「あー、ホントしんどかったな」
肩をぐりぐりと回しながら、吐き出すようにそう呟いたのは一夏だった。
あの後話を聞きつけたのか、いつのまにやら食堂は人で埋め尽くされていた。当たり前ではあるが、皆女子生徒だ。
もう何度厨房とテーブルを往復したかわからないくらいに動き回り、終わった頃には足がパンパンに膨れていた。
厨房の人たちも迷惑を掛けたにも関わらず、労いの言葉と甘い物をご馳走してくれたのには思わず涙が出そうだった。
「本当に。もう二度とやりたくないな」
「そんなものを俺一人でやらせようとするなよ」
口先を尖らせながら、一夏は目を細めジトっとした視線を俺へと向けてくる。
言いたくなるのはわかるが、俺もあそこまで酷くなるとは思わなかったんだよ。あんな物凄い勢いで一斉に来るとは、さすがに予想外だった。女子ネットワークの伝播力を舐めていたのは、俺のほうだったのか。
「でも静馬、結構稼いだけど、これだけじゃあ大した物は買えないぞ」
「そうだな……」
昨日稼いだ額は、約三千円。十円単価の割には頑張った方だろう。冷静に考えるとこの学園の生徒殆どが来ている訳で……うんわかったこの話しはやめよう。ハイ止め止め。
しかし、確かに三千円では大人の女性にプレゼントをするには、さすがに少なすぎる。一夏からなら食べかけのガムでも喜ぶに違いないが、そういう訳にもいかない。
もう面倒だから裸の一夏にリボン巻いて「俺がプレゼントだぜ、千冬姉」とかやらせようか。よし、そうしよう。
「なあ一夏」
「止めてくれ。頼むからそれだけは止めてくれ」
「……何だよ、まだ何も言ってないだろ」
「どうせ碌でもないこと考えてたんだろ、顔見ればわかるんだよ」
「失礼な。一夏にリボン巻いてプレゼントにしよう、って思っただけだ」
「やっぱり碌でもないなあ!」
叫ぶ一夏に、俺は思わず眉を顰めた。じゃあどうしろって言うんだ。俺のコネじゃあ食堂ぐらいしか……あ、そうだ。
「一夏、行くぞ」
「え、は? 急になんだよ、どこに行くんだ?」
歩き出す俺の後ろから、慌てた様子で一夏が走り寄って来る。隣を歩きながらも俺の方を覗き見るその表情は、俺の行動に全く付いていけてないことを如実に表している。
「生徒会室だ。こういうのに最高に打って付けの人がいた」
「ま、まさか楯無さんじゃないだろうな?」
明らかに引いた表情をした一夏に、思わず苦笑が漏れる。気持ちはわかるが、可哀そうだからそんなに嫌そうな顔するなよ。どれだけあの人苦手なんだ。
「確かにあの人はソルバーとして適しているけど、代わりにとんでもないこと頼まれることになるぞ。それでもいいなら」
「よし、早いとこその人に会いに行こうぜ!」
そう言って駆け出す一夏の背を見て、俺はまた思わず苦笑をしてしまった。あのG虫ですら「何か意味がある」と言う程にお人好しの一夏に、ここまで苦手意識を持たれているというおかしさに。
楯無先輩。人、これを自業自得って言うんですよね。
「失礼します」
「し、失礼します」
徐に扉を開け、中へと入る。
俺、次いで一夏の声だ。ノックはしない。いらないと部屋の主、つまりは生徒会長である楯無先輩から言われているからだ。
全てに於いて先端を走るこのIS学園だが、この生徒会室だけは未だに手動の両開き型のドアである。元は他と同じように自動のドアだったらしいが、楯無先輩の代で作り変えたらいし。どうしてわざわざ、とその理由を尋ねたのだが、返事はこうだった。
「その方が威厳があるように見えるからよ」
とのこと。税金の無駄使い止めて下さい。
「静馬君。どうしたんですか?」
わざわざ立ち上がって出迎えてくれたのは、生徒会役員共の一人である、布仏虚さんだ。クラスメイトの布仏本音、通称のほほんさんのお姉さんでもある。
少し神経質そうな眼鏡美人と、ゆったりたっぷりのんびりな妹。実に対照的だ。二人、特に虚さんには更識家で暮らしていた際に、とてもお世話になった。
「ちょっとご相談がありまして」
「もしかして、織斑君とのことですか?」
一瞬ばかり、虚さんの視線が俺の後ろへと動く。と同時、一夏が僅かにピクリと肩を揺らした。強張った表情から、緊張しているのが目に見えてわかる。
相変わらずこういう真面目な場所が苦手なヤツだ。ついでに言えば、虚さんみたいなインテリ系もちょっと苦手だ。理由は「論理的に怒られそうだから」ということらしい。
じゃあ怒られる時は、問答無用で叩かれる方が良いと。なんだ、やっぱり千冬さんか。
俺は虚さんの問いに「ええ」と頷いて答えると、接客用のソファーへと案内してくれた。何度か来たことのある生徒会室だが、これに座るのは初めてだ。
「相談の内容なんですが……」
「わかっています。織斑君との結婚についてですよね?」
「違いますよ! なに真顔でサラッととんでもないこと言ってるんですか!」
「先日織斑君が静馬さんに告白したという話を耳にしたので、てっきりそのことかと思ったのですが……」
誰だよ虚さんに話しやがったのは……ってあの青ダヌキに決まってるか。今度ミステリアス・レイディの水を使って、トイレ掃除させてやるからな。
ジト目で虚さんを虚さんへと向けると、口元を丸めた手で隠しながら苦笑してみせた。
「すいません、おふざけが過ぎましたね。それで、相談とは何ですか?」
「えーっと、それがですね」
と隣に視線をやり、自分で話すよう一夏に促した。別に俺が言ってもいいのだが、こういうのは自分で言わないと意味がない。
そして何より、虚さんの性格的にその方がより良く協力をしてくれる。
「実は――」
「なるほど、アルバイトですか」
虚さんはまるで独り言のようにそう呟いた。同時にしていた眼鏡のブリッジを指でクイっと上げるその仕草は、眼鏡を掛け慣れた人ならではの瀟洒なものだ。美人がやるから一層映える。
「……何かありませんか?」
尋ねる一夏の顔は、とても不安そうだ。たかがバイト一つ見つけて貰うだけで、なぜこんなに深刻なっているのか謎ではあるが、何かシリアスな空気なので合わせて黙っておこう。
「そうですね、ちょうどいいのがあります」
「本当ですか!?」
「ええ。今のお二人にはあまりお勧めはしませんけれども」
「構いません、どんなことでもしてみせます!」
「それが聞きたかったです。では相手方に確認してきますので、少しだけ待っていて下さい」
それだけ言うと、虚さんは席を離れどこかへと電話を掛け始めた。何を言っているか聞き取ることはできないが、この人なら変なことは起きないだろう。
「やったな静馬、これでようやく仕事ができるぞ!」
わかった、わかったから抱き着くのは止めろ。あとその俺らがニートだったみたいな言い方も止めろ。
確かに企業契約とかしてないから、他の専用機持ちと比べるとニートっぽいが。
そんな話をしているところに、虚さんが戻って来た。
「いつでも大丈夫だそうです」
「ありがとうございます、えーっと……?」
「布仏です。妹の本音と混ざるかもしれませんが、妹が苗字で呼ばれることは滅多にないので大丈夫でしょう」
「わかりました、布仏先輩。バイトの件、本当にありがとうございました!」
「いえ、こちらもちょうど良かったので、気にしないで下さい」
何がちょうど良かったのかはわからないが、これで一安心だ。
「ところで、仕事って何やるんですか?」
「売店の売り子です。今までは食堂脇に小さい売店が一つあっただけでしたが、生徒たちから寮にも売店が欲しいとの要望がありましたので新たに作ることにしたんですよ」
なるほど。そういえば寮の入ってすぐのところに、何かカバーが掛けられていた物があったっけか。あれが売店って訳だな。
「商品の搬入は終えてあるそうですので、このまま寮に向かって始めて下さい。ああ、レジ締めや売り上げ換算はこちらでやりますから、単純に売り子だけやって頂ければ大丈夫ですので」
「わかりました。俺も一夏もその辺はやったことないんで助かります」
「よーし。静馬、早いとこ行って始めようぜ!」
すでにやる気満々の一夏。昼間もそうだったけど、こいつは本当に働くの大好きだな。一般企業に入社してたら、ザ・社畜になってそうだ。
「それじゃあ虚さん、今日はありがとうございました」
「構いませんよ。珍しく静馬くんが頼ってきたんですから、力になってあげるのがお姉さんの役目ですよ」
珍しく茶目っ気を含んだ台詞でおどけてみせる。そんな虚さんに、思わず笑ってしまう。
そこでふと思い出す。
「そう言えば、あの人はどこに行ったんですか?」
「ああ、お嬢様でしたら午前中……何時だったかは覚えてませんが、急に『ちょっと出かけてくる!』って言って出て行ったきり帰ってきてませんよ」
はぁ、とあからさまに疲労感溢れる溜息を吐き、呆れた様子で生徒会長の席に目をやれば、そこには決裁待ちの書類の山が積まれていた。
要するに、仕事ほったらかして、どこかに行ってしまったらしい。リコールってどうやったっけ。
「もし見かけたら戻るよう伝えておいて下さい」
「わかりました。じゃ、行ってきますね」
「ええ、行ってらっしゃい」
虚さんに見送られ、俺と一夏は暖かい気分で寮への道を急ぐのであった。
後日、俺と一夏が駆け落ちして店を開いたという噂が流れた。どうやらみんなの中で俺と一夏は付き合い、結婚するところまで進んでいるようだ。
千冬さんは現実逃避に酒を呷り、俺は逃げ支度を始めた。
売店に同人誌の販売注文殺到。後にアニ○イト出張所と化すところまで浮かんだ。
あとG虫の存在意義が未だにわからない。教えて偉い人。