違いない。するとどうなる。鈍感じゃない一夏など、鬼にIS、千冬さんに金棒だ。おっと間違えた、逆……でもないか。
しかしそうなれば、世界中の女性を落とし兼ねない。そんなこと、あってはいけない。この世界の男のためにも、断固阻止しなければ。
「いいか、一夏。お前の鈍感はスキル、特殊能力、ワンオフ・アビリティーみたいなもんだ。それどころか、一夏という存在を一夏足らしめるために欠かせないものでもある。つまり、それがなくなればお前はお前ではなくなり、その時点で既に一夏という存在はこの世から消滅することになる。そうなると、そこに残るのは『一夏』という名の付いた別の何かであり、『一夏』であって『一夏』でないものが出来上がるのだ。いいのか、一夏。もしお前から鈍感、という『一夏』を構成する重要な要素をなくせば、お前ではないお前が生まれる。人間が変わると言っても過言ではない。場合によっては、ISだって乗れなくなるかもしれない。何せ、人が変わるんだからな。いいじゃないか一夏、鈍感で。だって人間だもの」
「……なんか所々ツッコミたいところがあるけど、ISに乗れなくなるのは嫌だな」
まあ結局はそこに集約するのね。そうなるだろうと思ったから、あえてISの話を出したんだけど。っていうか、そんなんでIS乗れなくなるかバカ。
けど束さんのことだから、これを聞いてたら余計に変な特殊能力付けそうで怖い。覚醒系能力とか。例えば、セシリアのBTの操作を奪っちゃうような――おっとケータイが震えてる気がするが、放っておこう。
「そうだろ。じゃあ、一夏は一夏。そのままでいいんだよ。少なくとも、俺はそう思うよ」
「……そうか、そうだよな。全部ひっくるめて俺なんだよな。ありがとう静馬、静馬のおかげで自分を見失わないですんだ。さすが、俺の幼馴染だ!」
俺の手を握り、輝かんばかりの笑顔を見せる。
そんな教室でやれば一部女子が大狂乱しそうなやりとりを終え、一夏は再び自室へと戻って行った。
ふう、いい仕事をした。これで一夏が全世界の女性を落とす、という最悪の事態は防ぐことができたな。
冗談のように思えることだが、こいつの場合本気でそれをやり兼ねない。本人にそんな気がないのが、なおさら厄介だ。
姉といい弟といい、織斑家はいったいどうなっているんだ。
今回の要点
・織斑家は腋からフェロモンを出す