「静馬、ごめん!」
「静馬、すまなかった」
一夏と箒が俺の部屋に来たのは、セシリアたちが去ってから五分もしない内だった。
どういう訳かそろって土下座をしているのだが、なんだこれ。頭でも踏めばいいのか。そんなことしたら、俺も千冬さんに頭プチッとされること間違いないな。あの人なら指を弾いただけでパンッできそう。
「なんかよくわからんけど、とりあえず頭上げてくれ」
俺のその言葉で頭を上げ、そこでようやく二人の顔が見えた。
やっぱりノックすらせず入って来て、いきなり土下座だったからな。ある意味今までの中で一番レベル高いわ。
目に入った一夏の顔は、決して良いとは言えない表情だった。昔千冬さんに怒られた後、確かこんな顔をしていた気がする。俺は苦笑しながら二人の顔を眺め、言葉を続けた。
「何だよ二人とも、高校生にもなってそんな泣きそうな顔して」
「だって俺たち、静馬に酷いことして……」
一夏に同意するように、険しい顔したまま箒が頷く。
「まあ落ち着けって。そもそもその酷いことっていうのが訳わかんないんだよ。今日は休みで授業がなかったから、一夏たちとは一回も会ってないはずだ。なのに酷いことしたって言われても、意味がわからないだろう?」
努めて穏やかに、言ってしまえば子供相手に語りかけるようにして語りかけた。正直ガラじゃない、とは思うがまあ致し方がない。
箒はともかく、一夏の目は完全に捨てられた子犬のそれだから。そんな様を見せられて、いつも通り「キモいわアホ!」と張り倒せる程鬼じゃない。でもできれば女の子の方がよかった。
代わりに隣で顔赤くして口元緩ませてる箒さんを張っ倒したいんだけど、いいかな。母性くすぐられてるんじゃありませんよ。
別に責める気はないけど、お前ら一応謝りに来たんだよな?
「そうだな。まずはその辺りの説明から始めた方がよさそうだな」
先に反応したのは箒だ。俺の冷めた目線を受けてか、誤魔化すように咳払いをすると背筋をピンと伸ばし、綺麗な正座で改めた。何事もなかったかのように始めたけど、手遅れだからな。
「さ、最初に言っておかねばならないのは、今までのは全部嘘ということだ」
「待て。その全部という括りが、どこからどこまでを指すのかがわからん」
「今日、皆が静馬に相談したことがだ」
「ということは、楯無先輩から始まってラウラセシリアと話に来たあれは、嘘だったということか」
「……ああ。すまない」
箒の声を耳にしながら、ふむ、と一つ頷き溢し頭を軽く廻らせる……ように見せかけて、内心は安堵の思いでいっぱいだった。
考えてみろ、百合属性を持った楯無先輩。人たらしと言うか人誑かしと言っても過言ではないあの人がそっちのケを持ち合わせていたら、IS学園が楯無ハーレムの巣窟と化すぞ。でもって一夏ハーレムの対抗勢力として派閥間戦争が起きるぞ。そして否応なしに俺が巻き込まれるぞ。どっちの味方なんだ、と二人から迫られた挙句、両勢力間からの嫉妬の嵐。止めてくれ、本気で勘弁してくれ。千冬さん助け……いえ、何でもないです、邪魔してすいませんでした、どうぞごゆっくり束さんとお楽しみ下さい。俺は何も見てない何も見てない。
「大丈夫か、静馬?」
一夏の声で、ハッと意識が戻った。不安そうな一夏と、怪訝そうな箒の顔が目の前に映る。軽く意識が飛んでいたみたいだ。実に危ない世界だった、あんな世界にいたら俺は間違いなく海に飛び込んでたわ。
あー、変な汗かいた。
「事情はわかった。けどそれぐらいなら遊びの範疇だろ、そんな謝られるようなことじゃないぞ」
その程度で謝られてしまったら、一夏の部屋の崩落の切欠を作った俺こそ土下座で謝らなければならない。千冬さんは裏でにやにやしてたけど、それとこれとは話が別だ。あの人変なところでキモ……可愛いよな。
「謝りたいのはそっちじゃない、セシリアの事だ」
「俺達もセシリアがあんなこと言うとは……いや、これじゃあセシリアのせいにしてるだけだ。ごめん、静馬」
「気にすんなよ。セシリアだって冗談のつもりだったんだろ、そのぐらいで怒るほど狭量じゃない」
箒、一夏と言葉を継ぐようにして話したそれに、俺は軽く笑って答えた。どうしてもセシリア一人に責任が行きがちになってしまうが、決してそんなことはないだろ。
俺じゃないが、切欠を作ったヤツにも一因がある。誰がこんなこと考え出したのか……って。
「一人しかいないか」
「何がだ?」
「こんなアホみたいな企画考え出すのは、どうせ楯無先輩だろうって話だよ」
「よくわかったな」
「わからいでか。こんなこと考えるのなんて俺以外に誰がいるよ」
一夏にそう返しながら、俺は電話を取り出しそのままワンプッシュで掛ける。相手は言うまでもない、更識楯無だ。
しかしコール音は鳴るものの、一向に出る気配がない。そしてついには留守電になってしまった。
「……出ない。なあ、楯無先輩ってどうしたかわかるか?」
「あー、それがだな」
言い淀む一夏からそのまま視線をスライドさせれば、気まずそうに頬を引き攣らたせ箒の姿。
「簪を追いかけてどこかへ行ってしまった」
「はあ!?」
思わず声を上げた俺に、二人は苦笑しながら続きを教えてくれた。
まず相談事というのは各々が自分で考えたということで、みんなが何を言うかは誰も知らなかったという。ラウラに関しては例外で、特に思いつかないということでシャルロットから聞き出した通り、楯無先輩が入れ知恵したと。
ああ、だから鈴が怒ってた時『前もって聞いておかなかった』なんて言葉が出た訳か。
そしてそれらを楯無カメラで見ていたのだが、楯無先輩の『簪に告白する』という嘘を簪が真に受け、身の危険を感じ逃げ出したと。そしてそれを追いかける楯無先輩。
この追いかけっこが未だに終わらないため、電話にすら出ないということのようだ。長い説明ご苦労様。
「……なんというか、身から出た錆だな」
箒の説明を聞いて、俺の感想はこれに尽きた。目の前の二人も同じ思いらしく、強く頷いている。
そもそも仲直り以前のストーカー行為が簪にばれて、若干引かれてたんだからな。その時点で既に不信感抱かれてんのに、更に自分から煽ってどうするんだ。
せっかく仲直りしたのに、何してんだ。実はわざとやってんのか。マゾか。
「しかしなんだ。二人揃って来たから、俺はてっきり別のことかと思ったんだけどな」
「別のこと?」
疑問を浮かべる一夏に、俺はにやりと笑みを浮かべ箒を見ながら言葉を返した。
「一夏と箒が結婚したっていう報告をしにきたってこと」
「ししし、静馬お前なにをっ!?」
案の定顔を真っ赤にして箒が叫びだした。バンバンとテーブルを叩いて抗議しているが、対して一夏は「ははは、そんな訳ないだろ」と笑っていた。安定の鈍感王さすがです。
そしてぐぬぬと顔を顰めている箒に、俺が声をかけようとしたその時だ。
『箒ちゃんといっくんが結婚と聞いて!!』
聞こえたらいけない声が聞こえた。
俺らは言葉一つ発することなく、互いに顔を見合わせ頷きあった。この意思疎通力の高さ、さすが幼馴染。
発生源であるケータイの通話ボタンを押し切ると、安心したように息を漏らす。 何でこっちの許可なく通話できるんだよ、とツッコミたかったが、世紀の変態科学者にその言葉は無意味か。
「なあ、今の声って……」
「もしかして、姉さ……」
「今何も起きなかったし何も聞こえなかった。二人ともいいな?」
念を押すように強めの視線を送る。二人とも迷いなく首肯し、俺も合わせて頷いた。これ以上はいけない。
そのままケータイを傍らに置き、何事もなかったように「じゃあ俺はお茶でも淹れてくる」「私も手伝おう」なんてやり取りをしていたら。
『酷いよしーくん電源切っちゃうなんてさあさすがの束さんもぷんぷんだよ!』
また声が聞こえてきた。
『でもまあしーくんだからね特別だよ特別ところで箒ちゃんといっくんが結婚って聞こえたんだけどそこんとこ詳しくどういうことかなまさか束さんの知らないところで二人がそんな風になっていたなんてもう束さんびっくり仰天驚き桃の木もんじゃの実だよこれはもうお祝いもっていかないとね二人とも何がいい何がいいうーんそうだなあ束さん的には新しい専用機なんてどうかなーって思うんだそうだせっかくだから複座式にしちゃおうかなせっかく夫婦になるんだもんね新婚だもんねそれぐらいしないと面白くないしこれでさりげなくいつでもどこでもぐふふフヒッそうだしーくんも束さんと複座式で乗ってみないかいノらないかウホいいISなんつってでも束さんはいつでもしーくんとならIS抜きで乗って乗られてを――って聞いてるかなねえねえねえ箒ちゃーんいっくーんしーくん束さんの声聞こえてるかな聞いてるのかなねえってば――』
俺はそっとケータイの電源を切った。
後日談。
再び束さんから電話があった。その話の内容は、箒に聞かせたら間違いなく絶縁を突きつけられそうな程酷かった。俺はそっとケータイを海に沈めた。
束さんは思春期。
このままだと束さん下ネタ要員になりそう。まあいいか。
榎本的にはたっちゃんちーちゃんたっちゃんの巨乳艦隊三人が好きなんだけど、どうにも変な扱いになってしまう。
あと一話か二話。