椎名静馬のIS学園生活   作:榎本くん

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第十一話

「……どういうことだよ静馬」

 

「……悪かったとは思うけど、それは俺も聞きたいぐらいだ」

 

 部屋の床に伏せ倒れたまま、俺と一夏は互いに不満を溢し合った。正直歩くどころか、喋ることすら億劫なのだが、それでは話が進まないのでこうして無理をして会話をしている。

 

「何なんだよあれ、尋常じゃないくらい混んでたぞ」

 

 虚さんの斡旋で始めた売店の売り子のバイトだったが、一夏の言葉通り混み具合が尋常じゃなかった。

 二人三人程度だと思ったら大間違い、百人を超える行列ができあがっていた。それを二人で捌けとか、無茶もいいとこだ。

 

 たかが売店に何でと思ったが、結局食堂の時と同じで一夏目当てということなんだろう。なにせケータイの小型バッテリー充電器ですら完売したのだから。自室で充電できるのに、何に使うんだよ。

 虚さんが言っていた「俺らにはあまりお勧めしない」っていうのは、こういうことだったのか。

 

「で、静馬。肝心の給料は?」

 

「そうだったな。ちょっと待て、さっき渡された封筒の中に入ってる」

 

 帰り際に虚さんが「今日の給料です」と、わざわざ渡しに来てくれたのだ。いくら入っているかは、お楽しみですと言って教えてくれなかった。

 制服の内ポケットから、一夏に見せるようにして茶封筒を取り出す。一応公的に雇われたので、生徒会の捺印入りだ。

 

 ちなみに金額は五千四百円。一人頭時給九百円で、それを三時間やって二千七百円。二人分なので二倍の五千四百円、という計算だ。

 

「なあ静馬、これって多いのか?」

 

「まあいい方なんじゃないか? 俺もやったことないからわからないけど、三時間しか働いてなくれこれなら十分だと思うけど」

 

「そっか。静馬がそう言うならじゃあそうなんだろ」

 

 一夏の俺に対する謎の信頼で、給料に対する不満もなく売店の売り子は終了した。まああの忙しさを鑑みると、割に合っているとは言い難くもあるが。

 

 

「しかし、これで約八千五百円か。もうちょっと欲しいよな」

 

「なあ静馬、それって静馬の分も含めてだろ? いいのか?」

 

「いいんだよ、俺だって千冬さんにはお世話になってるからな。気にせず使えよ」

 

「悪いな。いつも助けて貰ってばっかりで」

 

「お互い様だろ」

 

 いいやそれどころか、俺の方がどれだけ一夏に助けられたことか。特に昔は。……最近は二次災害を受けることが多いけど。

 

 しかしだ。せめて一万を超すぐらいは稼ぎたいところなのだが、なかなかどうして。というのも時間が遅く、ここから見える外の景色はすでに夕色を通り越して、夜色が広がりつつあるからだ。

 

 今から働くには、少しばかり遅すぎる。また食堂の配膳という案がない訳でもないが、夕飯時は昼以上に混雑しやすい。そんなところにまたあの騒ぎを起こすのは、さすがに迷惑だ。

 

「……なあ一夏、これって今日中じゃないとマズイか?」

 

 正直なところ、今日中に目標金額まで達するのは難しい。それなら来週の休日にまたバイトすれば、間違いなく十分な金額が手に入る。

 

「できれば今日中に何とかしたいな。こういうのって、やろうと思った時にやり切らないと、意思が薄くなっちゃうからさ」

 

「そうだよなあ。出来ることなら今日中に稼いで、明日の放課後には買いに行きたいよな」

 

「とは言うものの、稼ぐ手段がないんじゃどうしようもないよなあ」

 

 はあ、と溜息を溢し、肩を落とす一夏。

 

「……仕方ない、最終手段だ」

 

「最終手段って、何かあるのか!? ってヤベ、お茶溢れた」

 

 身を乗り出した勢いでテーブルの上のコップが倒れると、中身のお茶――なんとなくチャイを淹れた――が薄茶色い溜まりを作る。

 

「拭くもの拭くものっ、ティッシュでいいか。静馬、ティッシュどこだ!?」

 

「その辺」

 

「その辺って……あった。あーあ、せっかく静馬が淹れてくれたのに」

 

「また淹れてやるよ」

 

「ホントか!? よっしゃ……ってケータイいじって何やってんだ?」

 

「ちょっと下準備を」

 

 下準備? と鸚鵡返しに聞いてくる一夏に適当に返事をしながら、メールを送っては受けを何度も繰り返す。相手はクラスメイトの女子たちや、一部他クラスの女子たち。

 

 打算か興味本位だかは知らないが、俺がIS学園で二人の内の一人という理由だけで話しかけてくる女子は多い。寧ろ千冬さんという名のIフィールドがない分、一夏よりもその数は圧倒的に多かったりする。

 女子と仲良くなれるのは俺も嬉しいので、相手の思惑はともかく、こうやって気軽に連絡が取れる友達として付き合っているのだ。

 

 もしも何かあった時は、頼れる年上がいるので彼女たちのお世話になる。動物で例えるなら、狼、豹、兎の三匹。『三匹が斬る!』だ。一匹可愛いのがいるが、実は一番恐ろしいのがその兎だったりする。あの人は本当に容赦ねえ。

 

「よし、準備できたぞ一夏」

 

「だから何やるんだよ。俺にも説明してくれ」

 

「お前にしかできないことだよ――」

 

 そう言った瞬間、部屋の扉が強く叩かれた。まるで、待ちきれないと言わんばかりに。一夏はそのホラー映画のようなノックの仕方に、一瞬体をビクリと震わせていた。かく言う俺も、さすがにガンガンガンという打ち破らん勢いの叩かれ方には驚いたが。

 

「ほうら、いらっしゃった。急げ、一夏!」

 

「い、急げも何もなにしたらいいんだよ。何の用意もしてないぞ!?」

 

「ほら、早く! とりあえず上着脱げ!」

 

「え? へ? なん――」

 

「いいから言う通りにしとけ!」

 

 矢継ぎ早に言い立て、一夏の言葉さえ遮る。その一夏は訳もわからない様子のまま頷き、慌てて制服を脱いでいった。

 

「――脱いだぞ」

 

「そのシャツもだよっ、上半身裸でいろ!」

 

「わ、わかった。これでいいのか?」

 

「いいぞ、体はドアと垂直に、んでそのまま両手を頭の上で掴み合わせて! こっちは準備できた、開けるぞ!」

 

 俺が最後に出したその指示で、一夏は完全に混乱しているようだった。そうしていてくれた方が、こちらには都合がいい。冷静になられると次に進むことができない。

 

「お、おう!?」

 

 一夏の返事に呼応して、俺は勢いよくドアを開け放った。

 直後、廊下から一斉に女子の軍団が雪崩のように入り込んできた。

 皆手にはケータイ、もしくはカメラを持っていて、無言で十六連射並みの早さでシャッターを押していた。フラッシュで部屋が政治家の記者会見場みたいになってる。

 

「ななな、なんだ!? おい、静馬、どういうことだこれ……っていねえ!?」

 

 両手を頭の上で組み合わせるという、ボディビルのポージングをしたまま騒ぐ一夏。俺の姿を捜しているようだが、俺はとっくに避難済みだ。ちなみに場所は開いた扉の陰。

 頑張れ一夏!

 

 

「……何だったんだよ、今の」

 

 呆然と立ち尽くしたまま、呟く一夏。体勢はずっと変わらず、手を頭の上に置いたままだ。

 

 あれからちょうど五分後、女子たちはまるで引く波のようにサーッとドアを出て帰って行った。正直見ていて手際が良いと思う反面、恐ろしいものを感じた。女子怖い。

 

「なあ静馬、今の何だったんだ?」

 

「何って、バイトだよ」

 

「はぁ? 今のが!?」

 

「ああ。織斑一夏撮影会。一枚百円で募集を掛けたら、とんでもないことになった。見ろ、今ので稼いだお金だ」

 

 そう言って掲げて見せたお金は、千円札ではあるが何枚もの数があった。これだけで今日やったバイトの合計金額を、軽く上回る数字だ。

 俺IS学園止めて、一夏のマネージャーになろうかな。イケメン俳優として売り出せばめちゃくちゃ稼げそう。あ、駄目だ。こいつ演技、半端ないレベルでヘタだったんだ。

 

「すげえ、すげえけど納得いかない」

 

 ふてくされた顔をして、俺を軽く睨みつける。その言葉の通り、不満があるようだ。

 

「いいだろ、モデルみたいなもんなんだから。それとも一夏は、モデルの人たちが写真を撮られてお金を貰うことに、不満でもあるのか?」

 

「そんなことないけどさ。っていうか、なんかまた話を逸らされてる気がする」

 

「まあ緊急事態ってことで納得してくれよ、今回だけって約束でやったことだからさ」

 

 だから固く口止めしたし、撮影時も他にバレないよう皆無言だった訳だ。

正直こんな面倒で危険な橋を渡るのであれば、最初から配膳のバイトの時に百円で交渉しておけばよかった。

 

「わかった、けど今回だけだからな」

 

「悪いな」

 

「いや、静馬は悪くないって。元はと言えば俺が頼んだことだしさ。やっぱり静馬がいなきゃダメだな」

 

 そう言って、はにかみながら笑ってみせた。それに俺も笑って応える。男同士で綺麗な絵面とは言い難いが、俺らにとっては大切な場面だ。

 

「おい、椎名。今のの騒ぎは一体なん……」

 

 なんて声を上げながら、ノックもなしに入って来たのは千冬さんだった。

はいキター。キター、一番来ちゃいけない人が一番来ちゃいけないタイミングでキター。

 だって考えてみても欲しい。片や上半身裸の男、片や金を手にする男。この時点でもうヤバいのに、更に先日の噂が拍車をかけている。

 ちなみに噂とは、俺と一夏カップル説。違う、と声を大にして叫びたい。

 

「ち、千冬姉!?」

 

 笑顔から一転、驚きの表情を見せる一夏。

 

「いや、これは違うんだよ千冬姉、別に静馬と悪いことしてた訳じゃなくてさ」

 やたら焦った態度で言い訳をするが、正直逆効果な気がする。ああ、見ろ。菩薩……でもないけど、ご尊顔が般若へと変わっていったじゃないか。

 

「……お前ら、座れ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ千冬姉!」

 

「いいから座れ」

 

「はい」

 

「お、おい静馬!?」

 

 言い返すことなくその場に正座する俺に、一夏は驚いた様子で声を荒げた。

もはや逃れる……ほど後ろめたいことがある訳じゃないが、ともかくこのお方から逃れることは不可能。もう諦めて、言う通りにしておいた方が身のためだ。

 

「ほう、お前は物わかりがいいじゃないか。一夏、お前もさっさと座れ」

 

恐ろしいまでに冷静な口調。顔がおっかないだけに、そのギャップが余計怖さを増長させる。

 一夏も終には言い返すことを止め、言われた通り床に両足を折り曲げ座った。

 

「いいか、お前ら。女尊男卑の風潮になってから、男同士というものが以前より増えてきたのは確かだ。常に見下してくる女なんかより男同士の方が気が楽だ、気持ちがわかり合えるなどと言って、付き合い始める奴らが目立つようになってきた。まあ世間の女どもを見てるとそうなる気持ちもわからんではないが、それは極一部であって、全ての女子がそうであるわけではない。私も自分より強い者の方がなどと思ったこともあるが、それを言ってしまえば私は一生一人で生きていくことになる。もちろんそんなことできるはずもない。私だってな、寂しい時もある。お前たちにわかるか、自分の部屋で一人酒を飲んでる時、ふと感じるあの切なさが。今は家に帰れば誕生日も一夏が祝ってくれるが、もし一夏が嫁にでも行ってみろ。毎年一人寂しく年を重ねていくことになるんだぞ。わかるのか、わからんだろう。もうこんなことするぐらいならお見合いでもしてやろうかとも思ったが、さすがにそれは私のプライドが許さん。そんなことをするぐらいなら一生一人で生きてやろうと思――」

 

 

 千冬さんが泣きだした辺りでお開きになりました。

 

 

 お酒って怖いね。

 




我が家の千冬さんは乙女。だってブリュンヒルデだもん。

後一話。







こんな内容でごめんなさい。
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