第十三話
「静馬くん、いる?」
そんな声が聞こえたのは、ドアの開く音がしてからだ。
音につられて咄嗟に顔を入口に向かせれば、そこにいたのは楯無先輩だった。赤い色をした瞳を微かに細め、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
また勝手に入って来たよ、この人。
「いるもなにも、すでに入ってるじゃないですか」
「あら、そうだったわね。じゃあ静馬くん、いた! でどう?」
「どうって……。まあそんなとこに立ってないで、こっち座ったらどうですか。お
茶ぐらい淹れますから」
「やーん、静馬くんだから好きよ」
妙に高い声で声を上げる楯無しさんを適当にあしらい返事をしつつ、お湯を沸かしに動く。
軽い足取りで部屋の中を歩き、座布団の上へと腰を下ろした。
ところで、つい先日まで同室であった先輩はもういない。と言うのも、崩壊していた一夏の部屋の修理が終わったからだ。
そのため楯無先輩は護衛として、再び一夏の部屋へと戻って行った。
去り際に「私と一緒にいられなくて寂しいでしょう?」と言っていた先輩を笑顔で手を振って見送り、今はまたのんびり快適一人部屋ライフを楽しんでいる。
そんなことをしたせいか未だ部屋に襲撃をかけてくるのだが、唯一変わった点は痴女スタイルを止めたことか。俺が何度も痴女呼ばわりしたから、気にし始めたんだろうか。今更。
「んで、今度は何しに来たんですかー?」
沸騰音に負けないよう、少しばかり声を張る。
一日数回と、不意打ちで部屋を訪ねて来るので慣れたものだが、その訪ねて来る理由があったりなかったりなのだ。
いや、本当の理由は一夏と同じく護衛というか、俺の様子を見に来てくれているのだろうが、それを言わず変に誤魔化そうとするから余計怪しく見えてしまう。
しかし俺が更識の仕事内容を理解しているのを知っているはずなのに、先輩はどうにもそれを隠そうとする節がある。
決して信頼していない訳ではないが、どこかに引っ掛かりを感じてしまうのはそのせいだ。
「あー、その、ね。ちょっと相談というか」
珍しくもはっきりとしない返事に、思わず眉が寄る。この明朗闊達の権化とも言える人からこういう反応がくるとは、思ってもみなかった。
「……誰にも言わないでくれる?」
頷き答えると、ホッとしたように息を漏らした。
正直なところ、先輩から相談があると言われた俺は驚きと同時、高揚感のようなものを感じていた。
そもそも楯無先輩から――どころか、先輩がまだ刀奈と名乗れていた頃から、先輩に相談なんてされたことはなかったし、滅多なことでは頼られた記憶がないからだ。
もっと言えば周囲の年上女性たちは、凄い人――別の意味でも凄い人もいるが――ばかりなので、まず頼られるということ自体なかった。
それを思うと悪いかもしれないが、先輩相談されるということが嬉しかったのだ。
しかしそれを口どころか顔にでも表せば、また先輩にからかわれること必至なので出すことはしない。
まあ普通に考えればこれから相談を受けて貰う相手をからかうとかありえないのだが、それをしてしまうのが我らが親分、更識楯無という人物なのだ。当主という責任ある立場は、これくらい図太くないとやれないのかもしれない。
ごほん、と一つ咳払いをし、こちらを真剣な目で見つめてくる。俺もその視線から目を逸らさずに見つめ返した。
「実はね、静馬くん」
「はい」
「私、簪ちゃんのこと好きになっちゃったみたい」
「はい……はい?」
喜んでた数秒前の自分、今すぐIS使って更識ぶっ潰してこい。
「……一応聞きますけど、好きって家族的な意味ですよね?」
むしろそうでありますように。
内心そう祈るのだが、もちろんそんなものが通用するはずもなく。
「いいえ、恋愛的な意味でよ」
はっきりとそう断言する先輩の瞳は、マジだった。夢であるように。
しかし相談として受けた以上、真面目に答えねばと思う自分は律儀なのだろうか。さっきまで嬉しいとか思ってたものは、とっくにどこかへ吹き飛んで消えたのに。
一夏に散々お人好し過ぎると言ってきたが、これじゃあ自分も人の事言えない。というか頭おかしいんじゃないかとさえ思う。そうだ、保健室行こう。
「ほら、私と簪ちゃん、この間まであんまり仲良くなかったでしょ?」
仲良くなかったというか、一方的に嫌われていただけではあるが。あなたの不用意な一言が原因で。
「そのせいか、最近常に一緒にいないと気が済まなくなってきちゃってね」
先輩、それ病気や。禁断症状起きとるやないか。
しかしだ。常に一緒というのは不可能なんじゃないだろうか、と思う。物理的な問題もあるが、何より簪は一夏のことが好きではないからだ。いや、はっきり言おう。簪は一夏のことが嫌いだから、だ。
以前よりはマシになったものの、我慢はできるが基本的に喋りたくないし一緒にいるのも嫌らしい。怨みだったものが、生理的嫌悪に変わったとか。あれ、これ酷くなってない?
「仕方ないからこうやって簪ちゃんの下着と写真を常に持ち歩いてるんだけど、最近それでも我慢できなくなってきて」
頭おかしいんじゃないですか? そう言いかけた口を必死で閉じ、頷き答えることで誤魔化した。あと見せないでいいから。
……ところでその下着と写真、ちゃんと正規のルートで手に入れた物ですよね。盗んだり隠し撮りだったりしてませんよね? ねえ、顔逸らさないでくれます?
「ねえ静馬くん、私どうしたらいいと思う?」
死ねばいいんじゃないですか。今度こそ言いかけた口を咳払いで誤魔化し、口元に手を宛がい考えるフリをした。
と言っても、実際どうしろというのだ。これがふざけた冗談だったら頭叩いて終わりなんだけど、色々残念なことに顔がマジなんだよ。警察呼ぼうか。
どうしてこの学校の姉妹姉弟は、こうもどこかアレなんだろうか。こじらせないと入学できないようになってるのか。
「このままだと、近い内に簪ちゃんのこと襲っちゃいそうで」
ため息と一緒に零れた言葉を聞いて、自分の顔が引きつったのがわかった。これはなんとかしないといけない。おまわりさん、こっちです。
「そ、それだったら俺と一夏を同部屋にして、先輩と簪で同室にすればいいじゃないですか。部屋もすぐ近くな訳ですし」
「いいわね、それ! ……と思ったけど、護衛として一夏君の部屋に来たんだし、そう簡単に移動する訳にもいかないのよね――そうだ! 静馬くんあなた、ここで簪ちゃんと一緒に住むっていうのはどう?」
「は?」
「うん、それがいいわ。ここならすぐに会いにこれるし、静馬くんの部屋だから一夏君を連れてきても問題ない。よーし決まり!」
呆然とする俺を置いて、一人でぽんぽんと話を進めていく楯無先輩。
「じゃあ手続きの方はやっておくから、準備しておいてね」
それだけ言って素早く立ち上がると、にこやかな表情を浮かべドアの方へと小走りで駆けて行った。足取りが軽く見えるのは、気のせいじゃあないだろう。
そして最後に。
「あ、相談のってくれてありがとう」
そう言い残して、先輩は部屋を後にするのだった。
「俺、別に相談のってないよな……」
呟いた俺の言葉が、やけに強く響いた気がした。
ちなみに後日談ではあるが、マジで簪が部屋に来た。嫌がるかと思いきや、意外にも嬉しそうだった。
更識の将来が不安で仕方がない。
この学校はもうだめかもわからんね。
最初は簪が先輩の告白を聞いちゃってなんやかんや、のつもりだったけどなんか気が変わってこうなった。
一から書き直したら先輩が変態になっちゃったけど、まあいいか。